夢の道筋 その四
13番目の天使がラッパを吹く年、大陸一大きな都市の領主様に世継ぎが産まれました。
有頂天になった領主様は、記念日として盛大な祭りを催すよう町にお触れを出しました。
市民、旅人問わず高価な酒が振る舞われることになり、さらに、記念日に相応しい品を献上した者には特別な報酬が与えられることになりました。
また、領主は政治的にも優れた人物で、移民難民にも慕われていました。そんな領主様を祝うために、それは、それはたくさんの人が町に集まってきたのでした。
ナチスもまた、領主様への献上品を持ってこの大都市にやってきました。
都市は予想以上に賑わっていました。一歩進めば迷子に出会い、一歩進めば足下には小銭が落ちていているような混み具合をみせていました。
混雑していてゆっくりできないのは難点でしたが、楽しみもありました。露店を覗けば移民や旅人が持ち込んだ珍品、名品が並んでいるのですから。行商人のナチスにとっては宝の山でした。
大通りを一本巡るのに一日を費やしました。
その一日でナチスがしたことは、そういった楽しい商談だけではありません。
「万華鏡の瞳と稲穂の髪?」
あの夢に現れた老父と女の子のことが気になって仕方がないのです。
大きなキツネに加え、謎の老父と女の子。途方もない探しものが3つに増えてしまったのです。いくら口の上手いナチスでもさりげなさを装うことが難しくなってしまいました。
「そんなじい様や女の子がいたなら、キツネの話がこんなにいつまでも流行っていないだろうよ。」
大きなキツネの噂話には食いつく人々も、耳にしたこともない奇異な話は笑い飛ばすばかりでとりあう様子も見せないのです。
店主、店員、店を覗いていた客、おおよそ100人くらいに聞きましたが、それでも何一つ収穫はありませんでした。
「だとしたら、あれはいったい何だったんだろう?」
ナチスが信仰する神様は人生の標を夢の中で啓示すると言われています。その代わり、信徒たちは゛ユートピア゛と呼ばれる日記帳に夢の内容を記すことが義務づけられているのです。
ナチスは品行方正とは言えませんが、亡くなったマリアに倣って熱心な信徒であるように努めていました。
ですから老父と女の子のことも余すことなく書き留めています。
マリアの語った大きなキツネの話を頭の中で反芻させ、ユートピアの中の老父と女の子を読み返す。
一匹と二人の魅力は日を追うごとにナチスの正気を失わせるのでした。
そうして毎日、毎日、執拗にありもしないモノを嗅ぎ回るナチスを見て、周囲の商売仲間はナチスが少しおかしくなってしまったのではないかと噂し始め、噂が噂を呼び、ナチスの商売の質はスッカリ下がってしまいました。
実際、ナチスは何かに取り憑かれたかのように盲信していたのです。「誰にも相手にされなくなる。」そんな予感はしているものの、「探さなきゃ。僕じゃなきゃ見つけられない。」という使命感さえ抱いてしまうほどに。
さらには――、
『キツネは狩られず、見つかることもなく、どこかにひっそりと隠れているのだ。老父も女の子も同じこと。どこか遠い、地図にも載っていない、異国の地で僕のことを待っているのだ。』
探し物が少しも進展を見せないナチスは、ありもしない国や大陸を空想するようになってしまうのでした。