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悪魔がたり  作者: 寛喜堂秀介
ユビサシ-鍋島直樹と悪魔の遊戯―
1/58

ユビサシ01

◆序 “指さし”に関する宝琳院庵ほうりんいんいおりの考察





 人を指さす、という行為を、キミはどう思うかな?


 そうだね。

 一般的に、他人を指さす行為は非常に無礼なこととされている。

 だが、通俗的な観念などに言及げんきゅうしても仕方がない。実際的に、人を指さすことに関して、キミはどう思う?


 ボクはね、この行為が、ひどく攻撃的なことに思えるのだよ。

 実際、北欧には、指をさすことによって呪いをかける呪術もあるらしい。


 私見だが、指さしの本来の意味というのは"集中"ではないかと思う。

 水鉄砲の理屈さ。水を、ただ飛ばすより、細い口を通したほうがよく飛ぶだろう?

 それと同じ。指をさすことによって、己の意思や感情を、相手に対し明確に集中する。

 集中した意思は、明確であるがゆえに強く感じられるのだろうね。だから、ともすれば攻撃とすら取られるんだ。


 結局なにが言いたいのかって?

 いつも通り、ただの雑談さ。オチを求められても困る。


 ただ、想像してみるのも、面白いかもしれないね。

 もし、指さしに乗せられる意思が、明確な“殺意”であったなら、人はどう感じるのか。感じてしまうのか……






 ユビサシ





 静寂を破り、耳を打った靴音。

 その思わぬ強さに、鍋島直樹なべしまなおきの心臓は跳ねあがった。



 ――来た。



 息をのむ。

 夜の校舎。明かりひとつない教室。

 その闇に身をひそめながら、直樹は意識を廊下に向ける。


 廊下の向こうから、ゆっくりと近づいて来る、足音。

 その主は、直樹たちを探してほどなくこの教室にたどり着くだろう。


 だが、簡単には見つからない。

 文化祭前夜、オバケ屋敷として組み直された教室は、身を隠すに最適だ。

 机は乱雑に積み上げられ、直樹の身長をはるかに越える板が乱暴に室内を切り分けている。隠れる場所には事欠かない。



 ――見つかるなよ。



 同じように隠れている仲間たちを心配しながら、直樹は外の気配を探る。


 と、一条の光が、廊下側の窓を撫でていった。

 反応すまいと、とっさに気配を殺す。身を隠そうと動けば、その気配を察知されてしまう。


 足音は、もう間近。

 隣の教室を過ぎて、教室の扉の前へ。

 足音はそこで、迷いなく、止まった。


 直樹は息を潜めた。

 そうせねば確実に気取られる、そんな距離だった。


 扉に、手がかかる気配。

 たっぷり一呼吸の間。それが数倍にも感じられた。

 不遠慮に、警戒なく、扉が開かれ――機は満ちた。



『わっ!!』



 声をあげ、直樹たちは一斉に飛び出す。

 これ以上ないというタイミング。逃げる余地などない。


 だが、哀れな被害者となるべき標的は、懐中電灯を揺らしもしなかった。もちろん悲鳴ひとつ上げない。



「……わ」



 一拍遅れ、思い出したように眉をあげただけだった。



「……あー、失敗失敗」



 頭をかきながら、直樹は教室の明かりをつける。

 標的――担任教師の千葉連ちばつらねを囲うように、異様な扮装をした男女が思い思いのポーズを決めていた。

 動く死体――ゾンビの扮装をした直樹を筆頭に、吸血鬼やフランケンシュタインなど、西洋ホラーのキャラクターが節操無く並んでいる。



「ちぇ、やっぱり千葉ちゃん驚かすのは無理か」



 直樹は残念がる。

 ドッキリの発案者は直樹だ。それだけに悔しい。


 それを慰めるように、蛇の髪を持つ妖女――メデューサの手が、直樹の肩に置かれた。

 中身は幼馴染の龍造寺円りゅうぞうじまどか。なのだが、あまりにも似合いすぎていて本気で身構えかけた。



「だから言ったろう? 恐竜並の神経してる千葉先生に、この手の悪戯は無駄だ」



 直樹の肩に手を置いたまま、円は達観したように目を細めている。


 視線の先に居る、どう見ても年下の少女にしか見えない担任教師は、放心したように動かない。



 それを心配したのだろう。腰の曲がった醜怪な老人に扮した少年が、おずおずと彼女に声をかける。



「だ、大丈夫ですか? ち、千葉先生」


「ダイジョーブだって。かわいい生徒のかわいいイタズラじゃねーか。な、千葉ちゃん?」



 生笑いする少年の肩をバンバン叩きながら、狼男が千葉教諭に笑顔を向けた。


 泣き女――バンシーも、「せんせー、大丈夫?」などと、みなの間から、爪先立ちになって顔をのぞかせている。



「すいません、千葉先生。俺は止めたのですが」


「けっきょく協力したけどね」



 ため息をつきながらの吸血鬼の発言に、全身包帯巻きのミイラ女が冷静に突っ込んだ。



「やれやれ」



 と、ひとり、離れたところでわれ関せずを決め込んでいる、セーラー服姿の少女。


 八人の生徒たちを見回して、ようやく状況を理解したのだろう。

 千葉教諭の顔が、見る間に紅潮していく。



「もう、みんなもう高校生にもなって、つまらないイタズラしないの!

