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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.06 運命の一日
70/252

68.初試合にして大一番

 対抗戦は無事に第三試合まで終了。

 大方の予想を裏切り第二高校側の2勝1敗。

 最終戦は石塚の勝利で終わるとしても、その前の第四試合で第二高校側が勝てば、全国レベルの選手を3人擁する第一高校が敗北する可能性が出てきた。


「……とか皆考えてるんだろうなぁ」


 思わず呟く。

 現在、試合会場では第四試合であるライトウェルター級、大石崇と岡田先輩の試合が行われているはずだ。岡田先輩は例年一回戦突破がせいぜいの腕前らしいのだが、相手の大石もボクシングを初めて1年かそこらだから、勝敗は五分五分だというのが俊彦先輩の談。

 いや、ボクシングを本格的にやったのが一ヶ月のオレが、偉そうに初心者とか言ったらダメなんだろうけども、それはそれだ。


 いよいよ試合を次に控えたオレは、というと廊下側に出てアップ中だった。


 バンッ!!


 俊彦先輩の持っているミット目掛けて一心不乱に拳を打つ。


 ドンッ!!!


 右ボディアッパー。


「スイッチ!!」


 俊彦先輩から飛んだ指示に反応し、足を前後に入れ替えて構えをサウスポーへ変える。入れ替えた足が地面に設置した反動を使ってステップ。勢いをそのままにジャブを放つ。


 バンッ!! ババンッ!!


 確かな手応え。

 そのままさらに加速してストレートを…、


「このへんにしておこう。あくまでアップであって、試合に疲れを残しても不味い」


 ぽん、と肩を叩く俊彦先輩。

 そういえばそうだった…、危ない危ない。

 しかしアップを終えると急に不安になってくるな……相手は選抜で優勝した強者。当初の予定通りの第三位の選手ですら絶望的な感じだったというのに、まさかの俊彦先輩クラスの相手だ。

 一応向こう側のトップ3については、春の選抜時のビデオがあったから一通りは目を通してるけども、小林が相手だと思ってたから、他の二人は適当だったんだよなぁ。

 こんなことならもっと真剣に見ておくんだった……。

 ……うぅ、想像したらお腹痛くなりそうな。


【緊張するのは、それだけ勝負に真摯に向き合っているということじゃろう。いくら相手が強かろうと、勝つ気がなければ悩む必要はあるまいからの】


 …そりゃそうだ。

 ただ対抗戦そのものの命運が自分に懸かるかもしれない、と思うと気が気じゃないんだ。

 岡田先輩が負けた場合2勝2敗、さらにオレが負けたら俊彦先輩やジョーの勝利が無意味になってしまうだろ? ボクシング部が活動中止になるかどうかの重圧は勘弁して欲しいオレは、第四試合の結果が気になって仕方ない。


【何を言うておるか。その岡田とやらが勝てば確かに勝ち越せるであろう。じゃが、それでおぬしが負けていい理由にはならぬはずじゃぞ】


 まぁね。

 もしも岡田先輩が勝てば対抗戦でのうちの学校の勝利で終わるけども、オレ自身が勝たなければ伊達との賭けに勝つことにはならない、つまり月音先輩の自由が担保されない。その上、伊達の部下にならないといけないというオマケも付いてくる。

 つまり、例え岡田先輩の結果がどうあれ、オレが勝たなければならない、ということ。

 ならば第四試合の勝敗の行方を気にする必要そのものがないじゃないか。


 自覚するとこころなしか緊張が解れた気がする。


「ありがと、エッセ」


【お安いご用じゃ】


 ふふん、と得意げな声の調子のエッセに礼を言う。


「…? 充、何か言ったか?」

「いえ、別に」


 怪訝そうな顔をした俊彦先輩に愛想笑いで返してから、黙々とアップを再開する。

 余り力を入れすぎず習い覚えた動きを思い出して反復するように。



 しばらくそうしていると試合場の中からジョーが出てきた。


「第四試合終わったで。残念やけどポイント負けやな。ジャッジも1対2のスプリットやから、ほんま惜しかったわ」


 接戦の場合3人いるジャッジのうち、2人が片方を勝ちとし、残りの1人が反対の選手の勝ちとしてポイントの判断が分かれることがある。

 一般的にスプリットデジション、というやつだ。

 岡田先輩と大石は思った以上に実力が伯仲していたらしい。


「行くぞ、充。

 確かに石塚は強敵だ。正直真っ向からやりあって勝てる選手は中々いない。だがどんなに確率が低くても、勝てる確率はゼロではない。そういう練習を充はしてきていると保証する。

