4. 悪役令嬢のお菓子作り
「ほら、メリー皇太子。あーん。」
門を出ると庶民の街並みが広がる。門の内側は貴族の高級住宅地となっているが、外側は割とごちゃ混ぜだ。門の直ぐ外に露店があったりするこの国のこの雰囲気が大好きなの。
魔王討伐で各国を巡ってみると何層もの壁が出来上がり、ここは金持ちの住まいだとか、ここは騎士たちの住まいだとか決まっていることが多いのよね。
もしかすると、もう来れなくなってしまうと思うとちょっと泣きたくなる。そんな様子を察してくれたのだろう、メリー皇太子が露店のホットケーキを買ってくれたの。
「あーん……これふわふわで美味しい。この値段で卵を使っているのかな?」
日本で安い卵もこちらでは高級食材なのよね。皇太子は知らないだろうけど、卵1コで買ってもらったホットケーキの10倍以上する。露店で、そんな高級食材を混ぜるなんてありえないのである。
実はこの辺の露店は、ハイエス伯爵家が出資してやってもらっている表の商売なのよ。荒野には発泡純度の高い炭酸泉が湧き出る泉があって、その炭酸泉を混ぜて焼いているの。
これは、ある耽美小説に載っていたネタなのよね。バイセクシアルであることを隠し続ける検事と角刈りでオネエ言葉だが攻めの理容師の夫婦がひたすら料理をするだけの物語だったけど、大好きな作家さんの作品だったので本を読んで実際に作ってみたりした。
それが世界を超えて役立っているなんて凄いわよね。
「違うのよ。本当は内緒なんだけど、特別に教えてあげるわ。」
私はメリー皇太子の耳元でコソコソっと教えてあげた。くすぐったそうにしている表情も可愛い……。耳も感度が良さそう。今度、マッサージの際に息を吹きかけてみよう、きっとイイ声で鳴いてくれると思うわ。
「これ、本当に美味しいですね。」
「エルタロンもそう思うか。アレクサンドラは凄いな。お菓子作りが得意なのか?」
エルタロンとは皇太子の傍にいつも付いている騎士で小柄ながら筋肉質の腕や胸、太腿が露出した部分からチラチラと見えている。これならば『下克上攻め』もできそうよね。
「いえいえ、普通に嗜んでいる程度ですよ。」
前世はホットケーキ粉で作るお菓子が大半だったのよね。それにこの世界には一定温度まで自動的に上がってくれるオーブンも無いから、全て感覚で覚えなくてはならない。
令嬢相手に教えてくれるお菓子といえば、バターをふんだんに使ったクッキーと誰がやってもスが入ってしまうプリンくらいだけど……。
この辺りは捏ねるだけ混ぜるだけで、オーブンの温度管理が難しいのよね……出来ないとは言わないけど、経験値が違うプロのお菓子職人には遠く及ばないものになってしまう。
だから、ホットケーキとワッフルと焼きドーナッツ、ベビーカステラかな。後ろの3つは金型職人と一緒に型から作り上げたから、誰よりも上手く焼ける自信があるわ。あとはお好み焼きに焼きそば……これはお菓子じゃなかったわね。
でも、露店じゃないんだし、披露できないのが難点なのよね。そうだ、今度どこかでお茶会があったら機材を持ち込んでみようかしら……
ああ、せめて電子レンジがあったらな。もっとレパートリーが増えるのに……
「う、美味えー。おい親父、あと5皿くれ!」
隣ではワオンがバカスカ食べている。あーあ、大丈夫かしら、獣人って歯を磨かないから虫歯になりやすいって聞くんだよね。歯がなくなって食べられないようになって衰弱して死んでしまうらしい……
それにしても、ワオンったら何をしに来たのかしら……。邪魔をするならするで、もっと嫉妬心を煽ってくれなきゃ……
「ほら、お母様も召し上がるでしょ。」
「私は伯爵夫人よ。こんなもの食べるわけがないでしょ……うぐ……」
私は無理矢理、口に押し込む。全くもうプライドばかり高くて嫌だわ。同じものを食卓出したときには、喜んで食べていたくせに……
おやつの時間が終わったところで、メリー皇太子に馬車を代わってもらった。もちろん、ワオンは外で馬車に併走している。食後の運動には、丁度いいよね……
*
ああ、面倒。本当は聞かずに済ませたかったけど、お父様になんて言ってあげればいいのか分からないのよね。
「なんで寝たの?」
「え、寝てないわよ。今日はずっと起きていたわよ。」
バカだ。私が何が言いたいのか、分かっていないらしい。分かっていたけど全然罪悪感というものが無いらしい。妊娠までしておいて、お父様にどう言い訳するつもりなんだろう……
「違うわ。なんで、ハミルトン王子の子供を妊娠するのよ。」
「可愛いわよ。きっと、貴女の弟ですもの……」
もう。頭痛いな。どう聞けばいいんだ。『威嚇』は肉親には効かないみたいだし。まあ、本気でやったことがあるわけじゃないんだけどね……
「いい加減にして!」
「これで何回目かしら、アレクサンドラに怒られるの。私、何か変なことを言ったのよね。どこがおかしかったの?」
一番初めのときにくどくどと3時間以上掛けて説教したおかげで、怒られてやっと気付くことができるらしい。このトラブルメーカーは……
「貴女妊娠した。相手は私の婚約者。なぜ?」
ここまで短文にしないと理解できないのである。
「ええっとね。驚かないで頂戴よ。」
これ以上、驚くようなことがあるのだろうか。本当にひとを不安にさせるのだけは得意ね。
「それで。」
いちいち聞き返していたら3日経ってもおわらないので相槌だけ。
「ハイエス伯爵家は、もうお金が無いの。」
知ってる。なんだかんだと貴女が贅沢しているからね。
「それで?」
「最後に残った領地を売るしかお金を作れないの。」
それも知っている。もうすぐ買う予定だからね。たとえ、親子間でも援助するとお父様のプライドが傷付くし、貴女が際限なく使ってしまう。だから、領地は全て私の名義にして、家にお金を入れている。
「でもそんなのは赦せないわ。だから、王子に援助してもらおうと思って……」
またもや、話が繋がらない。
「ちゃんと説明してよ……」
「ええとね。昔ね。王宮で働いていた時なんだけど……。ハミルトン王子の初めてのお相手をしたのよ。それはそれは可愛い子供だったのだけど、侯爵家の婚約者が出来てね。それで経験が無くては不味いだろうとつけて頂いたのが私なのよ。」