87.ワルフ
八束さんが退出してからしばらくの間、言葉に甘えて場所を使わせてもらう。
物置を確認すると竹筒や人型サンドバッグは結構あったのでいくつか使っても問題はないだろう。むしろ暗い室内に人型のサンドバッグが整然と並べられているのを見たときは、一瞬頭にどっかの国の兵馬俑が過ぎったのは内緒だ。
どすっ!!
様々に設定を変えて標的を攻撃する。
まるで化学の授業の実験のように、ひとつひとつ確かめるように。
それを繰り返していくことで、大分能力の特性を把握できるようになってきた。
わかったことは以下の通りだ。
“簒奪公”検証結果。
対象:実体のあるなしについては関係なし。ただし単純な無機物そのものの特性を奪うことはできない。コンピューターなどの無機物であっても本来の構成物質特性とは違う付加能力があるもの、つまり情報端末については検証していないため未確認。
条件:発動の条件はやはり意志。ただ使っていく度にステータスを確認してみたところ、どうも霊力を使っている気配があった。どれくらいの意志を込めて使ったかによって消費霊力が違う。どんなに力を抜いて発動させても最低2は霊力が必要な模様。
手段:左手で触れること。正確には左手の表面に纏っている赤黒い気流に対象を触れさせることのようだ。消費霊力を多くするとその気流をある程度遠隔操作できる模様。
実体のない相手の場合、左手がスカっても気流にさえ当たれば吸収できることからも間違いないかと思われる。
反映:残念ながら不明。というか、今回の検証ではオレの霊力を使って作った人造妖怪を吸収しただけだから、結局自分で自分の足を食っているタコみたいなもので、結局トータルが変わらない。そのため、吸収したものをどうやって体に反映しているかはわからなかった。
「本当に使いこなそうと思ったら、まず霊力の最大値を増やすのと気流の操作を覚えないといけないなぁ……」
検証が終わったので、出した人型サンドバッグを片付ける。
ある程度予想してわかっていたことの再確認とそれ以外の新しい事実。
結構有意義な時間だったかなと思う。
まぁ赤黒い気流について操作が出来るとわかったのはいいんだけど、これが思いの他難しい。
羅腕童子と戦ったときに拳がぶつかった瞬間、相手の腕にまとわりついたあの体験。
それを思い出して、手から1メートルくらい伸ばすくらいはなんとかできたんだけど、速度が遅いせいもあってオールマイティに実戦で使うのは中々難しいだろうなぁ。
無事に片付け終わり、倉庫を後にする。
「…とりあえず、そんな感じで検証終わったんですけど」
「ああ、ご苦労だったねぇ」
そのままリムジンに乗ってホテルへと戻る。
「使ってるところを横あいから見せてもらったけど、確かにアンタの言ってたことは間違いじゃなかったみたいだねぇ。さしものアタシの使い魔の術式も異能の前じゃ分が悪いとこがあったってことか」
口ではそう言いつつも、ちっとも疑ってなかったくせに。
まぁでも期待を裏切らないで済んだのはありがたかった。これからいろいろ手助けしてもらうことになりそうだし。
「さて、じゃあ今後のこと話そうかい。アンタの情報はもらったし確認もできた。と、なれば今度はアタシの番だね」
そう言うとモーガンさんはオレの傍らを見た。
そこにいたのは煙狼。
ホテルを出てからずっとオレについてきている。
まるで忠犬ハチ公のようだ。
「まず手始めに」
ひゅるん。
軽い調子で人差し指を動かすと、その軌跡をなぞるかのように何かよくわからない文字が中空に浮かびあがる。淡く発行するその文字は驚く煙狼の体へと吸い込まれていった。
さらに魔女は指先を動かし続ける。
次に浮かんできたのは首輪。
一瞬で煙狼の首に巻き付く。
「おぉ!?」
「これでヨシ。アンタ、この子に名前つけてやりなよ」
うーん?
名前か…。
犬っぽくポチ…? いやいや、これは狼だったはずだ。
なら狼っぽい名前を…って、どんなのが狼っぽい名前だというのか。
突然のフリに頭を悩ませる。
「狼…狼といえば……」
ぶつぶつと思いついたことを言いながら考える。
狼といえば、そう、英語でウルフだったはずだ。ただそのままつけるのは余りに芸がないし、淡白にもほどがある気がする。なにせ、犬にドッグと名付けるみたいなもんだからな。
考えながら、ふと煙狼のほうを見る。
楽しそうに尻尾をぱたぱたと振っているが、狼だけあって犬よりも顔つきが凛々しい。愛嬌は負けるが、キリっとした目元はなかなか敵に対しての威圧感もありそうだ。
うん? 目付き?
