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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビサシ-鍋島直樹と悪魔の遊戯―
2/58

ユビサシ02



 突如、耳鳴りに襲われた。

 脳内で反響するような、痛みさえ伴うそれに、直樹は耳を押さえてもがいた。


 つぎの瞬間。

 世界が凍りついた。

 凝り固まった世界が、そのまま反転するような、異様な感覚。


 強烈な異物感が、反転する。おのれが異物になる。

 自らが異界に放り込まれたことを、直樹は否応なしに理解させられた。



「う、えええぇ!」



 神代良が、嘔吐えづくようなうめきをあげた。

 内臓に直接響くような異様な恐怖に、直樹も、こみあげて来るものを懸命に押さえる。


 直樹は見た。

 ボードと机で堰をされた教室。

 その奥から押し寄せてくる、実体のない、怒涛のごときものを。



「WWWWWWW……EEEEEE YA‐HAAAAああああぁ!!」



 それを声と認識出来た者が、何人居ただろう。

 この世のものではありえない、異様な音だった。

 それが、しだいに意思を持った声へと変化していく。

 呼応するように、波濤が、人間の脳に認識できる実像かたちを結ぶ。



「ぐぅぅっどぃいぶにんっ諸人もろびとこぞりて! HA‐HA!」



 金縛りに遭ったように動けぬまま、直樹たちはそれの前に立たされることになった。

 漫画やアニメーションのような、ひどく抽象化された悪魔の姿。いや、虫歯菌の方が、造形として近いかもしれない。


 映像作品からそのまま出てきた様な、しかし確かな質量を持った異常な存在。

 それは一同の真ん中に陣取り、顔らしきものを一巡りさせ。

 唱えるように声を上げた。



「――ゲェーィムの時間だ!」



 黒光りする、三又に分かれた指が、直樹たちの前に示された。

 瞬間。


 心臓が裏返った。

 頭の中が真白になる。

 直樹は感じた。体の中から、直樹にとって決定的に重要ななにか・・・が頭上に集まっていくのを。


 目の前に、異様な光が生まれた。

 光は仲間たちの頭上から発していた。


 数字。

 光によって書かれた数字が、みなの頭上に浮かんでいるのだ。

 そう認識したとき、邪悪な声が再び響いた。



「ルールは簡単だ! いま、テメェらの頭に出た数字! その数字が大きいヤツが強い! 相手を指さして名前を呼んでみろ! BOM! そいつは死んじまう! ただし、自分の数字が小さかったら自分がBOMだ! HYA-HAHAHA!」



 クルクルと、宙を回転しながら。それ・・はしゃぎ回る。



「数字が小さいヤツも心配するな! ご指名の時に二人、三人が一緒に指させば、みんなの数字が足し算される! オマケに殺したやつの数字はこちらのものって寸法だ! HYA‐HOO!!」


「――何者だ」



 皆が異様な状況に圧倒される中、誰何すいかの声が上がった。


 龍造寺円だった。

 直樹が横目で見ると、彼女は普段と変わらぬ様子で、悪意の塊に視線を向けている。



「オレは悪魔さ! お前らは子羊だ! HYA‐HAHAHA!」



 答え、哂いながら回転する――悪魔。

 仕草はコミカルながら、その声には、ぞっとするような魔性が篭っている。



「なぜ、私たちがゲームをしなくてはいけない」


「なぜ? WHY? それはな、お前らが――生き残るためだよ!」



 悪魔が答えた。

 ひどく抽象化された両眼は、爛々と輝いている。



「この世に出た瞬間、一匹喰って成り代わってやったんだよ! お前らの中の誰かが、オレの本体だ! ゲームを放棄してもいいが……そうだな、一時間、誰も指名しなければ、そのたび一人殺すと誓おうじゃねえか! 逃れるためには……わかるよな!? オレの本体を殺すっきゃないわけだ! HAHAHA! じゃあ、れーっつえんじょい、デスゲェーィム!」



