戦場の華
エリュシオンの二次創作小説です。
エリュシオン内に実在する「斉凛」というキャラの、戦場での姿を描いた物語です
常闇からほのかに光が顔を出していく……。まだ薄暗い曉の中、一点の曇りも無い白……がいた。輝くばかりの白銀の髪、透き通る様な白い肌、ビスクドールの様な繊細で幼い華奢な容姿。何より目を引くのは一点の染みも無い純白のメイド服。暁の風にたなびくスカートが、幼い少女にとても似合っていた。
ポケットから取り出した、紅の蝶の刺繍が入った黒い眼帯。左目に身につけてそっと目を開けた。右目のまぶたの下から現れた、血のように鮮やかな紅色の瞳。
その力強い眼差しは、優雅なメイド服とも、人形の様な体とも、相容れない異質な雰囲気を醸し出していた。
少女の名は斉凛(ja6571)。血にまみれようとも、純白のメイド服を貫く、戦場のメイド。優雅に可憐に、微笑みながら……敵を穿つ。
誰もいないビルの屋上で、まるで目の前に主人がいるかのごとく、優美な仕草でスカートの裾を持って、完璧なお辞儀をする。
どさり……。スカートの中から巨大なライフル銃が落ちてきた。拾い上げると凛の身長より少し小さいくらいのライフル銃は、凛の華奢な体と相まって、実にアンバランスだった。
夜明けの風はゆっくりと体温を奪っていく。手が凍り付いて銃が撃てなくならないように、凛は手袋をしてビルの屋上にたっていた。
街の外れのビルの屋上からは、黒く淀んだ山々が見え、人々に恐怖を与えている。あの山に見えるのは、敵の群れ。闇が侵食し、人を喰い散らかすように、ひたひたと群れが近づいてくる。
眼帯で隠されていない右目をこらし遠くを見渡す。凛の赤い瞳が小さな炎のように揺らめいた。
「三時の方向に敵発見ですの。前衛は子鬼の大軍。敵将はその中心に1人、後方に1人。10時の方向からも進軍ありですわ。こちらはまだ敵将の姿は確認できませんの」
淡々とマイク越しに報告を続ける。仲間からは出陣準備ができた連絡が入った。
凛は手袋をはずして白く小さな手を眺める。凛はこの手で仲間を戦地に追いやり、引き金を引いて敵を殺す。全てはこの手にかかっている。
なぜ闘わなければいけないのか。守りたいのに殺す矛盾に、凛は苦い微笑を浮かべた。
自分1人なら闘いたいとは思わない。平和な日常を愛し、平凡に退屈する毎日が愛おしい。
でも……凛のこの手には、多くの仲間の命がにぎられている。肩に背負う重みは辛くとも、引き金を引く事をためらってはいけない。
手をゆっくりと上に持ち上げる。ビルの下をちらりと見ると、仲間達が見上げている。彼らに向かって余裕の笑みを浮かべた。凛は部隊「華茶会」の隊長だった。仲間の目に凛にたいしての絶大な信頼の色が見える。
大将が迷ってはいけない、ひるんではいけない、臆病になってはいけない。常に余裕の笑みで引っ張っていかなくては。
強くたくましい斉凛。戦場ではその役を演じるのだ。
「華茶会出陣!」
宣言とともに手を振り下ろす。仲間達が駆け出すのを見届けて、自らもビルから飛び降りると、背中から天使のような白い翼が生えて、暁の空へ向かって滑空を始める。
「中央突出しすぎですわ。引いてくださいですの。中央が引くのとあわせて、左翼と右翼は前進を。敵を包囲してくださいですわ」
味方に指示を出しつつ、敵の様子を観察する。仲間達は善戦してるけれど、この戦域の不利は明らか……。仲間を危険にさらさないために、そろそろ引くべきだろうか?
そんな凛の迷いに気づいたかのように、地上にいた相棒が凛を熱く見つめた。その瞳はもっと獲物をよこせと獰猛に語りかける。他の仲間達も、誰1人として引く意思を見せない。ならば……。
「皆様をお守り致しましょう。それがメイドのお仕事ですの」
自分の背ほどもある長いライフルを構え、味方の劣勢箇所に銃弾のフルコースをお見舞いしていく。その正確な射撃を繰り出す時、凛は無表情で淡々としていた。敵を殺す興奮も、味方を守る使命感も、そこには何も感じ取れない。まるで全身が銃の一部であるかのように機械的に打ち込んでいく。
仲間の熱い戦いと反比例するように、凛の体は芯から冷えていった。
熱に浮かされて冷静さを欠いてはいけない。皆が目の前の敵に集中するなら、自分は全体を見て仲間を守らなければ……。
凛の体が宙を舞う。白い翼を広げ、スカートを翻し、ここが戦場だという事を忘れさせるように優雅に飛ぶ。
「飛行部隊のおでましですわね。お出迎えの準備は整っていますわ。さあ…いらっしゃいませ」
単独飛行を続ける凛に群がるように敵が集まってきた。凛は地上へと逃げるように飛ぶ。敵の攻撃をその身に浴びながら……囲まれれば突風をまき散らして蹴散らし、反撃の引き金を引きながら、敵の返り血を浴びる。
かすり傷が増えていき、純白のメイド服は凛自身の血と返り血で、赤く染め上げられていく。追いつめられた鳥は弱々しく落下していく…ように見えた。
「そろそろ……チェックメイト……ですわ」
敵が凛を追って地上近くまで迫ってきた時、地上から、ビルの上から、行く筋もの光が放たれた。凛という獲物を追っていたはずが、気づけば攻撃の嵐に囲まれている。
「餌の味はお気に召しましたか?」
逃げる事を辞めた凛が手近な敵から撃ち落としていく。地上を見下ろせばおせっかいな友人が、心配そうな顔で見上げて何かを叫んでる。
また……彼を心配させてしまった。申し訳なさを混めてため息を一つ。凛が傷つけば悲しむ人がたくさんいる。その事実は凛の中で甘美な熱へと変わっていく。
それでも……。
凛は自分の危険を省みない。立ち止まらない、くじけない。敵の返り血を浴び、自らの体のうちから血を流しても、一歩も引かない。
仲間はまだ闘っている。仲間が撤退し終わる、最後の最後まで戦場に立ち続ける。
その決意を胸に。
「皆様。華麗に闘いましょう。血のお茶会を開きましょう」
凛は微笑んでそう告げた。敵の血と、仲間の血に塗れた、血まみれメイド。その毒華は戦場に咲く。