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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.06 運命の一日
77/252

75.簒奪公

 死んだ、と。

 そう思った。

 そこで思考が停止して何も考えられなくなった。

 真っ白になる、とはこういうことを言うのだろう。


 それは一瞬。


 鮮やかな切れ味に、体が八つ裂きにされていく。


 柔らかい肉に爪が突き刺さる。

 深く深く。

 だがそれはオレの体ではない。

 前に飛び出て庇った相手だ。



 エッセという名の。



 朱に染まった視界に写る羅腕童子の貌は、それを見ても嗤いを消さなかった。


「…………」


 言葉が出ない。

 何も考えられない。


 目の前で鬼の爪に貫かれ宙に浮いているのは、実体化したエッセ。

 まるでオレを庇うかのように立ちふさがった、その体にはいくつもの爪が突き立ち、ぼたぼたと鮮血が滴っていた。


【……ぐぅッ】


 鬼が一気に爪を引く。

 同時に抜けた傷口から血を吹き出させながら、エッセがその場に片膝を付く。

 その整った顔を苦痛に歪ませながら歯を食いしばっている。


「…………ッ」


 その様子になんとか駆け寄ろうとするが、体は動かない。

 こんな肝心なときに動けないなんて…ッ。


【充……】


 荒く肩を上下させるエッセの姿に胸が締め付けられる。


【さすがに…ッ、お…ぬしを二度も、死なせかけるわけには…いかぬ、から…な】


 実体化しているせいなのだろうか。

 ダメージを受けたため思念を発する行為すら難しそうに思える。

 だが彼女はやめない。


【だが―――う、おぬ―――会話す―ことは、―――そうにない……し――く、別れじゃ。

 さすがに、死―――は、―――――――ろう―――苦し―――じゃな】


 まるでノイズがかかったのように脳裏に届く思念がとぎれとぎれになっている。

 何を言おうとしているのかはわからない。だが何を伝えようとしているのかは朧気にわかった。


 そんなの、ダメだ…。

 ……なんとかしないといけないのに。


 だがどんなに叱咤しても体はぴくりとも動かない。

 だからどうすることもできない。

 堪えて微笑む彼女に、再び羅腕童子が近寄っているのがわかったとしても。

 目前に迫る巨体を前に、彼女は小さくため息をついた。


【“天震轟災アドウェルサ”…いや、せ――“雷吼トニトゥルス”が使え――――まで回復し―――ば、吹き飛―――やったものを】

 

 心底残念そうに。


 一瞬の後、エッセの姿が消失する。

 正確には消えたように見えた、が正しいか。


 鬼が振るった豪腕の一撃に跳ね飛ばされて、一瞬で数メートル先まで吹き飛ばされ横たわっている。その艷やかな銀の髪が地に広がる。そして少し遅れてじわり、と広がる赤い染み。


「ぁ…あ……アぁ…あァぁア……ッ」


 言葉が出ない。

 倒れたまま彼女は動かない。


 かすかにその体が輪郭を薄れさせていく。

 ゆっくりと光の塊になって消えていく、とでも言えばいいのか。


 終わる。

 その確信があった。

 もうこれが最期。

 ゆえに何か声をかけなければならないのに、思考もままならないほど真っ白に停止した頭は驚く以外の全てを拒否している。


 いくな…ッ。

 まだ何もしてあげれていない。

 エッセのために頑張ると約束したのに、まだ目的も果たせていない。


 ―――じゃが……今生、託せる相手がお主でよかった


 そう言って微笑んだ彼女。

 託されたものが何なのかすら、わかっていない。

 否。

 それさえもただの言い訳。

 


 ―――もっとエッセと居たい。


 

 切れ切れになった思考が最後にたどり着いたのは至って単純な理由。

 でもそれを声に出すことができなかった。


 だから最期に声をかけてきたのは彼女の方。



【たわけめ…女々しいことを言うでない】


 我侭を言う幼子に少しだけ困ったような、そんな苦笑の篭った思念が届く。


【だが―――】


 エッセに止めを刺すべく鬼が近づく。それを気にすることもなく彼女はその意志を紡いだ。



【感謝する、充。すまぬ、な】



 ごしゃっ!!!