 だから弱気にならずに戦おう」

「はい」


 高鳴る胸。

 それが緊張なのか期待なのかはたまたそれ以外なのか、わからない。

 ただ俊彦先輩の後に続いて会場へと進む。


 さっきまで居た会場。

 しかし自分が試合に出る立場になってリングに向かうとなると、まるで別の世界のようだった。足元がふわふわしているような地に足の付いていない感じ。

 観客席の観衆が選手を見る視線ひとつに緊張してしまう。

 その中に何人か見知った顔を見つけた。


 まず目に入ったのは大事な幼馴染たち。

 腕を組んだまま視線が合うと小さく頷く出雲。

 その隣には心配そうに「充、がんばれー!」と手を振っている綾。

 ふわふわしている足元がちょっと落ち着いた感じだ。


 観客席の後ろには、立ったまま壁に背を預けた伊達の姿。

 オレが勝てないことを確信しているのか静かに嗤いを浮かべている。

 見てろよ、目にモノ見せてやるからな! そんな気持ちがムクムクと湧き上がってきた。

 ちなみに先ほどまで一緒にいたゴツい男の姿はない。


 伊達と反対側の壁際には意外な連中の姿が。

 独特な雰囲気を持った娘と大柄な男の組み合わせがあった。

 最近連絡を取らずになんとなく避けていた咲弥と鎮馬だ。咲弥は伊達から聞かされて来たのかもしれないが、鎮馬はどうやって知ったんだろう? いや、一緒にいるところを見ると咲弥から知らされたのかもしれないが……えぇい、とりあえず後に考えることにして、試合に集中しよう。


 リングサイドには直前に襲撃にあった鈴木先輩、第一試合で敗れた田中先輩、同じく第四試合の岡田先輩、オレが出場する原因になった故障中の泉谷いずみだに先輩、そして1年生たちが大きな諦めとかすかな希望の二つが篭った目を向けている。

 うわぁ…やっぱ重圧かかってきたかも。


 リングに近い位置の観客席には月音先輩。

 オレが入ってきたのに気づくと美しい黄金の髪を揺らしながら立ち上がり、凛とした瞳を真っ直ぐ向けてくれた。その青い瞳にオレが写っているのがわかる。


 大丈夫、なんとかしますよ。


 リングサイドに辿り着き階段を駆け上がって、張られたリングロープの間を通ってリングに上がる。

 そのまま一礼。

 気合は十分。後は練習の成果を全部出せばいい。


 そのまま視線をリングの反対側に向けた。


「……………あれ?」


 思わずそんな間抜けな声を出してしまう。


 相手の選手。

 石塚毅。

 元ライト級、そして今はライトウェルター級の選手。


 ……だったはずだ。

 だが目の前にいる相手は明らかに体格が一回り違う。

 ビデオで見たときの身長は180センチ弱ほどだったが、今目の前にいる相手は180センチを超えて190センチに届きそうなほど。まぁこのへんは成長期の高校生ということで春先から急激な成長期がありました、という理由で苦しいけども納得できなくはない。

 なのだが、


「………ちょっと遠近感おかしくね?」


 そう思ってしまうくらいデカかった。

 なんというのか体格がボクサーのものじゃない。

 顔より太い首、ゴツゴツした岩のような腹筋、はちきれんばかりに厚い胸板、腕回りなんか細い人の腰周りくらいある。

 ライトウェルター級は64キロがリミット。

 だが190近い男があそこまで筋骨隆々になったとしたら間違いなく80キロ近いか、最悪超えているはずだ。

 にも関わらず計量をパスしている。

 ということは計量時点で64キロ以下だったけど、その後あれくらいまで戻したってこと?

 いやいやいや、当日軽量で20キロ戻すとか物理的に無理だろ!? もしかしてデカく見えるているだけで中身はスカスカでハリボテだから軽い、的なのも考えられるけども……。


「…………見えねぇ」


 ハリのあるそのマッチョっぷりはそんな風には見えない。

 同じことを思ったのだろう俊彦先輩が抗議すると、主審が関係者を集めて何か相談しはじめた。予想外の展開に観客たちも戸惑っている。


 ……あれ? これで何かアブない薬とか、ヤバいことやってるとかいうことだったら失格だよな? あんな増量通常じゃありえないし。

 失格なら不戦勝!

 ラッキー!!

 普段運が悪かったのは、このときのためだったのか!

 

【……はぁ、情けない。それでも男子おのこかの】


 えー? 痛い思いしなくて勝てるじゃないか!

 勿論あんまりカッコよくないのは自分でもわかってるけども! やっぱ命あってのモノダネだし、不確定な勝負よりも確実に勝てるほうがいいじゃん?


