Chapter3
星の瞬く夜空の下、フェリスとシルフの二人は導きの丘へとやってきました。導きの岩は半数ほどが輝いて、天の川のようにひとつの道筋を描いていました。ですが占い師ではないフェリスはその導きを読み取れないので、導きの丘が指し示す未来はわかりませんでした。シルフの方は何かしら感じ取っているはずですが、特に興味がないのか何も言いません。
「やっぱり少し寒かったな……」
「風邪を引いてもいけないし早いところ済ませちゃいましょ」
「そうだね、共鳴が途切れる前に終わらせないと帰れなくなっちゃう」
「……ごめんねフェリス。私の魔力が少ないせいで」
共鳴術はルフェが妖精の力を借りる特性上、維持魔力の負担は妖精が負っていました。術の執行はルフェの魔力で行いますが、術の維持は妖精の魔力量に左右されてしまうものでした。体の大きさがフェリスの両手分しかないシルフは当然元々の魔力量も少なく、術の維持時間は大体10分程度しかありませんでした。
「気にしなくても大丈夫だよ、スー。聞きたいことはひとつだけだし」
「ええ……それなら急ぎましょう。シルフはもっと岩の集まっている場所にいるはずよ」
二人は丘を更に登って行き、より輝きの強い場所へと出ました。
「あら?」
「あらら?」
「ルフェだわ」
「ああ、でも残念」
「もう契約済みね」
「……え?」
その場所にはシルフが多く集まっていました。けれど慣れ親しんだシルフたちとはどこか違います。フェリスの隣に飛んでいるシルフと比べ、その姿がはっきりして見えていました。シルフは風の精霊、その体は幽霊のようにはかないものです。ですが、その場にいたシルフたちはやけにはっきりした体と不思議な魔力で満たされていました。
「導きの妖精ね」
シルフが呟きます。
「シルフとは違うの?」
「あまり長く導きの丘にいると導きの魔力と自然に共鳴してしまうの。そういう場所は他にもあるけれど、ルフェとの共鳴と違って、魔力が同化しちゃうのは妖精の方なのよ」
「じゃああれはシルフであってシルフではないもの……?」
「人間と同じように私たちも進化するのよ。不滅の魂は得られないままでも……共鳴した魔力に応じた別の能力を得るの。そのとき、こんな風に見た目が変わってしまうこともあるわ」
「そう、私たちは導きのシルフ」
「万象の歩む道筋を見つめることができるのよ」
「でもそれ以外は普通のシルフと変わらないわ」
「そちらのお嬢さんのようにね」
「それにしてもルフェの道筋はいつも複雑」
「いつも特別」
「きっと楽しいでしょうね」
「きっと大変でしょうね」
「あの……」
楽しそうに笑う導きのシルフたちにフェリスは恐る恐る声をかけました。
「さっき、契約済みって言ってましたけど、私たちはまだ契約してないですよ?」
導きのシルフたちはきょとんとしてお互いに顔を見合わせました。そしてくすくすと笑い出しました。
「月の導きよ」
「すっごく強い絆よ」
「きっとあなたを助けてくれる」
「もう半分、契約は終わってる」
「もういいわよ!」
話がまったく進まないので、耐え切れなくなったようにシルフが叫びました。
「そんなことより、あまり時間がないわよ、フェリス」
「あ、そうだった。ねぇ、導きのシルフさん。よかったら教えてくれませんか? 最近妖精を集めている人のことを」
「妖精を集めている……」
「……人のこと」
「最近来たばかりよね」
「とっても珍しいシルキーを捕まえようとしてるわね」
「でも難しいでしょうね」
「だから銀を狙ってるんでしょ?」
「ああ、そうだった!」
さすがに物知りなシルフたちはそのような会話を始めます。シルキーの話は恐らく幽霊屋敷のシルキーのことでしょう。ですがシルフたちの情報は断片的で要領を得ません。
「待って、銀って何のことですか?」
フェリスがそう尋ねたとき、鈴の音が鳴り始めました。共鳴術が解除される合図です。
「フェリス! もう駄目、限界!」
「えっ……わ、わかった。導きのシルフさん、ありがとう。これはお礼です!」
フェリスは自分で作った砂糖菓子を導きのシルフへと投げ渡しました。
「きゃあ!」
「素敵!」
「甘くて幸せの味ね」
「ルフェの魔力って最高♪」
導きのシルフたちが砂糖菓子に群がるのを傍目に、フェリスはふわりと一回転して家へと飛びました。
「……ふう」
「間に合ったわ……」
共鳴の鈴の音が掻き消え、二人は脱力してため息をつきました。共鳴術が解け、フェリスは人の体の重みを取り戻し、シルフは力を使い果たしたのです。とても慌しい10分でしたが、その分得るものも多い10分でした。
「導きの……妖精」
ベッドに腰掛けてフェリスがうわごとのように呟きました。
「驚いた?」
「すごく。あんなのもいたなんて」
フェリスは本を取り出しました。そこには個々の妖精の知識が多く載っていましたが、それ以外の妖精やルフェの魔力のしくみなどといったことは共鳴術のこと以外は何も書かれていなかったのです。
「それよりも人狼のことだよ。思いのほか収穫だったね」
「やっぱり屋敷に行かせないで良かったわ。ばったりなんてことになったら洒落にならないもの」
「うん、流石に、本当にね……」
歯切れ悪く、そして居心地が悪そうにフェリスがそう言いました。何かを必死に考えているようでもあります。
「フェリス?」
「人狼は妖精じゃなくて亜人でしょう?」
「ええ、そうね。それがどうかした?」
「だから、妖精たちにとっては異種族。どちらかというと人間のうちのひとつって感じじゃないの?」
「まあ、そうね」
「だったら魔力持ちの人狼は……ルフェ、だよね?」
「なるほど、そういうことね」
魔力持ちの魔力は身の内に秘めた自然の力ですので、自然の化身である妖精の魔力は魔力持ちの人間には大きな影響を与えます。自然の魔力が悪いほうに傾けば、自身の魔力も狂い、清浄な魔力に触れれば自身の魔力も澄んでいくのです。
妖精を害せば、当然魔力は狂い、それは不調の元となります。果てには暴走して災厄へと化して死んでしまうこともあるほど危険なものでした。それゆえにルフェは妖精をとても大切にするのです。
「ただの妖精誘拐事件じゃなさそうね」
「うん、シルキーは単純な力なら人狼よりも上だし、だから『銀』を探している……そう考えると、本当に厄介そうな予感がするよ」
「そういえば銀って何かしら?」
「それも調べてみる必要がありそうだね。……でも、まずは」
フェリスは本を閉じるとしょんぼりとうなだれました。くぅ、と悲しげな音が鳴り、手でおなかをさすります。
「ご飯買いにいかなきゃね……」
「ああもう、カッコがつかないわね」
気まずそうに笑いかけるフェリスにシルフは頭を抱え、そしてふわりとどこかへ飛んでいってしまいました。