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インスタント魔王 (1)

 俺がどうしてこんな状況に陥ったのか、話せば長いとは言ったが説明しないわけにもいかないだろう。


 さて、話は一週間前に遡る。

 その日、俺はバイトなのに2時間もサービス残業をさせられて、

 クタクタになりながらマンションのワンルームに帰宅し、死んだように眠った。





 *  *  *  *




 目が覚めると、暗闇にいた。


 最初は夜中に目が覚めたのかと、照明のスイッチを手探りで探していたが、ふと妙なことに気がついた。

 真っ暗闇の中で、俺の体だけが闇に飲まれずにそこにあったのだ。

 普通ならば、暗闇の中でこんなにはっきりと、手足の輪郭から髪の毛の一本まで見えるはずが無い。


 だから、これは夢なんだと思った。


 けれど、夢にしてもおかしな事がある。

 やたらと意識がはっきりしているし、触れた感覚もあるし、膝を叩けばヒリヒリとした痛みさえあった。

 そして、早く覚めろと念じてみても、覚める気配はいっこうになかった。


 次に、これは夢ではないのかもしれないと疑った。


 地面はある。

 けれど壁は無い。


 明かりは無い。

 でも見える。


 出口は無い。

 目も覚めない。



 先週ネットで見た、ただただ気分の悪くなる話を思い出す。


 その話の中で、主人公は100万円を手に入れる代わりに、5億年もの間、何も無い世界で過ごさなくてはならないと言う、実に馬鹿馬鹿しい取引をする。


 最初は楽観的に考えていた主人公だったが、流石に5億年ともなると精神が壊れていき、人恋しさに発狂したり、暴力的になったり、悟りを開いたり……


 まぁ色んなことがあるんだが、5億年を過ごしたら体も精神も取引直後に戻り、過ごした時間は全て綺麗さっぱり忘れてしまう。


 そして、何も知らない主人公は、何もせず一瞬で100万円を手に入れた気になり、その取引を何度も繰り返すという話だった。



 5億年で100万円とか、時給換算にすればその額0.0000002円。

 ブラック企業も真っ青な金額である。


 今の状況はそれに近いのかもしれない。

 もしかしなくても、俺は忘れているだけで何か取引をしてしまったのか……?

 取引内容を確認したくとも、聞くべき相手がいない。


 ここには誰もいない。

 







 どれぐらいの間、暗闇の中で過ごしただろう。


 丸二日はそこで転寝をしたり、歌を歌ってみたり、筋トレをしてみたり、出来る限りの暇つぶしをしたと思う。


 幸いなことに、ここにいる間は空腹を感じなかった。


 だが、当然のように疲労感は積み重なっている。

 この疲労感の原因の主たるところは、精神的なものだろう。


 このまま5億年、この暗闇から抜け出せなかったらどうしよう……?

 そんな不安が俺の胸を満たすのに、二日という時間は充分すぎた。


「せめてゲーム機かスマホが手元にあればなぁ……」


 時間を気にせずゲームに没頭するなんて、最近では滅多に無かったし、今の状況も素直に喜べたのかもしれない。


 でも現実は、俺の手元には何も無い。

 服装は寝巻きのジャージだし、靴だって履いてない。

 着の身着のままと言う言葉がピッタリだな。



 思えば、最近の俺は働きすぎだったんだ。


 大学に入って一年目、初めての一人暮らしに戸惑いながらも精一杯やった。

 サークルに入ったら友達も出来て、好きな子も出来て、順風満帆。

 その後、両親が――


 ……この話は止めよう。


 二年目になると、なんの役に立つかも分からないけれど、先輩の勧めで手当たり次第に資格を取った。


 三年目の最後にはとうとう就活が始まり、いくつも企業説明会を見てまわって、一日に4社の面接を受けたこともあった。


 そして四年目の夏、俺はまだ内定がもらえず、学費やら諸々を払うためにバイトを2つ掛け持ちして、ほぼ毎日バイトに明け暮れる日々となっていた。


 充実しているとは言いがたいが、暇な時間なんて一分と無かった。

 就職難だ何だと騒ぐ周りを横目に見ながら、俺は大丈夫だ、お前らと違うんだと、心の中で吐き捨てて、死に物狂いで立ち回る。


 いつの間にか、俺は虚勢だけの嫌な奴になりはてていた。

 我ながらみっともないことだ。


 神はそんないっぱいいっぱいの俺を見ておっしゃったのだ、『休め』と。

 その結果が今なのではないだろうか?


