7. 悪役王女の降誕
じゃあ。どんな処分にしようかしら。自由に動かせる『攻』が一番妥当なラインかしら……。ユウヤが『威嚇』スキルに掛かってくれれば、屈辱に歪んだ顔を見れるのに……まあ無理だろうな。思わず自分の妄想に口角が上がるのを抑えられない……。
「お嬢様? お嬢様の趣味は存じておりますが、今は召喚の間に向かうのが先決かと存じます。」
やっばーい。
普段は口角が上がっても一族のフィルターが邪魔をして邪悪な笑みになるから気にしてなかったが、私を良く知る人物は、そのフィルターを差し引いて表情を読み取れる。
しかも彼は現役の『暗殺者』としての能力を持っている。と、言うことは全部バレバレ?
ま……気にしないでおうこう。一瞬、貧血を起こしかけたが踏ん張る。
彼がこのことを吹聴するはずもないのだから……。
*
「ここに来ると思っていたわ。たかだか伯爵家の娘の分際でお兄様を頂いただけでも分相応なのに、王家に弓引こうだなんてふざけているでしょ。絶対にユウヤ様に手は出させないわ。」
もう少しで私の居室に到着するというところで行く手を阻む者が現れた。ユウヤと婚約した王女エミリア様だ。
この王女は普段からこんな言動を繰り返し王家の権力を振り回すのを得意としており、世が世なら悪役王女としての名前をほしいままにしていたような人物だ。でも私の一族のフィルターには及ばず、魔王討伐隊の中でも生意気な言動を繰り返す生意気な王女で通っていた。
巫女としての攻撃能力を失ってもその『耐性異常』無効化の能力は健在だというから厄介な相手だ。彼女の身体に触れているだけで私の『威嚇』スキルさえも無効化してしまうのである。
味方としては私が前面に出て『威嚇』スキルを発揮してユウヤやショウコさんたちにスキル無効化コンボを決めることが出来たので頼もしいのだが、敵としては厄介だ。
彼女に触れられているのは数人が限度だから、最大出力の『威嚇』ならばズラズラと並ぶ彼女の親衛隊の大部分を倒すことができるのだが、帝国の精鋭たちに影響が出てしまう。
「そう。あなたがここに居るということは、異世界召喚の準備が整ったのね。」
この王女は、私相手に膠着状態に持ち込める唯一の相手だ。時間稼ぎをするには持って来いの人物なのだ。
「そうよ。あと1時間もすれば、ショウコ様が召喚されるでしょうね。」
ショウコさんがユウヤの為に動くかどうかは5分5分といったところだが、万が一、ユウヤに付かれた場合、圧倒的に不利になることは確かだ。ユウヤに付かなかったとしても、帝国との交渉の材料に使われるだろう。
「そんな、利己的な理由で異世界召喚を使ってもいいと思っているの? 異世界召喚はこの世界を救うためだけに存在するのでしょう?」
私は話を長引かすために挑発してみる。視界の端のリオウがジリジリと僅かに移動しているからだ。なんらかのアクションをするつもりなのだろう。
「確かに伝説ではそうなっているようね。だけど、この魔法はわが国のもの。どういう理由で使おうとも勝手ではないかしら。」
実際は伝説だけでなく各国との取り決めでも、そう決まっているのだが、関係無いと言われて終わりそうだ。
「そこの男、王女に手を出すのは止めたほうがいい……。エミリア様、遅くなりました。」
えっ。ラス。
突然、王宮筆頭魔術師だったラス・ブーチンが前方に現れた。しかも、ハミルトン王子とリオーネを伴っている。『転移』魔法で移動してきたようだ。
「遅くなりました王女。ハミルトン王子と、アレクサンドラ嬢が尤も大切な人間である侍女殿をお連れしました。」
どうやら、先鋒を務めると言いながら、私の領地まで戻った彼は、ハミルトン王子と一緒にいたリオーネを連れてきたようだ。それとなく隠していたはずのリオーネを大切にしていることは、ハミルトン王子くらいのものだ。彼がそう話したに違いない。
「それは良くやったわブーチン。ポステトを唆して、お前を訴えさせた甲斐があったわね。」
もちろん、ラスの言っていることが本当かどうかは確かめてあったのだが……。流石にその裏までは読みきれなかったようである。
「なにぶん、アレクサンドラ嬢は裏の事情に通じている方なので、信用を得るにはこのくらいのことをする必要があるのですよ。」
どうやら、私はハメられたらしい。道理で自ら罰を受けるようなことを言ってくるはずだ。信用されるためには何でもやる男なのだろう。
「侍女が尤も大切な人間なの? 貴女。寂しい人生を送っているわね。」
エミリア王女が嘲るような視線を送ってくる。
ほっとけ! だが肯定するわけにはいかない。
「何を言っているのよ。そんなわけが無いでしょう。今はメリーが一番に決まっているじゃない!」
よし! 声も震えていないよね。動揺も押し隠せたはずだ。一族のフィルターのことを知っている人間だ。やりづらいこと、このうえ無い。
「ほーほほほ。なるほど、極悪非道と謳われるハイエス家の娘のことはあるわ。じゃあこの娘は要らないのね。殺しても大丈夫よね。」
そう言って、エミリアがリオーネの首に短剣を突きつける。
「止めて! リオーネを殺さないで!!」
私は思わず声をあげてしまった。
「情けないわね。魔王討伐で裏の立役者と言われた貴女がこんな小娘ひとりのせいで、膝を屈してしまうなんて……。さあ、降伏しなさい! 貴女に勝ち目はなくなったのよ!!」