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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビオリ―鍋島直樹とメールの怪―
14/58

ユビオリ04



 喫茶店“RATS”の扉をくぐり、目を軽く店内にまわす。


 相手はすぐに見つかった。

 店の一番奥まったところに、姉と相似形の、宝琳院白音ほうりんいんしらねの姿はあった。


 だが。直樹は眉を動かす。

 いつもなら直樹が座っているはずの席を、見知らぬ後姿の主が占めていた。


 年のころは白音と同じ位か。

 座っていても、明らかに白音より背が高い。

 制服が同じことを思えば、彼女も泰盛たいせい学園の生徒らしい。


 白音が軽く手を挙げてきたので、同じように返しながら、直樹は二人に近づく。



「直樹さん、お手間です」


「ああ――そっちは?」



 白音が促すまま、彼女の隣に座る。

 そうすると連れ少女の姿と相対することになる。


 見て、顔の小ささに、まず驚いた。

 身長に不釣合いなほど小さい顔に、すべてのパーツが整然と配置されている。

 その顔立ちにふさわしい、均整の取れた体型だが、どこか鋭角的な印象を受ける。


 値踏みするような直樹の視線に怯えるように、少女は切れ長の目を伏せた。



「直樹さん」



 白音の批難がましい視線が、横から突き刺さる。



「直樹さん、無遠慮に見るのはどうかと思います」


「いや、その、すまん」



 かなり不躾だと自覚していたので、直樹は素直に謝る。



「直樹さん、いやらしい目で無遠慮に視姦するのはどうかと思います」


「してねえ! 不名誉なことを人前でしゃべるな!」


「半ば冗談です」


「半分は本気なのかよ!」


「さて、彼女を紹介させてもらいましょうか」


「こら、こんなときだけさっさと話題変えんな。お前俺の事どんな目で見てんだよ」



 今度は直樹の方が半眼でにらむが、白音は相変らずの無表情で知らぬ顔である。



「彼女はわたしの後輩で、深堀純ふかほりじゅんです。ちなみに中学一年生ですのでフラグはありません」


「だから、俺に不当な評価を与えようとするなよ」



 直樹はうめくような声をあげる。

 おや、と、白音が声だけで意外を表現して見せた。



「もっと年下がお好みで? それは直樹さん見損なっていたと言わざるを得ません」


「違う! 何でお前は逆逆に解釈すんだ!」



 なおも言い募りかけて、気づく。


 深堀純。

 五本指の、中指。



「深堀純って……五本指のか?」


「ご存知でしたか」


「ああ」


「ご存知でしたか。さすがです」


「澄香に聞いたんだけどな」


「ご存知でしたか。さすがにアンテナが広い。他校の女子、それも中学生までチェックしているとは」


「してねえ!」


「冗談です。石井陽花をご存知でしたので、そのことは予測しておりました」



 切りよく突っ込みが入ったところで、満足がいったのだろう。白音の口元が、わずかに綻んだ。


 掛け合いが終わるのを待っていたのだろうか。

 ちょうどウェイトレスが注文を取りにきたので、直樹は紅茶を頼む。



「今日直樹さんをお呼び立てしたのは、彼女のことなんです」


「て、ことは、用があるのは、そっちの彼女の方ってことか」


「肯定です」



 直樹は、少女――深堀純に視線を戻した。



「深堀、だったな。あんたの用件は、石井と同じか?」


「は、はい……たぶん」



 直樹が内に含めたものを、正確に汲み取ったのだろう。純の首が、縦に動く。



「そうか。俺としても、もう一度ちゃんと事情を聞きたかったんだ。丁度いい」



 直樹の言葉はまったくの本音だった。

 宝琳院庵との会話から、情報不足を痛感していたところだ。それも、しっかりと聞いておかなかった直樹自身の責任だが。



「……鍋島先輩、陽花から、どこまで話を?」



 そう、純は切り出してきた。



「たぶん、おおよその流れは聞いてる――と」



 いきなり携帯が鳴りだして、会話を中断させられた。

 すまん、と、断りながら携帯を取り出し、発信者を確認した。


 石井陽花いしいようか

 その名を見て、直樹は慌てて通話ボタンを押す。



「石井か」


「お兄さん……すみません。本当ならすぐに電話しておきたかったんですけど」



 電話を通しているからだろうか。陽花の声は、昨日聞いたときより一段沈んで聞こえた。



「気にするな。見舞いの方が大事だろ」


「すみません」



 陽花が頭を下げる気配を感じて、直樹は苦笑した。直樹もよくやるのだ。



「お兄さん」



 陽花の声が、一段と低いものになる。



「お見舞いの相手は、小指――倉町時江くらまちときえなんです。この意味、わかりますよね」



 その言葉の意味が、判らぬはずが無い。直樹の顔から一気に血の気が引いた。



「いつだ? 大丈夫なのか?」


「意識不明の――状態です。面会謝絶でした」



 絞るような、陽花の声だった。



「直樹さん。今から会えませんか? 詳しいことをお話したいんですけど……」


