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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.06 運命の一日
73/252

71.勝利の柔なる拳


 ラウンド冒頭から石塚は全力で間合いを詰めてきた。

 そこに疲労の色は微塵もない。


 ボッ!!


 パンッ!!!


 左ジャブが放たれた音の一瞬後に響く、グローブで弾かれた音。


「……ぅっ!!」

「ッ!!?」


 ジャブの重さに思わず呻く。

 覚悟を決めて横合いからジャブを弾いたが、その破壊力に完全に逸らし切れなかった。強烈な手応えに体勢を崩されそうになるのを堪える。

 相手は攻撃が弾かれたことに驚きを見せたが、


 ボッ!!


 さらにジャブを叩き込む。

 弾き切れなかったのはなぜか? 力が足りないからだ。ならば…ッ

 先ほどよりもほんのかすかに遅らせて動き出す。


 パンッ!!


 再びの強烈な手応え。

 だが先ほどは体勢を崩されない。


 キュキュッ!!


 フットワークも使い的を絞らせないようにしつつ次々と来るジャブに対して、手のひら側で弾くようにパーリングしていく。普通はパンチそのものを弾いていくのだが、相手の力が強すぎるためもっと引きつけて伸びきる寸前の肘のあたりに当てて弾く。


「……ッ」


 無論なかなか難しい。

 途中失敗してもいいようにフットワークを使い予め避けやすい位置に体を置いておく。


 より早く。より鋭く。より巧みに。


 それだけを考えながら、ただ弾くことに集中する。

 それまでとは全く違ったレベルの集中。

 例えるなら、それまでは1メートル単位の物差しを使っていたところを、1センチ刻みの物差しに変えるような。一発一発弾く度、感覚だけを頼りに、より効果的なタイミング、力の強さ、角度を測る。

 理由はわからないが、意識が鋭くなっている今だからこそ可能な芸当だ。


 何度も、何度も、何度も。


 どれだけ時間が経ったのか確認するのも惜しいとばかりに目の前の拳に集中する。


 ジャブを弾く。

 少し角度を変えたせいで弾く力が弱かったらしく、頬を掠る。


 ジャブを弾く。

 同じ角度でもう少し強く弾く。さっきよりちょっと良くなった気がする。


 ジャブを弾く。

 当てる箇所をもっとピンポイントにして力を小さく集中させるようにしてみよう。


 ジャブを弾く。

 おっと。今のは会心の出来だった。次は……


 ひたすら没頭する。

 ああすればどうだろう、こうすればどうだろう。

 正解がどこにあるのかはわからないが、考えることは同じことだけ。



 もっと早くに! もっと鋭く! もっと巧みに!



 パンッ!!!


 幾度目かわからないジャブを弾いた。

 気づくと石塚は一向に決めきれない状況に苛立ったのか間合いを測って、そのまま大きく飛び込みながら右ストレートの体勢に移行する。


「ッ!!?」


 俊彦先輩にされた忠告を思い出し、踏み込んだ足を確認する。

 前足に少し開いている。

 これは、つまり―――、


 ぶぉんっ!!


 慌てて右ストレートへの回避行動を中断して、その場から離脱。

 先ほどまでオレの頭があった場所を、ジャブを打ち終わった左がフックに変化して通り抜ける。


「……グァッ!!?」


 打ち終わった瞬間、そこでようやく石塚が動揺らしい動揺を見せた。

 何かに戸惑っているようだ。

 その隙にこちらが石塚の左、こちらから見て右側に回り込もうとしても反応が鈍い。反応して左のジャブを繰り出そうとするが―――、


 ガヅンッ!!!


 その左に合わせて、カウンターでオレは右のボディストレートを入れた。さすがにこれだけの筋肉の鎧だからどれほど効いているかは怪しいが、紛れもない有効打。これまでの防戦とは一変、攻勢に出たオレに戸惑いながらも、石塚はさらにジャブを放っていく。


 ―――かかったッ!


 仕込みは上々。

 さぁ、ここからだ!


