96.予期せぬ脅威
編集中に文章が消えたりして、更新が遅くなりました。
申し訳ないです…orz
吹き出す霧、それが徐々に濃くなって煙に近くなっていく。
体から何か、おそらく霊力が抜け出る感覚が走る。
熱さはないものの勢いはまるで蒸気のよう。
予期せぬ事態に、道着の男は攻撃を中断し後ろに下がって間合いを取った。だがその動きもするすると体がブレない奇妙な動きで、速度こそ早くないもののボクシングなどの静動のわかりやすい攻防に慣れていたオレには珍しく見えた。
ずずずず…。
吹き出した煙が一定量に達すると、オレと男の目の前に集まり始めた。
そして一匹の獣の形を取る。
明らかにその同じ体積の煙を超える量が集まっていき密度の高い実像を結んでいく。
そして煙狼ワルフが顕現した。
むぅ…以前モーガンさんの前で呼び出したときはこんな大袈裟な感じじゃなくて、適当な感じで出てきたんだけどもなんでだろう?
まぁいいや。どちらにせよほとんど一瞬だし。
「グルルルル……ッ」
おそらくオレの意志に連動しているのだろう。
特に命令をせずともワルフは敵意を剥き出しにして目の前の男に唸りをあげている。
「……やー、その使い魔でーじ強そうさー」
不敵に男は笑う。
うむ、どこの方言だ、それは。
とりあえず使い魔が強そうに見えているのはわかったけども。
「………ぐ…」
ちょっと動いてみようと思ったが無理。
おそらく肋骨を引き抜かれた影響なのだろう、体をちょっとでも捻る動きをしようとすると引っかかりを覚える。それも筋肉痛みたいな一瞬的なものじゃなくて、もっと明確な感じの抵抗とでも言えばいいのだろうか。
とりあえず手で抑えてはいるものの、出血は続いており制服の下腹部から下は見事に濡れてしまっている。とりあえずこれを止めないと話にならない。
男は何かを思い出して、一瞬だけワルフから静かにこちらを見据え、
「あー、自己紹介してなかったさぁ。我は―――」
再びゆっくりと構えを取った。
「―――比嘉清真。27歳になったところさぁ」
うむ、名前的に主人公っぽいな。
「あ、三、木……で、す…」
なんとなく反射的に自己紹介を返してしまった。いや、なんか息が上手く吸えないのでまともな自己紹介になってないんだけど、それはそれとして。
うむ、この人ならなんか会話が通じそうだな。もしかしたら戦いを避けることが出来るかも?
「あの~……」
「本当にレアモンスターなのか不安やったけども、いきなり襲ってくるとは中々なもんさぁ。
そっちがその気なら、我も全力でお相手するから、ちばりよ~!」
ああああ、やっちまったぁぁぁ!?
そうこうしているうちに、ジリジリと比嘉が煙狼との間合いを詰めている。素足で摺り足を使い体の軸をブラさずに少しずつ少しずつ。見ているオレには間合いを詰められているのが一瞬わからないくらい絶妙に。
それに気づけたのは単にワルフの反応の御陰だ。基本的にワルフは視覚に頼っていない。初めて見たときに一定の距離に近づいていったら警戒したように、相手との相対距離でしか判断していないから前兆の見えない動きであっても反応することが出来る。
ゆらり、と。
比嘉が間合いを大きく詰める。
それに呼応するかのようにワルフも飛びかかった。
低く足首を狙って跳ぶ。
足を潰せば倒れる、倒れたところを首を狙って仕留める。
狼の狩り。
確かそんなことを聞いた覚えがある。
だが狼の狩りはあくまで群れでするものだ。
相手よりも数的有利が取れるからこそ仕留められる戦法。
低く低く入り込んでくるワルフの動きを読んでいたのか、相手は右の手刀を振り上げ―――そして振り下ろした!!
「あ…」
その姿を見て気づく。
空手か!!
