9. 新たなる求婚者と争いごと
ドッキーン。
メリー皇子の言葉が私のハートを射抜く。
「……き、貴殿は何を言おうとしているか分かっておられるのか? それは、わが国に弓を向けるのと同じことなのだぞ!」
彼は戦争になっても私のことを奪いにきてくれた……。
突然の出来事に私の胸はドキドキと早鐘を鳴らしている。
「それに答える前に、ユウヤ殿に新皇帝ゴディバチョフよりの伝言をお伝えしよう……。女性を大切にしない貴様に国王になる資格は無い。そんな国が存在するならば、わが国が滅ぼしてみせよう。」
私は知っている。
ゴディバチョフ皇子はショウコさんを本気で愛していたのだ。
メリー皇子とゴディバチョフ皇子の思いが私の心を解き放つ。
「な……んだと! たかだか女のことで、そんなバカな!!」
ユウヤが呆然と言ったこのセリフで如何に女性を見下しているかがわかる。
そのセリフを聞いた周囲の人間、特に側室の家族がざわつきだした。
「ずっと、お慕い申し上げておりました。私の后になって頂けませんでしょうか?」
メリー皇太子が屈み、帝国の正式なスタイルである、片膝を立てて両手で私の手を持つ格好で求婚してきた。
本当にこの手を取ってもいいのだろうか。心のトキメキは早く取れと言っているが、この手を取れば多くの人間が不幸になってしまう。
「すぐにでも、ご返事を頂戴したいところではございますが、せめて私と一緒に来て頂けないでしょうか……すでに、ハイエス伯爵もお待ちです。」
そうか。リオーネの独断でお父様に今回のことを伝えたようね。悲しませたくは無かったのだけど、口止めしなかった私が悪いのよ……。
帝国とロシアーニア国の間には険しい山々がある。別に細い街道ならあるのだが、兵力を一気に通そうと思ったら紡績工場のある荒野を通るしかない。さらに王都へのいくには幾多の領地を突破しなければならないが、数にモノをいわせれば出来ないことは無さそう。
だからこそ、あの土地が平和の象徴的存在である魔王討伐隊への贈り物とされたのだろう……
だが、ユウヤは何も無い土地を受け取ることを嫌がり、ロシアーニア国で国王となる道を選んだ。現代日本に帰ることを決めていたショウコさんは全てを私に譲り、私は全ての権利を得た。
私は万が一のことを考え、ロシアーニア国側の門の鍵を私が持ち、帝国側の門の鍵をお父様が持つことで平和を維持する道を選んだつもりだったのだが……お父様は、もう覚悟を決めたのね。
「ふん! 一足遅かったようだな!! その女は、もう王子の子供を孕んでいる。それでも后にすると言うのかね。なあ、わが義弟よ。」
ユウヤが切り札のように言う。
「……はい。あと数ヶ月後には、私の子供が産まれる予定です。」
ハミルトン王子は一瞬逡巡したようだが、肯定することを選んだ……確かに間違ってはいない。万が一、問題になった際に言い訳をするつもりみたい。
「嘘よ! 嘘です。私は妊娠なんかしていません!!」
まさかこんな展開になるなんて……今まさに戦争になるかどうかの瀬戸際だが、そんなことを考える余裕も無くなってしまった。
ユウヤさえ、このことを言い出さなければ、荒野に戻りゴディバチョフを説得することもできたというのに……
私は必死に否定する。周囲の人間には、メリー皇太子に乗り換えようとする悪女に見えているに違いない。
「ほう。誰がそれを証明すると言うのだね。」
ユウヤは、これで時間を稼ぐつもりなのだろう……少なくとも3ヶ月も経てば、お腹が大きくなるはず……。だがその3ヶ月があれば、徴兵で軍備を拡大することもできるだろう。そして私を監禁して荒野の土地を取り上げることもできる。
「私が判定しましょう!」
そこにひとりの女性が現れる。あれはエルフ王家に連なるハーフエルフだ。彼女は確か、今世で唯一の『聖女』だったはずだ。『聖女』とは神の言葉を聞ける存在である。何か手段があるのだろうか?
「ほ…お…ぅ…貴女が判定できる、と…い…う…根拠を…お聞かせ…願えますか…な。」
彼女が『聖女』だということは、ユウヤも知っている。そんな手段があるのか、と戦々恐々とした様子が言葉の端々から窺がえる。
「ええ、彼女は処女だと妹から聞いています。婚約者になったあとも王子の手がついていないとすれば、それで判断できると思いますがどうでしょう? ご贔屓にして頂いている各国の王家の皆様も保証して頂けると思いますよ。」
「そうなのか?」
周囲にいる側室の家族のうち、王家に連なる人間は利用したことがあるのか頷いている。
「まあいい。嘘はついてくれるなよ。ことは国同士の戦に関わることだからな。」
どういうことだ? そんなに公言しているつもりは無いが私が処女であることはユウヤも知っているはずなのに……。それともユウヤにも一族の呪いが降りかかっているのか?
「もちろんですとも、私も『聖女』の力を失いたくはありませんので……」