 それと鍋島くんに鹿島くん、先生をちゃんづけで呼ばないでって何回も何回も言ってるでしょう!」


「まあまあ、そう怒らないでくださいよ、千葉先生」



 むきー、と、子供じみた怒りかたをする担任教師をなだめるように、直樹はごく自然に取りつくろった。


 反応の鈍さと童顔のせいで、生徒に舐められがちな彼女だが、実は柔、剣道の段持ちで怒らせると非常に怖い。

 それを知っている上級生ほど、彼女を舐めたりはしないのだが、「千葉ちゃん上級者」を自称する直樹は、そのあたり承知の上で、彼女をからかうスリルを楽しんでいる。



「もう。こんな時間まで学園祭の作業するのだって、ホントはダメなんですからね。たまたま先生が宿直だったから、特別にやらせてあげてるんだから」


「まあまあ……と、もう十時か……夜食にしないか?」



 説教モードに入りつつあることを察した直樹は、しれっと話題をそらした。

 とは言えまったくの方便でもない。六時前に夕食をとってからこちら、ずっと作業を続けていたのだ。



「買い出しに出るか。俺と直樹と……あと一人ほど、手が欲しいな」



 直樹の言葉を受けて、まとめ役の吸血鬼が一同を見まわす。



「ぼ、僕が行こうか?」



 と、おずおずと手を挙げたのは老人に扮した少年だった。

 それを片手で制し、蛇女、円が前に出た。



「いや、神代くましろ、私が行く」


「り、龍造寺さん、女の子に」



 言いかけた少年――神代良くましろりょうを止めたのは狼男だった。



「察しろって、良チン。あ、委員長、オレ牛丼とラーメンね」



 神代良の肩に手を置きながら、狼男が吸血鬼に向かって親指を立てた。

 笑顔でいるのだろうが、狼男のマスクの上からでは表情はわからない。



「じゃ、わたし食べ物と飲み物、適当によろしく」



 巻き付けた包帯と格闘しながら、ミイラ女が手を挙げる。


 あいまいすぎる注文に、吸血鬼が顔をしかめた。



なお、注文は正確に頼む」


「いいじゃない一馬かずま。ここはいとこ同士、以心伝心ってことで、なにか良さそうなもの買って来て」


「ちょ、みんな人の話……」



 勝手に進んでいく話に、ひとり取り残される担任教師。

 そこに威厳は皆無である。



「千葉センセ、なにがいい?」


「え、えーと……じゃあシュークリームとプリンをお願いします」



 生徒たちの勢いに流され、ちゃっかり注文してしまう彼女だった。









 徒歩にして五分。

 最寄りのコンビニエンスストアに入った三人は、買い物カゴを持って食料品ゾーンに突入した。

 むろん、仮装は解いている。委員長こと中野一馬なかのかずまは、トレードマークのメガネを端正な顔の上に載せていたし、龍造寺円も長く、つややかな黒髪を表に出していた。



「あー、なに買ったらよかったっけ?」



 直樹は一馬に尋ねる。

 注文の内容は、直樹の頭からすっかり消え失せている。

 というか、覚える気がないので聞き流していた。

 頭脳労働に関して、直樹はこの友人に、おおむね任せているのだ。



「鹿島は牛丼にラーメン。直はサンドイッチ、と。宝琳院ほうりんいんは肉気が食べられないからサラダ。神代や多久たくは小食だし、適当におにぎりやサンドを買っておこう」



 一馬が、すらすらと並べ立てる。

 聞いておきながら、直樹は軽く引いてしまった。



「一馬。おまえ、ひょっとして、クラスのヤツの好み全部知ってんのか?」


「いや? 全員は知らないし、好みまではわからん。だが、教室で食っているヤツ好みくらい、見ているからわかるだろう?」


「……お前を基準に常識を語るなよ。わかんないって、なあ、円」


「ん?」



 直樹は幼馴染の少女に同意を求めた。

 弁当の束をカゴに詰め込みかけた姿勢のまま、少女は首を傾けた。話を聞いていなかったらしい。



「おい。もしかしてそれ、全部買うつもりか」


「そのつもりだけど?」



 不思議そうに問い返してきた円に、直樹はため息を落とす。



「おまえなあ。そんな金、どこにあるんだよ」


「金なら気にしなくていいぞ。千葉先生から軍資金を預かっているからな」



 中野一馬が不敵に笑い、ポケットから一万円札を取り出す。


 預かっている、と言うが、あの担任教師がそんな気を聞かせるはずがない。

 一馬が言いくるめて出させたに違いない。その時の光景が目に浮かぶようだった。



「いや、それ全部使っちゃえって意味じゃないだろうに」


「なに、受け取った以上はこちらのものだ。どんどん買っていいぞ」