 なんてな……。


 しかし、仮にこれが神の手による誘拐事件だったなら恐ろしいことだ。

 ギリシャ神話の神様とかってけっこう人間味溢れてるし、神話なんて昼ドラ並みのドロドロ愛憎劇だったりするし。


 美少年である俺を誘拐して何する気? むしろナニする気!?


「やめて! 口じゃ言えないようなことする気でしょ! エロ同人みたいに!」


「生憎、余にそんな趣味はないぞ、愚か者め」


「――ふおぉっ!?」


 背後から降って涌いた声と気配に、ぞわりと肌が粟立った。

 この空間ではじめて聞く他人の声を喜ぶよりも先に、寒気と恐怖が体の芯を突き抜けていく。


 慌てて振り返ってみると、そこにはファンタジックなコスプレ野郎が仁王立ちしながら俺を見下ろしていた。


 燃えるような紅い髪、闇の中でも光る黄金の瞳。

 そして、背中にはドラゴンの翼によく似たものを背負い、頭には雄山羊の角。

 クオリティーの高さが玄人の域だ。

 着てるジャケットも高そうな生地を使っている。


 コスプレ野郎は品定めするように俺を見下ろし、ニヤリと狡猾な笑みを浮かべた。


「クックック……ハーーハッハッハッハ! ()い驚きっぷりだな、人間!」


「え、何? 何でコスプレ? クオリティー高いな……」


「こすぷ? え?」


「えっ」


 妙な沈黙が俺と奴の間に流れる。


 こいつ今、素で『え?』っつったぞ。


 自信満々だった男の顔に困惑の色が見えた。

 なんだろう、こいつの顔……どっかで見た気がするんだよな。どこだっけ?


 ……まぁいいか、今はそれよりこいつの扱いをどうするかだ。



 


 コスプレ野郎が現れた!


  戦う

 >様子を見る

  無視する

  逃げる






 よし、無難に様子を見てみよう。


 コスプレ野郎は訝しげに首を傾げていたが、一つ咳払いをして場を仕切りなおす。


「余こそは魔界統一国家、第14代目魔王ソードである!」


 胸を張って高らかと名乗りを上げた自称魔王を、俺は何も言わずに可哀想なものを見る目で眺めていた。

 誰だって、こんな痛い奴の取り扱いには迷うはずだ。

 少なくとも、俺は頭を抱えたい衝動を必死に我慢している。


「フンッ、恐怖で声も出ぬか。 ああ、良いのだ、良いのだ、気にするでない。

 余は魔族の王、畏怖されることには慣れている」


 なんだこいつ、頭大丈夫か?

 て言うか話し方も態度もうぜぇ。

 ナルシストっぽく前髪かき上げる姿を見てると、殺意すら涌いてくる。


 これが夢だった場合、この厨二病キャラは俺の妄想から生まれたことになるんだよな……


 冗談じゃない。


「はぁ、それはどうも……」


「む? なんだその気の抜けた返事は! 疑いの目は!」


「いや、魔王だってことは認めてあげるよ、百歩譲ってね?

