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織り髪姫  作者: 佐伯寿和
母は子を産む
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緑色の子宮 その二

この広い世界で一人きりの大きな木には世界中のあらゆるものを見えていました。例え大地が丸かったとしても、その裏側にいるネズミのささやかな悪戯だって見逃すことはないでしょう。世界中のほとんどの人の名前だって言えます。

そんな大きな木が、とある城下町のとある人形店で起こっている不思議な出来事を今まで見落としていたというのです。その事実そのものが、とても不思議なことでした。

まず奇妙なことに、お店は小さな、小さな水路に向いて門を構えていました。大事な、大事な店の看板はありません。

名無しの人形店の周りには、お店はおろか民家の一軒もありません。ただ、境界線を示すような廃屋が壁のように並んでいました。

だから大通りで飛び交う店々得意の口上も、買い物をする女たちの華やいだ声もここまでは届きません。昼も夜も人形店に明かりが灯ることもありません。それなのに、なぜかお店には不思議な活気が漂っているのでした。


トンテン、カンテンとつちの音。ギッコン、バッタンとはたの音。ペタペタ、ポンポンと刷毛はけの音。

通りに咲いた小さな草花も、たまたま通りかかったトカゲやサルたちも、その人形店の小気味良い音と不思議な魅力に惹き付けられて窓越しにチラリと中を覗こうとしているようでした。

ですが、昼間だというのに店の中は薄暗く、奥の様子まではうかがうことができません。ただ、作業音の陰から子どもたちの陽気な笑い声が聞こえてくるばかりなのです。


一方、目の良い大きな木にはお店の中がよく見えていました。

そこには明かりも点けず一人、製作に没頭する男の子の姿がありました。これまた不思議なことに、男の子には手も足もありました。あるのですが、男の子越しに奥の景色が見えるのです。手も足もあるのですが、足音などの気配は一切聞こえてこないのです。

男の子は目鼻立ちの整った顔をしていました。なかでもその瞳はなんという名の宝石なのか、あまりに透き通っていて、あまりに純粋な琥珀色をしていたのです。

そして何よりも不思議なのは、男の子が作った人形はたちどころに命を持って動き回るのです。七色の笑顔で、真っ暗なお店を花のような明かりで一杯にしてくれるのです。

大きな木はとても驚きました。何者とも知れない男の子が、神様にだってできないようなことを簡単にやってのけるのですから。


それからというもの、大きな木はその人形店を毎日眺めるようになりました。何億とある目を使って、色んな角度からお店を見ていました。

それに応えるかのように男の子は沢山の人形を作りました。羽のあるものからないものまで。尾のあるものからないものまで。色々な形の人形を。

布を使って、木の枝を使って、石を使って、粘土を使って、様々な素材を使って作っていました。


その姿を見て大きな木は思いました。

『あんな人形が側にいたなら、どんなに幸せだろうか。』

大きな木には隣に並ぶ伴侶がいません。大きな木の遥か下に広がる森の木々は、神殿に並べられた石像のように沈黙を保っていました。

なおのこと、互いを感じ合う誰かが欲しくなるのです。


だというのに大きな木には足がありません。森の外にまで届くような大きな声がだせるわけでもありません。誰かが訪ねてくる以外に大きな木が人と接するなんてことはないのです。

だからといって大きな木に生きた人形を作る技術はありません。

誰よりも沢山のことを知っているのに、誰よりも沢山のことができるのに、求める力がないとなると、逆に無力感を覚えてしまうのでした。


そんな折り、怖いもの知らずの若い風が一陣、大きな木の根本を駆け抜けていきました。

するとその時、大きな木の目には若い風の尻尾が巻き上げたキラキラと光るものが映りました。

それは、いつまでも色褪せない黄金色の美しい若葉でした。それらは花吹雪のように大きな木の目の前を舞うのでした。

世界のあらゆる事を知る大きな木ですが、その光景はまさに心奪われるものでした。

そして、夢にも似た陶酔の中で大きな木はあることを閃くのでした。


幸いなことに、誰も近寄らないという大きな木のある森を大胆に駆け抜けることが近頃の若い風たちの間で流行っているようでした。


大きな木はそんな彼らに提案するのです。

「誰が一番力持ちなのかって?」

大きな木を起点に決まったコースを走り、誰が一番沢山の若葉を連れて、なおかつ速く走れるかを決めようと言うのです。血気盛んな彼らは進んでその提案を受け入れることにしました。

翌日から早速、彼らは毎日のように大きな木の言うコースを元気一杯に走り抜けるのです。彼らはただ、ただ自分たちの遊びのために無心で駆け抜けました。

彼らのほとんどが、彼らの走った跡には黄金色の筋ができているのでした。

まるで黄金色の小魚の群れが広い青空を駆けているようにも見えます。

風たちが嵐のように走るので、町や村の人々は家に籠ってしまい、空を泳ぐ神秘的な小魚たちを見上げる者はありませんでした。


嵐の収まった翌日、あの不思議な人形店の男の子は店の表がやけに明るいことに気付きました。

「世の中には不思議なこともあるものですね。」

男の子が独りごちるのも無理はありません。連日快晴の嵐が続いたかと思えば、嵐の過ぎ去った後には店の前に見たこともない黄金色の若葉の山ができているのですから。その枚数は千や二千をくだりません。

男の子には心に決めた神様なんていませんでしたが、運命の巡り合わせのような出来事に僅かながらの使命感を覚えずにはいられませんでした。

そして、わざわざ自分にあてがわれるような使命なんて決まっているようなものだと男の子は自覚していました。

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