「いまRATSにいるけど、来れるか?」


「駅前の喫茶店ですね。なら15分ほどでいけます」


「じゃあ、待ってるから」


「はい。では」



 通話が切れた。



「石井からの電話だ。15分ほどで来るって」



 うかがううような白音と純の視線に、直樹は説明する。



「どうする? 石井が来てから、一緒に話を聞こうか?」


「いえ――」



 否定の言葉が、純の口から漏れる。



「陽花が話すなら、陽花に任せます。自分、話すのは得意で無いので」



 純がため息をつく。

 感情の種類の読めない、色の無いため息だった。



「いいのですか? 純」


「――ええ。自分、やっぱり、性に合わないですし」



 白音に、やはり色の無い笑みを向けると、純は立ち上がった。



「直樹さん、手間を掛けてすいません。先輩も、すみません。お願いします」


「ええ」



 頭を下げる純に、白音は軽く返すだけだった。


 純の細長い後姿が見えなくなる。

 向かいが空いたので、直樹は白音そちらに席を移した。



「さて、と、直樹さん」



 白音の手が卓上で組まれる。



「直樹さんが知りたがっている情報、お教えしましょうか」



 そう、言って来た。

 考えてみれば、事態に触れていて、この少女が把握していないわけがない。



「頼む」



 直樹は、頭を下げた。



「では、深堀純のスリーサイズですが――」


「――ちょっと待て」


「はい?」


「何でわざわざそんな話を?」


「ああ」



 ぽむ、と手を打つ白音。



「石井陽花の方ですね。たしかにあちらの方が女の子らしいですし――」


「それも違う。もちろんまだ会ってない“薬指”でも無いぞ」


「突っ込みに暖かさが感じられません……」



 拗ねるように口を尖らせる白音だが、無表情のままでは不気味だった。



「ですが、わたしも命を肴にするような不謹慎なことはするつもりはありません。手っ取り早く、この事件と、5人について説明させていただきます」



 白音の言葉に、自然、直樹の背筋が伸びる。



「五本指について、どこまでお聞きになりましたか?」


「うん? 五人の名前と、一年生のトップだってことくらいだけど」


「その認識では甘いです。あの五人は、ただのエリートではありません。学区内の小学校から、それぞれ一番の成績で入ってきた筋金入りです。いわばエリートグループなのです」


「ふーん。エリート……中一でねぇ」


「直樹さんのような一般人には、想像もつかないかもしれませんが、泰盛学園クラスの進学校では、早くからそういった概念が存在するんですよ」


「おい、ナチュラルに見下すなよ。それに佐賀高だって県下じゃレベル高い方だぞ?」


「そのレベルを下げることに貢献している人間が言うことじゃないですけどね」



 そう言われれば、ぐうの音も出ない。

 だが、この少女、何故自分の成績を知っているのだろうか。直樹は眉根を寄せる。

 姉から聞いたか、それとも偏見で判断したのか。いずれにせよ、問題がある気がする。



「ですが、だからでしょうか。彼女たちはつるんでいるものの、仲良しといった風ではなく、本当に集まっているだけ。ただのグループなのです」


「ただの……グループ」


「エリート同士の仲間意識がつなぎ止める関係。孤独な五人の集まり、と言った方がよいのかもしれません」



 それが、どういったものなのか、直樹には想像もつかない。



「宝琳院――姉の方が5人集まってる感じか?」


「さすがに五本指に失礼でしょう」



 白音は断言してきた。

 口に出してみて、直樹もそう思ったのだが、姉に対して言う言葉ではない。



「彼女たちにトップがいないことも、一因でしょうね。全員文武両道で、はっきりとこいつが一番とは言い切れない。まったく対等な関係ゆえに、どこか遠慮があるのかもしれません」


「対等、ね」



 直樹からすれば理想的な関係に思える。



「だからこそ、問題があるってのも皮肉なもんだな」


「ええ。5人のそういった隙間こそ、今回の怪メール事件が生まれた土壌でしょうね」



 何気ない白音の一言に、直樹はどきりとした。


 間隙に魔が潜む。

 宝琳院庵の言葉が、否応なしに思い出される。

 むろん、白音の言わんとしていることは、自ずから別のことだろうが。



横岳聡里よこたけさとり、彼女の名はご存知で?」


「聡里って……死んだっていう?」


「ええ。面倒見がよくて、なんとなく、五人の中心にいた存在でした。“親指”の二つ名も、そこから来たんですよ」


「あ、割り振られた指にも、理由があるのか」



 直樹が手を打つと、少女は正解、というようにうなずいた。



「ええ。面倒見のいい“親指”横岳聡里。5人の行動を左右する“人差し指”石井陽花。体に恵まれた“中指”深堀純。人当たりがやわらかい“薬指”姉川清深あねかわきよみ。体は小さいけどしっかり者の“小指”倉町時江。ですが、皆が皆、トップだったのです。たがいに抱く感情は、一筋縄ではありません。実際、横岳聡里には、仲間から嫌がらせを受けていた形跡があります」



