4. 侍女と優しい嘘
そうだ。リオーネって、こういう人間だった。私がくじけ闇に囚われるたび、こうやって目を覚まさせてくれる。姉のような優しさと妹のような厳しさを持つ人間なのだ。
私とて人間だ。謂れのない悪意に何度もくじけそうになった。そのたび、こうやってリオーネやショウコさんが手を指し延ばしてくれた。まあショウコさんはドSだから、嬉々として谷底に突き落としてくれたが……。
私は立ち上がり、リオーネを抱きしめる……。
冷たい。リオーネの身体が冷たくなっていたのである。
「……リオーネ。いったい何時間、ここに居たの?」
私はピンとくる。よく見れば、抱え込んでいるほうのカバンには傷ひとつ無いのに転がっているカバンには沢山の傷がある。
リオーネが部屋を出て行ってしまってから、ずっとこの場でスタンバイしていたようだ。何度もカバンで大きな音を立てていたのだ。
その音が聞こえないほど、自分の闇に落ち込んでいたのだろう……。
「ついさっき出てきたところですよ。」
リオーネが優しい嘘をついてくれる。
*
「もうお昼ですね。昼餉をお持ちしましょうか。」
部屋に帰るとさきほどのやり取りが恥ずかしかったのか。視線を逸らして、さも今、気づいたかのように聞いてくる。
「いいえ。これを頂きます。せっかく、リオーネが用意してくれたんだもの。」
さきほどまでとは違い、突然食欲が湧いてくる。よく見れば、朝餉には私の好きなものが並んでいる。こんなに大切に思っていてくれているのに、あんな言葉を向けてしまった。
リオーネに一族の害が及んでいないはずがない。外で私のことを庇うたび、脅されているのかと心配されると言っていたこともあった。
本気で庇えば庇うほど、リオーネに対する印象も悪化していったに違いない。こんなことにも気づかないほど、追い詰められていた。言い訳にしても言ってはいけないことを言ってしまった。
「さっきは、ごめんなさい。」
食べる前に謝るだけは謝っておかないと食べ物が喉を通らない。自分勝手だが傷つけてしまったことは取り戻せない。まずは謝って1から関係を構築し直すしかない。
「アレクサンドラ様ったら。もう可愛いんだから……」
リオーネは目を細めると抱きついてくる。許して貰えたと思ってもいいのだろうか。いやいや反省はすべきだ。甘え過ぎも大概にしないといけない。
「そんなことを言うのは、リオーネくらいよ。」
「そんなこと無いんだけどなあ……まあいいや。当分は私だけのアレクサンドラ様でいてくださいね。」
*
「それでどうします?」
私の食事風景を楽しそうに眺めていたかと思うと突然、話しかけてくる。このあとのことを聞きたいと思うのだけど……皆目、見当がつかない。
「さあ。」
こちらから『婚約破棄』は言い出せない。どう転んでもこちらが悪だということで終わらされてしまう。八方塞がりなのか。向こうが『婚約破棄』を言い出すまで待つほか無いのだろう。
「復讐したい、と思わないんですか?」
「お母様に? それとも王子に?」
復讐は簡単だ。本気で『威嚇』スキルを使えば2人がどうなるか。まず正気を保っていられまい。おそらく、ユウヤの狙いはそこだ。
救国の英雄が2人もいるのだ。たとえユウヤが王になっても、私がストッパーの役割を担うことになっていくに違いない。奴にとっては、私が邪魔な存在なのだ。
常に黒い噂が流れている伯爵家だが、それだけでは処分できない。しかし、どんな理由があろうと王族に対して危害を加えれば致命的なダメージとなりえる。即刻、処刑され伯爵家は取り潰されるだろう。
「考えていないようですね。」
「そうね。復讐しても仕方がないし。まあ、ユウヤには意趣返しくらいはしたいかも……でも無理……」
ここまでされたんだ。ユウヤ様なんて呼べるはずもない。
「誰か味方になってくれる人は、いないのですか?」
私が諦め顔で首を振る。
「無理よ。こちらから提案すれば罠に掛けようとしていると思われるし、一族の本当のことを知る人物なら、巻き込まれないように避けるわよ。国内には全く居ないわね。」
「そうですよね。じゃあ、他の国には?」
他の国かあ。
「居ないことはないかな。……怒らないで聞いてくれる?」
各国にできた友人たち。それ以外にも、その国で便宜を図ってもらうために王族を誑しこんだのである。
王族でも継承順位に関係なさそうで、知り合った人物。もちろん、好みのタイプが条件だ。
初めはマッサージをしてあげると言って近づき、マッサージサロンで鍛え上げた腕と『腐女子』としての知識で男の子の気持ちイイところを何度も何度も『寸止め』で……。
「もちろん、処女は守り通していてよ。」
「はあ……そんなことをしていたんで……すか……」
「軽蔑する?」
ショウコさんは不思議がっていた。よく見知らぬ土地で協力者を見つけてくるなって……。さすがに14歳の女の子にそんなテクニックの話をするわけにもいかないから、笑って誤魔化したけど……。
「処女やカマトトじゃないんで、別に……。それで良く襲われませんでしたね。」
「もちろん、体力を使い果たして頂いたから大丈夫だったわよ。」
身体に手を伸ばそうとしてくるひともいたけど、それは『男の性』だということは『腐女子』として理解していたし、イヤと言えばすぐに引っ込めてくれた。
まあ、獣王の孫という男の子は体力が有り余っていたらしく、襲い掛かってきたけど『威嚇』スキルで撃退した。これは言わないほうが良さそうね。
「……あのですね。男の人は、ちょっとエッチな女の子が大好きなんです。アレクサンドラ様は清楚ですし。そのギャップにイチコロになったんだと思います。」
リオーネが頭痛がするように頭を押さえながら怪訝な表情をする。私ならば凄くイイ声で鳴く男の子を押したいけど……。
「イチコロって……、私を好きってこと? そんなことは無いでしょう。ハイエス伯爵家の娘なのよ。ありえない……」
ロシアーニア国では私に声を掛けてくる男の子など居なかった。
「他の国では、ハイエス伯爵家の噂は流れていなかったんでしょう? それならば、関係ないでしょ。」
「あれっ。そういえば、そうね。恥ずかしい姿を見られたことがショックだったから便宜を図ってくれたんじゃないかな。ずっと……そう思っていたのだけど……」