97.敵味方の境界で
なんで。
なんで。
なんでなんで。
なんでなんでなんでなんでなんで―――!!?
際限なく頭の中を疑問だけがぐるぐると回っていく。
鎮馬は倒れた。
頭を爆発させられて。
だから間違いなく死んでいるはずだ。
人間は頭が無くなって生きていられる生物ではないことは確かだ。
にも関わらず―――
「…………っ!?」
何度目かわからない喉の引き攣り。
目の前に立ち塞がる男たちの一人が紛れもない鎮馬。
そいつは首から上が無い。代わりに右手に頭のようなものを持っている。とはいってもばらばらになった肉片を丸めただけのような原型を留めていないようなものだが。
だが動いていた。
ゆっくりゆっくりと間合いを詰めてくる。
意味がわからない。
なんで死んだ人間が動いているのか。
どうして近寄ってくるのか。
疑問だけが頭の中を完全に占領して、相手がモーションに入ったのを見ながらも反応しようという気そのものが起こらなかった。
くっくっ、と軽く肩を振って死体がタックルを敢行してきた。
それを呆然と見守るオレは避けることもできない。
衝撃。
ショルダータックルに吹き飛ばされて転がる。
「ぐぅ…っ」
転げたオレにさらに死体は迫る。
なんとか対応しないとと思いつつまるで頭と体が分断されでもしてしまったかのように動かない。
その様子を理解しているのかしていないのか、死体はそのままオレの腕を取って関節を極めようとして、突如横から躍りかかってきたワルフに驚いて離れた。
邪魔者を排除しようと死体は煙狼にもタックル。
ショルダータックルが実体のないワルフ相手に空を切ったところ噛み付かれて、死体はわずかにたたらを踏むが堪えた様子もない。
そこでふっと我に返った。
どんな理屈なのかは知らない。
だが死体が襲ってきていることは事実だ。
そしてそれ以外にも三日月刀の奴と骸骨の覆面をした男もいる。今はとりあえず逃げ出すべきだ。“境界渡し”を含めて4人を相手にするのは、さすがにワルフとコンビでも無理なんだから。
こちらが逃げ出そうという気配を察知したのか、ぴくり、と余裕を見せていた三日月刀の男が反応を見せる。もうひとりの骸骨男の方は何かに集中しているかのように動かない。理由はわからないが動き出す人数が少ないのは好都合。
立ち上がる。
そして気が付けばオレはすでに反転して走り出していた。
死体のほうはワルフと戦っている。あとはなんとか三日月男を振り切って、ワルフを呼び戻せば仕切り直すことが出来る。
そう思っていた。
背後の方からやってくる、魔術師を見るまでは。
「咲弥……っ」
見間違うことのない女の子の姿。
すぐには追いかけてこない骸骨男と“境界渡し”、そしてワルフと戦っている死体を除いても、2対1と数の上ではさらに悪くなった。
ステータスチェッカーで見た限りは魔術以外の技能を隠し持っていると思われる格上の相手だが………、
「こうなったら…やれるところまでやるしかないか……ッ」
残りの霊力を絞り出すかのように、一気に左手に注ぎ込む。
火種にガソリンを注ぎ込んだように左手から赤黒い気流が吹き出す。
その間に立ち止まった咲弥が詠唱を始めるのが見えた。
そのまま突撃。
やることは明確。
まず後ろの三日月刀の男が追いつく前に咲弥を攻撃。“簒奪公”を発動させて能力とか技能とか霊力とか可能な限り吸い取って行動不能にさせる。それから反転して三日月刀の男をタイマンで倒すだけだ。
飛び込んでいくと、驚いたのか咲弥が詠唱を中断する。魔術師とやりあうのは初めてだが、キモは攻撃速度と間合いだろうと推測される。いかに詠唱をさせないように間合いを潰せるか、どうやら今回は成功したらしい。
まず小太刀の峰で一撃。
杖で受け止められた。そのまま左手を伸ばす。
だが彼女は瞬時に切り替えて別の詠唱を始める。魔術に造詣はないが、それでも聞きなれたその詠唱には覚えがある。
―――“対抗する加護”
攻撃を受ける前に防御能力をあげておこうというのだろう。
だが生憎とこの左手はいくら魔術で防御を高めようとも意味はないのだ。
伸ばした左手が到達する直前に魔術が完成するが気にしない。
そう、気にしないはずだった。
―――発動した“対抗する加護”がオレにかからなければ。
「……え?」
素っ頓狂な声をあげてしまう。
動きの鈍ったオレの視界の端に何かが飛び込む。
三日月刀の男。
あいつがオレの横を素通りして咲弥に攻撃したのだ。
…ガッ!!!