 歩み寄った羅腕童子の足がエッセの体を踏み抜いた。

 一瞬にして彼女の体が光の粒子になって舞い散る。


 まるで火の粉が散るかのように。


「……………~~ッ」


 何も出来なかった。

 これで、もう終わりだ。

 嘘だと思いたい。

 だが姿は見えずともずっと身近に感じていた左手からの存在を、もう感じない。


 絶望が忍び寄り諦観が心を支配する。


 ―――その光景を見るまでは。


 何をしたのか鬼は舞い消えようとする光の粒子を一気に吸い込んだ。

 エッセに統合されその存在を構成するために使われていた力の塊は、制御する者が居なくなり指向性を失ったまま、その体内に消えていく。


 めき…ィ。


「グォグァァァァァォォォッ!!!!」


 びききききッ!!!


 鬼が絶叫し咆哮すると、額が割るように円錐状の美しい銀の角が突き出して生えてくる。オレが傷つけた腕も一気に傷が塞がっていく。切り落とされた手首も完全に生え揃った。


「ナントイウ全能感……今コソ、アノ時ノ主人公プレイヤーニ復讐デキル…ッ」


 傍らから見ているオレにも満ち溢れるような、その力が感じられた。

 鬼は恍惚としながら歓喜に震えている。


 だが傷が治ったとか手が生えてきたとか、そんなことはどうでもいい。

 些細なことだ。

 問題はその前。


 待てよ……。

 なんなんだよ、それ。一体―――



「―――てめぇぇぇぇッ!!? 何してやがるんだぁぁぁぁぁぁッッ!!?」




 一気に思考がトんだ。




 気づけば砕けた膝で、確かにオレは立ち上がっている。

 前に踏み出すことなどできない。ただ膝に力が入らず崩れるバランスを全身で取っていただけ。


「よこせ…ッ」


 自らを灼く焔が溢れ出す。

 何度もあった、だけど一度も無かったほどの熱。

 求めるのはただひとつだけ。


「お前が奪ったそれを……ッ」


 鬼が嗤う。

 ムカつく。

 腹が立つ。

 全てが許せない。

 そして何より、その銀の角が許せない。


「エッセを……ッ、全部よこせぇぇぇっぇぇっ!!!」


 解き放った。

 伊達と戦ったときと同じ感覚を。

 そして、さらにその深みへ。


 理解する。



 ―――“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス



 “魂源アニマ・ゲネシス”の名を。

 自覚したことにより繋がりパスが出来たのを感じる。

 ためらうことなく起動。


 左腕が一気に黒く染まり、猛烈な勢いで赤黒い空気の層をまとい始める。

 どくんどくんとオレの熱を体現しているかのように気流は不規則に脈打っていた。

 まるで歩き始めた幼児のように辿々しく拙くはあるが、今やオレは自らの意志でそれを操ることが出来るのだと確信できる。


「……何ヲスルツモリカ、知ラヌガァ…ッ!!!」


 力強さを増した長大な腕が1本拳を作って放たれた。

 軽くコンクリートブロックすらぶち抜く威力のその拳は最早人の枠には収まり切れない。

 それをオレは自らの左の拳で迎え撃った。


 拳と拳がぶつかりあったのは一瞬。


 拮抗などできるはずもなく、左手ごとオレは吹き飛んだ。

 数メートル後ろに飛んで膝をつく。

 見れば左腕はぐちゃぐちゃに数箇所へし折れていた。指はおろか関節以外もひしゃげている。まるで羅腕童子の腕のように関節が増えたんじゃないかというくらい。


 だが問題なし。

 この左腕はオレの“魂源アニマ・ゲネシス”が具現化したものだ。そうエッセが言っていたのを今ならわかる。

 オレの意思を受けて一瞬にして左腕が霧のように広がる。そして再び集まって元通りの腕の形を再構成した。

 肝心の鬼は追撃してこない。

 見れば硬直していた。


 オレを殴った腕が一回り細くなっているのを凝視しながら。


 そのがオレの中に溜まっているのがわかる。

 オレがゆっくりと立ち上がったのを確認すると、鬼は愚かにも別の腕を使い再び同じ行動を繰り返した。こちらも同じように迎撃する。


 今度もぶつかったのは一瞬。

 あまりの衝撃にオレの左拳が力負けするが、同時に接触面から鬼の腕の表面に赤黒い気流がまとわりつく。一瞬の後にその気流が消えると、同じように細くなった。

 理屈は簡単。

 接触した左腕から得たのは、鬼の腕力と再生能力。鬼の腕力を1とすれば、一度で奪えたのはその3割そこそこといったところか。その腕力を左腕に、再生能力を足にまわしたお陰で膝は痛みはあるし多少ぎこちないものの、なんとか踏ん張れるレベルまで回復している。


