2. 皇太子のアドリブ
爺婆たちをこの建物の中に押し込むときに中を真っ暗にしており、最後に入ってきたラスの顔もうつむき加減や逆光で見づらいようにして入れ、自殺を図った爺さんの家から衣服一式を手に入れ、さらにフードまで被らせていたのよね……
「それにしても、メリー? いきなり、アドリブを噛まさないでよ……ちゃんと事前に芝居をするって言ってあったでしょう?」
唾を吐くシーンも事前に打ち合わせしてあったのだけど聞いていなかったらしい……まさか、あそこでラスをメリーが平手打ちをするとは思わなかったのよね……まあ、あれはあれで芝居に真実味を与える結果となったから、よかったけど……
「つい、かっとなって身体が勝手に動いてしまった。すまない。」
ラスもしっかりと鍛えてあったから、踏みとどまってくれたけど……あれが一般人だったら、吹っ飛んで気絶されてしまったわよ……
私を好きだからこその行動だと思うと悶えるほど嬉しかった。その場で歓喜の表情を浮かべてしまったほどよ。このときほど一族のフィルターがあって良かったと思うことは無かったわよ……
とりあえず芝居の都合上、おもいっきりスルーしたけどね……全く一瞬頭の中が真っ白になっちゃったじゃない……
「私に謝るんじゃなく。ラスに謝ってよ……」
「ラス。すまないことをした。」
メリーは私に言われると素直に頭を下げる……頭を下げるなんて教育を受けて来なかっただろうに私の言うことは無条件に従ってくれる……こういうところも大好きなのよね……
「殿下。皇族がそんなに簡単に頭を下げるものじゃ……」
ラスが言うことも尤もなんだけど、仲間なんだからシコリを残さずにいきたいと思うのよね……こういうところが前世持ちの価値観のズレってやつなのかもしれないけど……
私がメリーに頭を下げさせた様子をみた爺婆が今まで以上の恐怖の表情になった……この清々しいやりとりが一族のフィルターを通すといったいどう解釈されてしまったのか……聞いてみたいような。聞きたくないような……
*
帝国軍はこの情報から慎重に進めていた侵攻速度を大幅にアップしていった。途中、住民たちの反抗にあう覚悟で進めていたのよね。
それでも馬車じゃないから王都の門に到着するまでに3日ほどかかった。王都の門は閉ざされており兵糧攻めをしようにもあと4日では無理よね。各領地の若者たちは物資も持ち込んでいるらしいから……
こんなんで4日でユウヤを王宮から引きずり落とさなくてはいけないのか……これはもう無理ゲーよね……
王都に居る裏の世界の人間からの情報によると、この3日間で既に選挙が終わっており、ユウヤはロシアーニア共和国の初代大統領に就任していた……
しかも、何処で調べあげたのかハイエス伯爵家に近い貴族は国会議員にも立候補させてもらえなかったらしく。その筆頭たるポルテト侯爵家は存続の危機に立たされているらしい……
領地を持たない侯爵家として先々代の宰相だったことから持っていた王宮での仕事から各種権益、商売上減免処置など全て取り上げられてしまったらしい……侯爵は今、非採算部門の整理に携わっていて……侯爵家の面目を保ちつつ数十年は持たせられるだけの資産残していっているのだという……
特に私を通した『勇者』への物資供給では莫大な利益を叩き出していたらしい……
私に近いということもあったのだけどユウヤからの再三に渡って私の弟の引渡しに応じなかったのが侯爵家であっても国会議員に立候補できなかった原因らしい……
万が一、ショウコさんが召喚され休戦が成立し、ショウコさんが中立の立場を取ってくれ私とメリーの結婚が成立したら、ポルテト侯爵家に報いなければいけないわね……侯爵自身は無理でもご子息に帝国でのなんらかの役職を与えるとかかな……
王都から外に出入りするには、門の他に裏の人間しか知らない秘密の地下道があるらしい。そこから、出入りして情報を得ていたのだが……そこから1人の男が慌てた様子で王都の門の前に陣取った私たちのテントに駆け込んできた。
「大変です! 王都の市民たちがポルテト侯爵家を襲撃しています。」