95.続く脱出劇
ひたすら走ってなんとか振り切ることが出来た。
追っ手に対して圧倒的に数で負けているものの、数ヶ月とはいえ慣れ親しんだ高校が舞台だ。地の利がある、という言葉を今日ほど実感したことはない。
「……ふぅ」
物陰から周囲を確認して人影がいないのがわかってから、一息ついた。
足の痺れもすっかり取れている。
1クラスあたりが30人そこそこ、ひとつの学年だけで7から9クラス、それが3学年分いるのだ。学校と周辺施設そのものは常時数百人がいるに相応しいだけの広さがある。たかだか10人から20人ほどの人数で完全に全部を把握することはできるはずがない。
「しかし……こりゃ厄介だ」
戦うとしても一人をすぐに仕留めないとどんどん増援が出てくる。
ぶっちゃけ戦った感じからすると主人公と言えども、どいつもこいつも化け物みたいな絶対戦って倒せないレベルの感じではない。
強いのと弱いのがそれぞれ入り交じっている感じだ。
例えばさっきの木槌野郎なんかは攻撃力とかステータス的には負けそうだけども、戦いそのものに関しては直線的で付け入る隙はあった。まぁそのへんはギリギリの綱渡りしかできなかったオレと、おそらく適正狩場で安全に狩りをしてきた相手との数値にできない経験の濃度の差があるのかもしれない。
冷静になってあのときの男の動きを思い出し、出来ること出来ないことを考えていくと攻略する方法はすぐに思いついたくらい。
「やっぱり当初の予定通り、結界をどうにかしにいったほうがいいな」
出来れば主人公の中でも弱い相手から能力奪っていって少しずつ強化、んでもって最終的に伊達が倒せればそれがベストなんだが、どうにも無理そうだ。
仕方ないのでひとまず結界をどうにかすべくこっそりと歩き始めた。
こう、物陰から物陰を移動してると、なんかこれはこれでドキドキするな……。
この学校の出入口は全部で4つ。
言わずと知れた正門、職員用の駐車場出口、用務員さんが使っている通用口、裏門。
他は結構高めの高さ5メートルはありそうなフェンスがぐるっと囲んでいるため出ることができない。
厳密にいえばフェンスを乗り越えればいいんだけども、見つかるとアウトな上に結界がどこまで効いているのかわからないのが問題だ。
通用口に関しては、さっき鎮馬と出たときの感じからいくと道路に一歩踏み出した瞬間に移動した感じなのでわかっているものの、フェンスについては触ったらもう移動してしまうのか、それとも乗り越えたら移動するのかまだわからない。
さっきみたいに使い魔的なやつを持ってる主人公もいるし、何より飛び道具が得意な伊達がいるんだ。遠目にでも見つかったらフェンスをよじ登っているところなんていい的にしかならない。
そうなると4つある出口のどこかにいって、結界を解除、脱出することになるが、問題はどこを通るか、という点だ。
まず正門は論外。
あのプライドの高い伊達のことだから、正門でふんぞり返っている可能性が高い。
………いや、狙撃が得意だからどっか高いところから狙えるようにしてるかもしれんけど。
となると後残るは職員用駐車場出口、通用口、裏門。
どれがいいかな……。
そういえばさっき通用口にいったときに、誰もいなかったよな?
正門にいた連中が真っ直ぐ校舎のほうにいったオレを追いかけていったと仮定すると、まだ誰もいない可能性あるかもしれない。実際のところはわからないけど、どのみちどれを選んだらいいかわからないのだから、可能性に賭けてみるのはいい案だ。
注意をしながら進んでいく。
意外と見つからないのは、おそらく百目ちゃんと隠れんぼしてたおかげなんだろうなぁ…感謝。今度お菓子もっていってあげよう。
さて、ようやく通用口近くまで来たわけなんですが。
はい、すでに居ました。
通用口に立っている魔術師の姿。
そう、咲弥である。
「………あー、なるほど。逃げたオレと鎮馬を単純に追ってきたのかも」
そう考えればここにいてもおかしくない。
しかし一緒にいた三日月刀の男が見当たらないな……また、どっかから不意打ちしてくるんじゃないだろうな?
あたりをきょろきょろしてみるが、そんな気配はない。
うーん、なんとか倒してみるか…?