「嫌がらせ?」



 聞き捨てならない言葉だった。



「5人が、メールを回していたことはご存知で?」


「ああ」


「それに、出した覚えのないメールが混じっていたことは?」


「それも聞いた」


「それも、嫌がらせのひとつです」



 あまりにあっさりした口調だったので、危うく流すところだった。

 その意味を理解して、絶句する。



「なん……だって?」


「簡単な話です。自分がメールを出しておいて、知らないと言う。知らないメールを受け取ったと言う。2、3人もいれば成立しますよ」



 淡々と、白音は仕組みを解いてみせる。


 直樹は考えても見なかったが、現実的・・・に考えるなら、そんな答えも出て来るのかも知れない。


 いや――直樹は考える。

 実際そこまでは、本当に嫌がらせだったのかもしれない。


 だが、その後は、説明しようがない。

 間違いなく超常の領域。



「じゃあ、その後は? 死んだはずの横岳聡里からメールが来たって話はどうなんだ」



 直樹の問いに答えようと、白音が口を開いた瞬間。

 店内に人が入ってきたのを、背中で感じた。

 待つ者の心理として、振り返って確認する。


 果たして石井陽花だった。

 早い。よほど急いで来たに違いない。時計を見れば、10分も経っていない。


 陽花に手を挙げてやると、こちらに気づいたのだろう。彼女は早足で近づいて来る。

 それを追いかけるように、同じ制服を着た少女が、後から続いてきた。


 ふわふわの髪に、やわらかい顔立ちの少女だった。

 文句なしの美少女、と言うには、幼さが勝っていたが、あと数年もすれば、それも自然と抜けるだろう。


 顔からは、明らかに疲れが見て取れた。

 それで、彼女の素性が知れる。



「姉川清深。五本指の“薬指”です」



 横から白音が説明する。

 会釈すると、向こうも会釈を返してきた。

 その前で、動かない陽花に首をかしげ、視線の先を見やる。白音と目が合った。



「宝琳院……先輩……」



 陽花の、居心地の悪そうな表情にも、白音は平然としたものだ。



「石井、こいつも深堀から相談を受けてるらしい。たぶん、いて邪魔にはならないと思うけど」


「いえ、直樹さん」



 白音は、すっと立ち上がる。



「お邪魔しては申し訳ないです。お先に失礼させていただきます」



 そう言うと、白音は、あらかじめ用意していたのだろうか。剥き身の千円札を一枚、テーブルの上に置いて、静かに席を離れる。



「おい、いいよ、奢るから」


「その分は、後輩たちにどうぞ。では」



 飄々(ひょうひょう)と、白音は去っていった。

 突っ立ったまま、白音を見送った二人に、直樹は座るよう促した。


 二人は揃って直樹の向かいに座った。

 注文で、話が断ち切られても都合が悪い。直樹が話を切り出したのは、二人が注文を終えてからだった。



「それで、石井。聞かせてもらっていいか?」


「……はい」



 神妙な顔で、陽花が頷く。



「昨日の帰り道、メールがありました」



 言葉とともに、携帯が差し出された。



“小指が危ない”



「その後、時江が事故にあって……何かに追われるように交差点に入っていって……轢かれました」



 陽花はもう一度携帯を操作する。



「その直後、来たメールです」



 差し出してきた携帯のディスプレイに現れた、ただの一言。



“小指折った”



 その短い文面に、直樹はおぞましいものを感じた。


 陽花の、肩が震える。

 仕方ない。目の前で、その惨劇を見たのだから。



「大丈夫だ」



 直樹は、意図的に明るく振舞う。



「白音もそうだけど、俺もいるし、知り合いに専門家もいるんだ。何とかなる。して見せる」


「お兄さん」


「大丈夫だ」



 もう一度強調する。

 このときにはもう、直樹は詮索を諦めていた。


 いろいろと聞きたい事もあった。

 だけど今現在、この少女に必要なのは、支えなのだ。

 はい、と、小さく頷いた彼女の貌が、少し、和らいだ。


 その後、少し雑談して、だいぶ肩が楽になったらしい。二人とも、素直な笑顔を見せるようになった。

 姉川清深がものすごい京訛りだったことには驚かされたが。どうも、最近まで京都にいたらしい。


 やわらかい雰囲気も、それでかな。

 などと京都のイメージを清深に重ねた直樹だったが、京都に行った経験は皆無である。

 ちょうど話もひと段落し、そろそろ店を出ようか、と切り出そうと、口を開きかけて。


 ぞくりと、背筋を強烈な寒気が這った。

 明確な視線を感じて、肩越しにそちらを見る。

 強めに色が入ったガラスを隔てた、店の外。男の姿が、そこにあった。


 がっしりとした体格に、木彫り細工のような厳つい顔が乗っていた。

 睨みつけるようなその顔の後ろに、影のようなものを見て、直樹は思わず怖気が振るった。


 男は、黒い影を背負ったまま、こちらに背を向ける。

 そういったものに出会いやすくなる。宝琳院庵ほうりんいんいおりの言葉を実感した。



「お兄さん」



 陽花が、男に視線を送ると、眉を顰めながら言った。



「いまの人、横岳聡里の兄です」





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