84.最後の狼
モーガンさんが手配したリムジンに乗り込む。
電車とかで向かうつもりだったオレは小市民だなぁ、とか思いつつ中心部にあるホテルから、少し離れた高層マンション区画へと向かった。
そこは湾岸沿いに出来た埋め立て地区。
飛鳥市に2つある高級住宅区画のうちひとつで、こちらは主に高層マンションが立ち並んでいる。元々は港を整備するにあたって、湾内の流れを円滑にする事業の一環として作られた埋立地ではあるものの、比較的新しく整備された区画ということもあり街並みは整備されていた。
電柱が地中にあったり、道路の幅が大きく歩道がしっかり設けられていることも含め近未来型の都市のイメージをそのまま踏襲している感じだ。
リムジンはその中のひとつのマンションに続く道へと滑り込むように入っていく。
「で…、その方はどんな人なんですか?」
「ん?」
「いえ、せっかく同じ系統の能力の相手に会うと思うと、どんな人か興味が湧いてきまして…」
性悪な狼、としか聞いていないのだ。
どんな相手か気にならないといえば嘘になる。
「ふむ……年の頃はアンタとそう変わらないんじゃないかねぇ」
「あ、そうなんですか」
「まぁアタシにしてみりゃ、たかだか30年40年の違いなんてどっちも若造ってことで一緒だと思うけどねぇ」
………貴方、いくつなんですか。
思わず呟いてしまいそうになったが、もしうっかり言ってしまったら何か恐ろしいことが起きそうだと直感が告げてきたので我慢。
いつの時代も女性に年の話題は禁句なのだろうか。
「他には…そうだねぇ。ああ、コッカコームイン?とかいう職についてる」
「……はぁ?」
狼が国家公務員。
いつからこの国はそんなフリーダムになったのだろうか。
「基本人間嫌いな奴ではあるけどね、まぁそいつを連れてりゃ問題ないだろうさ」
そう言ってモーガンさんはオレの膝の上に乗っている煙狼を見る。
モーガンさんの使い魔だったはずがオレの使い魔になってしまったのだが、未だにオレが実体化させたり待機状態にして消したりといった命令が上手く出せていないため、とりあえず連れてきている。
自分の落ち着き先も決まってないというのにペットが一匹増えたとかどうすりゃいいのやら……。
そんな気苦労を知ってか知らずか、煙狼は眠たげに大きな欠伸をしている。
まぁ狼は嫌いじゃない、というかカッコよくて好きなのでこれはこれで満更でもないのだけれど。
「後は見てのお楽しみさ。さぁ、着いたよ」
まるで頃合を見計らったかのようにマンションのエントランスでリムジンが止まる。
運転手が降りて扉を開くのと同時に、オレとモーガンさん、そして煙狼が降りた。
大理石張りで重厚感のあるオートロックのマンションエントランス。
郵便物や宅配便ように、オートロックごしに荷物を入れておけるポスト。
だがそんなセキュリティの整ったエントランスも、先行くモーガンさんが指を軽く振るだけであっさりとロックが解除されて自動ドアが開いていく。
「モーガンさん、こういうトコは先に部屋番号押して室内の人にロックを開けてもらうべきでは…」
「面倒」
あっさりと切って捨てられた。
自信満々にずかずかと進んでいく魔女。
本当に大丈夫か不安になりつつも、ここに取り残されるわけにもいかないオレは一緒にエレベーターに乗り込んだ。
優雅な仕草で彼女の指先が押したのは最上階である40階。
余り音がしないままエレベーターが上昇を始めた。
何事もなく到着。
廊下を歩き4402号の部屋の前にやってきた。
「八束」と表札が掛かっている。
……えぇと、狼が表札飾ってるの???