「目付きが悪いウルフ……そうだ、ワルフにしよう!」
なんという完璧感。
…と、思ったのにモーガンさんの視線が白い。
「……本人がいいならいいけどねぇ」
締めくくるように彼女の指先が走ると首輪が淡く光って、煙狼が消えた。
「おぉ!??」
「アタシから使い魔の支配権を奪ったのはいいけど、魔術の素養のその字もないアンタじゃ出し入れはおろか使いこなすこともできないだろうからねぇ。
今後はアンタがさっきの名前で呼び出せば自動で出てくるようにしておいたよ。本来なら魔力を使うけど、使い魔の中に擬似変換回路術式をぶち込んでおいたから霊力を食って勝手に具現化できるのさ」
へー。
ではさっそく。
「ワルフ!!」
ぼふんっ!
出てこい!と念じながら呼び出すと、体から何かがちょっと抜け出る感覚と同時に再び煙狼が目の前に現れた。
「おぉ……」
「しまうときも同じさ。これで大分使い勝手がよくなったろう?
煙狼は破壊されても何度でも再出現させることができる。ただしアンタの霊力を使うのが前提だから消耗するのは覚悟しておきな。
まぁこれもアンタの困り事に対する手助けのひとつだと思っておけばいいさ」
言葉通り、今度は戻れと念じながら同じように名前を呼ぶと、ワルフは跡形もなく消えた。
なかなか便利だなぁ。
そうこうしているとリムジンは大分走ったらしく、見覚えのある風景まで戻ってきた。
「それで、この後については何か考えがあるのかい?」
「モーガンさんに言われた通り、出雲たちと会ってこようかと思います。それ次第でどうするか決めようかと」
「それがいいだろうねぇ。まぁアンタが言っていたエッセ?とかいう娘についてはその間に調べる手筈を取っておくとしようじゃないか」
リムジンの時計を見ると時刻は午後2時くらい。
おそらく部活で5時過ぎくらいまでは学校にいるだろうから、ゆっくりと行っても全然間に合うな。
時間に余裕があれば斡旋所にも行っておきたいところだ。
どちらにせよ今のオレには住むところがまずない。そのへんの問題をとりあえず解決するには、バイトよりも狩りとか依頼をこなすほうが効率がよさそうだし。
無事にホテルに到着。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「ああ、どうなるにせよ一度戻っておいで。どの道行くところないんだろう?」
「……ども」
色々とお見通しみたいだ。
内心舌を巻きながらホテルを出て大通り沿いに進んでいく。初めて来たところなのでどっちに行こうか悩みつつスマートフォンの地図を頼りになんとか駅へ到着。
「まだ時間あるから、先に斡旋所と加能屋に行くか」
まずやるべきなのは依頼の確認。
次に忘れちゃいけない河童の軟膏の確保だ。
正直あれがあるのとないのとでは心理的な余裕が全然違う。出来ればまとまった数買い込んでおきたいところだな。
出雲の部活が終わるまでに学校に行くとなると結構タイトなスケジュールだ。時間を無駄にしないように先を急ぐ。
久しぶりに到着した斡旋所は結構な数の人がいっぱいだった。
「………? 何かあったのかな?」
これまでは数人程度しかいなかった主人公たちが、ロビーで確認できるだけで20人はいる。生憎見知った顔はいなかったが。
出来るだけ手短にしておきたいけど依頼用の端末は全て埋まっており、順番を待つことになりそうだ。今のうちに別の要件を済ませておくか…。
カウンターのほうへいく。
出来るだけ目立ちたくないのでこっそりと。
向かったのは「賞金首及び討伐換金所」のコーナーである。
「いらっしゃいませ」
礼儀正しいが神経質そうなメガネの中年男性が対応してくれる。
「あの…賞金首になってる魔物を退治したので確認して頂きたいのですが」
「畏まりました。なんという相手でしょうか?」
提示した斡旋所の登録カードを確認した後、事務的に受け答えする男。
「羅腕童子です」
ざわ…っ。
対応してくれている男性が一瞬言葉を失った。
「…………で、では証明のために、ドロップした素材をお見せ頂けますか」
「あ、はい」
隠袋をカウンターに置き、中から羅腕骨を6本取り出す。
「……っ」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
「し、失礼ですが…先ほどカードを確認させてもらったところ、三木様は10級と聞いていますがお間違えは……」
「? ないはずです」
「……そうですか」
男は何やらルーペっぽいのやら計量する機械やら、電圧計っぽい何かとかいくつか器具を取り出して丁寧に羅腕骨と隠袋をチェックしていく。
10分ほどチェックの後、
「間違いありません。討伐を確認致しました」
ほっとひと安心。
これから生活費を賄わなければいけないんだ。
お金はあったらあっただけいい。
現金に替えられるP通貨であっても同じこと。
「只今報酬をお支払い致します。尚、この確認後の素材についてですが基本的に三木様の権利物であるためお持ち帰り頂いて結構です」
予想通りとはいえ、素材をもらってOKだったので良かった。
もし証拠に渡さないといけない、ということだったら辞退しなければならないところだった。羅腕骨はともかく隠袋には色々物が入ってるしね。これが無くなったらどうにもならない。
男は席を立って奥に行ってしまった。
通常の依頼だったらさっさとカードに通貨を振り込んで終了なんだけど、賞金首は特別なんだろうか?