 哄笑を残して、悪魔の姿は掻き消えた。


 呆然と、直樹は立ち尽くす。

 あまりの現実味のなさに、みな押し黙ったままだった。


 痛いほどの沈黙が、あたりを支配する。

 色調が反転した世界に紛れ込んだような。

 あるいは空気が硬質の――ガラスのように変化したような。

 そんな、たしかな実感だけが、あった。



「……っは、ははははっ! ったく、冗談きついね! 宝琳院か? それとも多久か? 変な演出はいいから、ホラ、ネタバレ」



 茂が、重い空気を振り払うように、教室の奥に向かって声を投げかけた。



「あの、いまの声、なんですかぁ?」


「……」



 図ったように、ちょうどふたりが奥から現れた。

 おびえたような多久美咲。対照的に宝琳院庵は、にやにやと口の端を曲げている。状況を楽しむような、そんな様子だ。



「宝琳院、お前の仕業か?」



 直樹が問いかけた。

 美咲がこんなことをするとは、誰も思っていない。

 だが、自他ともに認める奇人である宝琳院庵には、こんなとんでもない悪戯でも、やりかねない雰囲気があった。


 だが、彼女はゆっくりと首を横に振る。



「宝琳院、おまえの所業ではないのだな?」



 一馬が念を押すと、庵は言葉を惜しむようにうなずいた。

 そんな仕草が無愛想に見えないのは、彼女の生来の美質だろう。



「では、一体どういう事なんだ」



 一馬の言葉が、教室に響いた。

 それぞれの頭上に浮かんだ数字は、錯覚で済ませられるものではない。



「っは! なにかの冗談に決まってるだろ? なんだ? こうして名前呼びゃ相手が死ぬってか?」


「おい鹿島。冗談でもこっち指差すな」



 直樹は顔をしかめて抗議する。

 そうすれば死ぬ、と言われたうえで指を差されるのは、気持ちのいいことではない。



「あー、ワリィワリィ。でも、こんなの試してみりゃわかるって。な、良チン」



 言って茂が目を向けたさきは、神代良だった。



「え、あ、う」


「いくぜ、良チン」



 しどろもどろになる良に、茂は冗談のように軽く、指先を向けた。

 彼が神代良を選んだのは、なんのことはない。彼から見えている数字のなかで、この小心な少年の数字がもっとも小さい“2”だったからだ。それに力関係上、指名しやすくもあった。



「ち、ちょっとまって――」



 だから。

 鹿島茂は、良の静止を聞かなかった。


 考えもしなかっただろう。

 自分の持つ数字が、最小の“1”だと。



「神代良!」



 ボン、と、音がした。

 鹿島茂が真っ白になった。

 一瞬、誰もがそう思った、つぎの瞬間――茂の形が崩れた。


 形を失い、砂袋からぶちまけられたように。

 茂だったものは、地面にまき散らされた。

 地面に積ったそれは――ただの塩。


 冗談のような沈黙が、あたりを支配した。



「――うわああああああっ!」



 長い長い数瞬の後、神代良は爆発するように悲鳴を上げた。

 続いて多久美咲が、非現実的な、しかし無惨きわまる光景に、その場で倒れこむ。

 中野一馬も、諌早直も言葉を失い。宝琳院庵はひとり、眉一つ動かさない。



「う――」



 直樹も、思わず後じさった。


 血の気が引いている。

 冷たくなった指に、そっと指が絡んできた。

 驚いて見ると、幼馴染の少女、円のものだった。

 円の指は、直樹のそれよりなお冷たい。それが直樹に正気を保たせた。



「あああっ! 鹿島、くん!」



 良が、膝を落として嗚咽を漏らした。

 その目の前には、鹿島茂であった塩の山が残酷に存在している。

 頭上には“3”の数字が冷たく輝いていた。





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