 その格好とかも魔王っぽいし、角とか羽とか本当よく出来てると思う」

 

「はっはっは、うい奴め。 もっともーっと余を褒め称えるが良いぞ」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、見事なドヤ顔をされた。

 扱いやすくて助かったけど、凄くムカつきます、魔王さま。


 ぶん殴りたくなる拳を抑えながら、何気なく質問をしてみよう。


 質問内容は言うまでもない。

 ここが何処で、何故俺が閉じ込められているのかと言うことだ。


「あの、えーっと……魔王様?」


「なんだ人間、申してみよ」


 許しが出たな、じゃあ遠慮なく。


「ここは何処なんですかね?」


「ここは余の作り出した異空間だ。

 いやぁ、今回は中々骨が折れたぞ、なんせ異世界との狭間に作ったからな!」


 けっこう苦労してくれたらしい。

 だからと言って、俺をこんな何も無い場所に二日間も放置したことは、絶対に許さない。


 絶対にだ。

  

「ほほう。 で、俺は普通にベッドで寝てたはずなんですけど、

 もしかしなくても拉致監禁したのは貴方様でしょうか?」


「いかにも! 余の力を持ってすれば、異世界の者を連れ去るなど容易いことぅぅぅう゛おおぉぃ゛っ!?」


 気がつけば、俺の抑えつけていたゴッドでフィンガーな拳は、問答無用で魔王のドヤ顔を殴りつけていた。


 我慢には限度と言うものがあると思うんだ。

 仏様だって堪えて三度までなんだから、煩悩だらけの俺なんて、そんなそんな。


 俺は魔王に掴みかかり、口角唾を飛ばしながら烈火のごとく怒り狂った。


「何してくれてんだテメェ!!」


「~~~っ! 痛っいではないか! 何だ、どうした? 何を怒っておる!?」


 魔王様は殴られた右頬を擦りながら、おろおろと涙目で言う。


 相手が可愛い女の子だったなら、すぐに許す……

 いや、まず殴ってないな。


 可愛くもない男の涙目に欲情しない俺は、胸倉を掴んで顔を引き寄せる。

 鼻先が当たりそうなほどの近距離で睨みつけると、魔王は必死に目を泳がせた。

 そこに王の威厳など、微粒子レベルでも存在しなかった。


「キレて当然だ馬鹿野郎が! 面接もバイトもすっぽかしちまったじゃねぇか!

 どうしてくれんだ!! あぁ゛!?」


「あ、ああ、そんなことか……」


「…………っ!!」


「ひぃっ!? 痛っ! やめ、やめんか!! 頭が割れたらどうする!」


 それはあまりにも面倒くさそうな言い方だったので、俺は無言でヘッドバッドをお見舞いした。

 こっちはそれほど痛くなかったが、魔王は目から星を飛ばして騒ぎ立てている。

 

 魔王様は案外防御力が低いらしい。これは良いことを知った。

 俺の怒りが有頂天だ。もう三発ぐらいは我慢してもらって……


「あーもう! 安心しろぉ!

 この空間に閉じ込められるのは精神だけだ! お前の世界では数時間程度しか経っておらん!!」


 額がかち合う寸前、俺はぴたりと腕を止めた。

 現実の時間で数時間しか経っていない……?

 寝たのが早朝5時で、面接が夕方3時、バイトが夜7時――

 間に合う。


 間に合うが、それはあくまでこいつが言ったことが本当ならばの話だ。


 俺が渾身の悪人面で睨みをきかせると、魔王は今にも消え入りそうな弱々しい声で呟いた。


「……はずだ」


 はず、と付け加えたあたり怪しいもんだ。

 が、まぁ一発殴って頭突きしたら少し落ち着いたし、言い訳ぐらいは聞いてやろう。


 でも釘は刺す。


「嘘だったらその羽もぎ取って角へし折るからな?」


「魔王たる余に暴力を振るい、あまつさえそのような暴言を吐く者がいるとは。

 異世界人とはなんと野蛮な……」


「あ゛ぁん?」


「な、なんでもない!」


 けっ、チキン野郎が。魔王の名が聞いてあきれるぜ。



 俺は胡坐をかいて座り直し、向かい側に魔王を座らせた。

 もちろん正座である。 反省のポーズと言えば、やっぱりこれだろう。

 魔王は居心地悪そうに俺を見ていたが、なかなか自分からは話しかけようとしなかった。

 そして、俺が少しでも動けばびくりと肩を震わせる。

 

 魔王様びびってるー! ヘイ! ヘイ! ヘイ!


