2. 悪役令嬢の戦場
「お嬢様。ここまで嫌われているなんて、ある意味凄いですね。」
結局、ハミルトン元王子の誘拐を企んだ集団は合計7集団となった。合計すると王都の人口の1%に上る数となったが国家反逆罪は死刑と決まっているため、連日死刑台には行列が出来上がっている。
本当は実行犯および計画の中心人物のみ処刑して、あとの人々を強制労働という案もあったのだが、帝国側から待ったが掛かってしまったのよね。何が何でも『血に塗られた王家』にしたいらしい。
それでなくても、荒野での帝国軍との戦いでロシアーニア軍の兵士、さらにポルテト侯爵家を襲った集団、将棋倒しを含む王宮攻略時の死者を含むと実に王都の5人に1人が犠牲になっている計算なの。
帝国の横槍が入ったのには訳がある。帝国領の人々が移住してくるらしい。そして、温暖なロシアーニア国内でも同じように極寒の地サッハリン国への移住計画が持ち上がっているのだが、王都の人口の3割を超える応募があったらしい。
王都だけに限定すると半分が移住者になる予定なのよね。
初め帝国の宰相から聞かされたときは馬鹿げた話だと思ったのだが、蓋を開けてみると王都の人間の約7割がハイエス朝支持に傾き、残り3割は従順な集団となった。
「言わないでよ。まさか、あんな極寒の地でもいいから、この国から離れたいと思う人が多いなんて……。」
私は泣き腫らした目に冷たいおしぼりをおいてもらい。メリーに添い寝をしてもらっている。別に移住者が多いのが悲しいわけじゃない。
「アレク……無理はしないで、処刑なんて見なくてもいいんだ。」
たとえ歓喜の涙に見られようとも私が原因で死んでいく人々なのだ。最後の最後に罵声を浴びせる権利くらいはあってもいいはず……。そう思い、連日の処刑を見守り続けてきた。
「ダメよ。彼らにも罵声を浴びせる対象が居たほうがいいでしょ。」
どんな罵声を浴びようとも全員が全員、黒い噂の信者たちの言うことは、身に覚えのないことばかりで心に響かない。友達の友達が人身売買にあったとか、親戚の友人が全ての財産を取り上げられ闇に抹殺されたとか……では具体的に調べてみましょうと訊ねると具体的な人の名前が出てこない。名前が出てきても実在しない。
聞いたという友人を連れてきても、その人間は別の友人から聞いたと答える。しまいにはどこかで情報がループしているなんてザラだった。
本人はそれでも真剣に最後には全ての情報が抹消されたなんて言い出す始末。
そもそも、帝国の侵略にしたって実際に戦争を仕掛けたのはロシアーニア国側なのだ。普通なら法廷での証拠集めで奔走している時期にも関わらずこうやって処刑が行われているのは誰も彼もが憎しみに満ちた口調で誇らしげに関与してことを自白したからである。
ただただ、目の前で人が死んでいくということが悲しかっただけ。魔王討伐でこの手のことに麻痺していると思っていたのだけど、自分の国の人が死んでいく光景というのは全く別だったのよね。
*
「見事な手腕でしたのじゃ。こちらで調査を進めていた反国家的組織の全てが壊滅させるとは……。」
宰相ドトーリーの言葉に背中が痒くなる。私は、単に一連の憎しみの矛先を元凶であるハミルトン元王子に向けて、気を晴らしただけなのよね。少し趣味に走ったかもしれないけれど……。
それは弟を殺されたという憎しみを直接、彼にぶつけてしまえば殺してしまいかねないから。
これらのハイエス朝の構築と後始末をつけるために半年もの時間が掛かってしまった。その間にメリーは皇帝代理という座の足場固めを着々とこなしており、それと並行して進めていた私の後宮入り準備も完了しているということだった。
「1週間ですか?」
「そうですじゃ。せめて1ヶ月は差し上げようと思ったのですが、側室たちの居室も既に完成済みでして……。貴女様をお待ち申し上げている状況なのですじゃ。」
ロシアーニア国まで迎えに来たメリーは、王都のさっぱり不人気な私に幻滅することなく、帝国領内に入り民衆の歓迎を受けている状況だ。これから2週間掛けて帝都に入り既に準備が完了している成婚の儀を行い、後宮入りする。
後宮でメリーと持てる蜜月がたった1週間という時間なのだという。
それ以降は正妻として、次々と側室を迎えていかなければならないらしい。
後宮では、『黒薔薇宮』と名付けられた正妻専用の宮殿に入る。ほかに『白百合宮』『紫菫宮』『青菖蒲宮』『黄回香宮』『赤花梨宮』と名付けられた側室用の宮殿もあるらしい。
側室向の宮殿のほうが可愛らしい名前のような気がするのは気の所為だろうか?
しかも『黒薔薇宮』?
昔から、そう決まっているということでなんら問題が無いのは分かっているのだけど、なにか悪意に満ちた名付け方だなぁ。
「それはそうですじゃ。昔から皇帝は連合国家である帝国の各王家から形ばかりの姫を正妻として迎えておったからのう。代々の皇帝も正妻と1人子供を作れば終わりとばかりに放置されることが多かったそうですじゃ。」
ええっ。そんなところに入らなきゃいけないの?
代々の皇妃の恨みつらみが篭っていそうな宮殿だなあ。