1. 婚約者と嫌な予感
ハミルトン王子は今でこそ継承順位が上位に位置しているが、それはショウコさんたちを召喚する以前の魔王討伐で軒並み継承順位が上の兄たちを失なったためである。だから末っ子特有の甘えん坊な性格なのだ。
もちろん、ユウヤを次代の王に迎える準備が着々と進んでいる中で彼の位置付けは、あくまでユウヤの代わりだ。万が一、なんらかの事故でユウヤが死んでしまった場合や後継者を残さなかった場合に限り、王家を存続させるだけのために居るのだ。
そんな彼だったが、私に対してもいつも見せる怯えた表情が私の大好物である『ショタ受』の琴線に触れたため、この婚約を受諾したのである。
「それにしても遅いわね、リオーネ。てっきり寝ているところに夜這いにくると思っていたんだけど……」
臆病なのは分かっていた。決して視線を合わせようとしないからだ。まあ例の黒い噂と無関係じゃないかもしれないが……。
「……アレクサンドラ様。そうですね。私、見てきましょうか?」
彼女はハイエス伯爵家で幼いころから姉妹同然に育ってきた身の回りの世話をしてくれる使用人だ。私が伯爵家で散々苦労してきているのを見ていた彼女は、この婚約で後宮に入ることになったとき、ハイエス伯爵家と縁を切るチャンスだという周囲の反対を振り切って侍女として付いて来てくれたのだ。
「ダメよ。リオーネは、まだここに来たばかりじゃないの。迷ってしまうわ。それに怖いのよユウヤは……」
ユウヤはショウコさんという彼女がいるにも関わらず、魔王討伐の旅で各国に立ち寄るたび、立場を利用しその国の有力者の娘、幼き少女たちと縁を結び、この後宮に側室として招いている。
てっきり、ユウヤはショウコさんを正室に迎えるものだと思っていたのだが、彼女は振られ現代日本に帰っていってしまったのだ。ユウヤはロリコンなのだ。ショウコさんは必死にフォローしていたが元々横暴な性格なのだろう。出会ったときに既に18歳を超えていた私はオバさん扱いだった。
「それじゃあ、どうしましょう?」
「私ひとりで、と言うと怒るよね。」
ユウヤは横暴だが、私のスキルに思うところがあるのだろう。本気で怒らせるところまでは、いっていない。間違えてユウヤと側室との逢瀬の現場に出くわしても煩そうに嫌味を言う程度だ。それがリオーネなら斬って捨てられる可能性がある。
「もちろんですわ。」
リオーネは既に怒りかけている。怒っている姿でも可愛いのよね。少し紅潮した顔がなんとも……いいなあリオーネは……。
「……ずるいなあ。リオーネは可愛くて……」
「何を言って……。さあ行きますわよ。」
リオーネはますます赤くなっていく。それを振り払うように立ち上がると部屋を出て行こうとする。いいなあ。私があんな表情をすれば、きっとどんなイヤラシイ想像をしているのだと思われてしまう……。
まあ、男同士が仲良くしているのを見るときはそんな表情をしているのかもしれない。それは『腐女子の性』だ。許してほしい。
本当に部屋を出て行こうとするリオーネに追いつこうと慌てて立ち上がる。
「……待ってよ。」
*
「本当に迷路みたいですわね。」
そうなのだ。後宮は増築に次ぐ増築により面積を広げていったことにより、王宮の庭まで侵食し、訳の分からないことになっている。
私は魔王討伐の練習に連れて行かれたダンジョンで鍛えていたせいでマッピングできるが、ユウヤ当人でも全ての側室の居所が把握できていないに違いない。事実、何度も侍女に連れられて歩いている姿を見かけている。
「……そういえば、ハミルトン王子の今日の予定はどうなっているの?」
ユウヤの代わりとは言え、ハミルトン王子も王族だ。政務もあり多忙の毎日を送っている。さらにこの婚約に向けた準備でそれに輪を掛けて忙しいと漏らしていた。
「そうですね。午後の最後は……オーチッド様がご挨拶に参られるそうでした。」
オーチッドとは母だ。夫妻での挨拶は既に済ましているはずなのだが……。
「お母様が? さすがに金の無心は早すぎるよね……」
こちらが選ぶ立場だったが相手は王族だ。いくら、それはなんでも……そう言いきれないのが怖いところだ。
私の実の母なので一族特有の感性を狂わせることは無いのだが、庶民出身のため貴族としての常識に疎いところもあり心配なのだ。
「そうすると、ゲストハウスよね。」
ゲストハウスは、王宮から後宮に入る門の傍にある建物で側室の家族が会いにくるときに使われている。
何か嫌な予感がする私は、少し歩調を速める。リオーネも同じ思いだったのが全く遅れもせずについてきているようだった。
とにかく、我が家では母は鬼門だ。何かトラブルを引き起こすとしたら、母しか居ない。トラブルメーカーなのだ。
浪費家で他の貴族とのトラブルも絶えず……そんな母だったが、一族の外の人間だったせいで清純に見えるらしく、トラブルも父が裏で糸を引いていると言われている……。