 と、これじゃあ埒が明かないな。

 俺は座ったままもう一歩後ろに下がり、怯えきっている魔王に問いかけた。


「で、俺を拉致監禁して何のようだよ魔王様」


「う、うむ……その前に――」


 魔王は真面目な顔になって、スッと俺の顔を指差す。

 人に指をさすなと教わらなかったんだろうか?


「人間、お前も名を名乗れ」


 言われてみれば、俺の方はまだ名乗って無かったんだっけ?

 一応相手は名乗ったしな、ここは筋を通した方が良さそうだ。

 いや、うーん……普通なら不審者、それも自分を誘拐した相手に筋通す必要なんてないよな。


 だいたい、これがただ夢なのか、異空間なのかもわからないし、

 むしろこいつの素性が一番怪しい気がする。

 本当に魔王なのか何なのかも確証ないよな……。


 あー、うーん……だぁぁぁー……、駄目だ!


 いくら考えたところで、証明する術が何もない。

 もうこうなったら当たって砕けろだ。

 どうにかなるだろう……、多分。

 


「……間宮(まみや) (つるぎ)だ」


 俺の名を聞いた魔王は目を瞠り、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 本名を教えたのは早計だったかもしれない。


「よし、ツルギ。 これよりお前に命を与える」


 空気が変わった。びりびりと肌がヒリ付く。

 最初に一瞬だけ感じた、あの押し寄せるような圧迫感に、いつの間にか俺は呑み込まれていた。

 王の威厳、武人の貫録、そう言ったものが奴の言葉、視線、全てに宿っている。

 絶望のオーラとでも言うのか、滲み出る邪気が目に見えるようだった。


 奴は腐っても王なのだ。どれだけ情けない姿を見せても、それは数ある面の一つでしかない。

 いや、むしろ俺を油断させるための罠だったのか。


 緊張で口の中も喉も乾いていく、今は生唾を飲むことさえ叶わない。

 だと言うのに、額からダラダラと流れ落ちる汗は止まらなかった。


「――ツルギよ、お前はこれより余に代わって魔王となれ」



 魔王は真っ直ぐに俺を見据えて、笑って言った。

 答えなど決まっているだろうと問うように。

 拒否することはけして許されない。

 首を横に振れば、考える頭は不要だろうと切り落とされる。

 そんな嫌な未来が脳裏に浮かんだ。






 俺は……










 俺は。



 ニタリと、頬を引きつらせて笑い返した。








「魔王になれ、ねぇ……」


 

 喉は乾いていた。

 手は震えるし、握り締めた掌はぐっしょりと汗が滲んでいる。


 だが、それがどうした。

 誰がそう簡単に呑まれてやるかよ、舐めるなチキン魔王。

 俺はこれでも、圧迫面接においては百戦錬磨の戦士なんだぜ。

 ただし、勝利したことは一度もないがな。


 俺は腕を組んで、余裕たっぷりに言ってやった。


「その話、乗ってやっても良いけど……こっちからも報酬をもらおうか?」


 本当のことを言えば、俺はビビっていた。 今もなおビビっている。

 これは夢じゃない、俺は異世界の魔王と話している。

 確証はない。確証などなくとも、本能が叫んだ確信だけで十分だ。


 怯えを悟られるな、対等に話を進めろ。

 じゃなきゃ、俺の人生終わる。

 まだ何も始まって無いはずなんだ。

 これから、這い上がるはずなんだ。

 今この瞬間が、俺の今後を決めるターニングポイントに違いないのだから。


「報酬だと?」


「ええ。 だって、そうじゃなきゃ不公平じゃないですか。

 ギブ&テイク、これ世の中の常識ですよ魔王様」


 得意げに人差指を立てて言うと、魔王の爬虫類じみた鋭い瞳がギョロリと指先を追う。

 生理的に受け付けない動きだ。

 俺は一度たりとも目をそらさずに、笑顔を保ちながら話を続けた。


「そこで報酬を決める前に聞いときたいんですけど、

 俺が魔王をやってる間、本物の魔王様はどこで何をするご予定で?」


「ククッ……よくぞ聞いた、ツルギよ。 お前の問いに答えてやろう!

