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織り髪姫  作者: 佐伯寿和
三人の愛
120/122

少女の天秤 その二十八

「何を、聞いてもいいの?」

子ギツネは躊躇ちゅうちょしていました。

何気無い疑問が呼び込んだ想い人の豹変ひょうへんする姿は、アンに自分の気持ちを伝えることへトラウマなようなものになっていました。

例え相手が、昨日今日会ったばかりの関係の浅い相手であったとしても、その姿を彼女と重ねてしまうに違いないと怯えてしまうのでした。


だからこそ、彼女から事情を聞いていた日陰者は、そのしわがれた声で、震える子どもをなだめるように言いました。

勿論もちろんですとも。私の唇をけるものはこの世に一つとしてないのですから。」

しかし、彼はアンに嘘をく詐欺師なのかもしれません。

しかし、彼は何一つ知らない愚者ぐしゃなのかもしれません。

彼がアンの知りたい真実を知っている保証なんてどこにもありません。むしろ、そうある可能性の方が断然高いのです。なぜなら、これまでの一度たりとも、アンの身の回りに彼の姿はなかったのですから。

「ありがとう。」

それでもアンは彼に打ち明けてみることにしました。胸の内にまった『疑問くも』はもう、自分一人で抱えているには重た過ぎるから。



――――天使たちはいったい何がしたいの?本当に遊ぼうとしているだけなの?


「真意は私にも分かりません。ですがアレらは、ああ見えて主人に忠実です。道楽にこそ抜け目のない連中ですが、何かしらあの方の死にむくいようとしているようです。」

まずそこに、「忠誠心」というような言葉が出てくることに驚いてしまった。

「その最たる例が、アナタとマリアを引き合わせたことでしょうか。」


タペストリーを目にした時から、マリアに問い掛けられるよりも前から、そうではないかと思っていた。

だって、あまりに運命的過ぎるもの。

あの時、私は意識が朦朧もうろうとしていたし、彼らのマニ車をもってすれば私の足をあの町へ向けることなんか、とても簡単なことだったはず。



――――あの町に住んでいる人たちは何者なの?どうして皆、背中に薄っすらと羽が見えるの?


「あれは最果てから放り出された貴女あなたの父君が無意識につくり出した、最果ての模造品レプリカだからです。」

どういうことなの?お父様は、本当は最果てから出て行きたくなかったってこと?

「心配には及びませんよ。間違いなく、彼は貴女のお気持ちを喜んでいます。ですから彼はこの町を後にし、世界を歩き回っているのです。生まれて初めて。たった一人で。」

私は彼の言葉が嘘でないことを心の底から願った。

「ただ、彼は彼なりに、身内の死をとむらいたかったというだけのことですよ。」

……おはかなの?あの町はカフカの手でされた天使たちのための場所なの?姿形は違っていた。けれど、あの町の人は天使たちそのものだって言うの?

「そして、その主人であった魔法使いのための町でもあります。」

セバスの……。そうとは知らずに私は、大切な家族のお墓参りをしていたのね。

彼に会えたのだ。アソコにいれば。でも私は、そうならなかったことを喜ぶべきなのかもしれない。


理想郷ユートピアという町の名前は、セバスや天使たちが退屈しないように付けたものなのね。『理想郷それ』を一目見ようとやって来る旅人たちに、沢山の物語みやげを持ってこさせるための。

「いいえ、あの町に人が入ることはできません。町の名は、彼らの魂が報われるようにと願って付けられたに過ぎません。」

え?

「それが彼女の、墓守はかもりであるマリアの役目なのです。」

どうして?彼女は旅人が町に物語を運んでくれるのだと言っていたわ。

「それは貴女を安心させるための嘘です。貴女に少しでも居心地良く過ごしてもらうための。」


……そう。

「さらに彼女は町の外に出ることを許されてはおりません。町の存在を現実から否定してしまうような言動も禁じられています。」

マリア――――

「私は、あの町で()()()魔法使いに度々(たびたび)会いに行くので、彼女の様子も耳にしていました。表には出さないようにしているようですが、少なくとも自分の役目を快く思っていなかったのでしょう。」

もしかして、私があの町まで運ばれたのは……

「そのようですね。あの墓守が自分を求めてくれる誰かを欲していたから。彼女に生きる目的を持たせるために貴女はまねかれたのでしょう。」



――――貴方はどうして私を探すの?


