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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
閑話
28/58

閑話05 姉川清深と初詣


 ――まずいもん見てもうたわ。



 姉川清深あねかわきよみは、思わず額を押さえた。

 友人たちと三人連れで初詣に向かった先でのことである。

 例年かなりの混雑になるので、時間をずらしたのだが、それでも賑わいは大差ない。賽銭ひとつ入れるのもひと仕事。境内五ヵ所を回るとなると大仕事だ。


 そんな中、偶然目を向けたさきに、清深は鍋島直樹の姿を見つけてしまった。

 清深にとっては大恩人である。普段なら大歓迎するところだ。


 だが、女性と二人連れとなれば、話は違ってくる。

 しかもそれが、清深たちの先輩、宝琳院白音ほうりんいんしらねというのは、なおまずい。


 清深は、ちらと横をみた。

 石井陽花いしいようか深堀純ふかほりじゅん。二人の親友は、別のほうを見て話している。


 清深はこっそりと安堵のため息をついた。

 石井陽花は、あの四つも年上の先輩に恋愛感情を抱いてるのだ。

 清深自身は、恋愛と言うものについて、いまだ関心がない――と言うより、以前あった事件のおかげで拒否感すらあるのだが、できることなら陽花の恋愛は、成就させてやりたいと思っている。

 それだけに、この絵面をみせるのは非常にまずかった。



「どうしたの? 清深」


「いや? なんでもあらしまへん」



 怪訝な顔を向けてくる陽花に、清深はあわてて首を振る。



「あらしまへん?」


「なんでもないです、や」



 二人が首をかしげるさまに、清深はあわてて訂正した。

 京都に長く住んでいたおかげで、京なまりが染み付いている。そのため、たまに言葉が通じないことがあるのだ。



「そういえば、二人は願い事、何にするん?」


「わたしは――えへへへ」



 注意をそらすため、とっさに出した質問に、陽花はなにやら身をくねらせはじめた。

 口を開かなくても、何を考えているかわかるから不思議である。



「僕は、やっぱりみんなが元気でいられますように、かな」



 彼方へ向けるように、純が言った。

 その言葉は、清深の心の深い所で響いた。

 人を傷つけ、人を憎悪して、人を拒絶していた純。あのころの純を知っているから、そこから立ち直っていくさまをみていたから。


 こんな言葉が、なによりも重く感じられた。



「せやね」



 染み入った感動が、自然と言葉になった。

 五本指と呼ばれていた自分たち。その実、孤独な五人の集まりだった。ただ、集まっているだけの、遠い存在だった。


 中心だった横岳聡里が殺され、それに続くあの事件を経て、清深たちもまた、変わった。

 純を支え、助けるうち、清深は心と心のあいだに血が通うということを、この歳になって初めて実感した。


 その、みえざる血のつながりをこそ、友と言うのだと、思い知ったのだ。



 ――と。



「あけまして!」「おめでとー!」



 二つの小規模台風が三人を直撃した。

 いきなり三人いっぺんに囲まれて、二人がかりのハグを受ける。あまりのことに、清深は硬直した。


 見れば、鍋島澄香すみかと鍋島ただし。白音と同じく学校の先輩だ。ただし、関わってはいけない種類の、と、枕言葉がつく。

 この国際的な容貌の、黙っていればモテるに違いない双子は、その騒々しさと振りまく災厄から、バイフォーの二つ名で恐れられているのだ。



「ば、バイフォー先輩!」



 驚いて声を出したときには、もうすでに抱擁は解かれている。ハイテンションな双子は肩を並べ、鏡あわせに手を振り上げてくる。



「いえーい!」「おめでとー!」


「お、おめでと――行っちゃった」



 挨拶を返そうとしたときには、双子はすでに別の場所へ突進をかけていた。

 陽花も頭の下げどころを失って、戸惑いを隠せないようすだ。



「台風みたいな人だな」



 純の評価には、深くうなずかざるをえなかった。



「――そこにいるのは、澄香たちの後輩じゃないか?」



 と、唐突にかけられた耳慣れない声にそちらを向いて、清深は目を見開いた。

 長身に、腰まで伸びた長髪。透き通るような美貌の少女が、そこにいた。


 とっさに誰だかわからなかったのは、清深の記憶力不足のためではない。

 クリスマスに会ったときは、悪く言えば人形のような美人、と言う印象が強かった。


 だが、いまの彼女はまるで別人だ。

 生気に満ち、内から輝くようだった。



「あ、かの――じゃのうて、たしか、円さん。あけましておめでとうございます」


「あけましておめでとう。元気でな」



 あっさりと微笑を残して、そのまま龍造寺円りゅうぞうじまどかは人ごみの向こうへ去っていった。



「あ、いっちゃった……」



 ふたたび、頭を下げそこなった陽花である。



「清深、いまの人」


「ああ。龍造寺円さんゆうてな、直樹さんの知り合いや」



 純が目を向けてきたので、清深は説明してやった。



「うわ、緊張したなー。見ただけでどきどきしてきたよ」



 顔を紅潮させながら目を輝かせる純。

