表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビサシ-鍋島直樹と悪魔の遊戯―
6/58

ユビサシ06



「真っ当に解いていけば、必ず正解にたどり着く」



 そう言った彼女は、死んでしまった。


 高校生の癖にやたらと達観した少女だった。

 いつも醒めていて、人の輪から外れたところにいた。

 そのくせ独りぼっちになるわけでもなく、すこし離れたところで皆の姿を見ているのだ。


“孤高の女王”。

 彼女はそう呼ばれていた。


 それも、彼女の一面には違いない。

 だが、直樹には、彼女が輪に入る事を頑なに避けていたように思うのだ。

 一座の主役となれる資質を持ちながら、観客に甘んじて、またそれを楽しんでいるふしが、彼女には確かにあった。

 そんな宝琳院庵が、事件に関わり、自ら舞台に上がった。


 結果、彼女は死んだ。


 決して尊敬できるような人柄ではなかったけど、なぜか気が合った。

 頭を使うことが苦手な直樹だったが、彼女と話しているときは、不思議とそれを楽しいと感じた。

 いま思えば、彼女は自分を啓いてくれていたのかもしれない。その事に、いまさらながら気づいた。


 いま、こうして筋道だてて考える地力を与えてくれたのは、間違いなく宝琳院庵だ。

 だから、それに応えるためにも、直樹は考える。


 龍造寺円、諫早直、千葉連、多久美咲、そして鍋島直樹。

 悪魔に取って代わられたのは一体誰なのか。


 宝琳院庵は、おそらく答えを出していた。

 最後の答えまでは聞くことができなかったが、答えまでの道筋は、すでに用意されていた。



“あれが人により召喚されたモノだとすれば、かなり専門的な知識が必要となる。その手の専門書を読む機会など限られている。インターネットで調べるにしても、本物にいき当たるには、ネットにかなり熟練していなければ不可能だろうね”


“ところが、もうふたりほど容疑者が上るのだよ”



