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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.01 全てのはじまり
9/252

8.毀れる夜

 家につくと時刻はもう6時を過ぎていた。

 家族での食事を終えてから、例によって兄弟チャンネル権争いに敗北してしまったオレは、部屋でのんびりとベッドに転がっている。

 見慣れた天井を見つつ、今日という一日を反芻するように思い出す。


 部活。

 オンラインゲーム。

 生徒会長。

 そして、大判焼き………あれ?


 まぁ最後のはともかくとして。

 よもや自分がオンラインゲーム部に入るなんて一日前にはまったく予想もしていなかったし、そもそも部活を決めることすら出雲と綾に言われるまで忘れていた。

 おまけに今日会うまでまったく顔も忘れていた生徒会長との出会い(というかすれ違い、くらいが的確な表現かもしれない)などなど、十分密度の濃い一日だったなぁ、と一人ごちる。


「よ、っと」


 ベッドから起きてクローゼットを開く。

 ごそごそと奥に入っているカラーボックスを引っ張り出してきて、そこにしまいこまれているスポーツメーカーのログが入ったジャージを上下一式取り出した。

 ジャージに着替えると部屋を出て玄関に降りていく。親に声をかけられたので散歩にいく、と誤魔化して外に出た。

 大きく伸びをして、ゆっくりと屈伸をする。

 ランニングなんて小学校のときに、学校のマラソン大会(学校の外周3周2キロを走る程度だけども小学生には結構長い)の練習で出雲とやった以来なので、どこまで出来るか若干不安もある。

 だがそれを言っては始まらない。

 トントンとフィット具合を確かめるようにスニーカーのつま先を地面に打った。


 ちなみになぜ急にランニングをはじめようという気になったか。

 それは一日を思い返した際に佐々木先輩との会話を思い出したせいだ。

 さすがにボクシング部だけあって、佐々木先輩の体を鍛えるということに対してのこだわりは深かった。大判焼きを頬張りつつ話していくうちに、今日オンラインゲームでオレの肉体条件そのままでやってみたらひ弱で大変だったときの話になった。そこでもう少し体を鍛えるよう勧められたのだ。

 筋金入りの帰宅部のオレは当初こそ無理ですよとかなんとか言って話題をスルーしようとしていたが、彼は運動経験のない一般的な人でも始めやすいトレーニングを丁寧に教えてくれた。

 確かについていけない気がして運動部を敬遠していたのはあるけれど、運動ができるようになることがイヤなわけではないオレは、まんまとその気になったというワケ。

 ……ほら、やっぱり運動できる男とできない男じゃあ、後者のほうがモテるのが現実ですし。


 まず最初に勧められたのが3つ。

 腕立て伏せ、腹筋、ランニングである。

 あまり種類が多いとひとつひとつに対して雑になってしまうし負担に感じやすい、とのことで最初はわかりやすいものをやるほうがいい、との教えだ。


 タッ、タッ、タッ、タッ…

 ゆっくりとしたペースで走り始めた。

 腕時計は9時を指している。

 とりあえず初日の目標は近くの神社まで行って戻ってくること。地図で単純に調べると片道2キロほど、往復で4キロ程度の道のりだ。

 あまり無理はしない速度で走って、余裕があればペースをあげるなり神社の階段登ってみるなり調節することが出来るコース。

 軽く息を弾ませながらペースを乱さないようにして走っていく。

 佐々木先輩には感謝だな。

 走り出すまでは踏ん切りを付けるのに気合が要ったが、実際走ってしまえば中々気分がいい。世間でいうランナーズハイ、というレベルのものではないが単純に汗を流す楽しさを感じる。

 さぁ頑張ろう。


 ■ □ ■


 走る。

 ひたむきに。

 走る。

 リズムを整えて。

 走る。

 呼吸を感じながら。


 どれくらいそうしていたのか。

 何も考えずに走っていると、神社へと続く階段の前までやってきていた。少し小高い山になっているこの先には稲荷の神社がある。

 ふぅ、と呼吸を整えて立ち止まって体調を確認する。

 大丈夫、まだ余裕がある。

 ゆったりとしたペースで流してきたせいか、十分体力は残っている。ついでだから神社まで階段を登ってみることにしよう。

 と、そう考えた瞬間。


 ザザ…ッ。


 一瞬頭痛がする。

 まだ余裕があったつもりだけれども、立ち止まったら思ったよりも消耗していて酸欠気味にでもなっているのかもしれない。

 階段を見上げる。

 無理はしない、がモットーだ。

 ここは引き返すべきだろう。


 タッ、タッ、タッ、タッ、タッ。


 にも関わらず階段を登り始める。

 どうかしている、とは自覚していた。

 普段ならこんな選択はしない。

 でも高校に入ってようやく一念発起した初めての夜だから。そんな理由でキツくても後悔の無い道を選びたいだなんて考えてしまう。

 10段、20段、30段…。

 息はあがる。

 足は重い。

 それでも視線の先に見えてきた鳥居へと急ぐ。

 歯を食いしばりながらもペースは緩めず、そしてついに鳥居まで後一歩のところまでやってきた。


「やっ…た…ッ」


 息も絶え絶えにガッツポーズをしようとする。



 ビギンッ!!!



