プロローグ
「ほう。このお嬢さんですかな、魔族の間で『黒い悪魔』と囁かれているアレクサンドラ様とは……しかも、あの悪名高きハイエス伯爵のご令嬢であらせられる……」
誰なの。私はゴキ○リじゃないのよ。変な呼び名をつけないでほしいのもだわ。とりあえず、無視してキスを続ける。これから、盛り上がるところなんだから……
*
「全く見せ付けてくれるな。ひとり者の俺には目の毒だよ。このまま、ベッドにもつれ込んでしまうかと思ったぞ!」
15分後、ようやく離れた私たちをゴディバチョフが呆れた表情で見て言った。
ゴディバチョフだけならまだしも、得体のしれない人物の前でそんなはしたない真似はできるわけがないじゃない無理よ。私のことを何だと思っているのかしら……失礼しちゃうわね。
その隣に居た爺さんが更にげんなりした顔で座り込んでいる。第1声を無視したのでイジけているのかしら……
「そうじゃ。お主たちが愛し合っているのは十分わかったのじゃ。もう勘弁してくれんかのう……」
その声に気付いたメリー皇太子が驚いた表情をしている……
「これはドトーリー殿ではありませんか。どうしたのですか? 滅多に前線には出てこない宰相がこのようなところまで……」
そういえば魔王討伐の際、帝国に立ち寄った際に見たことがある気がする……あのときは、私好みの可愛い男の子の帝国側協力者を探すのに必死だったから、余り覚えていないのよね……というか、爺さんには興味が無かっただけなのだけど……
「何をって、将来の王妃になられるかもしれない方のお顔を拝見しにきたのですよ。まさか、こんな熱愛ぶりを見せ付けられるとは思いもしませんでしたが……」
もしかして印象最悪? ハイエス伯爵家の黒い噂も知っているみたい……
「お嬢さん、そんなに睨まなくても大丈夫じゃ。決して貴女の邪魔をしようだなんて思っていませんから、そんなことをすれば帝国は崩壊してしまう。そうですよね陛下……」
私は自然と睨みつけていたらしい……凄いわ。この人。僅かな間だったとはいえ初対面で私の『威嚇』に耐えたひとは魔王以外居なかったのに……
「そうだ。この世界で獣王を顎で扱き使える人間は、アレクサンドラ嬢只一人だ。怒らさんでくれよな。」
獣王を顎で扱き使ったわけじゃないんだけどなぁ……ただ一人で獣王の間に呼ばれた際に痴女、痴女と五月蝿かったので怒気を含んだ『威嚇』を与えたら、獣王がお漏らししてしまったのよね……それ以来相手が下手に出てくるようになっただけなのに……
魔王討伐の祝勝会でお漏らしの件を黙っていてくれるように懇願された。あとで聞いた話では凄い悪辣な手段を使って弱味を握ったと噂されていたのよね……獣王がガキ大将みたいな真似をしたなんて誰も思わないんだろうなぁ……
「ですが、この戦いの引き金になったことだけは、伏せておいてくださいますかな。あくまで、わが国の侵攻の手伝いをしていることにしてくだされ……」
「それはいったい……」
疑問を口に出してみたものの、ハイエス伯爵家の人間が関わっているというだけで帝国側が悪の権化みたいに云われかねない。ましてや、今回の軍事行動は対外的に見れば立派な侵略行為なのよね。近隣の人族の国々からしてみれば、次の標的は自分の国かもと戦々恐々としているに違いない……
「どういうことだ! 私たちの愛を大々的に宣伝できるのはこの時をおいて他に無いのに……」
うわーっ……なんて恥ずかしいことを言うのよ……そりゃあ、少しは思わないではないけど……
「私のライバルは各国に1人づついるんだぞ……私なんかと違って、本当の次期国王と噂されている人物も多いと聞く……何が何でもこの機会にヤツらを諦めさせる必要があるんだ。」