「お待たせ致しました」
男が戻ってきたのはそれから5分後。
「羅腕童子討伐の報酬として、手配書通り18000P振り込んでおきました。ご確認の上、不審な点などございましたら連絡下さい」
「い…っ」
18000ッ!?
そう叫びそうになるところを思わず堪えた。
ま、まぁ、適正レベルが30超えてるような魔物なんだから、冷静に考えれば当然か。
金が要るオレにとってはありがたい話なのだが、予想外のことに顔が引き攣る。こんなことなら、前に斡旋所のボードで羅腕童子を見たとき、ちゃんと賞金額も見ておけばよかった。
まさかこんなにすぐに倒すことになるとは考えてなかったもんなぁ……。
さらに男は続ける。
「現在の三木様は10級でございます。評価ポイントが100を超えておりますので、昇級試験を受けて頂き合格すれば9級になれます。
ただ10級から9級まで、そして9級から8級までの昇級試験というのが斡旋所が指定した賞金首の討伐になっております。それぞれの方の特性を見極めつつ、搜索が得意であれば隠れるのが上手い敵を、戦うのが得意であれば単純な戦闘力に秀でた敵を、という風にその時点でその方の得意分野のレベルよりすこしだけ上手の相手を、です」
なるほど。
何をやるにしても弱い相手とだけ戦えるわけもない。
咄嗟に出てきた強敵相手にどうできるかというのを見る試験なわけね。まぁ戦った感じからすると1,2レベル差くらいは上手くやればひっくり返る範囲内だから、普通の試験ではある。
「ところが今回三木様は適正レベルを大きく上回る相手を討伐なさいました。さらに羅腕童子討伐の評価及び貢献ポイントは300ポイントとなり、合計400ポイント。9級から8級への昇給に必要なポイントである300を優にオーバーしております。
そのため、斡旋所からのご提案としては羅腕童子討伐の評価ポイントを考慮し、遥かに格上の相手を倒した三木様の昇級試験を免除しても構わない、との結論に至りました。如何でしょうか?」
えぇと、つまりアレか。
ポイントは確か累積した筈だから、今のオレの獲得評価ポイントは400。
100必要な9級への試験は受けられるのでクリアすれば9級。
で、次の8級までは300ポイントが必要だからこれもまた満たされている。
立て続けに昇級試験を受けて8級になれば、プラス100ポイント余剰が残る計算になる。
ただこれだと二度も試験で面倒だし、試験内容よりも過酷なことをやっちゃってるのでもう斡旋所としては8級にしちゃっていいんじゃね?ってコトな。
東大の入試問題解ける奴に中学校入試の問題やらせる必要ないんじゃないか的な感じか。
オレとしては余計な手間が省けてありがたいけどね。
「あー、じゃあ、それで」
「畏まりました」
こうしてオレは晴れて8級になった。
一気に受けられる依頼の幅も広くなった、ってワケだ。
せっかくなので8級の依頼受けたかったんだけど、結局依頼の端末はなかなか開かなかったので今回は諦めることにして、加能屋へ急ぐことにした。
出雲が部活を終えるまでになんとか間に合うかな?
動物のネーミングって難しいですよね。