切っ先が咄嗟に差し出された杖にめり込む。そのまま杖がまっぷたつに立たれて咲弥は後ろに跳ね飛ばされた。
驚きながらも距離を取って男を警戒する。
………あれ? なんで仲間割れしてんの?
「杖が折れれば魔術も使用できまい」
三日月刀を持った男は悠然と刃を構えて咲弥のほうへ近づく。
そのまま振り下ろされた刃に対して、混乱しながらも思わず反射的に小太刀を出してしまった。
金属同士が打ち合わされる音が人事のように聞こえる。
敵であるはずの咲弥が援護魔法をかけてきた。
咲弥の味方であるはずの敵が咲弥に攻撃してきた。
同じ伊達の部下同士であるのならば、どうして戦いになるんだ?
もしかして咲弥は敵じゃないんじゃ…そんな考えが浮かんでくる。
ギャリンッ!!
小太刀と三日月刀が離れる。
三日月刀の男は意外な事態に驚いたような表情を見せて間合いを取った。
待て待て。
確か咲弥は間者だったはずだ。
そう、確か生徒会室に出入りしていたのを見ている。それに鎮馬もそうなんじゃないかって言っていたじゃないか。
そもそもオレと咲弥と鎮馬しかいない場所での出来事が伊達に知らされていた。あれは誰か間者がいないと説明がつかない。
咲弥じゃないのなら鎮馬か?
いや、鎮馬だとするならなんで伊達にいきなり殺されてるんだ?
どんな仮定をしてもどこか辻褄が合わない。
あまりに判断材料になる情報が断片すぎて足りていない。
考えている間に男は再度間合いを詰めて三日月刀を振るってくる。
今度はオレに。
鋭い一撃。
一撃をなんとか凌ぐ。
だが大きく体勢を崩してしまって、二撃目を避けることができない。
さっきまでのオレなら。
木槌から奪った特殊な重心移動の術式を使い体勢を崩したまま重心だけを移動させる。あくまでオレの体の内部のことだから相手にはわからない。
だが重心がバランスよく整っていれば動き出すのは難しくない。
二撃目を避ける。
同様に三撃目を避けるのに合わせて小太刀を振るう。
こっちの小太刀は空を切り、男が回避したために鈍った相手の刃だけが浅く当たる。
幸い“対抗する加護”により強化された防御力に弾かれ、ほとんどダメージを食らうには至らない。
不意打ちされたときは手も足も出なかったオレが反撃までしてきたことに、男はちょっと面食らった感じでバックステップした。
…よし、なんとか戦える。
武器同士のやり取りでは不利だけども、一度だけチャンスを見出して左手で技能とか能力を奪えれば逆転できる。だから攻撃をそれなりに凌げるのであれば十分勝機が見えるのだ。
「咲弥」
背後の女の子に背を向けたまま声をかける。
「とりあえず……ここを凌いだ後、話を聞きたいんだけど、いいか?」
「ん」
よし!
とはいえ…どうしたもんかなぁ。
なんとかこの場を凌がないといけないんだが、持久戦になって隙を窺う以外で目の前の男をなんとかできる案が浮かばない。
ワルフはワルフで死体と戦っているし…正直自分であんな得体のしれない相手と戦うのはごめんだ。すでに死体なんだから何やっても死ぬ気がしない。
とはいえ、あまり時間をかけていると出現位置で何かに集中しているような感じの髑髏頭巾と、離れたところで、まったく興味なさげにしている“境界渡し”が参戦してくるかもしれないし…………んんんん?
そもそもなんで髑髏頭巾は動かないんだ?
“境界渡し”が動かないのはわかる。ここで待ち伏せして迎撃部隊を送り込むことだけが仕事だと思えば、もうやることはやったわけだから様子見してるのはわからんでもない。
でもわざわざ転送されてきた髑髏頭巾はなぜ動かない?
と、そこで閃いた。
「ワルフ!!!」
死体と戦っていたワルフを瞬間的に消して、オレと三日月刀の男の間に出現させる。
「むぅっ!」
突然襲ってくる煙狼に三日月刀を振るうが生憎物理攻撃は無効だ。
いや、ホント、モーガンさんマジ凄いわ。
普通に羅腕童子よりヤバい気がひしひしとしてくる。
攻撃が意味がないのを悟った男は避ける。
さすがにオレより上手だけあってワルフの噛み付きを避け切っている。
だが回避した直後重心が傾き次の回避のために立て直すまでの刹那、オレが懐に飛び込んだ。
拳を握る。
狙うは鳩尾。
赤黒い気流の起こっている左手をフェイントにしてから、右拳でボディアッパーを打つ。
どずむっ!!
