10. 箱入り娘から箱入り娘へ
ブランシュ視点です。
家から人里までの間、殆どの魔物がミローネ様を恐れて出てこなかった。
流石にここまで楽な旅になるとは、思ってなかったので内心驚いている。
コチャイ村では、顔見知りの警備兵さんに挨拶を済ませ、中に入ると早速ミローネ様のお腹の虫がなった。
気まずそうにこちらの様子をチラチラと伺って来る。
「・・・まずは、雑貨屋に行って拾った物を売るのでその後、食事にしましょうか?」
「雑貨屋とは、なんなのだ?」
「えっと、色々な物を取り扱っているお店の事ですよ。」
「そこに食べ物も売ってあるのか?」
「いえ、流石に食べ物は無いと思いますけど、食事は、この村唯一の食堂があるのでそこで食べましょう。」
「食堂とは、あれだな、料理をしてくれるとこだろう? それくらいなら余も知っておる!」
ミローネ様は、えっへん!と胸を張っているが僕は、この先が不安で仕方ない。
そうこうしている中に雑貨屋が見えて来る。
外観は、古びた感じで趣きが有ると言うかおどおどしい。
ミローネ様がそっと袖を掴んで来る。
僕は、構わずに雑貨屋の扉を開け、中へと入って行く。
「すいません、いますか?」
「はいはい、いらっしゃいな。」
所狭しと、置かれた雑貨の影からひょいと顔を出した老婆。
変わり者で有名な、この店の主人だ。
「おやおや、ブランシュじゃないかい。」
「お元気そうで何よりです。 今日は、売りたいモノがあって来ました。」
虫眼鏡を片手に近づいて来る。
すると老婆は、僕の後ろに隠れていたミローネ様の周りを徘徊しながらマジマジと見ていた。
ミローネ様は、困惑しながら動けずにいた。
「ふむふむ、なるほどなるほど、金貨5枚でどうだい?」
「意外と安いですね、って違いますよ! この人を売りに来た訳じゃないですよ?」
「!?」
「ヒッヒッヒ、分かっとるよ。 ちょっとした茶目っ気だよ。」
老婆の笑い声にたじろいでいるミローネ様を余所に僕は、空間布袋からスライムから回収した石や嵐鳥の素材を空いているテーブルの上に並べていった。
老婆も仕事人の顔つきに変わり、鑑定を始める。
「魔石と宝石に鉱石だね、どれもスライム産だね。 おや、珍しい、これは・・・嵐鳥じゃないかい。 嘴は、損傷が激しいが他の爪等は、損傷も殆どないね。 これは、どうしたんだい?」
「家の近くで死んでいたのを見つけたので・・・」
流石は、熟練の鑑定士だけあって、石の種類はもちろん、溶け具合などから何処で取れたのか判別できる様だ。
嵐鳥に関しては、災害級の魔獣を倒したなどと言える訳もなく、無難な言い訳をしておいた。
ミローネ様が何かを言おうとしたが口を押えてモガモガしている。
「それは、運が良かったね。 魔石7個が銀貨14枚、宝石10個が銀貨10枚、鉱石20個が銀貨4枚、嵐鳥の材料は、すまないがこんな田舎の小さい店じゃ買い取れないね。 合計、銀貨28枚でどうかね?」
「はい、それでお願いします。 いつもすみません。」
「何言ってるんだい。 こっちも助かっているよ。」
ここら一体は、魔物も弱く、冒険者はほぼいない。
近くの町までも距離があり、老婆が物を仕入れるのにも一苦労するらしい。
「それでその子は、金貨何枚なら売ってくれるんだい?」
「よ、余は、売り物じゃないのだ!」
からかっているのか本当に買う気なのか定かではないが老婆の言葉にやっとミローネ様が口を開いた。
老婆の次の発言でどちらでもない事が判明した。
「ところで今日は、何の用事だい?」
「いや、さっき素材を売りましたよ。」
「そうだそうだ、すっかり忘れておった。 ヒッヒッヒ」
老婆は、ちょっとボケが入って来ている様だった。
ミローネ様が早く出ようと袖を引っ張って来るので話を切り上げて出ようとする。
「それでは、また何か入ったら売りに来ますね。」
「はいはい、よろしく頼むよ。 そう言えば孫娘が買い付けに外へと出てるんだがそろそろ戻って来る頃合いだと思うが少し遅いね。」
「それは、大丈夫なのですか?」
「確かに娘の一人旅は危険だな。」
「なぁにあの子は、ああ見えて強いからね、爺さんの若い頃にそっくりだよ。」
「いえ、商品の方が大丈夫かなと思って・・・」