 パソコン以外で、専門書を読む可能性のある場所。

 なにより、宝琳院庵が確信を持って、ある、と言える場所。



 ――“図書室の主”。



 宝琳院庵の異名だ。

 なら、それがあるのは、図書室以外考えられない。

 直樹は思い立ち、腰を上げた。



「多久。俺、ちょっと図書室行ってくるから」



 返事を期待していたわけではない。

 直樹としては、美咲を不安がらせないよう、こちらの意図を知らせておきたかっただけだ。



「はやく……帰ってきてね」



 意外な返事に、直樹は驚いて振り返った。

 美咲は膝を抱いた姿勢のままだった。


 心を開いてくれたわけではない。

 だが、そうして声をかけてくれる程度には、信頼が残っている。

 直樹はすこし、救われた。



「ああ」



 その言葉に、あらん限りの感謝を込めて。直樹は灯りひとつない廊下に踏み出した。

 時刻はすでに午前三時に近い。あの悪魔の言っていた“一時間の縛り”など意味を成さないくらい、多くの人が死んだ。

 だが、それも終わる。



「――見てろ、宝琳院。俺が、悪魔の正体を暴いてやる」



 決意とともに、直樹は拳を握り締めた。









「ただいま」



 出てから五分も経っていないだろう。

 ふたたび教室の扉を開いた直樹は、多久美咲に声をかけた。

 彼女は出る時と同じ姿勢のままでいる



「うん」



 返事はそれだけだった。

 直樹は美咲から少し距離をおいて地面に座る。

 しばらくの間なのか、それとももっと長い時間が経ったのか、直樹にはわからない。



「鍋島、くん」



 ふいに美咲が、口を開いた。



「なんだ?」



 直樹は問い返す。

 見れば美咲は顔を上げ、こちらを向いていた。



「――なんで、こんなことになっちゃったのかな」


「多久」



 彼女の泣き出しそうな顔を見て、言葉に詰まる。



「文化祭、どうやって回るかとか、みんなでどうやって遊ぼうとか、ついさっきまで考えてたのに――考えられたのに。なんで、みんな信じられなくなっちゃったんだろう」



 言葉が震えている。

 顔を伏せているのでわからないが、泣いているのだろう。



「いやだよ。こんないやな気持ち、いやなのに、我慢できない――あたし」



 美咲の言葉をさえぎるように、教室の扉が開いた。


 目を向けて、直樹は驚きに目を見開いた。

 扉の奥には、動かない諫早直を担ぐ幼馴染の姿があった。



「もういや! この人殺し!」



 両手で頭を抱え、美咲がヒステリックに叫んだ。 

 冷静に考えれば、直が死んだわけではないとわかったろう。だが、美咲の絶叫に、直樹も一瞬引きずられた。



「鍋島くん! あんな人殺し、殺そうよ! もういやだよ、こんなの!」



 人殺しを恐れ忌みながら、人殺しを望む。

 その不整合すら、彼女はもはや見えていない。



「鍋島くん!」



 多久美咲が直樹を促した。

 彼女はすでに円を指さしている。


 円はなにも言わない。

 ただじっと、直樹に目を向けている。


 それがかえって直樹を落ち着かせた。

 落ち着いてみれば、なんのことはない。直は気を失っているだけである。直樹はようやくそれに気づいた。



「多久、落ち着け。諫早は死んでない」



 直樹は美咲をやわらかく諭した。

 直が殺されたと信じて疑わなかったのだろう。美咲は驚いて目をしばたかせた。



「諌早は気絶させただけだ。千葉先生は諌早に殺された」



 美咲の瞳に理性が戻るのを待ってから、円が事情を説明した。



「そうか」



 直樹は視線を落とした。

 彼女まで死んでしまったのは、痛恨事である。

 直樹がもっと早く気づいていれば、すくなくとも千葉連は助かった。


 だが、いまそれを嘆いても仕方ない。

 後悔するのは、残された“三人”が無事生き残ってからでも、遅くはない。



「じゃあ、ここらで、解決編といこうか」



 龍造寺円、多久美咲、それに気絶している諫早直を見回し、直樹は口を開いた。

 言葉が宝琳院庵に似てしまったのは、こんな場面に使える言葉が、ほとんど彼女との会話でしか知らなかったからである。



「生き残った四人。この中に――悪魔がいる」



 確信を持って、直樹は言い放った。

 それが、推理ものの常套句であることすら、直樹は知らない。だが、だからこそ、言葉には重みがあった。



「だれ? だれなの?」



 多久美咲が不安げに皆を見回す。

 龍造寺円は、戸口に立ったまま、微動だにしない。

 諫早直は未だに気絶したままで、廊下側の壁にもたれかかっている。

 三人を視線で追っていき、直樹は美咲の所で目を止めた。



「――多久。あんただ」



 その言葉が美咲に沁みるまで、たっぷり二呼吸ほど時間を要した。

 理解とともに、美咲の表情が驚きに変わる。



「どうして? ひどい。なんであたしが悪魔なの?」



 美咲の表情には、強い怯えがある。


 だが、鍋島直樹は揺るがない。

 この指名に、仲間の命がかかってくるのだ。

 その重みが、直樹の感情を揺らさない。



「宝琳院庵が残してくれたヒント。あれが役に立ったんだ。この事件、悪魔を呼び出す機会と能力があったのはふたりだ」



 指を立て、直樹は説明する。



「ケースその1、あの悪魔がこのオバケ屋敷の魔法陣で偶然召喚されたとする。だとしたら、容疑者は宝琳院か多久になる」



 直樹は一呼吸置き、理解を促した。

 魔法陣が完成したと思われる時、その場所にいたのは、このふたりだけ。

 迷うことなき容疑者である。



「その2。悪魔がそれ以前に召喚されていたとしたら、悪魔を呼ぶための専門的な知識が必要となる。その本が、図書室にあった」



 直樹は、一枚のカードを取り出す。

 図書館の貸し出しカードだ。



「去年の五月に宝琳院庵、つい三日前に多久美咲。この本を借りたのは二人だけだ」


「そんな、それだけで」


「それだけで十分なんだよ」



 美咲の弁護を、直樹は遮った。



「悪魔を呼び出すってのは、普通の事件とは性質が違う。だれしも機会があれば可能ってもんじゃないんだ。クリアすべき条件があって、それを満たすものがひとりである限り、犯人はそいつでしかありえない」


「――私も同意見だ」



 口をはさんだのは円だった。



「ついでに言うなら、私も直樹も悪魔やまじないには疎い。諫早がその方面にのめり込んでいたのなら、中野が必ず気づいている。

 多久は、そんな本を借りるくらいには、悪魔……黒魔術かな? まあどちらでもいいが――それに興味があったのだ。なら、答えは出たようなものだ」



 指をさす円。直樹も、それに倣う。

 いやいやをするように、美咲がかぶりを振る。

 哀願を振り切って、明白な意思のもと、直樹は告げた。



「お前が悪魔だ、『多久美咲!』」



 ふたりの声が重なった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