 さらに意識を鋭く集中していく。



 □ ■ □



「あれ? なんか風向き変わってきてへんか?」


 隣でジョーが怪訝そうな顔をしている。

 普段はトボけた奴だが、こういう戦いの中の流れ・・を感じることに関しては定評がある。さすがケダモノ、勘が鋭い。

 その目の前では、リング上それまで防戦一方だった充が徐々に反撃に出始めた。

 フェイントの癖を教えたから右を回避することには成功するのはわかる。だがそれまでと打って変わって相手の左ジャブに尽くカウンターを合わせている。

 今や素人目にも流れが変わりつつあるのがわかるほどに。


「その様だ」

「なぁ、なんでなん? 見てたら、なんや石塚んジャブが目に見えて雑になっとるし」

「………推測でしかないぞ」


 そう前置きをしてから、


「おそらくタネは先ほどまでしていたパーリングだ。随分と引きつけて弾いていただろう?」

「あー、結構ギリギリまで引っ張っとってハラハラしたなぁ。顔に何発も掠っとったのに瞬きひとつせんから、えらい精神強いなぁ思うわ」

「途中からその質が変わってきていた。かすかにフットワークを使って距離を外していたんだ。打たれる瞬間には射程から逃れていたといったほうがいいか。

 それだけでもギリギリ避けることは出来ただろうが、その上でパーリングしていた。伸びきった相手のを弾いて、な」


 腕が伸びきった瞬間。

 それは今まで前の突き入れることに使われていた力が、後ろへ引かれる力に切り替わるために止まる。おそらくその状態で肘を弾くことにより、ダメージを与えていたのではないだろうか。

 無論アマチュアではパンチを当てて有効打になる箇所は決まっているから、肘を直接パンチで狙うことは出来ない。だがオープンブロー、つまり掌で、さらに相手のジャブ中であればパーリングとして肘に当てることは可能だ。


 ……いや、それではあそこまでダメージを与えられないか。


 自分で言った説明を自分で否定する。

 あれだけ急激にジャブが劣化した理由にはすこし弱い。

 あの体格差だ、どう考えても充だけの力では肘を破壊するなど……、


「…………!!…」


 気づいた。

 おそらくパーリングによって肘にダメージを与えることを目論んだのは間違いない。

 だがそれをやったのは腕が伸びきった瞬間ではない。

 正確にはその前。石塚の拳が最もスピードに乗る瞬間。

 肘を破壊するように力を込めるのではなく、ジャブの方向に合わせてパーリングで肘ごと押すことにより、石塚のパンチの力に自分の力を加え過剰な力のジャブを繰り出させていたのではなかろうか?

 素人がジャブやストレートなどを早く打とうとすると、負担が肘にかかって痛めてしまうことはよくある。通常の石塚は仮にも選抜優勝選手だから、そんなことはないだろうが今日の石塚は明らかに常軌を逸している。

 超人的なスタミナもそうだが、何より限界ギリギリまでの強打をひたすら繰り返している。まるで加減が効かないかのように。

 すでに限界ギリギリの力を使っているのなら、例え弱くてもそれに自分の力を載せてやれば自滅するのは道理。


 そう考えつつも、内心舌を巻いていた。相手との間合いを見切る能力に関しては、充がボクシング部に入ったときから並々ならぬものを感じていたが、今回は極めつけだ。

 動いている相手のジャブ、それも肘をピンポイントで狙うというのは中々難しい。

 しかも今回のように相手のジャブに力を加える目的であるというのならば、一番威力が乗った状態を見極めなければならない。


 一瞬というにも温い、かすかな刹那を手にせねばならない。


 しかもそのタイミングで相手の力の方向を見極め、掌を使い力を上乗せさせるなど、どれほどの集中力が必要だろうか。


 自分に出来るか、と聞かれてもわからない。

 それまでそういった発想をしたことがなかったからだ。


「なんにせよ、ミッキーにも勝ち目出てきたんかな?」

「あれだけの集中力があれば勝機も出てくるだろうが……あの様子だと顎も砕けているだろうからな。あと一撃食らったら終わりという意味では、微妙だな。

 ただ先ほどまでの絶望的な差でなくなっただけマシだ」


 本人は気づいていないようだが、口を動かそうとする動きがおかしいしマウスピースを吐き出す動きもおかしかった。おそらく一度ダウンしたことによってアドレナリンといった脳内麻薬が出ている影響で感じていないのだろうが……。


