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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビオリ―鍋島直樹とメールの怪―
12/58

ユビオリ02



 クラスメイトたちが帰った後、直樹は石井陽花を自分の部屋に通した。

 案内を澄香に任せたのは、緊張した様子の少女に対する配慮だったのだが――お盆に湯呑みを載せた格好のまま、直樹は戸口から妹に半眼を向ける。


 だらしなく両足を放り出して座る妹と、その前で正座して畏まっている少女の姿。

 茶を淹れてくる間の数分は、まったく無駄に過ぎたらしい。



「えーと、粗茶ですが」


「あ、す、すみません!」



 茶托に載せて湯呑みを渡すや否や、少女の頭が畳にぶつかった。

 お辞儀だと気づくのに数瞬を要するほどの、それは見事な頭突きだった。

 どうもこの少女、自分をよほどのえらいさん・・・・・か何かと勘違いしているのではないか。

 直樹は冷や汗を隠すように、髪を掻きあげる。

 学校の先輩の、しかも年上の兄弟相手なら、心情的には理解できなくもない。だが、それにしても、な反応である。



「いや、そんなに畏まらないで。こっちまで緊張してくるし」


「い、いえ、その――結構なお手前、じゃなくて、その、ご馳走様です!」



 そう言って陽花が茶を一気飲みする。

 熱くないのだろうか。半ば感心しながら直樹は湯呑みを傾けた。

 口中に広がる苦味に、顔をしかめる。少し濃かったらしい。



「兄さん、あたしの分は?」


「盆に載ってるだろ? 勝手に取れよ」


「えー? あたしも陽花ちゃんみたいに手渡ししてよー。差別じゃーん」



 ばたばたと両の足を振り回す妹のありさまに、ため息が漏れる。どちらが年下かわからない。



「彼女はお客さんだろうか……ほら」



 直樹は投げやりに湯飲みを押し付けた。

 愛が足りない、などと口を尖らせたものの、リテイクを要求する気は無いらしい。大人気ない妹はおとなしく茶をすすりだす。



「――で」


「ハ、ハイッ!」



 声に反応して、少女の背筋がバ、ネ仕掛けのように伸びあがった。


 とても会話になりそうにない。

 直樹はやむを得ず不肖の妹を頼ることにする。



「澄香、お前、いちおう両方を知ってるんだから、紹介してくれ」


「え、あたし? じゃ、まー」



 不承不承、といった風情で居住まいを正すと、澄香はわざとらしく空咳してみせた。



「こっちがあたしの兄で、鍋島直樹。直進の直に樹木の樹。佐賀野高校の2年生。ちなみに彼女なし」


「ほっとけ」



 余計な一言をつけ加えた妹に、直樹は口をへの字に曲げる。



「――で、こっちはあたしの後輩――泰盛たいせい学園の一年生。“五本指”の一人で石井陽花いしいようかちゃん。太陽の陽にお花畑の花」



 その紹介とはかけ離れた彼女の様子に、澄香は何も思わないのだろうか。

 直樹は問いただしてみたい気分になったが、さすがに当人の前では、はばかられた。



「さっきから気になってたんだけど……五本指って何だ?」



 直樹は当然、と言うより、澄香の紹介を聞けば、誰もが感じる疑問を口にした。

 妹たちの“バイフォー”もそうだが、とても一介の中学生を示す言葉とは思えない。



「えーとね。泰盛学園の一年に、運動成績その他諸々何をやってもトップ5って子らがいるんだけど、その子らがつるんでて、そう呼ばれてるの。

“親指”横岳聡里よこたけさとり、“人差し指”石井陽花、“中指”深堀純ふかほりじゅん、“薬指”姉川清深あねかわきよみ、“小指”倉町時江くらまちときえ――だったかな? で、五本指。まあ“親指”の聡里ちゃんが最近死んじゃったからフォーフィンガーって感じだけど」


「澄香、人の死を茶化すな。すまん、石井」


「いいんです。鍋島――お兄さん。実は、そのことで相談に来たんですから」



 目を伏せる石井陽花の顔に、明確な恐れの色が見て取れた。

 彼女の口から紡がれる言葉は、間違いなく不吉な種類のものだろう。そう、直樹は確信する。



「……最初は、ただの遊びだったんです……」



 しばらくの逡巡の後、陽花の口が、ゆっくりと開いた。



「しし座はトラブルに注意とか、AB型は今日絶好調とか、そんな感じで、適当に引っ張ってきた占いを、5人で順番に、メールで回してたんです」



 目を伏せたまま、陽花は言葉を継ぐ。その、痛みに耐えるような表情に、澄香まで粛然と居住まいを正す。



「でも、途中からおかしくなった」



 その声を絞り出すまでに、多分の勇気が必要だったのだろう。陽花の語調が、一瞬、強くなった。



「出した覚えのないメールが相手に着いたり、逆にそんなメールが届いたり……それも、最初は2、3周に一回くらいのものでした。でも、そんなメールがどんどん増えていって、内容もどんどんおかしなものになっていったんです」



