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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
外伝 刀ぞうし―立花雪と神威の刀―
43/58

刀ぞうし02



 ――手を触れずに、雷切を持ち出す。



 刀と相対しながら、雪はその手段を模索した。

 飾り台ごと抱えて、あるいは板張りの床を抜いて持ち出すことをまず考えついたが。



「ちがう。トンチじゃないんだから、そんなことしてどうする」



 雪は即座に首を横に振った。

 念のため試してみたものの、飾り台は床に据え付けられている。

 そのうえ床も、刀のある付近は鉄板か石板でも噛ませているのだろう。叩くとひどく鈍い音がした。


 かといって、雪の手持ちに、手を触れずにものを引き寄せるたぐいの術法などない。というか、そもそも雪の属する流派にも存在しないはずである。


 自我がある類の霊刀でも無いようで、となれば呼び寄せることもできない。

 いろいろと手段を模索しては見るものの、試した数だけ失敗を重ねただけだった。


 気がつけば、はや夕刻。

 いったん出直すため、雪は庵を出て本棟に戻った。

 出迎えてくれた乗雲は、熱い焙じ茶を用意してくれた。



「さすがに苦戦してるみたいだな。キツそうか?」


「苦戦、というか、どう攻めたらいいのかが、わからない感じ……乗雲兄ぃ、おじさんからなにか聞いてない?」



 乗雲に尋ねたのは、本来与えられるべき情報が与えられていないのではと疑ったからだ。



「無いな」



 だが、返ってきたのは否定の言葉。



「親父の残した手帳にも、ヒントになりそうなことは書いてなかった」



 ――てことは、足りないのは技量うでか。



 雪はため息をつく。



「あきらめるか?」



 挑発するように、乗雲が笑顔を向けてきた。


 まさか、と、雪は首を振り否定した。

 己の未熟は理解している。理解して、そのうえで挑んでいる。

 だから、雪に落胆など微塵もない。



「わたしが諦めるわけ、ないだろ?」



 ただ挑戦的に笑うのみである。









 次の日から、雪は離れに籠りきりになった。

 定時の食事も庵に持ってきてもらい、片時も刀から離れず、頓知のような難題に挑み続けた。


 そして数日が過ぎる。

 思いつく限り試しては見たが、それでも雷切を持ち出すことはできていない。

 酷使しすぎて痛くなってきた頭を揉みほぐしていると、外から食事時を告げる声があった。


 乗雲の声ではない。だがよく知った声だ。

 雪は庵の扉を開いた。扉の向こうにいたのは、寝ぼけたライオンのような髪型と顔立ちをした、雪と同年代の少年だった。

 大友麒麟である。



 ――仁美姉ぇのとこから戻ってきたのか。



 そう考えると、雪は心が波立つのを感じた。


 この修業は雪の勝手な行為である。

 とはいえ、麒麟のことを思って、やっていることなのだ。

 雪が苦労している最中に、女とイチャイチャしていたかと思うと、さすがにやりきれない。



「そこに置いとけ。入るなよ。女くさい体で近づいたら刀が穢れる」


「ひどい言われようだ」



 麒麟の返事は淡々としたものだ。

 長いつき合いで、共有した時間は下手な兄弟よりも長いはずだが、雪は未だに麒麟の思考が読み切れない。



「苦戦しているのか」



 唐突に。麒麟は尋ねてくる。



「悪かったな」



 雪は仏頂面になって返した。



「状況は乗雲さんから聞いている」


「そうか」



 麒麟の言葉に、雪はそっけなく返した。

 麒麟は退魔の業を修めていない。雪が頑なにそれを強いてきた。

 だから門外漢である麒麟には、あまり首を突っ込んでほしくなかったのだ。


 だが、麒麟は当然のように首を突っ込んできた。



「一度――一度刀に触れてみてはどうだ」



 雪はあきれ顔になってしまい、あわててそれ手で隠した。

 頓珍漢な助言だったが、麒麟を門外漢にしたのは、ほかならぬ雪なのだ。



「馬鹿を言うな。刀に触れるのはルール違反」



 雪は一言で却下する。

 すると麒麟はどこかあきれた表情でため息を漏らした。



「お前は真面目すぎる」


「そっちは不真面目すぎるけどな」



 即座に切り返すが、帰ってきたのはふたたびのため息。



「ルール違反なのは、刀を持って外に出ることだろう。室内で振るう分にはなんの問題もない。そもそも刀を理解しようと思えば、使ってみるのが一番の早道ではないか?」



 雪はぐうの音も出なかった。


 食事を終え、麒麟を帰すと、雪はやや遠慮がちに刀を手に取った。



 ――重い。



 最初にそう感じた。

 つぎにひやりとした冷気が、手の甲を撫でた。

 まるで刀の周りの気温だけが、数度も低くなったようだった。

 だというのに、手のひらに感じるのは、熱。刀を鍛えた時に加えた熱が、芯のほうで燻っているような感覚。



 ――名刀だ。



 理屈抜きに、雪はなぜかそう確信した。

 新たな尊崇の念とともに、ゆっくりと息を吸う。

 溜めたものをすべてを吐き出すように、雪は雷切に向かって強く念じかける。



 ――雷切よ。お前の力、わたしに見せてくれ!









「――で、駄目だったか」


「ウルサイな」



 朝食を運びがてら、話を聞いた乗雲の一言に、雪は口を不機嫌に曲げた。


 結論からいえば、雷切は願いに応えた。

 まるで吸い付くように雪の手に収まった雷切は恐ろしく手になじんだ。

 構えるだけで離れ全体を己の意中に落とし、一振り一振りが確実に気を裂いた。


 だが、それだけだった。

 恐ろしいまでの威力を秘めた霊刀は、己を持ち出すための手がかりを寸毫も教えてくれなかった。



「まあ、それでも進捗はあったんだ。麒麟に感謝しないとな」



 乗雲の言葉に、癪だとばかり雪は頭をかいた。



「その麒麟は?」



 助かったのは事実なので、麒麟の居場所を尋ねる。



「一万田のとこ」


「よし殴る」



 一万田、まで聞いて雪は即座に断言した。

 目が据わっている。雷切を持ち出して一刀両断にしかねない勢いだ。



「まあ待て。怒りすぎだ」



 あわてて乗雲がなだめにかかる。

 雪は収まらない。



「あんのエロ馬鹿……人が知恵熱でるほど頭悩ませてるのに、お気楽に色ぼけやがって……」



 毒づく雪に、乗雲がはたと動きを止める。



「まて、雪坊。おまえなにか勘違いしてるぞ?」



 言われて雪は怪訝な顔を向けた。



「大友の坊ちゃんが一万田のとこ入り浸ってるのは、あそこの蔵書から、お前の役に立つ資料がないか探してるからなんだよ」



 雪は切れ長の目をまん丸に見開く。

 次いで、居心地悪そうに肩をゆすりながら渋面になった。



「あいつめ、余計なお節介を……言ってくれたら、いいのに」



 雪はくるりと背を向けた。

 照れ隠しなのは明らかだった。

 乗雲がやや意地の悪い笑顔を浮かべたのだが、後ろを向いていた雪は気付かなかった。


 立花雪は知らない。

 大友麒麟の、もう一つのお節介を。

 大友家と付き合いのあった権力者の間を動き回り、雪の仕事の成果を利用して大友健在を周囲に知らしめ、大友家惣領の威勢を回復しようとしていることを。

 雪の禁を守り、退魔の道に背を向けながら、なお雪の力になろうとしていることを。

 麒麟もまた、戦っていることを、雪はまだ知らない。





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