 時計を確認する。

 残り時間は30秒ちょっと。

 このへんも厳しいところだ。


「なぁ、トピー。一個聞きたいんやけど」

「? 構わないぞ」

「なんでミッキー、あないにバックステップが上手いん? めっちゃ早いやん」

「攻防含めフットワークは最も重要だからな。スタミナのための心肺機能や回復能力も含め、彼は徹底的に走り込んでもらっていた。その中で、500メートルバック走もさせていたから、その成果が出ているのだろう」


 前に出る筋力をつけたら後ろに下がる筋力もつける。

 基本人間は前に進むことに慣れているから、下がるよりも追われるほうが早いわけだが、それを踏まえて練習を重ねれば、ほとんど変わらない速度で後ろに行けるようになる。

 充が「……河川敷をバック走で限界ギリギリに走ってると、普通に走ってる人からは凄い変な目で見られちゃうんですよね……」と遠い目をしていたが、なぜだろうか?


「あー、なるほど。攻撃するために、やのうて、相手の攻撃から逃げるために、バック走しとった、と」


 うんうん、と何かを納得するジョー。

 満面の笑みを浮かべて、



「文字通り、後ろ向き・・・・な努力、っちゅうやつやな!!」



 ………とりあえず殴っておいた。



 □ ■ □



 ガッ!


 殴る殴る殴る…ッ!!


 ゴドッ!!


「……ォ…、ォォッ!!!」


 ズガンッ!!!


 感覚のない顎が動かず、声にならない声をあげながらひたすらに拳を振るう。

 狙い通り、相手は肘に負荷が溜まってジャブが劇的に鈍くなった。まぁ正直なところリーチに差がありすぎての苦肉の策ではあったんだけども。お互いの体を狙い合えば相手の攻撃のほうが先に届く。だが相手の肘を狙うのであれば、実質相手のリーチが半分になったようなものだ。懐に入る必要がない分だけ気楽に戦えるかなと思って。

 実際はピンポイントで肘を狙うってのは、違う意味での集中力が要求される作業だったので全然楽じゃなかったけどもな!


 ドズムッ!!


 さて、鈍くなったそのジャブに対してひたすらカウンターを合わせていく。

 が、状況は思ったほど良くない。

 ボディは比較的入るのだが筋肉が分厚すぎてカウンターでもチクチクとダメージを与えるのがやっと。素手とグローブの違いはあるにせよ、なにせ手応えが槍毛長よりもあるのだ。

 こいつホントに人間なんだろうか不安になる。ここまでくると怪物としかいいようがない。

 そうかといって頭を狙おうにも、身長差が激しすぎて距離が遠過ぎる。打っても相手が避けるのが間に合いやすく、カウンターでも掠るとか浅くしか入らない。

 さすが選抜優勝者はボディワークも一流だ。


 ゴンッ!!


 こうやってボディをコツコツ積んでいっても、もしかしたら勝てるかもしれない。

 残り時間がどれくらいあるのかはわからないが、このラウンドに関しては明らかに有効打で勝っている自信がある。ダウン含めても合計ポイントならギリギリ接戦くらいにはなりそうなので、このまま10も20も危険を冒さず積み重ねれば、とも思う。


 だが、それではダメだ。


 確実に勝たなければならない。

 判定などというあやふやなものに委ねることは避けたい。


 そしてもうひとつ。


 石塚の体はかなりおかしい。さっきも肘を痛めたのに痛い素振りを見せない。ただ思い通りに動かない戸惑いだけだ。

 つまり痛覚が働いていない上に限界寸前まで力を振り絞っている。それは2ラウンドの最後にコーナーポストを殴った際の衝撃や反動に反応を示さなかったことで確信した。

 肘への攻撃についてはそれを逆手に取ったわけだが、それはつまりどれだけダメージを与えても本人が気づかないということだ。

 明らかに何かおかしい状態になっている。

 ようやくではあるものの、それが伊達による人為的なものではないか、そう疑うくらいには色々な経験をしている。


 どずっ!!!