 余はお前の体を使って異世界を調査し、未知の技術を持って魔界を発展させるのだ!」


 もう少し渋るかと思ったが、魔王はあっさりと口を割った。

 やましい理由ではないから問題無いということか。


「それって、魔王様自らやることでしょうか?」


 派遣で数人送ればもっと簡単に行く気がする。遣唐使みたいに。

 あ、いや、待て。 あっちに魔物なんて送られたら即侵略開始だ。

 それは流石にまずい。


「異世界とのゲートを開けるほどの強力な魔力を持つ者などそうそういないからな、

 おそらく世界中を探しても、余の他に無いだろう。渡るとなれば門は更に狭まる」


 つまり、ほいほい異世界の人間を呼び出したり、自分が行ったりすることは普通はできないのか。

 魔力が並じゃないらしい。これぞ魔王が魔王たる所以だな。

 さすが魔王、普通じゃできないことをする。

 いや、痺れも憧れもしないけどな、これっぽっちも。


「なるほど、じゃあ仕方ないですね」


「そして、優れた王とは、国を守り、豊かにし、

 いかなる時も先陣を切って民を導く者のことだ。

 だから余は自ら動き、力を手にして見せるぞ!

 なに、異世界の頂点を取るのもそう時間はかからん」


 おお、なんか急に熱くなってどうした? 夢でかいな。

 でも、それはどうかなぁ……。 こっちの世の中そんなに甘くないんだぜ?

 魔王様見てる限り、俺の世界とのギャップすごそうだし、

 慣れるのにもだいぶ時間かかると思うけど。

 まぁいいや、やる気削ぐのも悪いし、適当にゴマすっとうこう。


「それはまぁ!なんとご立派な志でしょうか!」


「ふふん、当然だ!」


 すぐに調子に乗るのはこいつの悪い癖だが、扱いやすくて助かるのでスルー推奨だな。

 さて、おだてた所で上手く事を運ぶぞ。


「じゃあ、幾つかルールを決めておきましょうか」


「ルール? そんなもの、余には不要だ」


 さすが恐怖の大魔王様、『俺がルールだ!』ってことですね、わかります。

 わかるけどこっちの世界でそれは通じないんだよ。


「いえいえ、ルールは大切ですよ?