 言葉が止まった。面に浮かぶものは、恐怖か悔恨か。



「それで、聡里が……死んじゃって……でも、届いてくるんです。いないはずの、聡里からのメールが。しかも、それが、妙に当たるんです。占いなんかじゃなく、純なんかノイローゼになっちゃって」



 そこまで続けて、陽花はやっと息を吐いた。

 うつむき加減だった彼女の顔が、まっすぐに直樹と相対する。



「今朝、一通のメールが来ました。鍋島直樹に会えなければ――死ぬ、と」


「――それで、俺に会いに来たのか」



 直樹は、髪を掻き揚げて唸る。

 呪いのメール、とは、違うだろう。未来に起こる事を伝えるメール。予言のメール。

 面識のないはずの鍋島直樹をピンポイントで指定できるあたり、本物・・なのだろう。


 それは――否応なしに学園祭前夜を思い起こさせる。



「わかった。力になれるか分からないけど、調べてみる」



 直樹は、力を込めて口に出した。

 あても、無くはない。というより、その手のモノに詳しい人物を、直樹は一人、知っていた。

 多分、それも、偶然ではないのだろう。



「お願いします。どうしたらいいか分からなくて」


「ああ。任せとけ」



 必死で頭を下げようとする陽花を手で制し、直樹は拳で胸を叩いた。


 地獄のような体験をした。

 もう二度と関わるものかと思った。

 だが、関わってしまった以上、そして頼まれた以上、この少女を見捨てることなど、できない。


 石井陽花を、助けよう。

 言葉以上に、直樹は強く、心に誓った。









 石井陽花は家路を急ぐ。

 朝から感じていた、死への恐怖から解放され、自然と頬が緩む。


 鍋島直樹は、いかにも頼もしげなお兄さんだった。

 何より4つも年上ということで、陽花も素直に彼を頼る気持ちになった。

 泰盛学園でも指折りの奇人、あのバイフォーの兄だと言うのには、驚かされたけれど。


 死んだはずの横岳聡里から送られてくる不吉なメール。

 そのことを思い返すたび、陽花の心は締め付けられる。

 たとえ超常現象の存在を認めるとしても、横岳聡里があのようなメールを送ってくるなど、決して有り得ない。誰よりも陽花が、それを理解していた。


 だからこそ。

 メールを送ってくる何者かに、得体の知れない恐怖を感じるのだが。

 陽花は、ふと、空を仰いだ。この天の上にある世界に、聡里は居るのだろうか。


 夢想は、メールの着信音に阻まれた。

 ひやりと、首筋につめたいものを覚えながら、携帯電話を取り出して確認する。


 発信者の名前は横岳聡里。



“小指が危ない”



 そんな内容の、メールだった。



「――時江!」



“小指”倉町時江の名を叫びながら、彼女の番号を呼び出す。

 受話口に耳を当てても、呼び出し音が続くばかりで、それが余計に不安をあおる。



 ――と、交差点の向こうから、悲鳴めいたものが聞こえてきた。



 陽花の目が、大きく見開かれる。

 電話をかけていた当人、倉町時江が、必死の面持ちで駆けてくるではないか。

 まるで、見えない何かから逃れるように。



「時江!!」



 陽花の声が聞こえたのだろう。時江の瞳が陽花を捉えた。

 彼女は何かを叫びかけ――唐突に、宙に舞った。


 交差点に進入して来た車に轢かれたのだ。

 気づいたときには、時江の小さな体は横倒しになっていた。

 地面に滲んだ血が、見る間に広がっていく。

 車から出てきて、何かを叫ぶ運転手の声すら、耳に入らない。


 メールの着信音が、異様に大きく、陽花の耳を打った。

 震える手で、確認する。


 陽花は、思わず携帯を取り落とした。

 地面に落ちた携帯は、無機質な文字を映し出す。

 発信者は、横岳聡里。内容は、ただの一言。



“小指折った”



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