なんとなく考えてみるが、ちょっと難しいように思う。
鎮馬の神聖祈術と同じように、咲弥の魔術そのものはそこまでレベルは高くない。少なくとも赤砂山で一緒したときはそうだった。
だが鎮馬が組み技士を高いレベルで保持していたように、何か切り札を持っている可能性が高いし、もしそうでないとしても、女の子を倒すとか正直攻撃が鈍る。
「別のところにいくか……」
咲弥は何やら難しい顔をしながら、通用口のほうを見ている。
まるで何かを確かめるように通用口のところに杖を向けて何やらぶつぶつとやっていた。
この様子ならここから離脱するのも簡単そうだ。
おっと、忘れていた。
そういえば今のオレにはステータスチェッカーがあるじゃないか。
咲弥が隠していなければステータスを見ることだって出来るはずだ。それを見てからどうするか決めるか……。こっそり遠目からスマートフォーンで咲弥を撮る。
「………ん?」
ちょっと距離があるので、ステータスチェッカーの範囲外だったらしい。
単に遠くから盗撮しただけの不審者になってしまった。
もうちょっと近づいて再度撮る。
出てきたのは名前以外には2項目だけ。
他のところはまるで文字化けしたかのように見えなくなっていた。
おそらくこれはオレの探査とかの技能が足りないからだろう。もしかしたら何かステータスを隠すようなものを装備したりしているのかもしれないけど、それはわからない。
とりあえずわかったのは………、
天小園 咲弥
年齢:16
総合レベル:25
……うん、勝てんわ。
絶対魔術以外に何か技能隠してるだろ、これ。
諦めてこそこそとその場から立ち去る。
ばぎんっ!!
「……?」
何か音がしたので振り返ると、咲弥が何かをしたらしく通用口のところでたたらを踏んでいた。
そのまま通用口のところ見据えたまま険しい顔をしている。
??? 何してるんだろう?
興味はあったが、ここに長居をしているわけにはいかない。
ゆっくりと歩いて距離を取っていく。
と、ここで何事も無く離脱できなければよかったんだろうけども、そうはいかなかったらしい。
咲弥から距離を取ろうと歩いている進行方向から、一人誰かがやってくる。
咄嗟にそのへんの樹に隠れて確認すると、見知った顔だった。
紛うことのない、木槌男である。
周囲を確認するが他には誰もいない。
よし、いける!!
少し引きつけてから樹の間から飛び出す。
「な……おめぇは…ッ!」
慌てて武器を構える男。
だがこころなしかその動きは若干鈍い。
相手のリアクションを意に返さず一気に突進。
木槌が振りかぶられる。
ぶぉぉぅんっ!!
振り下ろされる木槌。
それはシミュレーション通りの行動。
刹那、覚悟を決めてさらに足を踏み出す。
木槌で頭が粉砕されてもよい、というくらいの気構えでなければ駄目だ。
低い姿勢でタックルでもするかのように突っ込みながら手を伸ばす。
踏み込んだのは木槌が完全に頭に降り下ろされる一瞬手前。
相手が半分振り落とした木槌が頭まであと数センチ、といったところで伸ばした手が男が掴んでいる手を掴む。だがもしこのまま掴んだとしても、それくらいで木槌は止まらない。
だからこそ―――
ずぐんっ!!
左手から吹き出す気流が木槌に絡みつく。
すると木槌は少し軌道を変えて、オレの肩を少し掠めるくらいで横を通り過ぎた。
「なん……っ!!?」
何が起こったかわからない様子の男。
男が手にしていた木槌は真っ黒に変色してそのまま砕け散る。
ちなみに木槌を避けた理屈は簡単。
柄に手を伸ばした状態で“簒奪公”を発動させ、木槌の“重心を動かす”能力を奪った。おそらく振り下ろすときにも使っていたであろうその能力が突如消失したことでバランスが崩れて木槌は少し軌道を変えたのだ。
絶好のチャンス。
そのまま小太刀を降り抜こうとして、
「……くそっ!!」
思い切り横あいから小太刀を掴んだままの拳で殴りつけて顎を打ち抜いた。
糸が切れた人形のようにその場に倒れる男。呻いているので意識はあるようだが、顎を撃ち抜かれたせいで体が動かないようだ。
むぅ……少し時間が経って冷静になったのが悪かった。
鎮馬が死んですぐ、教室にいたときはもう殺すしかない、くらいの覚悟だったのに、今ふと我に返ってしまい命を奪うことを躊躇ってしまった。
「しかしこうも“簒奪公”使いまくってると霊力の消耗が………」
まだ敵はかなりいるというのに、すでに伊達に腕を攻撃されたときと、今回と2回も使ってしまった。このペースでは早晩霊力が尽きる。
「………うん?」
ふと思いついた。
倒れている男に左手をついて発動。
そのまま霊力を奪おうとする。
「……おぉ!」
何か力が流れ込むのを感じる。
自給自足アリか、これ…凄ぇ…!