頭に疑問符をいくつも浮かべつつ困惑気味のオレを尻目に、モーガンさんは例のごとく玄関の鍵も解除して開いた。
ズカズカと中に入っていく。
躊躇は一切なしだ。
続くように中に入ると、そこには数人の男女がいた。
いた、というか寝ている、というのか。
おそらく昨晩宴会でもしていたのだろう、絨毯の敷かれたリビングの中央、大きめのテーブルの上には火の消えているガスコンロと土鍋やらが置きっぱなしになっており、ビールの缶が辺りに転がっている。
絨毯の上に寝こけている男が3人と女が2人。うち、黒髪の男一人を除けば全員金髪をしており、明らかにこの国の人間ではないことがわかる。
うーん、モーガンさんといいこの人たちといい、なんか最近会う人会う人違う国の人で、インターナショナルな感じだ。
「ほれ、起きな」
ゴンッ。
そう言うなり、モーガンさんは黒髪の男の頭を蹴った。
男は別に痛そうにするわけでもなく、面倒そうに頭を掻きながら起き上がってきた。
「…人んちいきなり上がり込んで、寝てる頭に蹴りくれるってなぁ、どーいうことだよ」
「まったく、よく言うねぇ。
どうせアンタのことだから、アタシがエレベーターで上がってくる時点で気づいてたでしょうに」
男はオレよりも年上に見えた。おそらく20歳くらいだろうか。
オレよりもすこし長めの髪を少しボサボサ気味にオールバックに流している。身長は180センチちょっとほどで大柄。ただ細身なのと顔立ちが結構整っているせいもあり、第二ボタンくらいまでワイシャツを着崩した格好というのはどっかのホストみたいに見えなくもない。
男の色気、というのがあるとすればこういうことを言うのだろうか。
「で、用があるんだけどねぇ」
「…………はぁ。あんたのことだから、どうせ後で出直せつっても聞かないんだろ? ちょっと片付けるからそのへんで待っててくれ」
眠たそうな切れ長の目はモーガンさんを見ていて、まだオレのことは目に入っていないようだ。
とりあえず主人公と言われても納得する外見である。
「Вставайте!」
黒髪の男性はまだ寝ている外国人たちに何語かわからないが声をかけていく。
起こされた外国人たちはゆっくりと体を起こし、男性と少し会話をしてから立ち上がる。
「…………わぉ」
思わず声が洩れた。
立ち上がると皆さん凄ぇ背が高い。男性が180センチと190センチなのはまぁいいとして、女性のほうも二人とも間違いなく170後半くらいの高さだ。オレも170センチくらいだからこの国じゃ普通くらいなんだけど、これだけ長身の人たちに囲まれているとチビになったような気がする。
「Жду с нетерпением нашей следующей встречи!!」
「………Вы так много для меня сделали」
玄関を出ていく彼らを見送る。
一番最後に出た女性と言葉を交わしてから、黒髪の男性は戻ってきた。そのまま鍋やら食器やらを適当に重ねて流しに持っていく。
「今の会話からして…シベリアの方の“連中”かい?」
「ああ。ちと任務のとき世話になったことがあってさ、
こっちに観光に来るっていうから案内がてら借りを返したってトコだ」
黒髪の男はキッチンに行きグラスに水を注いだ。
シベリアってことは、この人ロシア語話せるのか。学校の英語すらどうかというオレにしてみたら雲の上の話だなぁ。
「んで、何の用だよ」
「そう邪険にしなくてもいいんじゃない?」
「こっちは迷惑なんだよ。アンタみたいなのがここに気軽に出入りしてるのが知られたら、うちのボスになんて言われることか………」
はぁ、とため息をつく男。
そのままグラスの水を飲み干した。
「相変わらずボスには頭が上がらず、ってとこね。そんなことじゃあ未だに男女の関係にはなれてないんじゃない?」
「ご推測通り童貞だよ。っつーか毎回いちいちそれをツッコむんじゃねぇよ。何が悪ぃ」
「別に悪いなんて言っていないでしょうに。単にそれならアタシがお相手しあげてもいいわよって話」
「お断りだよ。オレの貞操はボス以外にゃやれねぇっての」
「あらあら。狼の仔とか産むのもちょっと面白いかと思ったんだけどねぇ」
軽口の叩き合い。
とりあえず内容がところどころ、オレには過激過ぎてツッコみづらい。
まぁ魔女が若い相手をからかうように絡んで、相手の男が困っているというのはオレのときと同じだ。
「それだけ頑張ってる割に、あの娘からの命令で“狐”と共同作戦させられたって聞いたけれど?」
「………だからヤケ酒してるんだろ。スカしたあの野郎との任務だとか覚えてられるかよ。ボスの命令でもなきゃ確実に投げてたな」
どうも話を聞いていると、彼のボスというのが、彼の想い人であるらしい。
公務員ってことは、上司とのオフィスラブ的な話なんだろうか?
