表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビオリ―鍋島直樹とメールの怪―
13/58

ユビオリ03


 宝琳院庵ほうりんいんいおりは悪魔である。

 声に出せば正気を疑われそうな話は、しかし、紛れも無い事実だ。

 艶のある豊かな黒髪も、どこか浮世ばなれした、オヒメサマ・・・・・のような容貌も、生来の寡黙さと相まって、神秘的と評されることが多い。

 一部の男子からは、信仰に近い人気を集めているようである。

 直樹から見れば、齢を重ねた猫又が、うまく人を化かしているようにしか見えないが。


 その悪魔は、直樹にとってクラスメイトであり、そればかりか親友でもある。

 もっとも、彼女が悪魔だと知ったのは、最近のことであるが……

 ともあれ、怪奇現象に関して、彼女は言うなれば専門家である。直樹としても大いに当てにしたいところなのだ。



「――ふむ、で、直樹くんは、ボクに何を聞きたいんだい?」



 昼休み、いつも通り、閑散とした図書室。

 昨日の出来事を一通り話すと、彼女はそう尋ねてきた。

 そうしながら、なぜか机の上に腰を移し、こちらを見下ろしてくる。


 直樹はもはや理由を尋ねる気にもならない。

 おおかた説明時には見下ろさないと気が済まないとか、そんなくだらない理由だろう。



「そういう怪奇現象とかに心当たりはないか?」


「……ふむ」



 少女の手が、顎に当てられる。

 その仕草を見ていると、直樹はどうしても毛繕いしてる猫を連想してしまう。



「直樹くん。“スクエア”という降霊術を知っているかい?」


「スクエア?」



 耳慣れない単語だった。



「怪談としてなら聞いているかもしれないね。吹雪の中山小屋に避難した4人の人間が、睡魔と闘うため、部屋の四隅に立ってバトンリレーのように回っていくというあれだよ。

 ネタばらしすれば、本来5人いなければこのリレーは成り立たない。4人の他に5人目の何かが居た、という話なんだが、それに近いと思わないかい?」


「えーと、ちょっと考えさせてくれ」



 悪魔少女の言葉を反芻する。


 携帯電話でのメール回し。欠けたメンバー。居なくなったはずの5人目から届くメール。


 山小屋でのリレー。足りない人手。それを埋める5人目の何か。



「欠けたものを何かが埋める。共通点をあげるとすれば、それか?」



 直樹の回答に、彼女は満足げにうなずいて見せた。



「ご明察。相変わらず鋭いね。欠落を埋める概念、これさ」



 及第点をもらって胸をなでおろしていると、少女の指先が伸びてきて、直樹の目の前で止められた。



「直樹くん」



 悪魔少女の視線は、ぴたりと直樹に合わせられる。



「――人間、何が一番怖いと思う?」



 ここで彼女が答えを必要としていないことは、経験上理解していた。

 直樹は、彼女の言葉をじっと待つ。



「――何もない。無こそ、あるいは不可知こそ、人のもっとも恐れるところだよ。だから、説明できない自然現象に神を見出した。大空を、宇宙を概念で埋め尽くした。なぜなら、空隙には、必ず恐怖が、魔が入り込むものだからね」



 魔、その響きには、直樹の背筋を冷たくさせるものがあった。

 関わった者にとって、それは悪夢以外の何者でもない。



「だったら、メール回しのメンバーが急に欠けて、そういったものが入り込んだ。そういうことなのか?」


「おいおい直樹くん。ボクは全能の神ではないし、ましてや今のボクは、ヒトの鋳型にはめられて、魔的な部分を残らず削ぎ落とされているんだ。キミが持ってきた程度の情報では判断できないよ。あまり人を万能だと思ってもらっても困る。早合点しないでくれよ。キミの言葉から、そういう可能性が探れると言っただけだ」