 ルールがなければこの契約関係も、俺達の住む世界だって成り立ちませんから」


「せ、世界もか?」


「ええ、こちらの世界は様々なルールによって構成されていますからね。

 たとえば木の実が地面に落下する現象、これには万有引力の法則というルールが存在します。

 これは引力……つまり、大地が物を引き寄せる力があるから、

 木の実は地面に落下するというルールです。

 俺達の足が地に着いてるのもそれと同じで――」


「つ、ツルギよ」


 魔王は頭を抱えながら、静かに手を上げていた。

 お、なんだ? 勉強熱心だね、魔王君。

 夜のレッスン以外なら少しくらい付き合ってあげても良いよ、有料で。


「はい、なんでしょうか?」


「その話はまた後で聞くことにして、つまりどういうことだ?」


 そう言った魔王は、顔を見ただけで分かるくらい、困惑して眉間に皺を作っていた。

 算数やってたら、いきなり数2の問題を解けとか、わけのわからないこと言われた、みたいな顔だな。

 この様子を見る限り、向こうの世界では科学は発展してなさそうだ。

 単にあっちの世界が物理法則無視しまくってたり、魔王自身の学の問題と言う可能性もあるが。

 おそらく前者の確率が高いだろう。


 俺は呆れ顔で溜息をつき、手を下ろす。講義は終了だ。


「つまり、ルールが存在しなければ、世界は崩壊するということですよ」


「そ、そうか……なら、ルールは大事だな。 よくわかった」


「流石は魔王様、ご聡明であられる」


「と、当然だ」


 はっはっは。 上手く言いくるめられてまずまずと言うところだな。

 さて、ルールはどうしたものか。

 魔王の代役ってだけでなく、こいつが俺の代わりに行くのはかなり問題がありそうだ。

 犯罪行為のラインを理解してないだろうし、俺の世界じゃ刃物持ち歩いただけで捕まるからなぁ。

 人なんて殺してみろ、一発で豚箱直行だ。

 うん、俺も自分の体で面倒くさいことされたくないし、その辺をきつく言っとこう。

 自分の世界に帰ったら塀の中でした。

 なんて、勘弁してほしい。


 その後、俺は魔王に自分の世界がどういう場所かを、ざっと話して聞かせた。

 ベタに失敗しそうな、テレビや冷蔵庫など家具家電の使い方。

 主な交通機関。通っている大学。やっているバイト。

 やってはいけないこと、犯罪行為について。


「後わかんないことがあったら、そこの奴らに聞け」


 と、某大型ネット掲示板のアドレスと教えておいた。

 多分最初は騙されまくるだろうけど、それも良い経験になるに違いない。

 先人である俺が言うのだから間違いない。うん。


 こうして、俺と魔王のルールは完成した。





 ルール1

  この契約は互いの目的が達成された時、またはどちらかが死亡した場合に終了する。

  達成した場合はそれぞれの世界へ帰還し、死亡した場合は現状の世界に留まり一生を終える。


 ルール2

  契約期間中は、定期的に連絡を行うこと。報告、連絡、相談。これ大事。


 ルール3

  魔王ソードは異世界「地球」での犯罪行為、窃盗、詐欺、殺人などを行ってはならない。


 ルール4

  魔王ソードは定時連絡の際、任務を言い渡すことができる。

  その任務が達成された場合、魔王ソードはツルギへ褒美を与えなくてはならない。


 ルール5

  この契約は主従ではなく、平等の名のもとにあり、互いの意思を尊重しなければならない。





「こんなもんかな、また他にルールが必要になったら付け足しますね」

 

「うむ。 それで、結局お前の条件とはなんだ?」


「え? ああ、こっちの成功報酬ですか?」


 ああ、そう言えばそんな話だったな。

 この魔王に出来そうなことで、俺が望むもの……。


「そうだなぁ……魔王様が戻るまで、俺が無事に代役を果たしたら、

 その時は俺の願いも1つだけ叶えてください」


「願い? なんだ、金か? 名誉か? それとも力か?」


「まだ決めてませんよ、むこうでじっくり考えます」


 にっかりと歯を見せて営業スマイルで返しておいた。

 魔王は何故か引き気味だったが、そんなに俺の笑顔はマイナスか?

 ちょっとショックだ。

 しょうがないので笑みを消して、いつもの気だるい顔に戻す。


「ところでさ、魔王様って普段どんな仕事してんの?」


「主には会議だな。 あ、あと軍事演習も時々参加する」


「え、勇者と戦わないの? 刺客はなったりしないの?」


「いや、戦うも何も、まず今の世界に正式な勇者がいない。

 人間と魔族の全面戦争なども、この300年起きてないからな」


「……魔王様、世界征服(おしごと)しなくて良いの?」


「魔王が皆、世界征服を目的にしていると思うなよ?」


 あっれぇ? てっきりリアルRPGだと思ってたけど、違うらしい。

 じゃあ、ダンジョン作って魔物配置したり、宝箱準備したりしなくていいのか。

 戦闘とかもちょっと覚悟してただけに、そこまで何もないとなるとモチベーション下がるな。


「魔王様、意外と平和主義なの? か弱い鶏なの? だから俺に殴られて涙目だったの?」


「うっさいわ!! ここは精神世界だと言っただろうが!本来の力は発揮できないのだ!」


 いや、そんな立ち上がって怒鳴らなくてもよくね?