「……奪ってやる」


 絶望など何処にもありはしない。 

 もしあるとするならば、


「お前が勝手に盗んでいったエッセの力を全部返すまで」


 それはエッセがいた証をこのまま取り戻せないことだ。


「何もかもを奪ってやる…ッ!!!」


 オレは一体どんな顔をしていたのだろうか。

 鬼が震える。

 覚悟を決めた敵の腕が迫る。

 全ての腕を使い本気の攻撃を叩き込んでくる。最早そこには先程までの格下に対する油断は微塵もない。得体のしれない不気味な相手に対しての畏れが全力を出すことを選ばせていたのだろう。

 “見切り”は使えない。

 今の左腕の破壊力は2度奪った分を含めて鬼の6割。

 さすがにそれで全てを捌くのは難しい。


 なら、もっと奪えばいい。


 だんっ!!!



 腕が間合いを詰めようと迫る時間を使い一気に横っ飛び。

 そしてそこにあるモノを掴んだ。


 切り落とした鬼の手首。


 あっという間に黒く覆われ砕けて消滅した。

 同時に方向が変わったことで向かってくる腕たちの到達がそれぞれ少しずつ時間差になる。

 その腕を一本ずつパーリングして払っていく。


 見る見るうちに腕が衰弱していく。

 反対にオレは徐々に力を蓄えていった。


「おあああああぁぁぁぁぁッ!!!」


 十分腕が鈍くなったところで一気に間合いを詰めた。

 奪った腕力はともかく、移動速度そのものは奴もオレも大差がないはずだが、意表をつかれたのか鬼の反応は鈍かった。

 肉薄するとそのまま跳躍。


 左腕で銀の角を掴んだ。


 奪った膂力の全てを使ってそれを引っこ抜きつつ、同時に“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”を全力で発動させる。

 結果はあっという間に出た。


 バキィィンッ!!!


 水晶の柱が割れて倒壊するかのような音を立てて銀の角がもぎ取られ、そしてオレの中に本質を奪われて消滅する。


 流れ込んだ力を感じる。

 エッセの使った力の残滓。

 これを取り返したからといって彼女がどうにかできるわけではないのは予想していたし、奪った力を確認しても尚同じ結論しか出ない。

 それでも、オレの“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”に馴染むようにエッセの力はゆっくりと浸透する。能力を引き出すのに彼女が手助けをしてくれたせいか、彼女の力が完全に同化すると一層能力の感覚が深化していった。


「ガ……ッ、ナゼ…ナゼダ…ッ」


 角を奪われ折られた羅腕童子は一気に体が萎んだ。

 元々衰弱していた腕はさらに哀れなほど細くなり、再生能力もロクに働いていない。

 もはや取るに足らない相手。


「ヒ…ヒィ…ッ!!?」


 オレの視線に気づき、羅腕童子は逃げ出す。

 見る見るうちに距離が開いていく。

 確か奴の特殊能力の中に鬼属固有能力である“おぬ”があったはずだ。一度見失うと発見するのは難しいから、ここで勝負をつけておく必要がある。

 とはいえ追うのは少し骨だな、と思った。何か遠くを攻撃できる方法があればいい。そういえばオレは投擲が出来たはずだ。そう考えて石を手に取る。


 そして“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”の中にある力のひとつに気づいた。

 そういえば確かにこれ・・もオレが奪っていたな…。

 なんだ、こんなところにあったのか。


 左手に握る石。

 そこに鬼の膂力を使い、オレの投擲技能を載せ―――


 ―――さらに伊達の手から奪った、狙撃技能を用いて石を投げた。



 ズどンッッ!!



