88.提案第一号?
ダッシュで商店街に向かった。
時刻は午後3時10分。
商店街からうちの高校までは1時間かからないくらいので距離なので、まだ十分間に合う。
ごうん…ッ
入口のスチールドアを開けると、そこはいつも通りレプリカが陳列された加能屋の店内。一番奥のカウンターでは弥生さんが何かを熱心に書いているようだ。
「こんちわー」
「! ああ、充。いらっしゃい」
書いていたノートを閉じて弥生さんはいつも通りの笑顔で迎えてくれた。
「最近見なかったけど、元気にやってるようね」
「まぁ、ぼちぼちには」
元気は元気なんだけど、その見なかった間に色々あったんだよなぁ…。
ちょっと遠い目をしたくなるのを堪える。
「そういえば、前に弥生さんに作ってもらった小太刀。凄く役に立ってますよ。助かってます」
「そう言ってもらえると職人冥利に尽きるね。腕を振るった甲斐があったってもんだ」
嬉しそうに弥生さんが小さく拳を握って喜びを評した。
実際、河童との戦い含め以後の戦いでは随分と役に立ってくれた。特に羅腕童子との戦いでは、最終的に“簒奪公”が決め手になったとはいえ、序盤乳切棒が折れた後にメインの武器として使うことが出来たわけだし。
「それで今日の用は? ああ、なんなら当ててあげようか?」
「え?」
「どうせ河童の軟膏買いに来たか、また乳切棒でも折っちまったんじゃないの?」
うぐ。
ビンゴな答えに言葉に詰まった。
「………半分冗談だったんだけど、本当なのかい?」
「すみません……折られてしまいました」
呆れる弥生さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ謝る。
「むしろどうしてそうボキボキと折られるようなことになるんだい? 普通の主人公が装備を買い換えるのは平均で通常3ヶ月から半年に1度。それも腕前が上がったりしてバージョンアップするのが大半なんだ。
それを素人から修練を始めて2ヶ月しないうちに、3本もバキバキと折るなんざ尋常じゃないのはわかるだろう?」
確かに。
オレが折られたのも相手が、伊達、無双の槍毛長、羅腕童子。
言うまでもない上位主人公に、本来出てくるはずのない場所でのレベルオーバーなボス戦、最後は適正レベルがダブルスコアの大物。
つまり普通に適正な狩場で狩りをしている分には折られてなかったわけだ。
「はぁ、まぁ詳しいことは省きますけど、ちょっと腕前を遥かに超えるような化け物と遭遇することが何度かありまして………オレって運が悪いんですかね?」
「聞いてる段階で多分悪いんだろうねぇ。それで、今回はどんな相手だったんだい?」
「えぇと……羅腕童子ですね」
「………………そりゃまたゴツいのが」
「ご存知なんですか?」
「鬼首神社の件は出雲に聞いてるからねぇ。そこから出てきた羅腕童子とかいう鬼の妖怪が徘徊してるから気を付けてくれ、って内容だったけども。
あの腕前の彼が言うくらいだからさぞ強いんじゃないかと思ってるわけ」
へぇ~。
出雲から聞いてたのか。
まぁ確かに一般NPCはともかく、重要NPC以上には人払いが効かないとか聞いた覚えがあるので、オレみたいに突発的に襲われる可能性があるもんな。警告しておくのは正解か。
………あれ?
あんまり自然な会話過ぎてわからなかった。
だけど重要なことに今気づいた。
「弥生さん」
「なんだい?」
「さっき、オレの名前呼びましたよね?」
「? 一体何を言ってるのさ、充は充だろう? 改名でもしたのかい?」
「…………ッッ!!!」
ぶる、っと全身が震える。
「変なことを聞いてすみませんけど、オレが乳切棒壊したのも覚えてましたよね?」
「そう言ったろう?
なんだ、あんな3本もヘシ折っておいて今更忘れましたとか、充は痴呆症にでもなってるのかい?」
全身に力が漲る。
思わず拳を握ってガッツポーズを取った。
「おっしゃぁぁっ!!!」
「!!?」
「あ、すみません。つい」
笑いながら誤魔化すも、喜びは隠しきれない。
弥生さんの中からはオレの記憶は消えていない。
もしかしたら店で武器を売る特殊NPCだからとかそういう理由かもしれないけど、とりあえず記憶を無くしていない人もいておかしくないということは間違いない。
だとしたら、他にも覚えている人はいるはずだ。
希望が見えてきた…ッ!