「あ、そんなこと言っちまうと……」



 直樹の制止も間に合わず、一馬が両手を広げ、円を煽る。

 円はどこか満足げにうなずくと、弁当を鷲掴みにして詰め込みはじめた。こうなっては最後である。



 ――千葉ちゃん、かわいそうに。



 直樹は心の中で、ひそかに手を合わせる。

 彼女の出した一万円は、いくらも残らないに違いなかった。


 少女は黙々と弁当を詰め込んでいく。

 もはやその数は一人ひとつを優に超えている。



「待て、龍造寺。多いぞ。だれがそんなに食べるのだ?」


「……あきらめろ、一馬」



 異変に気づいて止めようとした一馬の肩に、ぽんと手を置くと、直樹はあきらめたように言う。



「こいつの胃袋は、不思議空間とつながってるんだ」



 直樹の言葉に、中野一馬は顔をひきつらせた。


 円も普段は食事量をセーブしている。

 それだけにつき合いの長い一馬も知らなかったのだろうが、リミッターを外してしまったらお終いだ。



「お、おい龍造寺。買い物カゴもうひとつ使うのか? それくらいにしておかないか?」



 不安げに声をかける一馬だが、少女は止まらない。

 少女から手渡されたずしりと重い買い物カゴを預かりながら、直樹は仕方がないな、と苦笑する。



 ――完璧超人のくせに、こういうとこウカツなんだよな、一馬って。



 最終的に買い物カゴは四つ必要になった。

 予算は、ギリギリ範囲内。一馬が安堵のため息を落としたが、千葉教諭の財布はちっとも救われていない。


 弁当の温めに時間がかかりそうだったので、直樹と一馬はコンビニの外で待つことにした。

 龍造寺円は弁当が温め終わるのを、レジのそばでじっと待っているが、店員はちょっと居心地悪そうだった。


 外に出ると、温い風が二人の頬を撫でていった。



「……明日にはもう、文化祭だな」



 中野一馬が感慨深げにつぶやいた。



「そうだな」



 同意して、直樹は天を仰いだ。

 祭を前にした奇妙な高揚感のせいだろうか。星空が、いつもよりずっときれいに見える。


 好んで道具係になったわけではない。

 むしろ、無所属の帰宅部だったせいで、押しつけられた役職だ。

 だけど、こんな光景が見られるなら、それも悪くなかったのかもしれない。直樹はそう思った。


 高校二年の学園祭。

 おそらく、受験を控えた来年は、これほどのんびりとは構えていられないだろう。

 そう思えば、この祭が、一層特別なものに思える。



「直樹。お前、結局どちらなのだ?」



 ふいに、一馬が尋ねてきた。



「なにがだ?」



 質問の意図がつかめず、直樹は問い返した。


 一馬の視線が、気の利いた言葉を求めるように、しばし宙を彷徨う。


 ややあって。



「龍造寺と宝琳院だ。どっちが好きなのだ?」


「……なんでお前がわざわざそんなこと聞くんだ」



 直樹はため息をついた。

 思いのほか直接的な、そして聞き飽きた質問である。



「別に? ただの嫉妬だ。外見だけなら佐賀高2年のツートップを独占している、お前に対する、な」



 飄々と構える一馬からは、言葉のような嫉妬の感情など見うけられない。

 多分に含みを持たせた言葉なのだろうが、あいにくと直樹には、その意図はくみ取れない。


 だから直樹は、もはや言い飽きたセリフを繰り返した。


「あのな、円とはただの幼馴染だし、宝琳院は、ありゃただの話し相手だぞ?」



 龍造寺円は直樹の幼馴染である。

 家が隣同士ということもあり、長いつき合いのせいもあるのだろう。かなり気安い間柄だ。


 宝琳院――宝琳院庵ほうりんいんいおりのほうは、すこし説明しづらい。

 偶然図書室で出会って、なにげなく声をかけたのが最初だと思うが、それ以来なんとなく図書室で益体もない話をするのが習慣となってしまっている。


 それぞれ理由は違うものの、恋愛感情は皆無と言っていい。

 当然そのことは、一馬もよく知っているはずだ。



「直樹、すこしは自覚しろ。完璧超人の龍造寺が甘えるのも、孤高の女王の宝琳院と会話できるのも、お前だけなのだぞ?」


「む」



 ため息混じりの言葉に、直樹は詰まった。


 そう言われれば、返す言葉がない。

 知らないものが、ふたりと直樹の関係をどう思っているか。そのことに関して、直樹は痛いほど分かっている。



「いくら直樹がただのトモダチだと主張しようと、ほかの人間が信じるはずがあるまい。実態が分かっているクラスの連中はともかく、お前、クラス外ではかなり敵意を持たれているぞ?」


