6. 隠密の威厳
「あのう……。あっしはどうしたらいいんでしょう?」
メリーと私がお互いがお互いを守りあっていることを確認しあっていると、隣から間の抜けた声が聞こえてきた。
「いいのよ。貴方は疑ってもいいの。そもそも、あらゆることを疑って掛かるのが貴方の仕事でしょ……。」
「内なる声に耳を貸さなければいいだけさ。」
いつの間にか。リオウが傍に立っていた。ビックリ、彼も『隠密』の真似ができるのね。
「それって、リオウも疑っていた時期があった。と、いうこと?」
「ああ多分、今でも疑っている。だかそんなことに耳を貸す必要は無いんだ。事実を積み上げていけば自ずと答えは出る。なあオッサン、『隠密』が感情に左右されてどうするんだ。オッサンの前にはアレクサンドラ様との間に積みあがった事実があるわけだろ。」
聞き捨てならないようなセリフを聞いたような気がするが、彼が言いたいことはそういうつもりは無いのだろう。こっちも少しどころでは無くショックだけれど……そもそも私が彼にしたことは、あまりにも偽善がすぎるのは分かっていたことである……。
自分でも一族のフィルターで悪意が振ってくるようなことが無ければ、有り得ない。と、思ったほどである。前世の自分なら……鼻で笑ってしまうレベルである。
「そうだ。そうだな、お前さんの言う通りだ。お嬢が言う通り、何事も疑って掛かるのが私たち『隠密』の商売というものだが、それを否定するのは事実との突合せに過ぎない。『内なる声に耳を貸さない』か……。上手いこと言うな。坊主は……。」
オッサン呼ばわりが癪だったのか坊主呼ばわりをしている。本当に仲良くやっているみたいで安心する。彼しか適材が居なかったから……というのは、言い訳なのよね。安心できる人材を傍につけたかっただけなのよねぇ……。
「坊主じゃねえぞ。オッサン。」
「屋八さまでも長でもいいから、オッサンはやめろ!」
おいおい。そっちの通り名……気に入っているらしい。
「とりあえず、……真っ最中は『威嚇』に耐性のあるオレが天井裏に張り付くから……屋八のオッサンは影響外にいればいいよ。」
「良いわけないでしょ!」
全く私は見られて喜ぶような変態じゃないの。
「……………ほらな。真っ向から『威嚇』をぶつけられても1分ほどで解ける。ははは……」
「じゃあ、そこで水たまりを作っているのは何かしら……これどうするのよ。仕方がないリモーネにきてもらって処理してもらおう。」
そういえば、盗賊団のボスに育てられたせいか、常識にてんで疎くてよく私を怒らせて、今日みたいにお漏らししていたっけ。あの時だな『威嚇』の耐性がついたのは、毎日毎日叱っていたものなぁ。
「や…止めてくれ……それだけは、勘弁してくれ。」
「無理よ。3人分なんて誤魔化せないもの。」
よほど恥ずかしかったらしい。直接『威嚇』スキルをぶつけたリオウだけでなく、左右に居たヤーコフさんやメリーにまで影響が出てしまったのだ。
とりあえず、リモーネやお銀さん……じゃなくてシルバーレニーさんにお漏らしの件を言わない条件で真っ最中の天井裏争奪戦に打ち勝ったのだった。
お漏らし?
もちろん、日常魔法の『洗浄』魔法の重ね掛けでなんとか凌いだわよ。皆、気持ち悪いって言っていたけど……特にメリーは式典が残っているし、着替えられるような正装なんて無かったんだから仕方がないよね。
*
「おいおい大丈夫か……。お前んとこ夫婦。虎視眈々と奪おうと狙っているものは多そうだなあ……。」
休憩を挟んだ次の賓客は獣王だった。ニヤニヤと笑いかけてくる。全くガキ大将みたいなんだから……。
「はい。お手!」「おまわり!!」「はい。チ「待ったぁ。悪かったよ。からかった俺が悪かったから、それだけは勘弁してくれ!!!」」
コイツはよく懲りずにからかいの言葉を掛けてくるから、イロイロと躾てあるのよね。流石に最後のは下品だったかしら……。2つのポーズから3つ目のポーズに入るところで気づけたらしい。躾が足りなかったかも……。
同時に何やら周囲からどよめきが巻き起こった。特に帝国の貴族たちが、凍りついたような気がしたが、気のせい。気のせいよ。
「全くジッチャンも懲りねえな。やあ、おめでとう。ようやく幸せになれそうだな。良かった。良かった。」
ワオンにしては手放しの喜びようだ。珍しい!
さては覚えて帰ったことが役立ったようね。
「戦いの時は来てくれて助かったわ。ありがとうねワオン。それでどうだった?」
「おう。マンネリは解消できたみたいでウハウハよ。また新技、教えてくれよな。」
実は大雑把にしか動かない獣人の身体で繊細な手技を再現するのは難しかったのよ。だから、獣人の特徴である、そのモフモフの先で素肌を掠らせることで新たな手技を開発したのよね。
「ええいいわよ。新婚生活で新しい技を幾つも開発してみせるわ。ね、メリー。」
もう……。期待してるのは分かるけど……そこで生唾を飲み込まないの……。