3. 侍女の生き別れた妹
着いたそうそう『黒薔薇宮』の引き継ぎがあった。もちろん、相手は前皇后様である。
「貴女が『勇者』ながら、自分の国を売ってまで成り上がったハイエス家の娘というのは……。」
酷い言われかただが、私に反感を持つアラーシア移住組では、そう呼ばれているらしい。順番は全く違うが結果的にそうなっているのだから、それくらいのことは言われると覚悟していたが、前皇后様の口から飛び出したのには驚いた。
「ロシアーニア・ハイエス家長女アレクサンドラでございます。お見知りおきのほど、よろしくお願いします。」
「あら、普通のお嬢さんなのね。礼儀もちゃんと出来ているみたいだし母が言っていたような方じゃ無いのね。」
前皇后様の母親は、ロシアーニア国から嫁いできたという話だった。どういう話なのか聞いてみたい衝動に駆られたがそこは我慢よね。
しかし、これは好印象を持たれたと思うべきなのか? きっと違う。マイナス1億ポイントからマイナス9999万9999ポイントに上がった程度なのだろう。
「メリーもお仕事大変だろうけれど、彼女も大切になさいね。正妻というものが揺らいだりすると政務に響くものですからね。」
宰相の話によると側室には国内の有力貴族から適齢のお嬢様たちがバランス良く集められているそうで、それよりも頭一つ抜け出る正妻にはその格に見合う連合各国の王家の姫を迎えているのだそうだ。
「はい。肝に銘じます。」
かろうじて連合国の一員となったロシアーニア国の王家の姫として嫁いできているが、一歩間違えば単なる友好国の伯爵家の娘という立場で側室たちを抑えなくてはいけなかったらしい。
メリーは分かっているのだろうか? どの側室もないがしろにせず、さらに頭一つ抜け出さなくてはいけないという難しさを……。
無理だろうな。メリーの能天気な顔を見ているとため息をつきそうになってしまった。
*
「義母が失礼なことを言ってすみません。」
前皇后様は、全ての用意が済んでいたのか。挨拶が済むとさっさと帰っていった。後宮の隅で前皇帝と住むという話だった。『家庭内別居なんだけどね』と寂しく笑っていたのが印象的だった。
「いいのよ。あれくらいなら馴れているし……。」
私がそう言うとメリーは物凄く悲しそうな顔をする。瞳を潤ませ涙が零れそう……あっ……。
「大丈夫……そうやって泣いてくれるメリーがいるから……私は大丈夫よ。」
「馴れるな! 私が居るからには絶対に言わせない!!」
「ダメよ! ダメなの! 言いたいやつには言わせておけばいいの。」
リオウから、親ロシアーニア系というほどではない貴族の大臣の1人が私のことに何かを進言したらしく、その場で罷免されたという話を聞いている。そんなことをしても、ハイエス家とメリーに恨みの感情を持たれるだけでなく、進言してくれる忠臣を失ってしまうことになってしまう。
「でも……。」
「これから、帝国の中心で重圧に打ち勝って、民のための政治を行っていくのでしょう? そのためには、有能な人間を失ってはダメ。私のことなんかスルーすればいいのよ。」
「アイツのことを知っているんだな。ダメだ。アイツは、皇族の正妻なら誰にでも送られるはずの僅かな年金と形ばかりの女公という地位を与えるな。と、進言してきたのだぞ! そ、そんなこと……許されることじゃない!」
怒天髪をついた表情をしている。こんなにも怒っているメリーを見たのは初めてかもしれない。私のことでそこまで怒れるのね。これはある種の快感ね。
「そこはスルーしなきゃ……考えておく。の一言でいいのよ。」
私はそう言って身体を震わせているメリーを抱きしめる。そうでなくては、そのままその大臣を切り殺しに行きかねない。そんな表情だった。
「嫌なんだ。子供みたいな反応だと思うけど……嫌なものは嫌なんだ。」
自分の唇を彼の唇に押し付ける。メリーは初めは大人しくキスされていたが、高ぶってきたのか。ここが後宮だと思い出したのか。次第に荒々しく貪るようにキスの雨を降らせるとそのままベッドに押し倒されてしまった。
「ダメよ。ここから先は結婚式が終わってからでしょ。結婚式が終われば、うんとサービスしてあげるから……それまで待っていてね。」
ゴメンね。こうなるのは『男の性』だと分かっていたのに変に挑発してゴメン。
*
「えええええええええっ。なんでここに居るのよ。リオーネ。」
「この度は、ご結婚おめでとうございます。この『黒薔薇宮』の侍女頭を勤めさせて頂きます。リモーネと申します。よろしくお願いします。」
リオーネとリモーネ……まさか生き別れの姉妹が居たのか?
いやいやいや、『鑑定』スキルで確認する。やっぱり、リオーネよね。
「私を誰だと思っているのよ。そんなことで誤魔化されると思っているの? ロシアーニア国はどうなっているのよ。」
「ははは。やっぱりダメですか…でも、こちらではリモーネとお呼びください。……あちらには影武者を置いてきました。」
影武者?
随分と組織的になってきたわね。リオウの教育の賜物なのだろうか。
「ちょっと。何を考えているのよ。もちろん、リオウも知っていたのよね。」
『鑑定』スキルで天井に視線を向け、そこに居るであろうリオウに呼びかける。
「ええまあ。」
知らないはずは無いよね。ここまで手引きしていたのはリオウしかいないもの。