2. 新たな求婚者と口約束
「……問題無いよ。……新皇帝も……理解を示してくれたよ。」
なんだろうこの間は……不安、この上ないのだけれど……。あの直情バカのゴディバチョフのことだから、何も考えていないに違いない。
そもそも、魔王討伐に参加したメンバーで使える男といえば筆頭魔術師のラスくらいで、ゴディバチョフもユウヤもてんで使えない。
各国で魔王軍の敵に対してボスと戦ったのはゴディバチョフやユウヤだったが、そのボスの種族から攻撃方法や弱点までを調べ上げたり、相手に悟らせず最後の最後で『威嚇』スキルを放ち、最後の一撃を与えるための隙を作ったのは私だ。
もちろん、剣の腕も魔法の腕も彼らに遠く及ばない。初めこそ足手まといだったが、最後には各国の王宮騎士や王宮魔術師の腕を凌駕しているとラスのお墨付きを貰っている。もし、本当に戦争になれば主力として活躍できると思うのよね。
だから、そういう展開になったときには余り心配していない。八面六臂の活躍で得られるものを頂けばいいから……今みたいに普通に求愛されると、どうしても不安だらけなのよね。
それでもまあ、後宮縛りつけられ一生を過ごすよりは何倍もマシ。なるようにしかならないしね。この人生……。わかっているわよ。最後には悪役にされることくらいは……
*
「おーい! アレクサンドラ!! 迎えにきたぞ!!!」
王宮で用意された馬車に乗り込む時間になっていた。ユウヤ寄りの貴族が何かを仕出かさないように全く同じ馬車が2台用意されていた。片方に私とメリー皇太子が乗り込み。もう片方に母とハミルトン王子が乗り込む。そして周囲には帝国側の騎士たちとロシアーニア国側の騎士たちが護衛してくれている。
あの声は、獣王の孫のワオンだわ。しかし、何でこんなところに?
私は頭のなかにクエスチョンマークが飛び交う。
「申し訳ありません!」
後ろで控えていたリオーネが謝る。戦争が始まると聞かされたリオーネは裏のネットワークを使い、魔王討伐の際の支援者たちに対して私に味方してくれるように呼びかけたらしい。
「それは謝ることじゃあ……」
うんうん気が利いている。大雑把にしか考えていなかった私とは違う。あらゆる手段をこうじておいてくれたようだわ。
「いえ、あのう……」
リオーネは言いにくそうに言葉を濁しながら、誰かを探すように視線が宙に舞う。
「おい! 婚約破棄されたそうだな。安心しろオレ様が娶ってやるぞ!」
ワオンが近づいてくるなり求婚してくるじゃないの……。どういうことなのよ。
「いったい、どういう呼び掛けをしたの?」
リオーネに優しく問い掛けると婚約破棄部分しか展開しなかったそうである。しかもさらに問い詰めてみると公式にメリー皇太子が担う役割は使者だけと聞かされていたとか。求婚することはゴディバチョフ以外に帝国側は全く知らないらしい。
私は頭を抱える。これじゃあ、単なる口約束だわ。
「本当なの?」
私はメリー皇太子に視線を合わさないように確認する。今、視線を合わせれば射殺しそうだったから……
「時間が無かったんだ。この気持ちは本物だよ。どうしても、君を后にしたかったんだ!」
メリー皇太子は思いの丈をぶつけてくる。まあ確かに相手がハイエス伯爵家の娘と知れたら100パーセント反対されると思うよ。でもそれは無いんじゃない?
「だから、オレ様が娶ってやるって!」
ワオンが会話に割り込んでくる。改めて視線を向ける。はー、やっぱりね。思わずため息が漏れる。
獣王国の一族としては、かなり美丈夫のうちだろう。数ヶ月前に獣王国を出る時にはあんなに可愛いかったのに……。やんちゃ坊主で私が『威嚇』で撃退して以降はミエミエだが従順な犬のフリを続けていたのよね……
それがどうよ。思った通りのオレ様キャラの美中年に変貌してるじゃないの・・・・・・。これだから、成長の早い獣って……。妄想の糧にもならないじゃないの。あの可愛かったワオンを返して!
「へえ、何人目かしら?」
「5・6人目かな。いいだろ、べつに。」
獣王国では、ほぼ正室、側室の区別無く同等に扱われる出産要員として……。彼らは短命なためか、ハーレムを形成するのである。王族となれば、その数100人を優に越えるという……
最悪だわ。メスしかいない後宮なんて、もってのほか。健気で可愛い小姓や眼光鋭い執事、去勢された宦官。そんな欠片も無い世界なんて嫌よ。
ぼーっと考えていたのをどう誤解したのか顔を近づけてくる。
「オレ様、いい男になっただろ! 惚れ直したか? どれキスでもしてやろう。」
嫌よ! 美中年でも物静かなら許せるけど、オレ様はイヤなの!!
「止めろ!」
間一髪、凄い形相で剣を抜いたメリー皇太子が飛び込んでくる。助かった! メリー皇太子の影に隠れる。