「先程も申しました通り、私は今でも、かつて王だった人のためだけにある従者なのです。あの方は、貴女が二の足を踏み、後悔を残したまま息を引き取ることを怖れているのです。」

どういう意味なの?

「貴女はあの町に必要でした。ですが、あくまでもアソコは彼らのための『場所』なのです。貴女やマリアのために創られたものではありません。ですからあの墓守も、機織はたおりで自分をなぐさめていたのでしょう。そこへ現れた貴女は彼女にとって神の恵みよりもいとおしいものだったに違いありません。」

そうだ。マリアは初めから私に優しかった。まるで、血の繋がった肉親のように。……ううん。「まるで」なんかじゃない。


あの人はずっと、傍にいてくれる「家族」が欲しかったのだわ。

だからこそ、マリアは私が町の真相を突き詰めようとするたびに、まるで私に呪いを掛けるかのような態度を取ったんだわ。


「ただ、彼女は貴女を求め過ぎた。あのまま放っておいたなら、貴女は何もできないままあの町で骨を埋めていたことでしょう。」

彼女がこの人のことを「嘘吐うそつき」と遠ざけていたのも、この人が町の正体を知っているから。彼女の本当の役目も。

そして、私を連れて行ってしまうから。


日陰の彼は、主人を彷彿ほうふつとさせるようなふしくれの指先で、の地を指しました。

「そして貴女はもう、その首には『時』という首輪で繋がれているのです。彼にそれをささげる前に、貴女にはまだやらなければならない事が残っているのでしょう?私はその手助けをするためにやって来たのです。」

どうして?どうしてあの人は、そうまでして私を想ってくれるの?

「あの方はただ、貴女とわした約束を守りたいだけなのですよ。」

それは……、「大人になりたい」なんていう私のままのこと?どうして?

「あの方もまた、貴女と同じ気持なのですよ。守るべきものを守れる人になりたいと願っているのです。それが、あの方が初めて交わした約束でもあるのです。」



――――最後に、マリアの家にあったタペストリーは一体、何?


すると彼は少しの間、固まってしまった。まるで、本物の「日陰」のように。

そして、ようやく出てきたのは私の問いに対する答えではなく、謝罪の言葉だった。

「申し訳ありません。私もアレが何かまでは分からないのです。」

そう……。

その言葉が本当か嘘かは分からない。ただ、寸前の挙動が私に不信感を持たせてしまったのは確かだった。

でも、それならそれで良いのかもしれない。知らない方が幸せということは確かにある。私は魔女からそう学んだのだから。


「ですが――――、」

彼は知らないことに対する羞恥しゅうちよりも、マリアとの約束をたがえてしまった自分に不甲斐無ふがいなさを覚えているようだった。

「西の最果ては、時間の世界とは無縁の世界。もしかすると、貴女の父君はすでにそれらの景色をたりにしていたのかもしれません。そして、そばで娘の成長を見届けられないことが心残りだったないですか?」

その代わりが、あのタペストリーだと言うの?だとしたら、どうしてマリアはその続きを織ることができたの?

「彼女もまた、マリオネットという人間が創った立派な娘ではないですか。貴女もそれを肌で感じてきたのでしょう?そして子どもというものは、らずらず、親の夢の一部を引き継いでいるものなのです。」


……私にも、お父様の夢は宿やどっているのかしら。

「何を言っているのですか。貴女はその『夢』そのものではないですか。」


……必ずまた、彼女に会いに行く。そうして、ただいまのキスをするわ。

「そうですね。家族の愛は幸せの花を咲かせるためには欠かせない、大切な水なのですから。」

私は振り返り、あの町に続く空に彼女への言葉を乗せた。 

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