「まぁそんなに力量を超えるような妖怪やら化け物に会うようなら、普通の乳切棒じゃ役不足なのかもしれないねぇ。何か別の壊れにくい武器でも見繕うかい?」
「それなんですが、丁度そこそこ素材が集まっていたのでもしよければ何か作ってもらえたらな、と」
ごそごそと隠袋から羅腕骨6本、抗魔の朱毛5束、尻子玉1個の3種類の素材を取り出す。
「へぇ…」
見るなり興味をそそられたのか、弥生さんは素材を鑑定しはじめる。
何か先ほどまで記入していたノートをぱらぱらと確認しつつ5分ほどで目利きは終わった。
「面白い、面白いねぇ。特に羅腕骨は伸縮性含めて汎用度の高い活かし方が出来そうだ。霊力に反応する羅腕骨に対して霊力の源、つまり魂の欠片でもある尻子玉もあるなら尚のことさ。
抗魔の朱毛についてもあればそれだけオプションで付与させられるから問題はない。で、今回の武器の希望はなんだい?」
おぉ、しまった。
何も考えてなかった。
前なら何も考えず杖術に使える奴を、ってところだったんだろうけど小太刀を使い始めてから色々な武器を使い分ける楽しさを覚えちゃったからなぁ。
使い分けてみると相手によって有効な武器って色々と違うのもわかってきたから、この際また別の種類のを作ったほうが戦術の幅は広がるのではなかろうか。
出雲とかだと相性的に刀だと苦手な相手でも、腕前を磨くことで克服しちゃったりするんだろうけど、生憎オレはそこまでの根性はない。
使えるものは使って楽にいきたい今どきの学生なのである。
「うーん、全然考えてなかったですね……」
「杖術用の乳切棒でも構わないが、それだと芸がないし素材を生かしきれていない気がするねぇ」
ですヨネー。
「仕方ない、ちょっと手を出しな。両手だよ」
「あ、はい」
前に一度やったように弥生さんに手を見せた。
すこしの間、じろじろと肉の付き方や皮膚の厚さや状態、爪のすり減り方などなどオレの力量について観察していく。
「……なぁ、充」
ひとしきり観察してから弥生さんは真面目な顔でこちらを見据えた。
「今、いくら持ってる?」
「は…?」
「ああ、聞き方が悪かった。順を追って話すよ?
実はいつか上位者の武器作成依頼が来た際に、提案しよう思った武具がアイディアとしてまとめてあるんだ。店に入ってきたときに見ただろうけど、店が暇なときにコツコツとね」
ああ、なるほど。
それで何か悩みながら書いてたわけね。
「そのうちのひとつなら今回の素材を活かせる。だからもしよければ、作る武器についてあたいに一任してくれないかい? 勿論、完全オリジナルの特殊武器を作るのは始めてだからリスクがあるのは言っておくよ。試作品を作ったりはしているけどもだからといって100%の出来になるかは未知数さ」
デメリットを語る口調とは裏腹に揺るぎない確信に満ちた瞳。
どの道、どんな武器が出来るかとかは門外漢なわけだし、それなら専門家のオススメでやってもらったほうがいいだろう。そのほうが作る側のモチベーションも上がると思うし。
何より、いつか上位主人公に出すはずの提案を使った武器第一号の相手として申し出てもらえるとか、結構ありがたいことじゃないか?
ぶっちゃけそれを使いこなせると思って作ってくれるわけなんだから、将来上位者になるくらいには、オレのことを見込んでくれているはずだ。
「…………わかりました。お任せします」
どんな武器になるかワクワクしつつ頷いた。
「ありがとう。で、さっきの話に続くんだ。
その武器を作るには足りない素材が2種類ほどある。幸い先日斡旋所のほうに流した主人公がいるから、そっちから調達することは可能さ。ただその分だけ費用がかかる」
だから、いくら持ってる?って話になったのか。
ふっふっふ、今のオレは小金もちですよ?
「で、いくらでしょう?」
「うちのルートで仕入れればネットで原価の2割増しくらいになるから……材料費だけは前払いで、12000がギリギリってところだね。あたいの手間賃は3000、ただしこれは出来上がった武器に満足してもらえたらで構わない」
おぉぉぉぉ!!?
結構高かった!!!