ちょっとドキドキする響きだなぁ。
「オレの話はいいだろ。ってか、そこでなんか挙動不審になってるガキは誰なんだよ?」
お?
なんか視線が向けられた。
「それが今回アンタに会いに来た理由さ。実はこの子、ちょいと特殊な能力を持っていてね。突然手に入れたその能力が色々と未知数で困ってるところをアタシが保護した。
その能力ってのが、アンタの“餓狼”と同じ相手の能力を奪う系統だったから、ちょいとコツみたいなのを探る手伝いでもしてもらおうかと思ったワケ」
「なんでオレが………」
「いいのかい?」
きらーん、とモーガンさんの目が光ったような気がした。
「な、なんだよ……」
「アンタの家のどっかに入ってる書いたまま出せてないラブレターの在処…アンタのボスに教えちまってもいいのかい?」
その一言で見る見る男の顔色が変わる。
「なんでそれを…ッ!!?」
「お忘れかい? アタシは大魔女モーガンさ。本人がどこにやったかわからない物のひとつやふたつ、見つけられないともでお思いかえ?」
「だー! わかったよ、協力すりゃいいんだろ。後で手紙の場所は教えてもらうからな!」
「ふふふ、取引成立だねぇ」
なんという恐ろしい手を使うんだ。もしオレが男の立場で無くした綾へのラブレターとか発掘して本人に見せるぞとか脅しかけられたと考えれば、男の慌てぶりもわかるというもの。
その所業、まさに魔女である。
「コイツがねぇ…」
値踏みするかのように男はオレを見る。
そしてその視線がある一点で止まった。
「これみよがしにその狼の使い魔とか持ってるのは、モーガンの入れ知恵か何かか?」
「え…いや、別にそういうわけでは……」
彼の視線が止まっていたのは煙狼。
そういえばモーガンさんにもこいつを連れていれば大丈夫だろうとか言われてたな。
「まぁ、同族の使い魔を連れてたことに免じて今回だけは手を貸してやるよ」
「………?」
心なしか少し男の表情が和らいだように感じられた。
す、と手を差し出される。
恐る恐る握り返すと、
「内閣情報調査室 特殊事案調査員の八束 煉。誇りある日本狼最後の生き残りにして人狼だ。よろしくな」
ぶんぶんと握手された。
これがオレが稀代の魔女モーガン・ル・フェイに続いて出会った、二人目の“神話遺産”八束煉との出会いだった。
ん…?
人狼って言ったような……?
「聞き間違いだったら申し訳ないんですけど…八束さん、人狼とか言いませんでした?」
「言ったよ」
「うっそぉ!!? 人狼ってアレですか、オオカミ男さんなんですか!!?」
「………別に構わんけどもさ…。テンプレな反応をどうも」
おそらくこういった反応は慣れているのだろう。
多少嫌がりつつ、八束さんは手を離した。
しかし人狼ってマジでいたのか……ああ、でも河童とか鬼がいるんだから、オオカミ男がいてもおかしくないか。
「満月の夜に変身とかは」
「出来るぞ」
「凄く遠くの音を聴いたりとか」
「出来るぞ」
「かすかな匂いを感じたりとか」
「出来るぞ」
「遠吠えとかも」
「出来るぞ」
「闇夜でも見えたり」
「出来るぞ……って、いくつ続ける気だ? この質問」
「ひゃっほぅ!!」
おぉ、本物だ!!
凄ぇ! カッコイイ!!
「…………なぁ、モーガン」
「何か彼の中でツボだったみたいねぇ」
いやいやいや、狼ですよ!?
それも絶滅したはずの日本狼!
さらにそのオオカミ男!
男の子ならこれでテンション上がらないはずがないッ!
べ、別にオレが狼とか狼男が好きだとかそういうわけじゃないですよ!?
え? ああ、勿論オレは狼男関係の映画はとりあえずレンタルして見てますけど何か?
テンションがひたすら上がるオレを見て、八束さんとモーガンさんは顔を見合わせた。
「…本当にコイツに手助けしていいのか?」
「奇遇だねぇ、アタシもちょっと不安になってきたところさ」
世界に冠たる“神話遺産”である二人をこんなに不安にさせたのは、もしかしてオレだけかもしれない。
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