 羅腕童子の胸に空く穴。

 もんどり打って鬼は倒れた。


 さらに石を拾って2射。

 紛うことなく命中し、鬼は奇声を上げて悶え苦しんだ。


「……さて、決着のときだ」


 近寄ってみれば、羅腕童子は既に虫の息。

 あと一撃、“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”で攻撃すれば消滅するだろう。

 正直もう興味はない。

 エッセの力を返してもらった以上、あとは倒すだけだ。


 しかし何を思ったか、羅腕童子は近づくオレを見るなり這う体勢になった。

 額を地面に擦りつける許しを乞う姿勢。


「許シテクレ…ッ、モウ歯向カワナイ…ッ、何デモ言ウコトヲ聞クカラ…ッ!!」


 哀れを感じさせるような声で必死に命乞いを始めた。

 興ざめなほどの惨めさで。


「……………」


 だが効果はあった。

 一瞬攻撃を躊躇してしまう。

 これまでの狩場での経験もあって向かってくる相手なら、こっちが命を狙われた以上命を奪うまで戦うことができる。だが命乞いをする無抵抗な相手を攻撃するとなったとき、我に返ってしまった。

 狩場という異常な状況の思考ではなく、学校や家での日常の思考に。


 それこそが隙。


 羅腕童子は最後の切り札を使う。

 文字通りの鬼札か。

 咄嗟に顔をあげた奴の口がばっくりと大きく裂け、中から刃で構成された腕が飛び出す。


 “舌腕刀ぜつわんとう


 それが羅腕童子の隠し能力であることを知ったのは後のこと。

 伸びる刃の腕は一気にオレの頭を目掛けて進む。例えどんな恐ろしい能力があろうと、即死してしまえば関係がない。

 咄嗟に左手を出そうとするが出遅れた体は間に合わない!!


 内心自らの油断を罵るオレの前に影が躍り込む。


 指1本。


 影が刃の腕の前に晒したのはただそれだけ。

 にも関わらずその指に腕の切っ先が触れると、固定されたかのように止まった。


「…………榊、さん?」


 見知った顔だった。


 好々爺然とした喫茶店のマスター。

 口髭を蓄えたその上品な落ち着きは執事を思わせる。

 スーツにシワひとつ寄せることなく、彼はそこに立っていた。


「お取り込み中のところ失礼致します。三木様」


 少しだけ振り返った榊さんは、店で歓迎してくれるときと変わらない柔らかな微笑を浮かべたままそう一言オレに断った。


「いけませんな。最近の若い者は」


 視線を羅腕童子に戻し、眉を潜めながら榊さんは続ける。

 まるで先達が新人を教え諭すようにゆっくりと。


「命尽きるまで戦うというのならばともかく、逃亡を企てた挙句命乞い。さらには命を助けようと仏心を出した相手に不意打ちとは……恥を知りなさい。少なくともわたしの知り合いなら死ぬまで戦い、死んだ後首だけになっても食らいついたりと、気概はありましたよ」


 ぴしゃりと言い放つ。


「まったく嘆かわしい…いかに小僧っ子とはいえここまで出来が悪いとは。確か貴方は茨木童子の下に与したこともある鬼でしたね。子の不始末は親の不始末、と思えば恥ずかしい限りですな」


 刃の腕の先端にさらに指をもう一本。

 つまんで捻った、ただそれだけ。 

 その動作だけで、羅腕童子の刃の腕は一瞬で捻り千切れた。


 だがふと我に返った。

 榊さんがどうして…そう思う気持ちはあるが、とりあえず敵ではないようだ。ならばその疑問を解決する前にやることがある。


「~~~ッ!!?」


 痛みに悶える鬼。

 千切れた腕をこともなげに放り投げながら、榊さんは続けた。



「さらには痛み如きで目の前の敵を忘れる…だから落第なのですよ、貴方は」



 榊さんがそう言ったのと、オレが左拳を奴に叩き込んだのは、ほぼ同時だった。




 砕け消滅する羅腕童子。


 おそらく無理が祟ったのかもしれない。

 永く因縁のあった敵が消え去るのを見届けたオレは、榊さんに言葉をかけようとして。



 ―――気を失った。




 なんとか羅腕童子が退場となりました。

 消えたエッセはどうなるのか。

 榊さんは何者なのか(まぁ薄々わかってるかもしれませんが)、もうちょっと章は続きます。



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