腰だめに構えて拳を突き出すとばかり思っていたせいで気づいていなかったが、腰を落として上から手刀を落とす姿はこの前テレビで見た空手の瓦割りとそっくりだった。正確には膝の落とし方とか体の使い方にちょっと違和感があるけれども、微妙過ぎて上手く言葉にできない。
瓦とか分厚い氷を粉砕するかのような手刀。
だがそれは破壊力を発揮することが出来ずに空を切る。
そう、ワルフは煙で出来た狼なのだ。物理的な攻撃は効かない。手応えのなさに比嘉の表情にかすかに動揺が走るが、ワルフはその隙を見逃さずそのまま足首へ噛み付こうとした。
だが相手もさる者。
おそらく実体がない相手ではないかという予想を多少なりともしていたのだろう。
動揺を見せたのは一瞬だけで、すぐに横に動いて噛み付いてくる位置から足を避ける。
ワルフの足首を狙った攻撃は不発。
「…っ!?」
驚いたのはオレだったのか、それとも男だったのか。
さっきの比嘉の攻撃同様、空を切った噛み付きだが、その瞬間ワルフの背中から煙の塊が隆起した。その先端には同じように狼の顔。一気に伸び上がりそのまま相手の首筋に牙を剥く。
なんとか避ける彼だが、避けきれなかったのか肩口の道着が引き裂かれて傷を負った。
双頭の狼となったワルフは、再び頭をひとつに戻しながら離れる。
あー、そうか…煙で形作ってるだけで、普通の狼の形を取らないといけない制約はないからある程度形状は変えられるわけか。
だとすれば、つまるところワルフは狼の集合体、一匹ではなく群れのようなものだ。噛み付きを避けたとしても、体から飛び出す別の狼の顎が体を襲う。
一匹の攻撃が避けられてもその隙に他の狼が攻撃する。
それはセオリーに則った狼らしい狩り。
うわぁ………まともにやりあってたら多分殺されてたなオレ。
さすがモーガンさん自慢の使い魔だけのことはある。普通に魔物として出てきたら適正レベル結構高いんじゃないかな、ワルフ。
比嘉のほうもよくあの不意の一撃を避けた。
実体のないワルフの攻撃だったからこそ傷を負ったが、もし実体を持った攻撃であればおそらくガードするなり払うなり出来た感じの避け方だったし。
さらにワルフは飛びかかっていく。
比嘉は両手をやや前方上にあげて掌を向けるような構えを取って迎撃。
「…………ぅ」
呻きながら隠袋の中を漁る。
中から河童の軟膏を取り出し、べったべたと脇腹の傷口に塗りたくる。
実体のない分だけワルフが優勢ではあるものの、今の状態のオレではあの戦いについていくことができない。ならば出来るのは傷を治すことだけだ。
というか、むしろ傷が治っても比嘉に真っ向からいったら同じ結果になるんではなかろうか。
アレが空手だとすると、確かアレは…そう、貫手とかいったはずだ。人間に突き刺さるほどに鍛えた貫手は最早刃物と変わらない。
リーチは短いものの、オレよりも格上の武器使いと戦っているのと変わらないのだ。
まだ一合しかしてないから確定はできないが、三日月刀の男と比較しても遜色がないように思える。
肋骨引き抜かれただけでも放っておいたら死んでしまうくらいの致命傷なんだが、もしこれが首とか急所だったとしたら手の施しようがないところだった。
「………やっ…ぱ駄、目か」
河童の軟膏のおかげで徐々に傷口は塞がっていく。
だが肉と皮が治っていっても、腹の中の空洞感は消えない。骨折程度の損傷に関してはなんとかなるみたいだが、さすがに部位そのものが無くなっている欠損については効果が及ばないのかもしれない。
確かに腕を切られても、軟膏塗るだけで生えたら怖すぎるが。
仕方ないので、本日4度目の“簒奪公”を発動。以前吸収した羅腕童子の自己再生能力を起動させる。他の奪った能力と同じように“簒奪公”を使わずとも使えるはずなんだけど、元々自分に備わっていない能力のせいか、そのままだと鬼の膂力とかは使えるのに、自己再生については上手く起動しない。
まぁ足が1本増えたら、それまでの2本の足ほど器用に使えない的なことなんだろう。つまり多分使う感覚が追いついていないせいだと推測する。
「んん……?」
少し鬼の再生力を使っていると、妙な感覚が出てきた。なんというか、どうも霊力を使って再生しているようで、注ぐ霊力を増やすとちょっと速度が上がるようだ。
というわけで、使う霊力をちょっと増やす。感覚的には1消費のところを3にするくらいか。
余談だが段々霊力を減ってきたときに残りを絞り出す感覚って、歯磨き粉のチューブを最後にぎゅーって尻尾から丸める感じに似てる気がする。
「~~っ!!?」
抜き取られた肋骨が生え始めたのだろう。
なんか腹の中に突然棒状のものを突っ込まれたような違和感。幸い痛覚がある程度シャットアウトされてるからいいようなものの、なんか凄い異物感だ……。
ワルフのほうを見ると相手に若干傷を負わせてはいるものの、比嘉の眼の光は鋭いままだ。何か起死回生の一手を模索しているような凄みを感じさせる。
しかしそれだけ集中しているのなら今がチャンスだ。
こっそり戦ってる比嘉たちを避けるように大回りに移動して奥へ向かう。
「ワルフ、戻れ!!」
かなり距離が離れたところで、手元に呼び戻す。
ぼひゅ、と比嘉の目の前の煙狼が消える。本来なら霊力温存のために、そのままこっちに呼び戻したいところだが比嘉の移動速度がわからないので大事を取って、一度消してからオレの手元に再度顕現。
そのままワルフの背中に座ってから、走らせる。
比嘉は追いかけてこようとしたが、速度そのものはワルフよりもちょっと遅い。距離が空いていたこともあり無事に引き離せた。
少しの間追ってこようとした比嘉だが、さすがに追いつかないと思ったのか足を止めた。
呆れたように言った一言だけが耳に届いた。
「あれーまーんかいいちゅが、あんしそーぬぎてぃ?」
うん、意味がわかりません、ありがとうございました。
思わず呪文か!?とツッコみそうになりながら、職員用駐車場のほうへ向かった。
だったかだったか数分走っていると、大分腹の中の異物感が無くなってきた。これでなんとか動くことが出来る。ホント、どっかの聖書じゃあるまいし肋骨抜いても何も起こらないですヨ?とボケたくなるくらいびっくりしたなぁ。
一口に主人公といってもピンからキリまである。さっきの木槌男と比嘉ではまるで次元の違うくらいの差があった。やっぱりレベルの違いなのかなぁ…?
