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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.01 自らに問う
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78.魔女の我侭

 日差しの中、歩く。

 強い陽の光にオフィスビルのガラスがギラリと光っている。

 平日のためか、街中の目抜き通りを歩く人々はスーツ姿が多く、どこか忙しげ。

 交差点の目の前にある大きなビルのスクリーンには映像が映し出されており、その右下には6月25日15時と日時が書き込まれていた。

 6月は確か梅雨とかいう雨季、しかも夏に向けて暑くなるという最悪の時期だ。我ながら面倒な時期に来たものだと苦笑しつつ周囲を見る。

 ビジネスマンがスクランブル交差点で信号の変化を待つ間すら、腕時計を確認してソワソワしている様はどこか滑稽だった。


 そんな中を悠然とアタシは進んでいく。


「来る度にコンクリートの建物が増えて殺風景な感じになっていくねぇ。勿体ない。この国の“わびぃ”、とか“さびぃ”は一体どこにいったのやら」


 不満げに言いつつ交差点を渡るアタシ。

 前に京都とかいう古都にいったときは、地脈も含めてもっと古式ゆかしい歴史を感じさせる街並みだったというのに、この街ときたら来る度に再開発が進んでいてイヤになる。


 歩きだした瞬間、一気に歩行者用信号が青になった。

 え? 勝手に信号を弄るなって? まぁいいじゃないか。どうせここのいる一般人には認識されてやしないんだからさ。


 世界は歪みを許さない。

 正確には歪みが周囲と齟齬をきたすことを許さない、か。

 だから魔術を使って世界を歪ませると、世界が修正を働かせる。魔力が弱い場合や術式が不完全な場合にはその効力を少しでも押さえ込んで影響を最小限にしようとし、逆に強固な魔術であれば世界のほうがそれに合わせるように周囲を修正する。


 アタシが使う魔術がどちら側かなんて今更言うまでもない。

 世界にアタシが合わせる、のではなく、アタシに世界が合わせる。

 それを為し得るのが一流以上の魔術師というものさ。


 鼻歌交じりに白の模様に化粧された路面を渡っていく。

 渡っている通行人が数百人はいそうなほど混雑した交差点。だがアタシの周りだけはまるで透明な壁でもあるかのように、周囲2メートルほど誰もいない。

 ほんの少し魔力を注ぐだけで人払いの術式は今日も存分に効果を発揮してくれている。人の少ない場所なら構わないけれど、こんな人の多いところではアタシが歩いているだけで目立つ。

 それだけならともかく、アタシのこの罪な美貌に惹かれた馬鹿な虫も飛んでくるわけさ。別段対処に困るわけではないものの、いちいち坊やの相手をしているのも面倒。そういった理由から人払いを展開することは多い。

 おかげで窮屈な想いをせずのんびりと渡ることが出来た。


 さて、どうしたものだろう。


 伊達との取引という目的は果たした。

 後は帰るだけだが、せっかくこの国に来たのだからもう少しのんびりしてもいいだろう。

 それに、


「このタイミングでの呼び出し…何か面白いことがあると考えるべきだろうねぇ」


 持ちかけられた取引内容を思い出す。

 正直なところ余りに条件が良過ぎた。勿論アタシという存在に対しての畏れから条件を上乗せしている部分はあるだろう。だがそれを考慮に入れて尚、だ。

 間違いなく断られない条件。

 わざわざそれを提示してきた理由が気になる。

 おそらく“瞳”が必要となる切羽詰った理由があるんじゃないか。


 世界的に見ればもっと腕のいい連中がいるものの、少なくともこの国において伊達は上位5人に入るだけの実力者。それだけの奴があれを使うほどに切羽詰っているその状況。

 まだわからないが、面白そうな感覚がひしひしと伝わってくる。


 すでに取引は果たしたのだ。

 後はどうしようともアタシの勝手。

 確認してみて興味が湧くようなら、ちょっと引っかき回してみるのも面白いだろうさ。そんなことを考えつつ歩を進めた。


 そうと決まれば、まずやるべきはその間の滞在先の確保。

 適当に高級そうなホテルへ向かう。


 と。

 目抜き通りの歩道を歩いていると、突然アタシの背後にあった影がまるで黒い絵の具の塊のように立体化して膨張した。影はアタシの目の前に触手を伸ばすと、何かに絡みつき受け止めた。


