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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.01 自らに問う
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80.孤独の檻

 駅まで歩き電車に乗った。

 茫然自失としながらよく移動できたと思う。

 気づくと繁華街までやってきていた。

 ふらふらと歩いていく。


 「ネットdeホーム」


 気づけば、そう書かれた看板のネットカフェの一室にオレはいた。

 一室とはいってもパーテーションで区分けされただけの簡素な作り。畳一畳ほどのスペースだが、用意されていたソファーが思いの外マシだったので、身を屈めて寝る分には支障がない。

 店で売られていたカップ麺を購入し飢えを凌ぐ。

 カプセルホテルでもよかったが、こういう人の出入りのあるところのほうが落ち着く。基本的にネットカフェを利用するときには身分証で登録しておかなければならないのだが、インターネット回線のない席なら身分証がなくても入れるのがありがたい。

 幸いこの店には簡単なシャワー室もあったので夜を明かすのに不都合はなかった。


「…………はぁ」


 出るのはため息ばかり。

 ため息ばかりついてると幸せが逃げるって?

 馬鹿言え。もうたっぷり逃がしちゃった後だ。


 駅までひとしきり感情を吐き出した、わかりやすくいうと泣いたためか、感情としては少し落ち着いてきたようだ。

 その上でなんとか空きっ腹をカップ麺とフリードリンクで満たし、休憩すると、ようやく今後のことを考えることができるようになってきた。

 普段、前向きなのが取り得、とか言っておきながらこの体たらくは笑うしかないところだ。

 それはさておき。


 まずはじめにすることは状況の整理。


 一番の問題は、家族からオレの居場所が消えたこと。


 まるで最初っから存在しなかったかのように、記憶から綺麗さっぱり居なくなっていた。これがどうにか出来ればそれで問題解決だ。ただその方法がわからない。

 原因として考えられるのはいくつかある。

 考えながら、まずはひとつひとつ書き出していくことにした。


 まず初めに、逸脱した者ハエレティクスの能力が何か影響を及ぼした可能性。

 目覚めたオレの“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”の能力に引きずられるように、ステータス上では逸脱した者ハエレティクスが上がっている。逸脱する、ということはなにか既存のものからはみ出す、という意味であることを考えれば、元の家族という枠組みからはみ出してしまった結果、記憶から消えてしまったという可能性もあり得るだろう。


 2つ目としては、ステータスの種別が変わってしまったことが原因の可能性、だ。

 今のステータスでは重要NPCと一般NPCが選べるようになっているが、これまでの説明では重要NPCは世界にとって替えが効かない存在であるという。一般NPCから重要NPCに変わってしまったため、オレの存在自体がおかしくなってしまったのではないか。


 3つ目、これはあまり考えたくないがオレに対して誰かが何かした可能性。

 オレの能力である“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”で鬼から再生能力が奪えたくらいだ。例えば記憶の改竄程度ならできる能力があってもおかしくない。

 敵対者というと一番手に上がりそうなのが伊達政次。なるほど、月音先輩に手を出させないようにしたオレから家族を取り上げようとしたのなら、わからなくもない。ただあくまで可能性の問題だから他の誰かだということも十分あり得る。


「……これくらいかな?」


 隠袋から取り出したシャープペンを片手に天井を見上げた。

 どんな小さな可能性も残さず書けるように、色々なことを想像していくと頭に閃くものがあった。すぐに書き記す。


 4つ目。エッセの消失による可能性。

 オレは羅腕童子と伊達によって、一度死ぬ寸前までいったことがある。むしろ一度死んだんじゃないかとも思うが、それはそれとして。そのときにエッセによって命を取り留めた。そのときの彼女の力によって一般NPCであるオレが消えずに周囲に認識されていたとしたら?


 とりあえず思い付いたのは以上の4つ。

 次にそれぞれについての対応、つまり解決策を考えてみることにしよう。


 まず最初の可能性の場合。単純に逸脱した者ハエレティクスがレベルアップしたことで生じた現象だというのであれば、為す術がない。意図的にレベルを下げる方法があればいいのだけれど、それをどうやって調べるかが問題だ。

 技能スキルについては斡旋所ギルドの検索サービスで探せると思うが、これは能力らしいからなぁ……。ただそれがわかればなんとか出来るかも、という期待はある。


 2つ目の種別が原因だとすると、一度重要NPCではなく一般NPCに表記を変えて、もう一度オレのことを知っている人間に確認してみる必要がある。もし重要NPCにしてあったことだけが原因なら、これで解決するはずだ。


 3つ目については、まず誰が何をしたのかを調べなければならない。この場合は最初にすべきはその効果範囲の確認だろう。オレの家族の記憶だけがどうにかなっていて、他の知り合いの記憶や状況が変わっていないのであれば、それは明らかに家族だけ異変が起きているということだ。

 その場合は他の人間はオレのことを覚えているんだから、出雲なり斡旋所ギルドなり色々と調べたり相談することはできる。


 最後の4つ目の場合。

 ある意味これが最も厄介かもしれない。エッセの力が途絶えてしまったことが原因であるならば、戻すためには再度エッセと会う必要があった。おそらくだけど、エッセの言う目的、つまり彼女の解放に向かって行動していれば会えるんじゃないかという気はしている。ただその場合、具体的に何をすればいいのかが現状ではまるでわからない。