さて、無事に職員用駐車場に到着。
どういうカラクリを使ったのかわからないが、職員は全員帰っているらしく駐車場に車は一台もない。
出入口の門には横にスライドするタイプの格子状の門扉があり、錠をかけた状態で閉じられている。とはいえ門扉そのものが1メートル50センチほどしかないので登ろうと思えば登れるんで問題はない。
あとの問題は結界を解けれるか、という問題なんだが……こればっかりは試してみるしかない。
門に近寄ろうとして―――
「………ッ!!?」
門から少し離れた右方にひとりの男がいることに気づいた。
そして気づいた瞬間ぞわりとする。
ひょろっとしたガリガリの男。
この暑い中、革製の黒のロングコートのようなものを羽織っているし、手には何か細長いものを持っているから目立つ。
あれは…なんか競馬とかで乗ってる人が持ってる奴に見えるな……鞭?
「面白い使い魔を連れているじゃアないか普段であれば興味の対象外なんだがすこぉし面白くなってきた何せ小生は興味があることには頑張れるけどもそうじゃないことはからっきしなのだまぁそれもこれも研究資金のためだから今回ばかりは仕方ないと諦めていたんだけどもその使い魔を見れたと思えばまだマシかああ勿論専門分野からは外れるのでわざわざ足を運んだにしては役不足なんだが贅沢を言っても仕方ない欲しがりません勝つまではの精神でいこうなにせ―――」
いやいや、ちょっと待って。
アンタ息継ぎとかしましょうよ!?
そんなことを考えてしまうくらい男は流暢に一気に途切れることなくぶつぶつ喋り続ける。
どうもいきなり攻撃を仕掛けてくる様子はないようだが………冷静に見てみると男と門の距離よりも、オレと門の距離のほうが近い。ワルフの速度であれば一気に門までいけるはずだ。
そう考えて喋っている間にこっそり進んでいく。
男は別段気にする様子もない。
一歩、一歩、また一歩。
もうすぐ門というところで―――
「…………?」
気づいた。
門の手前に何かの塗料で魔方陣が書かれていることに。
「―――とはいえこれで仕事もおしまいだ」
男は手にした鞭をぴしっと二度ほど空中で振った。
魔方陣が光る。
思わずワルフに命じて後退したのはナイスアイディアだとしか言いようがない。
一瞬の閃光。
魔方陣の上に誰かが転移してくる。
それを見て先ほどのマシンガントークの男が誰なのか、鎮馬の呟きを思い出した。
「“境界渡し”……ッ!!?」
マズいマズいマズい…ッ。
上位者じゃないか。
なんとか逃げないと…!!
だがそんな思考は、出てきた人物を見た瞬間吹き飛んでしまった。
転移してきた人影が3つ立っている。
伊達の側近にして三日月刀を構えた巨漢の男。
一瞬スクリームマスクかと間違えるような髑髏の頭巾を被った黒と紺の長衣を纏った男。
そして―――
―――首から上のない、彼の遺体。
それが誰かなんて忘れるはずがない。
だが理解ができない。
どうして死体が動いているのか?
半分固まった血をどろりと流した首を手に持った鎮馬がゆっくりと歩き出してくる。
それを見たオレが最初に出来たのは、
「ぅ…ぁ…うわあああぁぁぁぁぁぁ!!?」
叫ぶことだけだった。




