2. 次代の王と高まる予感
後宮で私に与えられた居室は独立した建物になっている。周辺部の王宮側に、はみ出た部分にある。
さらにユウヤが側室たちのために建てた大きな建物が後宮の中央に位置しており、ゲストハウスに到達するには大きく回りこまなくてはならない。
「おっ。いいところに。」
建物を回りこんだところでユウヤと出会う。
「これはユウヤ様。ごきげんよう。私をお探しでしたでしょうか?」
私は出来るかぎり視線を合わせず、優雅さを失わないようにお辞儀をする。リオーネは既に横に控えており、頭を下げている。
ユウヤは今でこそ私の能力に耐性があり、視線を合わせただけでは恐怖を感じることは無いのだが、初めて会ったときにオバさん扱いされた私は思わず睨みつけてしまったことがあるのだ。
そのときに混乱し無様な醜態を晒したユウヤは根に持っており、時折思い出したかのように嫌味を言ってくるのである。諍いを好まない私は自然と彼に会ったときは視線を外すようになった。
「……いや、……あの、お茶でもどうかなと思ってな。誘いに来たのだ。」
「こんな夜半にですか?」
夕食が済み、うたた寝をしたが今は夜の10時くらいだ。現代日本では、夜はまだこれからと言っていい時間だが、こちらの世界の常識では真夜中に近い感覚である。
「ああ、側室たちにせがまれてな。」
彼の側室たちも私の本性を知る数少ない友人たちだ。だが彼女たちは高貴な生まれだから、この世界の常識に厳しい。その彼女たちが常識に反して私を誘うなどありえない。彼の作り話に違いない。
何を企んでいるのだろう?
召喚時には精神的に幼かった彼も今は鍛えられポーカーフェイスができるようになっている。
本気で睨みつけて、何かを聞き出そうかとも思ったがやり過ぎるわけにはいかない。これでも、彼はこの国に取って無くてはならない存在なのだ。
膨大な国力を誇る帝国とは違い、魔王との戦いで疲弊しきったこの国には、シンボルとなる人間が必要だ。それが王族の一員になるのであれば、何とか立て直せていけるに違いない。
「所用がありまして、申し訳ありませんが彼女たちに謝っていたとお伝え願えませんでしょうか……」
「そちらこそ、こんな夜半に何処へ行くというのだ? 王子の婚約者という立場であろうと気軽に出入りできる場所では無いことなど知っておろうが……」
生意気にも常識に疎いユウヤに常識を指摘されるとは……。だが、立場の違いが明確に反論することを許さない。
「はい。母が来ていると聞きまして、それでゲストハウスに向かっているところでございます。」
「ああ、そうか。ならば、早く行ってやるといい。引き止めてすまなかった。」
珍しいことがあるものだ。あのユウヤが私に対して謝っているなんて……彼も大人になったということなら嬉しいのだけど……。
彼は道を譲るように側室たちの待つ建物のほうに歩いていく。
*
「なにやら、おかしかったですね。ユウヤ様。」
ユウヤが建物の中へ入るのを見届けると再び、ゲストハウスに向かって歩き出すとリオーネが話しかけてくる。私が感じていたことはリオーネも感じていたらしい。
「そうねリオーネ。やけにあっさり引き下がったわね。」
「あの方がアレクサンドラ様に向かって謝っているのを初めてみました。」
「そう……ね。自発的に謝られたのは初めてかもしれないわ。」
魔王討伐の最中にはショウコさんが彼のことを思い、頭を下げさせるように仕向けたことも何度かあったのだが、あんなふうに自らの意思で謝っている姿などほとんど見られなかったのである。
「成長したということでしょうか。でも、王が謝るということの意味が分かってしているのでしょうか?」
次代の王として教育を受けているということだから、知らないはずは無い。魔王討伐の旅で各国を回っていたときにできるかぎり頭を下げない各国の王の姿を目にしているはずなのだ。
リオーネは厳しい。日頃から私に対しての失礼な言動を繰り返し聞いているからだろう。
*
ゲストハウスに到着する。
途中、後宮の門の近くを通ったときには門は閉じられ、辺りには門番も居ないようだった。普段は24時間体制で見張りの人間が内と外で待機しているはずなのだが……。
ゲストハウスは2階建ての大きな建物で、後宮の門に向かって入り口の扉がある。そして、1階の角の一室が煌々と明かりが灯っているのが見える。あそこに母がいるのだろう。
ゲストハウスの入り口の扉に手を掛けようとした。そのとき明かりの灯った一室の開いた窓から一瞬、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「リオーネはここで待っていて。」
私はリオーネの耳元で囁くと扉を使わずにその窓の方向に走りだした。