 まるで雲を掴むような目的をまず探すところから始める必要があるのだ。


 これらを踏まえた上で、オレがやるべきなのは―――


「―――明日、知りあいに確認してみること、だな」


 ステータスを一般のNPCにした状態で、オレのことを覚えているか確認する。

 もし覚えていれば2番目や3番目の可能性が出てくるし、覚えていなければ1番目か4番目の可能性が高くなる。

 まずそれを確認しないことには先へは進めない。


 意を決して、横になる。

 興奮のためか、それとも緊張のためか。なかなか寝付けなかったが、それでも強引に目を閉じているといつしか意識は微睡んでいった。



 翌日。

 早々にネットカフェを後にすると、公園のトイレで着替えた。幸いなことに制服は隠袋の中に入っていたので問題ない。本来ならネットカフェを出るときに着たかったが、高校生が夜通しネットカフェに居たとわかると色々と突っ込まれそうなので遠慮していた。


 慣れ親しんだ通学路。

 ちらほらと生徒たちが登校しているのを尻目に、スマートフォンを取り出す。

 ステータスチェッカーを起動させ、ステータスの種別欄を一般NPCに戻した。

 これで準備万端だ。

 まだ時間が早いせいか見知った顔は通らない。緊張しつつ適当に通学のフリをしながら、誰か知り合いが通りがかるのを待つ。


 待つこと十分ほど。


 やってきたのはジョーだった。

 昨日商店街で分かれたときと全然変わらない様子で歩いてくる。

 よし、声をかけてみるとしよう。


「おはよう。ジョー」

「ん? ああ、おはよう」


 挨拶をすると返事を返してくれた。

 ああ、ジョーは覚えてくれているんだなと、ほっと安堵したのも束の間、


「自分、誰やったっけ?」


 言葉に詰まる。


「いや、名前やのうてジョーて呼ぶ言うことは、どっかで会ってるはずなんやけど。すまん、名前がぱっと出てきぃひんわ。悪いけど名前教えてんか」


 結論は同じ。

 やはり家族と同じようにジョーもオレのことが記憶から抜けている。

 ぐにゃり、と景色が歪んだような錯覚を覚えた。


「い、いや、わからないなら、いいや…じゃあ」


 なんとか誤魔化してその場を後にする。

 首を傾げながら困惑するジョーを残して、すぐに立ち去った。


 覚悟していたものの多少のショックを受けつつ、確信する。

 オレの記憶が消えているのは家族だけじゃないということを。

 この様子だと、おそらく出雲と綾も……。


 もし伊達が何かした、というのであれば出雲や綾はともかく関係が薄いジョーまで、というのは少しおかしい気もする。ただこれもあくまで可能性だけの話ではっきりしていない。

 間違いないのは、昨日挙げた4つのうち2が消えたということ。

 種別を一般NPCにしてもこの対応なのだから、重要NPCになっているせいで忘れられている、というわけではないようだ。


 少しずつ歩く速度があがっていく。


「………どうすりゃいいんだよ、まったく…」


 ボヤいてみても誰も応えてくれない。

 八方塞がりなんじゃないだろうか、なんてネガティブな想像が残る。


 それでも一先ずやれることから片付けていくしかない。

 さすがにこの状態で学校にいっても授業を受ける余裕はないし、教師までオレのことを忘れていたらそもそも教室にも居れないだろう。


 コンビニで水を買ってから、繁華街近くの広い公園までたどり着いた。

 目についたベンチに腰を下ろす。

 あとやれることと言えば、斡旋所ギルド検索サービスで、こういう異常事態を起こせるような技能スキルとかについて何か載っていないかチェックするだけだ。

 ごくり、と水を一口飲み干し、決意を新たにスマートフォンに向かった。


 指先をひたすらに巡らせる。


 上から下に。

 右から左に。


 人間、物事に集中すると周りが見えなくなるらしい。

 気づくとあたりはすっかり日暮れになっていた。

 

「……………」


 ひとしきり検索を終えたオレはガックリと肩を落としていた。


「………どうしたもんかねぇ…」


 今日1日で何度同じことを呟いただろうか。

 結局検索しても何も収穫を得ることが出来なかった。強いていえば魔術ソーサリーなど魔法の一部には精神を攻撃するものがあるということと、記憶を食う魔物がいるということくらい。


 今のこの状況を打開するような情報は得られていなかった。

 打ちひしがれるようにベンチに座ったまま呆然としていると、


「…………?」 


 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 すっかり暗くなった公園。オレが座るベンチの周囲に3人ほどの人影が。

