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織り髪姫  作者: 佐伯寿和
母は子を産む
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夢の道筋

何人も寄せ付けない森がありました。人々はその森をとても恐れているようです。それもそのはず。

鋭い針を全身にまとったいばらが森を取り囲んで海のように広がり、近づく者を例外なく刺し殺すのです。虎も熊も、よろいを着込んだ傭兵でさえも、その恐ろしい海の中を一歩たりとも進むことができないのですから。

人々の、広大な海の向こうにたたずむ未知を想像する好奇心は、襲いくる津波のような恐怖に押し返されてしまうのでした。

そんな異形の森から水平線を越えてさらに山3つほど離れた、森とは無縁の町でナチスは育ちました。


活気にあふれ、平穏で、にぎやかな町でした。

内陸部にあるその町は凸凹でこぼこき出しの地面に木造の家々がところ構わずうねうねと好き勝手にち並んでいました。そのため、この町には一本道はおろか、整備された平坦な道など、どこにもありませんでした。

だからこそ、この町に慣れた住人は毎日を効率良く生活しているようでした。


しかし訪れる旅人は必ず、この町のもう一つの特長にも四苦八苦させられるのでした。一本筋通っていないのは町並みだけではないのですから。

この町でされる諸々(もろもろ)の話は、町の奥へと進むに従って、町の性格にならってデタラメに歪んでいくのです。

町の端で「隣の山に山賊が出た。」と噂がたったなら、町の中心に着く頃には「隣の大陸の王様が困った遊びにきょうじている。」というように。

しかし、旅人には迷惑な話でも、娯楽に目のない町の人はむしろ、そんな無秩序加減を楽しんでいるようでした。


町に入り乱れる奇妙奇天烈きみょうきてれつな噂話の中でも、その日やって来た小さな情報屋の噂話は特別に異彩を放っていました。


「はるか彼方の森には誰も見たことがないような凄いキツネがいるんですよ。」

情報屋は得意気に話します。

「尻尾はまるで黄金の彗星すいせいようにたなびいていて、クジラほどもある雲を帽子にして、太陽を髪飾りにしてしまうくらいに大きいんですよ。」

話を聞いた噂好きの花屋のバラは買われた先で早速ネズミに喋りました。捕まったネズミはネコにしゃべりました。悪戯いたずらを叱られたネコはイヌに喋りました。

イヌのマリアは泣き止まない赤ん坊のナチスに話して聞かさせてみました。

すると、ナチスはピタリと泣き止んだのです。

どうやらナチスはこの話をとても気に入った様子でした。

どんなにヒドクぐずり出しても、たちまち機嫌良く笑うのです。どんなにワガママを言っていても、素直になるのです。だからマリアは、ナチスがぐずり出す度、寝かしつける度、繰り返し、繰り返しキツネの話を聞かせていました。

大きなキツネの話は町の人に毎日グニャグニャとこねくり回されるので、何度聞かされてもナチスが飽きることはありませんでした。


マリアはややくすんだ黄金色の毛皮が物語ものがたるように生真面目(きまじめ)で、信仰心の厚い人でした。ナチスはそんなマリアに懇々(こんこん)と説教される時間を煙たく思うこともありました。

ですが、頭をでられるとき、抱きしめられるとき、頬にキスをしてくれるとき、見守られているとき。ナチスはとても幸せな気分になるのでした。

だからナチスは、マリアに怒られない人間になろうとつとめました。マリアはそれに応えようと努めました。

ナチスはマリアに愛され、スクスクと育ちました。下働きとして働き始め、マリアの手伝いもしました。


そうして幾年月が流れたある日、いつものようにマリアは、子守唄代わりに大きなキツネの話をしたのですが――、

「お休み。」

満足したナチスがウトウトとし始めたとき、穏やかな寝顔に気を緩めたマリアは、ウッカリ口を滑らせてしまうのでした。

「もしかしたら、お前の本当のお母さんなのかもしれないね。」

これを聞いたキツネのナチスは眠気など吹き飛んでしまったのです。ビックリして聞き返すのです。

「僕のお母さんは、マリアじゃないの?」

目を真ん丸にしたナチスを見て、マリアは自分を責めました。

利口なナチスは自分がイヌでないことは分かっていましたが、それでもマリアのことを本当の母親だと信じていたのです。

優しいナチスは自分が貧弱なキツネであるという理由でイヌの母が町の人にバカにされないように体を鍛えました。今ではがっしりとした立派なイヌのような体つきをしています。だから小麦色の毛糸玉のようにふっくらとした尻尾を見ても気になりませんでした。

けれどもそれは、マリアのことを本当の母親だと信じていたからなのです。そして、マリアはそのことに気づいていました。


ですが、マリアは思い直しました。

これからのナチスのことを考えれば、良い機会になったかもしれない。マリアはそう思ったのです。

生真面目な彼女は、一から順を追って説明することにしました。

キツネのナチスはとても驚きました。自分の本当の母親は旅の途中、ナチスを産んですぐに亡くなったと言うのです。旅の仲間が目も開いていないナチスをこの町まで連れてくると、マリアにナチスを託して彼らはそのまま去っていったと言うのです。


マリアの言いつけを何でも聞いてきたナチスだからこそ、マリアが他人だというこの話を少しも受け入れることができませんでした。仲間に捨て置かれたという話などナチスには関係ありませんでした。

それこそ他人の話をされているようにしか聞こえてこなかったのです。

「僕はまだお母さんと一緒にいてもいいんだよね?」

驚きはしたものの、利口なキツネはそれ以上は何も尋ねませんでした。優しいイヌもキツネの問いに答えるだけでそれ以上にキツネを戸惑とまどわせるようなことはしませんでした。

マリアとナチスは強く想い合っていました。その想いが、これからも二人の生活を何一つ変えることはないのだとナチスは信じました。


ですがマリアは間もなく、ナチスを残して死んでしまうのでした。


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