「………ぉ、ぁっ!!?」
なんだかんだいって妙な雰囲気を出している左手を警戒していたのだろう。まんまとフェイントに引っかかり右拳は問答無用に鳩尾にめり込んだ。
全力で踏み込みながらインパクトの瞬間に重心を移動させる能力を使ったパンチ。
ボクシングをやっているときに言われたが体重を完全に乗せることは意外と難しい。ましてや相手と自分がそれぞれ攻防動きながらなら尚のことだ。本当に会心の一撃というくらい体重が乗った瞬間に丁度相手にヒットさせる技術はオレにはない。
だが能力なら話は別だ。重心を好きに移動させられるのなら、インパクトの瞬間そこに全体重を傾けてやればいい。さながらオレと同じ体重の拳が突き刺さったように。
思いつきでやったが効果は絶大だったらしい。
思わず男の体がくの字に曲がる。
即座にワルフに次の命令。
オレが逃走するのに合わせて、ワルフが咲弥をその背に乗せて走り出す。
三日月刀の男は即座に追いかけようとするが動きは鈍い。そして肝心の鎮馬の死体のほうといえば、ある一定の距離からこっちに進めていない。
予想通り、と内心踊りだしたくなりつつ走る。
よく死体を操る悪い奴とかが出てくる映画とか物語があったのを思い出したのだ。あの死体、もしかしたらあの髑髏頭巾が操っているのではないか、と。だからこそが集中が必要なのだと推測したんだ。
逆にいえばあの髑髏頭巾が操れない距離から先は死体もこれないのではないか。
どうやらその推測は正しかったようで、慌てて髑髏頭巾がこちらに向かってくる。そのぶんだけ距離が伸びるのだろう、鎮馬の死体も同じ速度で進んでくる。
だがこちとらボクシング部と狼である。
動きづらい服装の髑髏頭巾に追いつかれるほど遅い速度ではない。
結果、オレたちは無事に逃げ切る。
ざっざっざっざ…っ。
どれくらい走っただろうか。
雑木林に逃げ込んだオレたちは下草をかき分けながら、追っ手がいないか背後を警戒していた。
「………振り切った、か」
はぁ、と息をつく。
完全に霊力はすっからかんだ。
ついさっき維持することが出来ず、ワルフも消えてしまった。
「とりあえず休憩するか」
そう言って木陰に座り込むと咲弥もゆっくりと座った。
時計を見てみるとすでに6時を回っている。
まだ明るいがそう遠くないうちに暗くなっていくだろう。そうなれば明かりが必要になるが、生憎と明かりが手元にない。よしんばなんとか明かりを確保できたとしても、今度は目立つことになるので隠れるのが難しくなる。
「ミッキーちゃん、話って……?」
なんかその呼ばれ方も久しぶりだなぁ。
おっと、じーんとしている場合じゃない。
「ちょっと確認したいんだけど、あの曲がった剣持った奴含めてさっきの連中とは知り合い?」
「伊達先輩の手下。殴った方が“三日月梟”。髑髏頭巾が“屍齧り”」
おぉぅ、二つ名持ちかい。
そして髑髏頭巾は明らかに死体使うような名前だな。
咲弥がぴし、と手を挙げた。
「ミッキーちゃんに質問」
「どうぞ」
「……どうしてミッキーちゃん、最近避けてたの?」
「うぐっ!?」
ド直球に来たなぁ。
もう腹を探り合っている場合でもないか。
「いや………なんていうのかな、前に生徒会室に出入りしてたのを見てさ。
もしかしたら咲弥が伊達先輩の仲間なんじゃないかと思ってて…」
それを聞いた彼女の顔は見る見るうちに不機嫌になっていく。
「馬鹿にしちゃダメ」
め!と怒られる。
「私はお姉ちゃんに会いに行ってただけ」
「…………へ?」
咲弥はお姉さんいたのかぁ。
きっと咲弥に似て美人なんだろうなぁ……って、そうじゃなくて!
つまり、
「お姉ちゃん、伊達先輩に騙されてる。それをなんとかしたい」
どうもお姉さんが生徒会にいて、それを解放するように何度か伊達に掛け合っていたらしい。そりゃあ生徒会室に出入りすることになるわな。
……致命的な勘違いだな。
もし咲弥の言っていることが正しければ、最初から共闘することが出来たんじゃないか?
会話の大事さが身に染みた。
「ちなみにお姉さん、どんな人?」
その言葉に少し悩みながら咲弥は答えた。
「“慈なる巫”天小園聖奈」
また二つ名持ちの上位者の名が出てきたことに、思わず天を仰いだ。