「それって暗に精神的に貧弱ってことじゃないか?」


「――グハッ!!」


 正論すぎる俺の言葉に魔王様は胸を押さえて、棒立ちになったかと思うと、そのまま床に倒れ込んだ。

 口から噴き出した真っ赤な液体に、流石の俺も焦るし、罪悪感だって湧く。


 図星だったんだな、魔王様。

 それにしても、こんなリアルに血を吐かれるとは思わなかった。

 言葉は刃物って言葉が現実味を帯びてくるな。


 魔王はやられやすいが、復活も早かった。

 ガクガクと揺れる腕で体を起こし、何事もなかったかのように元の位置に座りなおした。


「話を戻すぞ。 戦争などする必要も無い。

 ただ、余の代わりに玉座に座っているだけで良いのだ」


「そんな楽なはず無いって、絶対何か裏があるんだろ?

 お兄さん怒らないから素直に言ってごらん?」


「謀るつもりならもっと上手くやっておるわ。

 はぁ……まったく、厄介な男を掴んでしまったな。

 なかなかに折れぬ響かぬで頭痛がしたぞ。

 まぁ、今回は許してやるが……」


「わぁ、魔王様素敵!憧れるー!」


「…………。」


 何故か向けられた顔は、心底嫌そうだった。

 流石にここまで露骨な褒められ方をするとわかるらしい。

 俺はニコニコ笑いながら、悪びれもせず話を続けた。


「あ、ちなみに、俺が断ったらどうするつもりだった?」


「頷くまで閉じ込めるか、強制的に魂を引き抜いて魔界へ送る」


「テレレッ↓ 俺の魔王への信頼度が10下がった!」


「なんだそれは」


「もうお前だけは信用しないぞ、魔王!」


 こいつ!本当に魔王だ! 心溝色の魔王だ!

 一瞬でも気を許しかけた俺が間違ってた!

 今なら怒りで目からビームくらい撃てそうな気がする。

 次あった時には絶対撃つぞ、消し済みにしてやる!!


「ああ、わかったわかった。 もうそれで良いから黙って手を出せ」


 悔しくて床を殴りつけていると、魔王は半ば無理矢理俺の手を掴む。

 やめろ、別に俺にそういう趣味は無――


「――――いっ!!?」


 魔王が手を掴んだ次の瞬間、掌と胸に鋭い痛みが走った。

 その痛みは熱へと変わり、俺の体に何かを刻みつけていく。

 わかる、これは俺と魔王を結ぶ印、烙印のようなものだ。

 俺の本能が警笛を鳴らす。

 もがき、抗い、逃れろと。


「ちょ、なんだ……これっ!? 痛っ!! はなせ! 馬鹿!!」


「暴れるでない、大人しくしていればすぐに終わる」


「クッ!! ッ! ……ガアァァァッ!!!」


 あまりの痛みにもがき暴れ出すと、すぐに魔王に蹴り倒され、俺はみっともなく這いつくばった。

 背中を足で踏まれているようで、上手く身動きが取れない。

 俺は目だけで魔王を見上げ、牙をむいて俺は吠える。

 言葉にもならない獣のような叫び声は、痛みが治まるまで、しばらく続いた。


 背中の重みが無くなっても、俺はうつ伏せのまま動けずにいた。

 指一本を動かすのが精いっぱいだった。

 魔王はと言うと、自分の掌を見たり、深呼吸をしたり、体の調子を確かめていた。

 なんであいつはこんな元気なんだよ、いきなり不公平なことになってんじゃねぇか。


「ふむ、完了だ。 拒否反応も少ない、これなら二日もあれば定着するだろう。

 流石同一個体なだけはある……」


 同一個体…?

 俺が?

 何と…?


「それでは任せたぞ、ツルギ……いや、偽魔王」


 魔王はそれだけを言うと、笑い声を残してフッと消えた。

 俺のいた世界へと向かったのだろうか?


 あ、そう言えば入れ替わりの期限確認してないな。

 まぁ、流石に5億年は無いだろう。


 ……無いですよね、魔王様?


 俺の精神は世界の垣根を飛び越えて、魔王の体がある魔界へと飛ばされた。

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