 ギュルルル……ッ。


 猛烈な螺旋回転を描いて飛んできたライフル弾。

 二度三度と放たれるそれを影は全て的確に止めていく。

 さらに別方向からも狙撃。

 だが影はそれすらも受け止める。


 世界最強の魔女ともなれば妬みや恨みも多い。管理している所領である地脈すら桁外れだから、魔術師一般人問わず敵が多い。

 それゆえ、こんな事態を想定して常に防御は固めてある。

 今動いたのは影に待機させていた潜衛ディープガードと呼ばれる魔法生物だ。系統としてはホムンクルスに近いものだが防御能力に特化させている、というかそれしか出来ない。自動で敵性攻撃を遮断すること以外に利用方法はないが、それだけにその機能は研ぎ澄まされている。

 どこの奴かわからないが、たかだかライフルくらいでうちのガードマンをどうにか出来ると思ったら大間違いだ。


 都合12発で狙撃は止まった。

 全てを止め終わると潜衛は瞬時に影の中に戻り、あとは止められたまま宙に浮いている弾丸が残される。さて、大層な歓迎には返礼をくれてやらねばなるまい。


 目には目を。歯には歯を。

 敵意には敵意を。好意には好意を。


 それがアタシのやり方だ。


「“Bullet, Remove”」


 最後の弾丸が止まったのと同時に発動させる。

 手間をかけるのも馬鹿らしいので、駆動詞は適当に即興。

 というよりも、ただの言葉だ。そこに魔力が込められていることを除けば。

 ただひとつだけ命令を下しただけ。


 射手の元へ戻れ、と。


 ライフル弾は瞬時に消えた。

 止められた分の運動量をそのまま反射してやっただけの単純なことだが、相手が単なる狙撃手であればこれで片付くだろう。もしかすれば撃ってすぐにその場を移動している危機管理のしっかりした射手がいるかもしれないが、それならそれでよい。

 その生存者がアタシに対し、狙撃が意味がないことを伝える生き証人になるのだから。


 気にせずそのまま歩いていく。

 ホテルのロビーを通りそのまま受付に。

 当然予約なんてしてないが、ちょっと受付にお願い・・・すれば、すぐにプレジデンシャルスイートなる最高の部屋に案内される寸法さ。勿論アタシは魔女なんだから魔女らしく、魔術を使ったお願い・・・なんだけども。


 さて、部屋にやってきたわけだが。


「うーん、微妙だねぇ」


 見たところ150平方メートルほどしかない。

 とはいえ我侭を言っても仕方がないので、一泊30万円程度の部屋では仕方ないか、と納得する。

 割り切った後、ここを今後の拠点とするべく準備を始めた。


 まず行なったのは鞄を開いて、中から杖を取り出すこと。

 鞄の口からは、確実に中に入らないサイズのはずの長さ60センチほどの短い杖が出てきた。何の変哲もない曲がり捻じれた樫の杖。樹齢100年ほどの樹木から削り出し、内部に魔水晶を埋め込んだ簡易型の杖だ。

 もっとも中堅どころの魔術師にとっては、メインの杖と言っても過言ではないくらいの機能を秘めているのだが、生憎アタシくらいになると、この程度のものは簡易的な拠点作成用のものにしかならない。

 

 杖を手に取り、部屋の中心の床に立てる。


 こつん。


 床に杖の先が触れると、そこから放射状に光の帯が伸びる。そのまま帯は杖を中心とした二重の円形を描き魔方陣となった。そのまま杖から手を離す。

 浮かんだままの杖は放っておいて、さらに鞄の中から10センチ四方の木箱を取り出した。蓋を開くと中からモクモクと白い煙が出てきて床に集まり狼の形を取った。


 これで拠点は問題ない。


 簡易型魔方陣ではあるが、これで研究所のひとつと魔力的な繋がりパスを確保することが出来ている。つまりここを破壊されない限り、この街での活動においては自らの領地から力の供給を受けることが出来る。

 先程の襲撃のように、そんじょそこらの相手には無意識に展開している備えで問題ないが念には念を入れておくとしよう。なにせこの飛鳥市には、先ほどの伊達を含め、主人公プレイヤーなる怪しげな人外の連中がウヨウヨしている。