材料費と手間賃で合計で15000P。
まぁ羅腕童子の素材を使った武器なんだから、羅腕童子討伐の報酬と同じ水準くらいかかってしまうのは仕方ないか。
上位者に提案する武器、ということなんだからもし完成すれば末永く使えるだろうし、完全オリジナルで特殊なものなら世界でひとつのオレ専用、というまるで勇者装備的な特別感もある。
そう思えば高くないな。
「わかりました。丁度羅腕童子討伐費用が入ったんで、大丈夫です。それでお願いします。あ、でもひとつだけ条件がありますよ」
ごそごそとP通貨カードを取り出す。
「なんだい?」
「15000P全額前払いでお願いします」
「……本当に満足してからで構わないんだよ?」
「そう言うってことは、それだけ自信があるってことなんでしょう? なら作ってくれる弥生さんの言葉に賭けて……いや、ちょっと違うな。
うん、オレが弥生さんの腕を信じてるんだ。きっと満足する武器が出来るって。
満足する武器が出来るってわかってるなら、後払いしても前払いでも同じでしょ?」
上手く言えないなぁ。
ただ小太刀の出来を見てても弥生さんの腕前が大したものなのは一目瞭然。
だから前払いでも問題ないと思ったのは確かだ。
「………そりゃまた随分と買ってくれたもんだ。
下手に満足したら払ってもらうって条件より、よっぽどプレッシャーがかかっちまうじゃないか」
ぶつぶつ言いながらも、弥生さんは満更でもなさそうだった。
職人さん的に燃える展開だったらしくやる気に満ちて目が輝いている。この勢いだとさぞ凄い武器が出来るだろう。
P通貨用カードを渡して15000Pを引き落として無事精算。
そのまま素材を渡してしまった。
ちなみに完成時期は未定。
おそらく2週間から1ヶ月とのことだが作ってみないとわからないそうだ。
出来上がったらすぐに連絡をくれるとのことなので、携帯の番号を教えておいた。
「じゃあ失礼しますね」
「ああ。出来上がりを楽しみにしておいてくれ。
あたいの代表作になるような一品に仕上げるつもりだからねぇ」
「期待してます」
乳切棒を買おうかとも思ったけど、しばらくは“簒奪公”も色々と試していく意味で多用していくだろうし、武器は小太刀一本でいいかな。
新たな武器の完成への期待に心躍らせつつ、オレは加能屋を後にした。
そして、すぐに戻ってきた。
「す、すみませ~ん」
「いらっしゃい」
入ってきた客に反射的に挨拶を返した弥生さんは、それがオレだとして怪訝そうな表情を浮かべた。
「あれ? どうしたんだい?」
「いや、河童の軟膏を買い忘れました……」
いかんいかん、大事なことを忘れるところだった。
いつも通り屋根裏のようになっている上の階に上がり、雑貨ゾーンから河童の軟膏を10個ほど取ってくる。これがなかったら対抗戦の後のボロボロの体も戻ってなかったわけだし、必須アイテムだよね。
軟膏を持ってカウンターに戻ろうとしたとき、ふと小さな包みが目に入った。
それには見覚えがあった。
小さな白い包み。
そう、薬包紙に入った制氣薬だ。
『つまるところ魔術とか祈術を使うために使った気力を回復させる薬だ』
以前聞いた鎮馬の説明が頭を過ぎった。
消耗した気力を回復させることで、魔術とかを使えるようにする。
気力→霊力→魔力、という流れから考えると消耗した霊力もこれで回復するんじゃね?
“簒奪公”の使用回数を増やすために、霊力の最大値を伸ばすのは決めたけども、霊力の回復手段があれば当座をしのぐことが出来るのではなかろうか。
備えあれば憂いなし、である。
高いものでもないし3つほど買っておくことにしよう。
「これでお願いします」
「ああ、今度は買い忘れはないね?」
「………多分?」
しめて550P。
なんだかんだで結構使ったな。
あと出雲への借金返し終わったら、ほぼすっからかんになってしまう。
命は金で買えないし仕方ないけどもさ。
精算を終えると、今度こそオレは加能屋を後にした。
さぁ行こう。
親友たちに会いに。
願わくば、大切な絆が残っていることを信じて―――
以前、感想欄で武器についてのお話がありましたので、それを踏まえて今回はこのような感じになりました。
どのような武器が出来るかはお楽しみに。
あとお気に入りが500件を超えました。
とても励みになり、これからも頑張って更新していきます。
今後ともよろしくお願い致します。
もし何か感想などありましたらお気軽にお書きください。