 そのようすに、清深と陽花は思わず目を合わせた。

 白音といい、龍造寺円といい、それに横岳聡里にしてもそうだ。どうして彼女はこう、頼もしげな女性に懐くのか。


 突っ込んで考えると、妙な想像になりそうだった。



「五本指」



 声をかけられて、振りかえった清深は、自分の目を疑った。


 光を拒むような黒髪と、対照的にしろい肌。どこかオヒメサマ・・・・・を連想させる少女。


 そこにいたのは、紛れもない宝琳院白音だった。



「え――って、宝琳院先輩!?」



 清深はなにがなんだかわからなくなる。さきほどまでは確かに、彼女は直樹の側にいたはずだ。



「五本指、久しぶりです」


「あ、先輩。おめでとうございます」



 言葉を重ねる白音に、ようやく我にかえった。清深は慌てて頭を下げる。



「五本指、久しぶりです。息災で何よりです」



 三度言葉を重ねた白音に、今度は頭の上げ時を失ったのだろう。陽花は腰を折りっぱなしである。

 だが、それにも構わず、清深は目を向こうにやった。


 向こうにも白音がいる。わけがわからない。

 というか、いままでの面子が、みんな直樹の周りに集まってた。



「姉川清深」


「は、はい?」



 声をかけられ、あわてて目を戻した。

 よく考えれば、先輩が新年の挨拶をしているのに、よそ見などしていいはずがない。



「姉川清深。あなたの疑問は察することができます」


「はあ」



 混乱しながらも、清深は律儀に相槌を打つ。



「姉川清深。あなたの疑問は察することができます。あなたはわたしが分身の術を使えるのかと、疑っていますね」


「おもってへん!」


「冗談です」



 白音の表情はまったく動かない。代わりと言うように、彼女の唇に指が乗せられた。

 清深は、肩を落とした。そういえば、こういうことを真顔で言う先輩なのだ。



「――ただ高速で移動しているだけです」


「先輩が徒競走で転んでへんとこ見たことあらへんし!」


「ではこういうのはどうでしょう。いまここにいるわたしは、あなたの妄想であると」


「勝手に人のこと幻覚持ちにせんといて!」


「あとはクローン人間説と蜃気楼説とロボット説と姉妹説とドッペルゲンガー説くらいしか思いつきません」


「……ひそかに本当っぽいことまで混ぜんといてください!」



 思わず聞き逃してしまいそうなあたりに紛れ込ませている辺り、性質が悪い。



「さすがです」


「いや、褒められても」


「いや、さすがです。姉川清深」



 そこまで言われると、かえって居心地が悪い。



「いや、さすが関西人です。姉川清深。突っ込みのキレがいい」


「勝手に芸人にせんといてください!」



 それに対して白音がなにか返しかけて。

 こん、と、会話を破るように、白音の頭に拳が落とされた。


 清深は、目を見開いた。

 拳の主は、白音の姿を鏡に映したような少女だったのだ。



「うわ、白音先輩が二人!?」



 俄然がぜん目を輝かす純はさておき、清深も、驚きでとっさに声が出ない。



「うっそ。そっくり」



 陽花も驚きを隠せないようだ。



「双子さんやろか」


「姉です」



 そっくりさんのほうに声をかけてみると、白音の方から答えが返ってきた。



「三つ年上の、姉です」



 なにやら含むところがありそうな言いかただった。



「三つ年上の姉です。最近すこし浮かれすぎです」



 ふたたび、宝琳院姉の拳が落ちた。本当に仕草だけなので、痛くはないだろうが、なぜか白音は嬉しそうだった。



「お前ら、何やってんだ」



 呆れたような、男の人の声が降ってきた。

 みれば、宝琳院姉妹の後ろに、頭二つ近く大きい男性が立っている。



「あ、お兄さん」



 現金なもので、とたんに陽花の目が輝きだす。



「あ、鍋島先輩。その節は、すみませんでした」



 純が、深く、頭を下げた。

 あの事件以降、二人は顔を合わせていない。考えてみれば、純が謝っていない、そして許されていない、最後の人物だった。


 直樹の顔が、やさしく綻ぶ。その手が、純の肩に置かれた。



「ああ。元気そうで何よりだ」



 笑顔が分厚い。

 そう感じたのは、なぜだろう。

 直樹は純の心根から発せられた言葉を、がっしりと受け止めてみせた。

 その強さは、単純に歳の差からくる、と言うわけでは、やはり、ないのだろう。清深には、とても察し切れなかった。



「直樹さん、あけましておめでとうございます」



 感謝の念を多分に込めて、清深は直樹に頭を下げた。

 直樹は笑顔をこちらに回してくる。



「おう。お前らも一緒に参るか?」



 その言葉に対する返事は、三人みごとに揃った。

 双子の先輩が、龍造寺円が、こちらに駆けつけてくる。それを迎えて、直樹が境内に向け先陣を切った。


 なにやら、心配していたのが馬鹿らしくなってくる騒がしさだった。

 それについて行きながら、とりあえず今年一年、いい年になることを願って。


 清深はとびきりの笑顔を、青空に向けた。





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