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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビサシ-鍋島直樹と悪魔の遊戯―
3/58

ユビサシ03



 鹿島茂は死んだ。

 だれひとりとして、それから口を開こうとしなかった。


 冗談のような死のゲーム。

 そこで、実際に人が死んだ。

 誤魔化しようのない事実が、楽観を無慈悲に打ち壊した。


 直樹は、その場に座り込んでいた。

 幼馴染の円がそれにそっと寄り添っている。

 ふたりの姿は、たがいを庇いあうようだった。


 諫早直は、気を失って倒れた多久美咲を介抱している。

 彼女が心配だというよりも、なにかをしていないと落ち着かないようだった。

 彼女たちのそばについている一馬も、どうしていいかわからないのだろう。ため息と頭をかくしぐさを繰り返している。


 宝琳院庵は椅子に座り、みなを見降ろしていた。

 彼女だけが普段と変わらない。


 神代良は、すこし離れてひとり、膝を抱えて座っている。

 神経質に爪を噛み、らんらんと輝く瞳は虚空をさまよっている。


 間接的にとはいえ人を殺した。

 その事実が、小心な少年を追い詰めていた。

 無言の空気すら、彼にとっては非難であった。

 

 彼の心境を推し量れなかったことを、だれも責められない。

 あまりにも異常な状況に、だれもが自分のことで精一杯になっていたのだ。

 

 だが。

 たとえばこのとき、だれかが彼に、一言でも声をかけていれば、彼を慰めていれば。

 あるいは、のちの運命も変わっていたかもしれない。



「一馬」



 長い沈黙を破ったのは直樹だった。



「どう思う」



 相談する相手に中野一馬を選んだのは、やはり彼を頼る気持ちが大きかったからだろう。

 だが、一馬の反応は、鈍い。



「直樹か……すまん。落ち着くまで待ってくれ」



 普段冷静な彼が、ノイローゼのように頭を抱えている。


 一馬のありさまを見て、直樹はおのれに活を入れた。

 頼れる親友がこんな状態である以上、自分で考えるしかない。



 ――まず……そうだ。わかることから整理していくんだ。



 直樹が最初に思いついたのは、全員の数字を確認することだった。


 中野一馬が“4”

 諫早直が“6”

 神代良が“3”

 宝琳院庵が“4”。



「――直樹、私の数字、わかるか?」



 最後に幼馴染に目を向けると、似たようなことを考えていたらしく、彼女のほうから声をかけてきた。

 龍造寺円の頭上、淡く輝く数字。



「“3”、だろ?」


「なんだって?」


「だから、“3”」



 円がわずかに眉をひそめた。



「ちょっと指で示してくれないか?」



 不審に思いながら、直樹は指を三本突き出した。

 円が淡いため息を落とした。



「自分の数字は認識できない。そんなルールがあるようだ」


「なんだって?」


「直樹の数字は――だ」



 彼女の言葉の、その部分だけが、無音。

 直樹はうそ寒いものを覚えた。


 と、会話に何か耳障りな音が混じった。

 その音に、直樹が耳をそばだてていると、それはやがて哄笑へと変わる。



「――HYA‐HAHA! 自分で気づくとはたいしたもんだ! YO‐HO!」



 大気をかき混ぜるように、異様な空間のうねり・・・をともなって。

 悪魔が、ふたたび姿を現した。



「YO! 一時間どころか十分も経たずに殺っちまうなんてたいしたもんだ、やるもんだ! 気づいての通り自分の数字はわからねえようにしてあるぜ! ゲームを面白くするための“エッセンス”ってヤツだ!