 あきれが多分に混じった、少女の言葉だった。



「そうか……」


「それに、事件に関わることを、ボクはお勧めしないよ。いまのキミにはチャンネルができてしまっているからね」


「チャンネル?」


「ボクが勝手につけた言葉さ。一度体験した者は、同じことを体験しやすい。なぜなら、そういうものが在ると認識してしまったから。

 脳が存在を認識し、いままで見過ごしていた事象を知覚してしまう。結果、そういったものに出会いやすくなるということだよ」



 その言葉に、直樹は息を飲む。

 道を歩いて、ふと横を見れば、悪魔が哂っている。それは、ぞっとしない話だった。



「チャンネルができてしまったキミが、そういうつもりで、そんな事件に関わる。これは、キミが自分で思っているより、はるかに危険なことなのだよ」



 しつこいくらいの忠告に、危険の深刻さを自覚させられる。


 たしかに、危険かも知れない。

 だけど――直樹は、決意を瞳に込め、視線を宝琳院庵に送り返す。



「だからって、見えない崖のそばをうろついてるやつを見て、無視するなんて真似は、もっと出来ない」



 心に誓った。

 石井陽花を、あの少女を助けると。

 その覚悟は、偽物であってはならない。


 視線が絡み合い――降参するように、少女からため息が漏れた。



「――なら、老婆心ながら、龍造寺くんと同行することをお勧めするよ」



 彼女なら、頼りになるからね、と、彼女はつけ加えた。

 暗に頼りにならないと言われたことに、直樹は気づきもしなかった。









 放課後を待って、直樹は石井陽花に電話をかけた。


 宝琳院庵の話から得たものは、多くは無かったが、それが情報不足に起因することは分かっていたので、彼女から話を聞いておきたかったのだ。

 メールを送ってもよかったが、彼女が置かれている状況を考えれば、嫌がらせでしかない。


 電話を片手に、校舎裏の駐輪所に向かっていた直樹の足が、止まった。



 ――この電話は、現在電波の届かないところにあるか、電源が切れています



 機械的なメッセージ。

 ふと、不安がよぎる。

 泰盛学園は基本、授業中携帯電話の電源OFFだ。

 優等生の石井陽花は、それを律儀に守っているのかもしれない。


 だが、すでに放課後である。

 ひとつのメールが命を左右するかもしれない今の状況で、電源のつけ忘れなど考えられない。



「澄香や忠は部活があるから繋がるはずが無いし……仕方ない」



 ものすごく気は進まなかったが、泰盛学園にいるもう一人の後輩に頼るしかなかった。



「もしもし」


白音しらね、鍋島直樹だけど」



 きっちり3コールで出た相手に、直樹は声をかける。



「もしもし、白音です」


「聞こえてないのか? 直樹だ」



 直樹は心持ち大きな声で名乗った。



「もしもし、白音です。ただいま電話に出ることが出来ません」


「嘘つけ」



 どう聞いても肉声だった。



「入浴中です」


「嘘つけ!」


「冗談です。まあ格好は入浴中と変わりませんが」


本気マジか!?」


「――冗談です。反応しすぎです、直樹さん。欲求不満ですか?」



 信じる方も信じる方だけど……直樹は思う。

 この宝琳院庵あくまの妹は、何の悪意があってこうも自分を弄るのか。



「お前……年上からかって楽しいか?」


「それは、ですが……直樹さん。火急の用とお察しします。用件を承りましょう」



 声色から直樹の焦りを察したのだろうが、それでも言葉遊びを止めないあたりが、宝琳院白音の宝琳院白音たる所以だろう。


 直樹は息を深く吐いて、気を取り直す。



「白音はそっちの一年の、石井陽花って知ってるか?」


「承知しています」


「今どうしてるかわかるか?」



 直樹は、調べるのに時間がかかることを覚悟していたが、一息も待たずに答えは返ってきた。



「病院に行っております」


「病院?」


「友人の方が入院したとかで」



 病院に行ったと聞いて、一瞬肝が冷えたが、当人は無事らしい。直樹は胸をなでおろした。



「そうか。本人に何かあったわけじゃないんだな」


「ええ……ときに直樹さん」


「なんだ?」


「本日、少し、お時間をいただけませんか? いつもの喫茶店なのですが」



 白音にしては珍しい、急な話だった。

 だが、石井陽花が見舞いで連絡が取れないのなら、どの道時間をつぶさなくてはならない。それに“RATS”なら、場所的にも動きやすい位置だ。


 そこまで考えて、直樹は白音の誘いを受けた。



「やれやれ」



 携帯を閉じて、直樹はため息をついた。

 陽花の無事は確認できた。とりあえずはそれで充分だった。



「――直樹、どうかしたのか」



 いきなり背後から投げかけられた声に、一瞬、心臓が跳ね上がる。

 声の主は、確認するまでもない。幼馴染の龍造寺円だ。



「……円、いきなり後ろに居るのやめろ。心臓に悪い」


「なんの話なんだ?」



 誰からの電話だ、と、聞かないあたり、やりにくい。



「いや……何でもない」



 直樹はそう答えた。

 悪魔が関わる事件に、彼女を巻き込みたくはない。

 自分は自ら関わっておいて勝手な言い草かもしれないが、それが直樹の本音だった。



「あやしい」



 半眼になった円の目が、直樹に向けられる。



「いや、なんでもないって」



 直樹は、それでも誤魔化す。

 円の瞳が、一瞬だけ、寂しげな色彩を帯びた。



「――そうか」

 


 そう、呟いて。後は、何も詮索してこない。

 何か言ってやりたかった。だが、どう取り繕おうと、この明敏めいびんな幼馴染は察してしまうだろう。



 ――すまん、円。



 直樹は、心の中で頭を下げた。実行に移せないことが、歯がゆかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