 蛮化バルバロティタの経験があるオレだからわかる。

 この手の限界を超えるタイプは後で反動があることを。どういう経緯でこうなっているのかわからないが、今回の石塚のものはあれよりも凄まじそうだから尚のことだ。

 例え内臓が破裂したとしても気づかず戦い続ける。

 そして試合が終わった頃には………


「…………ォォォ!!!」


 さらに加速。

 敢えてカウンターを避けて、相手の周囲でフットワークを使う。


 正直アホだと思う。

 相手を気遣ってどうするんだと。

 石塚が再起不能になってようと関係ない。

 月音先輩を助けること、そして出雲…そして、綾に迷惑をかけないように伊達とのケリをつけるほうが何倍も大事だ。負けた場合にどうなるかなど十分思い知ったじゃないか。


 わかっている。わかってるけど…… だが、それでも衝動に抗えない。

 全部を救えるだなんて自惚れてはいない。

 だけど―――


 ブォンッ!!


 ジャブを避けながら思う。

 いくら限界を超える何かをされたからといって、まったく何の努力もしていない相手がここまでの化け物にはならない。

 石塚がこれだけのジャブを打てるようになるまで、どれくらいの時間をかけただろうか。これだけのラウンド戦えるようになるまで、どれだけ走り込んだだろうか。


 同じボクシングをやっている今だからこそ、拳を交えている今だからこそ理解できる。


 だからこそ――――


 石塚が強引にジャブを放った。

 俊彦先輩の助言通り死角に回り込みスイッチしながら避ける。


 キュッ!!!


 そのまま一歩踏み込んで右ストレートを放つ構えを見せる。

 踏み込んだ爪先は内側を向いている。

 ついにやってきた好機。

 カウンターをやめて散々誘った甲斐があった。



 ―――1秒でも早く決着をつけるッ!!



 ゴォ…ッ!!!


 迫る右ストレート。


 こちらは左ストレートでカウンターを狙う。

 狙うは一点。


 先ほどまでの肘よりもさらに難易度の高い目標。



 ―――ただそこを打ち抜くのみ……ッ!!!




 カシュッ!!!




 一瞬の交差。 




 まるで世界が止まったかのような錯覚。

 石塚の右拳が伸ばしきられた状態、オレはその腕の内側。懐に飛び込んで顎先を通った左拳を振り切った体勢。


 ぐらり。


 何をしても微動だにしなかった体が揺らぐ。

 ついに巨体が崩れ落ちる…ッ!


 ズゥゥン……ッ。


「………ハァ、ァァッ!!」


 集中の余り止めていた呼吸を再開する。

 そのまま主審の指示に従ってニュートラルコーナーへ。


「1! 2…!」


 ゆっくりとカウントが進む。


「3! …4…!」


 緊張の糸が切れてしまったのか、体に力が入らない。


「…5! 6!」


 おそらくもう一度同じことをしろと言われても無理だろう。それくらいの集中力で放った一撃だ。その反動でもうフラフラになっていたが、オレは確信していた。


「7…ッ! 8! 9…ッ!」


 感覚のない顎をなんとか動かそうと試みぎこちなく笑みを作った。

 そして静かに拳を突き上げる。


「10…ッ!!!」



 ―――オオオオオオオオオオォォォォォォォッッ!!!



 その瞬間、場内がひときわ大きい歓声に包まれた。




 と、いうわけで対抗戦も無事終了です。


 いつもお読み頂いてくださる皆様、感想やお気に入り登録などして下さった方にも感謝を。

 今後ともよろしくお願い致します。



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