「……ふーん」


韜晦とうかいするな。心当たりはあるはずだ」



 はぐらかすような返事をした直樹だったが、一馬はさらに踏み込んできた。


 さすがに。

 彼相手にそこまで突っ込まれては、正直に答えるしかない。



「まあ、無くはないが……お前、ひょっとして心配してくれてるのか?」


「む……まあ俺も、もしお前がどちらかを選ぶんだったら、おこぼれに預かりたいクチだからな」



 視線を逸らしながら、一馬が答えた。

 明らかな照れ隠しである。

 しかし、失言だ。



諌早いさはやに言うぞ」



 直樹は意地悪い笑みを浮かべた。


 直樹同様、中野一馬も、クラスメイトにしていとこの関係にある諌早直いさはやなおとの関係をうわさされているのだ。


 たがいにしゃん・・・とした美形で、並んだ姿が映えるだけに、こちらはなかば公認と言ってもいい。



「なぜ直が出てくる。それこそ、ただのいとこだ」



 この話題にも、一馬は眉ひとつ動かさない。本当に不思議そうに話すものだから、直樹は思わず苦笑した。

 と。



「――なんの話だ?」



 急に背後から声をかけられ、直樹は飛び上がった。

 心臓を抑えながら振り返ってみれば、そこに居たのは円だった。

 温める作業が終わったのだろう、両手に弁当の詰まった袋を下げていた。



「なに、他愛ない話だ。さあ、終わったのなら行こうか」



 ズレた眼鏡を直しながら、一馬はなんとか誤魔化した。









「はっはっは、労働後のメシはウメーな!」



 笑顔で牛丼とラーメンをかっ込んでいるのは狼男――鹿島茂かしましげるである。

 狼男のマスクは、すでにはずしている。締まった顔立ちは、見る者によっては強面と映るかもしれない。獣毛を思わせるグレーの髪が、余計にそれを強調している。


 神代良くましろりょうのような気弱な少年にとっては、苦手な部類に入るはずなのだが、存外相性がいいらしく、隣り合って座っている。



「の、喉、つめるよ」



 心配してコップを茂の前に置く良だが、その中身がコーラというのは、悪意を疑いたくなってしまう。



「良チンそれコーラコーラ! 飲んだら余計に吹くっつーの!」



 ノリよく突っ込む茂。

 けっこうばしばし叩かれているのだが、良はなぜかうれしそうだ。



「まったく、少しは落ち着いて食べられないのか」



 そんな光景に、こぼしたのは中野一馬だ。

 サンドイッチを千切りながら、鳥のようについばんでいる。

 神経質な食べ方である。



「まあ、食事の仕方なんて人それぞれでいいじゃない」



 その隣で、元ミイラ女――諌早直がしたり顔で言う。

 やはりいとこである。サンドイッチを千切ってついばむそのしぐさは、一馬とよく似ている。



「んわー、こんな時間に食べたらまた太っちゃうよう」


「こんな時だし、たまにはいいじゃないですかぁ」



 千葉教諭と元泣き女バンシー――多久美咲たくみさきのふたりは、そんな会話をしながら甘味にとろけている。

 おなじような溶けかたをしているので、並べると姉妹にも見える。どちらが妹か、あえて言うまでもないだろう。

 おっとり顔の多久美咲がおねえさんオーラを放っているせいもあった。


 宝琳院庵は、といえば、さきほどから静かにサラダを口にしている。

 彼女の場合、食事中だけでなく、常時無言なのだが。


 そして龍造寺円は四つ目の弁当にとりかかっている。

 草食類の宝琳院庵とは好対照である。引き立て役とも言えそうだ。



「……円、腹八分目にしとけよ」


「ああ、そのつもりだ」



 直樹の忠告に、こくりとうなずくと、円は弁当を残らず自分の手元へ引き寄せた。

 それでも八分目だという自己主張らしい。