ミローネ様が疑問に思っている様だったが本人に会えばわかるだろう。
雑貨屋を出て、食堂を目指す。
こじんまりとした佇まいに何処か可愛らしさのある看板が飾られている。
中に入るとかっぷくの良いおばちゃんが声をかけて来る。
「いらっしゃい! ブランシュじゃないかい。 そっちの娘は、彼女かい?」
「違いますよ。 この子は、ミローネと言って、ただの友達です。」
「いきなり呼び捨てとは、物事には順序と言うモノが・・・」
何やらゴニョゴニョ言っているミローネ様を連れて、とりあえず空いている席に座る。
とりあえず、水と嵐鳥の肉を焼いてもらい野菜と一緒にパンに挟んでもらう。
ちなみに何の肉なのかは、おばちゃんには、伏せてある。
「これは、何という料理なのだ!?」
「チキンバーガーって所ですかね? 甘辛ソースと野菜で美味しいですよ。」
「ほほう、でわ、さっそく頂くとしよう。」 ハム・・・
ミローネ様は、最初の一口を食べた瞬間に停止し、一時の間を置いて一心不乱に食べだした。
僕もそれを見届けて食べ始める。
「これは、食べやすいし美味しいな! 何個でも行けそうだ!!」
「落ち着いて食べてくださいね。」
「良い食べっぷりだね! おばちゃんも嬉しいよ!」
「其方もブランシュに負けない程の料理上手だな!」
「そりゃそうさ、なんせ、ブランシュに色々と教えてもらってこの店も潰れずに済んだからね!」
「なんと! でわ、余とは、兄弟弟子になるのか。」
「なんだい、お嬢ちゃんも教えてもらっているのかい?」
雑貨屋同様、田舎では、食堂もよっぽど美味しくないと経営困難になってしまう。
たまたま、前にお世話になったお礼に調味料の作り方等を教えたのだがたちまち人気店になったらしい。
「御馳走様でした。」
「あいよ、全部で銅貨30枚だね。」
「なんだ、お金を取るのか?」
「そりゃそうさ、材料持ち込みでも調理の手間賃と水代を頂かないとね。」
「水もお金がかかるのか?」
「当たり前だよ、よっぽど山の湧水とかじゃない限りは、魔石で浄化したりしないといけないからね。」
この世界では、微生物と魔物の一種、微生獣が水や食材の中に居たりするので魔石で浄化する事が当たり前になっている。
ちなみに煮沸する事で魔石の消耗を抑える事ができる。
食堂を出て、泊まれそうなとこが無いかを探す。
小さな村で外の者も滅多に来ない為、宿屋は無い。
ミローネ様は、今日を振り返り、自身の成長に満足している様だ。
「あの様になっていたのだな。 人里は、お金が無いと生活が出来ないと噂では、聞いていたがあの仕組みか、水一杯にも魔石が必要だったとは、これで余の知識も広がったな!」
大人しかったのでどうしたのかと思っていたら新しい知識に必死に覚えようとしていた様だ。
と言うか、魔王様が納めていた領土もお金の仕組みは、有ったけれどお姫様見たいなモノだからしらなかったのか。
ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚となっている。
銅貨1枚で水を一杯貰える。
村を歩いていると田畑の納屋の近くに空の木箱が転がっていたので農家さんに聞いて使わせてもらう事にした。
空の木箱を重ね、藁を敷いて簡易ベッドを作る。
「こ、ここで寝るのか? あの折り畳みベッドとやらは、使わないのか?」
「流石にここであれを出すと注目を浴びますからね。 今日は、これで我慢してください。」
「なるほど、確かにあの様な魔道具をここで出す訳には、いかんな。 して湯浴みはどうする?」
「湯浴みは、明日の朝、何処かの水辺で済ませる事になると思うので。」
「なっ!?」
あ、あれの事を魔道具と勘違いしていたとこの時に初めて知った。
湯浴みに入れない事に少し、ショックを受けていた様だ。
「時にブランシュよ、余を呼び捨てにしていた様だが その・・・少し気が早いのではないか・・・?」
「ん? ああ、町中で様付けで呼ぶと色々と問題が起きますからね。 友達と言う事で呼び捨てにしています。 ご容赦ください。」
「わ、分かっておった! そう、分かっておったのだ!」
ミローネ様は、急いでローブで包まり、さっと眠りについてしまったがどうしたのだろうか?