 そんなオレの前で、鳥居が まっぷたつに割れた・・・・・・・・・


「………は?」


 ズウウウン…ッ。

 割れた鳥居は左右に轟音をあげながら倒れていく。

 倒れた鳥居がもうもうと砂埃を舞いあげる。


「………!!???!?」


 いや、もうワケがわからない。

 軽くパニックを起こしたまま静観していると、いつの間にか砂埃が晴れた場所に妙な生き物がいた。

 人型ではあるが2メートルは超えている大きさで、両方の腕はオレの胴回りと同じくらいの太さを持つ。それだけならデカいマッチョな人だなぁ、で済むんだ。

 でも残念ながら額にある角と口から生えた30センチはあろうかという牙、そして何より腕が4本とか、どう見ても人間じゃない。

 少ないオレの語彙の中で伝えるのなら、最も的確な表現は……


 ……、だった。


「~~~ッ!!?」


 腰を抜かして思わず階段から落ちそうになる。

 咄嗟に階段脇の手すりを掴んで堪えるが、それで恐怖が収まるわけもない。

 なんとか逃げようと懸命に命令を下すも疲労困憊の下半身は言うことを聞いてくれない。


 ギィンッ!

 ギュインッ!!


 鬼の周囲で金属同士がこすれ合うような耳障りな音がする。

 夜の闇と砂埃でわからないが、鬼は何かと争っているように思える。 

 これが悪い夢であってほしいと願いつつも、パニックを起こしているオレはただ見ているしかない。

 本能の深いところで何かが必死に叫んでいるのは自覚していても。


 逃げろ。

 逃げろ逃げろ。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ―――ッ


「…~~ッ」


 おそらく時間としては数秒。

 にも関わらず体感にはその10倍以上に相当するかのような間の後、ようやく足が反応する。

 なんとか階段を下って逃げるべく一歩。

 本当に亀になってしまったのかと錯覚するほど鈍い一歩。

 それでも確かに動いてくれた。

 そしてその幸運を相殺するかのように、不運が訪れる。

 鬼がこちらに気づき目を光らせたのだ。


「………ッ!!?」


 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしよう――――――――――ッ!!!?


 感情が感情を呼びパニックを起こしたその一瞬。

 鬼はオレを飛び越えてその背後へ。

 そしてその敵対者が砂煙の中から鬼を追うべくこちらに殺到する。

 黒ずくめの一陣の影。

 手に煌めくのは刃物だろうか。

 でも、それより何よりオレの視線は一点で止まった。


「………出雲?」


 自分でも呆気に取られるくらいすっとんきょうな声。

 黒いコートを羽織ったその人影のかすかに見えた眼差しが友人のものに思えたことで、パニックを超えて頭が思考停止してしまったかのような。

 突進してきた人影が一瞬だけ逡巡したような素振りを見せ、


 トンッ


 背中を押された。

 相手が誰かはわからない。

 でも背後にいるのは一人しかいない。

 鬼だ。

伊達だてッ! 待―――――ッ」

 聞きなれた親友の声がする。


 同時に。

 砂埃の中から一筋の光がオレの体に命中した。



 めぢ…っ



 不快な音が耳の内側に響く。

 瞬間視界が暗転する。

 痛みがないのが怖かった。



 ―――――どしゃっっ。



 背中を強打する。

 おそらく階段に落ちたからだろう、そのまますこし滑って止まる感触。


「ぁ……ぐ……ッ」


 呻くような声をあげつつ、かすかに少しだけ視界が戻る。

 なぜか眠い。

 寒気がする。

 息がしたいのに酸素はどこにもない。

 どうしてこんなに苦しいのか。

 わからない。

 さっき登ってきたときにはなんともなかったのに、階段が濡れているのはなぜなんだろう。雨が降っているわけでもないのに。

 わからない。

 なぜ、オレの下半身は千切れてあんなところにあるのか。

 わからない。

 どうして、オレの左手が肘から先だけ見当たらないのか。

 苦しい。

 焼け付くような。


「―――のは待てと――――」


「―――――が死ぬなんてよくあることだろう。それよりも今は逃げた―――――を追跡するほうが――――」


「だが――――――――――――」


「――――く見ろ、そいつはもう――――――――」


 日本語なのにどこか異国の言葉を聞いているように、響く声を理解することもできず、ただオレは死んでいく。


「……充」 


 最後に親友がオレを呼ぶ声が聞こえた気がした。

 それだけは、わかった。


 去っていく足音。

 そしてこれが最期の記憶だ。

    

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