 しかしそうは問屋がおろさなかった。

 しばらく協議し色々チェックをしたところ問題なし、ということになってしまったのだ。


「うっそぉ…」


【………くっくっく、運がいいのか悪いのか、どっちじゃろうな?】


 エッセが笑いを堪えようとしつつ失敗している。

 ちくしょう。

 あんな化け物と戦わないといけないのか……。

 ……震えてきた。


「充。どんな方法で増量したか知らないが、あれだけ肉をつければ速度は落ちるだろうし、それだけ体力の消耗も激しくなるはずだ。だからまずは速度を活かして相手を動かせろ。

 大丈夫、勝機はある」

   

 リング下にいつ俊彦先輩がそう告げる。

 出力の大きいエンジンほど多くのガソリンを使うことを前提に、まずは攪乱して相手を消耗させる。それが最善かどうかはわからないが、生憎と不安と緊張に呑まれた頭では代案はない。


「大丈夫大丈夫、ミッキーやったらできるて。

 あんま余計なこと考えへんと、ずっばーんと頭殴って倒したったらええねん」

「ずっぱーん、って……」

「いくら相手が強いいうたかて同じ人間やろ。血も流れとるし疲れもするし呼吸もしとる。

 二本の足で立っとるんやったら倒せるて。考え過ぎたら手が縮こまって倒しづらくなるさかいな。気合入れて一発殴ることだけに集中しとき」


 能天気に言うジョーに苦笑する。

 理屈も何もない話ではあるが、こういうときはその明るさが助かる。


 もうやるしかない。

 覚悟を決めて進むのみ。

 そう思い拳を握る。


 革のグローブの感覚を頼りに精神を集中させる。


 そして静かにその時を待った。



 カンッ!!



 ゴングが鳴る。

 傍から見ていた他の試合のときは全然気にならなかったが、自分が当事者になってみると、なるほどこれは確かに耳に残る音だ、と思った。


 どっくん……ッ。


 自らの心臓の音が一際大きく聞こえる。

 足を踏み出す。

 まずは速度で攪乱しないと……、


「……っ!?」


 相手はコーナーからこちらへと一直線に向かってくる。

 驚いたのはその動き。

 一足飛び、というほどじゃあないがオレと遜色ない速度で間合いを一気に潰された。


 ボ…ッ!!!


 あ、あぶねぇ…ッ!!?

 咄嗟に横に避けたからいいものの、飛び込みざまに放ったジャブが頬を掠めていく。

 だがまだ攻撃は終わらない。


 ヒュッ!! ヒュヒュッ!!!


 踏み込んだ前足にかすかなステップを刻ませながら、左のジャブがいくつも遅いかかる!

 初撃の動揺から立ち直る暇も無く、対処する。


 しゃがみつつ1発を避け、そこから体勢を戻しつつ後ろにバックステップすることで1発、次の一発を右に入り身しながら避けた。


「ふぅ…ッ」


 息継ぎをする。

 途中ジョーの言ったとおり顔を狙おうかと思ったが、身長と手の長さが余りにも違いすぎる。ジャブを避けたままだとリーチが遠すぎて一歩踏み込む必要があり、顔を狙うのならばもう一歩懐に入らなければならない。

 たかが一歩と言うなかれ。

 その一歩で捕まる可能性が飛躍的に高まる。

 そのまま後ろに飛んでひとまず距離を開こうとして、


 ずる…っ。


「しま…ッ」


 角度が悪かったのかシューズが滑る。

 体勢を崩したそのほんの一瞬。


「グァハァァァァァッ!!!!」


 まるで獣のような裂帛の声。

 すでに石塚はこちらへ踏み込んできていた。

 速度が同じである以上、体勢を崩しているオレに十分な体勢の石塚が追いつくのは容易い。


 シュッ!!


 この体勢と位置関係では避けきれない。

 思わずガードを固めようとする。


 ガィッンッッ!!!  


「………~ッッ!!?」


 なんとかガードは間に合った。

 しかし、あまりの衝撃にガードごと吹き飛ばされる。

 そのままロープ際まで体を持っていかれ、背中をロープに強かに打ち付けた。


 だがそれに面食らっている余裕はない。

 さらに追撃しようとする石塚から大袈裟に飛び退いて、今度こそ間合いを開けることに成功した。


「………はぁ…ッ、はぁッ…っ」


 不味い。

 かなり不味い。

 相手のほうが破壊力があることは折り込み済み。


 ぼたり……。


 滴る朱い雫。

 鼻が痛ぇ…どうやら前にグローブを置いてガードしたにも関わらず、それ越しに鼻をヘシ折られたらしい。折れた鼻から血が流れているのだろうか、呼吸がしづらい。


 たった一撃。


 それだけで把握した。

 絶望的な戦力差を。

 動きで攪乱しようにも翻弄できるだけの速度差が無い。

 体力の消耗を狙うとしても、呼吸が制限された今では分が悪い。そもそもあの圧倒的なパンチ力の重圧を受けた状態で、避け続けることが出来るのかどうかわからない。



 だが、それでも尚ここで折れるわけにはいかない。

 その信念だけがオレを逃げずにこの場に立たせていた。




 いつもお読みいただきありがとうございます。

 一応アマチュアボクシングを知っていたのでルールはそれに則って書いているつもりですが、最近結構色々と細かいところが変わっているらしいので古い点などもあるかもしれません。

 ご容赦頂ければ幸いです。



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