 ともあれ、彼女の存在を除けば、おおむね平和な食事風景だった。



「……でも、なんとか間に合いそうだな」



 食事を終え、空になった弁当の容器をかたづけながら、直樹は形になってきたセットを見やる。

“洋風オバケ屋敷”という、わけのわからないコンセプトに、はじめはどうなるかと思っていたのだが、どうやらいい形に仕上がりそうだ。



「ああ。前日になってもセットがまったく出来あがらず、どうなるかと思ったが。やれやれだな」



 中野一馬が安堵のため息をつく。

 クラス委員で責任感が強いだけに、進行の遅れに人一倍神経を使っていたに違いない。



「だから言ったろ? なんとかなるって」



 と、対照的に気楽なのは鹿島茂である。

 から笑いするグレー髪の少年に、直樹は眼を眇めた。



「鹿島、サボりまくってたおまえが言うなよ……千葉ちゃんのお目こぼしがなかったら、ぜったい間に合わなかったぞ?」


「まあ、間に合ったんだからそう言うなよ、ナベシマ」



 調子よく手をひらひらさせる茂に、直樹たちも苦笑するしかない。

 普段サボってばかり居た茂だが、今日の働き頭は間違いなくこの男である。



「さ、口ばかり動かしてないで、さっさと済ませるぞ」



 一馬が手を叩いて、委員長らしく場を締めた。

 それを合図に、みなが動き出す。



「へいへい、おい良、壁紙の仕上げすっぞ」


「う、うん」



 首を鳴らしながら、茂が立ち上がった。

 神代良もあわてて右に倣う。



「一馬、小道具はだいたい終ったんだけど」



 直樹が一馬に尋ねる。

 衣装などの小道具を担当していた直樹たちは、食事前に作業を終えている。



「なら他の所を手伝うのだ。看板も、もう仕上げだ。鹿島たちか宝琳院を手伝ってくれ」


「おーい、終わったんなら背の高いヤツ――ナベシマと龍造寺はこっち手伝ってくれー」


「おう!」



 鹿島茂に声をかけられ、直樹は手を挙げて返す。


 その横で、「背が高い」とひと括りにされた円が眉をひそめた。

 女性としては長身の彼女は、身長について言及されるのを嫌っているのだ。



「じゃあ、あたしは宝琳院さんを手伝うね」



 おなじく手の空いた多久美咲が、きょろきょろとあたりを見回す。

 宝琳院庵の姿を探しているのだろうが、その姿はすでにない。



「宝琳院なら、奥の方で魔法陣の続きを描いている」



 彼女の所在をきっちり把握していた中野一馬が、教室の奥を指さして言った。



「いいかげん他の作業に回って欲しいのだがな……まったく、凝り性もいいとこだろう。アレは」



 一馬がため息をつく。

 普段クラスにまったく貢献しない彼女が、珍しくがんばっているため、もういいとも言えないのだろう。



「よし、もうひとがんばりするか!」



 苦労人の委員長を尻目に、直樹は気合を入れると、新たな作業場へ向かった。





 それから一時間、深夜零時前。

 直樹たちは、ようやく作業を終えた。



「終わったぁ!」



 筆を放り出し、諫早直が両手をあげて伸びをする。



「あー、こっちもしゅーりょー。っかれたー!」



 ほとんど同時に、鹿島茂もその場で大の字になった。


 直樹も、彼にならって黒板に背を預ける。

 作業中は感じなかった疲労感が、どっと押し寄せてきた。


 だがそれ以上に、達成感が心地よい。



 ――そういえば、いま何時だっけ?



 ふと気になって、直樹は時計を見た。





 時計の針が、十二の位置で重なる。





 午前零時ちょうど。世界は――反転した。





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