おまけに霊力を奪われた男はがっくりと気絶。そういえば霊力の源は気力なんだったな。逆に言えば倒すごとにこうやって霊力奪っていけば、補給は出来るし無力化もできるわけだ。
一石二鳥じゃないか。
ふとそこまで考えたところで気配を感じて振り向く。
どうやら戦いをしていて気づかれてしまったらしい。
咲弥がこっちに向けて小走りで近寄ってくる。
だがそれを待ってやるほど甘くない。このままここにいてはそのうち“硬風”の射程に入ってしまう。
男をその場に残して駆け出す。
まともに走り合いになれば、ボクシングで鍛えたオレと、動きにくい服装の咲弥。どっちに分があるかは一目瞭然だ。
走ることしばし。
後ろを振り返って確認する。
「ようやく引き離せた……」
とりあえず霊力の回復と、重心操作をゲット、と。
なんとかなりそうな気がしてきた。
そのまま走る速度を緩めつつ警戒しながら、次の出入口こと職員用駐車場のほうへと向かう。
場所が体育館の裏手になるのでちょっと大回りにはなるが、さすがに校庭の真ん中を突っ切るのはヤバいので我慢我慢。
「……? マズいな」
体育館の脇に差し掛かったとき、人影がいるのに気づいた。
道着を着込んだ20歳真ん中から30歳くらいに見える男性。線の細い美形、というよりは精悍そうな顔立ちをしている。ちょっと男くさいというべきなのか。
動かずにその場で周囲を警戒しているから、気づかれずに通り抜けるのは難しそうだ。だがここを通らないと職員用の駐車場にいくのは校庭ルートしかなくなってしまう。
見たところ、男の身長は170そこそこで体格的には似たようなものだ。ゆったりと道着を着ているので詳しくはわからないが、ぱっと見では武器を持っているようにも見えない。
少し考え、突破する覚悟を決める。
そのまま飛び出すと、道着の男へ向けて肉薄する。
左手には“簒奪公”、右手には小太刀。
どちらかが一撃でも当たって怯んでくれればめっけもの。その間に横をすり抜けて職員用駐車場まで一直線ってのが理想。小太刀とかはあたりどころが悪かったら死んでしまうが、そのへんはやってみて加減するしかあるまい。
相対距離が3メートルほどになってようやく間合いを詰めるオレに気づいたのか、男はゆっくりと構えを取る。
見たことのない構え。
脇を締めたまま二の腕をかすかに前に出して落とし、そのまま肘を曲げて内側に入れて手先を外側に上げている。指先までぴんと伸ばした手の甲を両方ともこちら側に向けている。
ボクシングのガードとは明らかに異なるその姿。
だがその間にオレはすでに間合いに侵入している。
右の小太刀を先に振り、少し遅れるように左の一撃。
…ッ!!!
一瞬の交差。
何の予兆も見せずに男の体勢が沈み、そのまま小太刀は空を切る。
そしてオレが左手を繰り出す直前、
ど、ぶり…ッ
「………ッッ!!?」
相手の右の指先がオレの脇腹に突き刺さった。
何の比喩でもない。
文字通りに皮膚を突き破り肉を抉って突き刺さった。
まるで刃物で突き刺されたかのような鋭い一撃。
だがその激痛が本格的に襲うよりも早く、その指先が掴む。
オレの肋骨を。
ばぎんっ!!!
確かに何かがヘシ折れる音を聞いた。
どぷり、と何か赤い液体が目の前に溢れる。
目の前の男が引き抜いた真っ赤な右手の中には、折れたオレの肋骨が握られていた。
思い出したかのように腹から血が吹き出す。
同時に襲ってきた激痛は一瞬だけ。
あまりに許容を超えた感覚を和らげるために脳が一気に脳内麻薬を分泌させたのか、急速に痛みが消えていく。さらに加速する思考が冷静に分析を始める。
だが、体が動かない。
それはそうだろう。
肋骨が折れた上に、そのまま引き抜かれたのだ。
脇腹に完全に穴が空いた状態で放っておけば失血死してもおかしくない。
だが男はさらに左手で追撃を仕掛けてくる。
今度の狙いは目。
―――マズい…っ。
体が動かない。
なんとか動かせられるのは意志だけ。
なら意志だけで出来ることをやるしかない…ッ!!
結論まで一瞬。
オレは命じた。
―――来い、ワルフ…ッッ!!!
瞬間、オレの体から霧が吹き出した。
2013/3/25 誤字修正。サブタイトル変更