 20そこそこくらいの男たちが5人。

 見るからにチンピラといった風体だ。


「おぃおぃ、いけねぇなぁ。こんな時間まで一人でベンチ独占しちゃよぉ」

「公園はひとりのモンじゃないんだぜぇ?」

「こりゃあ、ちょっとお説教が要るよなぁ?」

「へへ、そんなこと言いつつ今日の負け代払わせるつもりだろ」

「お、そりゃいいねぇ」


 なんか好き勝手言ってやがる。

 じりじりと間合いを詰めてくる男たち。

 どうやらカツアゲでもしたいらしい。


「…あ、待ちやがれ!!」


 別に何か考えがあったわけじゃなかった。

 単に連中と関わるのが煩わしかっただけ。

 その場から脱兎のごとく駆け出した。


 ただ走った。

 背後から連中がついてきている気配を感じる。


 なんでこんな目に。


 それが今の嘘偽りのない気持ちだ。

 どうして家族からオレが弾き出されなきゃいけないのか。

 どうして友人からも忘れられていなければならないのか。

 どうして原因がわからないのか。

 どうして―――


 ―――オレはあんな連中に追いかけられているのか。


 おそらくずっとストレスが溜まっていたせいなんだろう。

 袋小路に入った頭が出した結論は至ってシンプルなものだった。


 もう何もかも面倒。


 足を止めると、そこは繁華街の路地裏。

 少しして男たちが追いついてきた。


「はぁ…はぁ…はぁ…ッ」

「ぜぇ…追いついた、ぜ…」


 ご苦労なことだ。

 オレを追いかけても何のトクにもならないってのに。

 それが顔に出ていたのだろう。


「何笑ってやがるッ」


 男のうち一人が拳を振り上げた。

 遅い。

 見え見えだ。

 こんなものパンチなんかじゃない。


 だが何もしたくないくらい麻痺した心は、それを避けるのも億劫だった。


 ガッ。


 殴られてよろめく。

 だが威力も鋭さも速さも、全てが足りないようなパンチ一発で倒れるような経験は積んできていない。よろめいたのは一瞬だけのことで何事もなかったかのように佇む。


「気はすんだ…?」


 その一言にさらにカっとなったのだろう。

 男たち全員が殴りかかってきた。


 殴られた。蹴られた。殴られた。投げられた。踏まれた。殴られた。踏まれた。


 一発、また一発と攻撃が続いていく。

 痛いしノーダメージというわけじゃないけど、羅腕童子の攻撃にくらべたらヘナチョコもいいところだ。攻撃されるに任せてただ堪える。


「よっ!」


 ごすっ!


「やっべー。ケンジ、すげくね? プロみてぇ」

「だろ」

「いやいや、この前のテレビでやってたプロはもっと凄かったって。前蹴りでさ」


 ごぐっ!


 わぃわぃと楽しげに暴行を続ける。

 ああ、いいなぁ。

 オレだってずっと親友と仲良くしてきたんだ。

 それなのに―――


 握った拳に力が入った。

 よろよろと起き上がる。


「お、何? やんの?」

「やっべー、根性あるねぇー、ヒャハハハ」

「おとなしく……寝てろよッ!」


 殴りかかってきた男の一人のパンチを避ける。

 そのまま殴りかかりそうになって、咄嗟にその拳の軌道を変えた。


 ヒュンッ。


 脇にあったビルの壁に。


 ドズンッッ!!!


「……ッ!!?」


 男たちが目を丸くする。

 それもそのはずだ。

 鬼の膂力を何割かでも吸収したオレの拳は、コンクリートで出来ているはずの壁にめり込んだ。のみならずその拳を中心にして半径30センチくらいの範囲が5センチほど陥没して、破片が砕けて落ちた。


「いい加減にしろ…ッ」


 喪ったオレの前でそれ・・を見せつけるんじゃねぇよ!!

 イラついた声で告げたその言葉の意味を、男たちは勘違いしたようだった。


「わ、わ…悪かった、悪かった!!」

「ひ…ヒィィ…ッ」


 悲鳴をあげて路地から出ていった。


「………………」


 握った拳を引く。

 いくら腕が強くなったとはいっても、ベースは人間の体だ。強化されているから砕けはしなかったものの、手の甲の肉が完全に抉れて真っ赤に染まっていた。


 どん。


 意志のない体は力なくよろめいて壁にもたれかかった。

 そのままずるずると体を落として尻もちをつくように座り込む。


 もう何もする気になれなかった。

 指一本動かしたくない。

 何も考えたくない。だからこのまま道端の石のように何も考えないで済むようになったら、なんて馬鹿なことを本気で考えた。


 力なく顔を伏せていると、冷たい滴が頬にあたった。


 雨。


 最初は、ぽつり…ぽつり、と。

 そして徐々に強く。


 まるでオレの心の中のように空は暗天。星の光なんて欠片も見えやしない。

 雨に打たれながら、それでもオレは動けない。



 この雨が、これまでのことを全部水に流してくれたらいいのに。

 伊達に殺された後のこと全部を無かったことにしてくれたなら、戻れるのに。

 でも、それを完全に願うには、エッセのことを大事に想い過ぎていた。



 結局何も選べない。

 そんなオレはここに佇んでいるしか出来なかったんだ。



 ちょっと暗い展開が続きましたが、次回からもうちょっとマシになっていきます。


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