 その者たちに引き寄せられるように様々な災厄が起きる可能性は否定できない。伊達はそのことを大規模イベント、などと言っていたが。


 準備を終えるとアタシはその足でホテルの中にあるレストランへ向かおうとした。

 だが、そこで妙な感覚を覚える。

 アタシでなければ気づかないであろうその感覚。


 興味をそそられてホテルの外に出た。

 本当にか細い違和感。

 それをゆっくりと手繰り寄せるように追いかけていく。

 かすかで、それでいて異質。

 柔らかく繊細に感知しなければ辿ることすらままならない。

 そのうちに、まるでかくれんぼをしている子供を探しているような不思議な感覚に、思わず笑みを浮かべてしまった。


 歩くことしばし。


 繁華街のほうへとやってきた。

 料理や服飾など店舗がいくつも立ち並んでいる。

 ここまではなんとか追いかけることが出来ていたが、残念なことにここでぱったりと辿ることが出来なくなってしまった。


「………残念だけど仕方ないねぇ」


 どうにかする方法が無いとは言わない。

 なにせアタシは古今東西の魔術を収めているのだから、追跡の魔術の十や百は知っている。

 だがここで感覚が途切れたのは、単純にアタシに縁が無かったからだ。そう思えばそれ以上の詮索は野暮だろう。


 だからここから先は別の話。

 特別な魔力や霊力、はたまたそれ以外の何かを感じたわけじゃない。

 ちょっと帰りは近道をしようとしたアタシが、大通りから一本入った路地を進んだのは単なる偶然。


「……あら?」


 そこには一人の青年がいた。

 年はまだ十代半ばくらいに見える。

 この国では別段珍しくもない黒髪、中肉中背の体格、取り立てて特徴らしい特徴はない。

 彼は路地の脇にある建物の壁に寄りかかるようにして座っていた。

 静かに顔を伏せており、アタシがやってきたのにも気づいていないようだ。


「そこで何をしてるンだい?」


 特に何も考えず反射的に声をかける。


「…ッ!!」


 青年は顔をあげた。

 別段整った顔立ちをしているわけでもない。単純に外見だけなら、今日取引をした伊達のほうが圧倒的に女性の支持を得るだろう。

 だが視線を惹いたのはその眼差しだ。


 空虚に落ちかけている意志の薄い瞳。

 今はその気配はないが、おそらく泣いていたのだろう。弱々しいその目は赤く充血し、酷いくまも出来ている。


 何があったのかアタシにはわからない。

 だが、ちょっと胸にクるものがあった。


 わかりやすくいえば……悪くない。

 あんな伊達のような人工的な感覚のする顔立ちの良さよりは平凡な顔の造形の方がよいし、そこに今のような弱った感じが混ざれば尚良し。

 それより何より、魔術の才能なぞ欠片もなさそうなところがまたイイ。


「…………?」


 彼はこちらがなぜ声をかけたのかわからず首を傾げている。

 打ちひしがれ弱った、まるで雨に濡れた仔犬のような。

 その有様を見ているとゾクゾクと愉しくなってくる。

 虐め甲斐のありそうな子は大好きさ。これほど気になった相手は随分と久しい。それだけにこの機会を逃す手はないと知性が告げる。


 よし、決めた。



「アンタ、持って帰ってアタシのモノにしてやろう」



 コッ!!


 ヒールのカカトを打ち鳴らすと、そのままアタシの影が伸びいくつもの線のように細くなり、青年の足元に達する。影の糸はそのまま円形を形どり魔方陣へと変化。

 慌てる青年だがその動きは鈍い。おろおろしているうちに魔術は発動する。

 魔方陣が淡い黒光を放ち、一気に中へずぶずぶと青年を飲み込んでいった。


 青年がその場から消えると、影は何事もなかったかのように戻る。


「さっきの妙な感覚を逃がしちまったことは残念だけど、これはこれでいい拾い物したねぇ」


 なぜこんなにも関心を惹かれたのかはわからない。

 確かに普段からアタシが興味を持ちそうな要素をいくつか持っていたのは間違いないのだが、それ以上の何かを感じたような気がする。

 ならそれはそれで構わない。


 所詮こういったものは直感が大事。

 あれこれ考えて理論付けしたところで何もならない。起きてしまったことは起きてしまったこととして対応するだけのこと。


 今回については興味の惹いた相手を手に入れた。

 それが全てだ。


「考えていた人造付与もいくつかあることだし、せっかくだから研究素材にするのも悪くないかもねぇ……ふふふ」


 満足してホテルへ戻る。



 まぁあの青年にしたところで、何があったか知らないが、こんなところで燻っているよりはアタシにもらわれたほうが幸せだろうさ。

 その意味で、運が良い・・・・子かもしれないねぇ。



 ふと、そんなことを思った。




 というわけで、今回まで魔女の視点でお送りしました。

 次回から視点が変わります。



 いつも読んで頂きありがとうございます。

 感想や誤字の修正などありましたら、お気軽にお知らせ下さい。

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 見て下さってる皆さんがいることが、毎日更新を続ける元気になっております。今後ともよろしくお願い致します。



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