 じゃあ、この調子で“DEATH-GAME”楽しもうぜHYA‐HAHAHA!」



 言うだけ言って、思うさまはしゃいで、悪魔は再び姿を消した。

 予期せぬ不意打ちに、直樹の思考は微塵に吹き飛ばされた。

 再び、沈黙が教室を支配する。



「――っ! なんなんだよ!?」



 直樹が、抑えていた感情をぶちまけた。



「なんだよこれ! なんで俺たちが――」


「落ち着け直樹!」



 声とともに冷えた感触が、直樹の手を包んだ。


 円の手だった。

 彼女の瞳は、直樹を見据えたまま離れない。

 言葉はない。それがかえって直樹の心を落ち着かせた。



「――すまん、円。落ち着いた」



 急に気恥ずかしくなり、直樹は手を振りほどいた。

 円が緩やかに口角をわずか、持ち上げた。彼女の微笑だ。



「ああ。まずは落ち着いて考えるんだ。あの悪魔の言葉が正しいのなら、あと五十分は、猶予がある。それまでに、悪魔を探し当てればいい」


「悪魔を……見つける」



 直樹は、円の言葉を反芻する。

 悪魔は言った。これはゲームだと。

 開放されるためには、悪魔を見つけなければならないと。


 だから。

 制限時間までに悪魔を見つける。それが当たり前の解決策だ。



「そうだな。人が死んだ以上、馬鹿らしいなんて言ってられないんだ。なんとか見つけないと」


「そうだ、直樹。パニックを起こせば、悪魔が喜ぶだけだ」



 つけ加えられて、直樹は眼をそらした。

 やんわりと、さきほどの醜態を咎められた気分だった。



「だけど、どうやって――」


「直樹、名前は?」


「っ!? 鍋島直樹」


「好きな食べ物は?」


「ラーメン」


「家族構成は」


「両親とじーちゃんと妹と弟、知ってんだろーが」


「まあ、この程度でぼろを出すとは思えないけれど、やっておく価値はあるんじゃないか?」


「――って、いまのテストかよ!?」



 直樹は半眼になった。

 円は抜け目なく試したのだ。



「……悪くないな」



 横合いから声をかけてきたのは中野一馬だった。


 自分たちの中に、悪魔が混じっている。

 それがどの程度、入れ替わった人間の知識を持っているのかはわからない。


 だが、どれくらい巧妙に化けているのか。

 それを知るためにも、やっておく価値はある。

 一馬はそう主張した。



「俺も、やってみてもいいと思う。けど、正解を確認できるか?」



 直樹は首をかしげる。

 趣味嗜好性癖、誰もが誰ものことを知っているわけではない。


 だが、一馬は首を横に振って言った。



「俺はわかる」



 顔色は悪い。無理を押しているようにも見える。

 それでも。推して立つ彼の姿は、直樹の目に、なによりも頼もしく映った。


 一馬が持つ情報は確かだった。

 質問を受けた本人が、呆れるほどだ。

 気絶した多久美咲はさておき、まずは諫早直、それから龍造寺円、宝琳院庵と順に答えていく。

 爆弾を探り当てるような緊張をともなう答弁は、ゆっくりと、しかし淡々と滞りなく進んでいく。



「つぎは神代だな」



 神代良の番となった。

 みなの注目が、この膝を抱えた少年に集まる。



「――るさい」



 少年が、小声でなにかつぶやいた。

 前髪に隠れ、その表情は誰にも見て取れない。



「神代?」


うるさい・・・・



 今度の言葉は明白だった。

 ぎょっとした一馬を尻目に、神代良は立ちあがる。眼が尋常ではない。



「どうせみんな――ははっ、僕が悪魔だって思ってるんだろ!? よってたかって僕を殺すつもりなんだろ! 殺される前に――殺してやる!」



 直樹は射竦んだ。

 それはまさに殺気だった。


 人を殺す。

 その意志を明確に浴びた経験など、むろん直樹にはない。

 小柄な良が、直樹の目にはこの時、恐ろしい肉食獣に映った。


 良の指先が、直樹に向けられる。

 猛烈な悪意が、少年の指先に集中していくのがわかった。



「鍋島――」



 死んだ、と、直樹は思った。

 たしかな死の予感が、黒いもやとなって心臓を鷲づかみにする。


 だが、名を唱え終えるまでの一瞬。

 言葉と言葉のわずかな隙間に、彼女は体をねじこんてきた。



「――直樹!」



 悪魔の指名が終わる。

 だが、なにも起こらない。


 それも当然。

 良の指先にあるのは、指名者とは別人だった。

 直樹をかばうように、良の前に立ちはだかっていたのは――龍造寺円。


 神代良は、このとき逡巡しゅんじゅんを見せた。

 鹿島茂の行動から、少年は自分の持つ数字を、残る七人の中で最も小さい"2”だと推測していたのだろう。であれば、現在の数字は、茂の“1”を加えて“3”である。


 そして直樹を守る少女の数字も“3”だ。

 おなじ数字の者を指名すればどうなるのか。わからぬ以上、迷って当然だった。


 だが円はためらわなかった。

 一瞬も指先を惑わせず、円の指先がまっすぐ神代良をとらえる。


 直樹は選択を迫られた。

 同じ数字のふたりが指名し合えばどうなるか。

 なにも起こらないのか。あるいは、両方死ぬのか。



 ――円が死ぬ。



 そう思ったとき、直樹は指先をとっさに跳ねあげていた。

 円を救う、その一念。ほかのことなど頭にない。



『神代良!』



 ふたりの声が重なった。

 最後の瞬間、神代良の面に浮かんだのは、恐怖。

 顔をくしゃくしゃにしたまま、臆病な少年は塩の柱と化した。


 真っ白な塊が崩れていく。

 神代良のカタチが崩れていく。

 それが床に山を成したとき、直樹はようやく己の罪を思い知った。


 殺してしまったのだ。

 神代良を。ほかならぬ自身の手で。



「なんだ……なんなのだ、お前たち」



 絞り出すような一馬の声を、直樹は他人事の遠さで聞いた。



「なぜ、そんなに簡単に殺せるんだ。おかしいぞ、お前ら」


「一馬」


「来るな!」



 直樹は体を強張らせた。

 拒絶、だけではない。一馬の目に浮かんでいたのは、たしかな敵意。それが自分に向けられている事実が、直樹は信じられない。

 だが、よく考えれば当然だった。

 直樹は、神代良を、殺してしまったのだから。


 蒼ざめた直樹の表情。

 それを見て、一馬の顔に悔恨の色が浮かぶ。



「……すまない。言いすぎた」



 だが、直樹には、どう答えて良いかわからなかった。



「直樹くん、龍造寺くん」



 凍てついた空気のなか、声をあげたのは普段寡黙な少女、宝琳院庵だった。



「すこし席を外したほうがいい。たがいに落ち着くべきだ」



 その言葉が、みなの心に重く響いた。





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