64.対抗戦のはじまり
充の体重を若干勘違いしていました。
つきましてはその後の階級の話にあわせ、以前の充のステータスでの体重表記を若干訂正致しました。
バスに乗ること20分。
ようやく見えてきた目的地に高鳴る胸を隠しきれない。
飛鳥市市民体育館。
今日、ここで対抗戦が開かれるのだ。
そのための備えはしっかりとしてきた。
だがさすがに初陣だけあって緊張することは止められそうにない。
「……ま、どちらにせよ明日の今頃には全て終わってごろごろしてると思えば頑張れるか」
停留所に止まったバスから降りる。
待ち合わせになっている体育館入口のロビーには、すでに俊彦先輩をはじめとしてボクシング部の面々が集まってきていた。
「おはよう、充」
「あ、はい。おはようございます」
挨拶を交わす。それからすこしして半分以上集まったのを確認してから選手控え室へと向かう。ロッカーと長椅子があるだけの簡素な部屋。ロッカーに荷物を入れて思い思いに準備を始める。
この後各階級のエントリーと対戦相手の発表があり、計量を行う。それから下の階級から順に試合を行う手はずとなっている。
「今朝の体重はいくつだった?」
「えぇと…」
今朝見たステータスチェッカーを思い出す。
三木 充
称号:な し
年齢:16
身長:170センチ
体重:64.1キロ
状態:良好
種別:???
属性:???/???/???/???
斡旋所ランク:10級
評価ポイント(貢献ポイント):100(100)/100
筋力:11
敏捷:9
巧緻:9
技術:8
極め:10
知力:7
生命:13
精神:10
運勢:0
所持金(P)/借金(P):390/2700
総合Lv:11
所有職:
逸脱した者 LV.1
武芸者 Lv.11
潜伏者 LV.9
技能:
杖 11.57
刀 2.04
見切り 6.80
投擲 3.22
拳闘 5.48
初歩隠密 9.78
感知 1.01
武器:乳切棒(白樫) 種別:棒(杖) 使用条件:腕力7、技巧8、杖8
小太刀 種別:刀 使用条件:腕力9、技巧10、刀5
防具:百眼の小手 種別:手防具 使用条件:な し
:紫印の手甲 種別:手防具 使用条件:腕力4
:隠衣(弱) 種別:背装備 使用条件:な し
その他:河童の軟膏(2) 抗魔の朱毛(5) 尻子玉(1)
ちなみに軟膏は間に合わなかったので結局買い揃えて納品。
ただし尻子玉はゲットできたのでトータルとしてはウハウハである。
「確か64.1キロでした」
「家庭用だから少し誤差が気になるな。念のため少し汗をかいておくといい。計量後のリカバーについてはこちらで準備しておく」
俊彦先輩といくつか確認。
なんとか減量も間に合いそうでひと安心。実のところ減量といえばかなりツラく苦しいイメージがあったので、多少の食事制限をしたもののここまで順調に落ちるとは思っていなかった。
制服を脱いで手早くジャージに着替える。
そうこうしていると控え室の扉がノックされた。
試合に出ない新入生が扉を開けたのだが、何か困惑している。
「……?」
ふと気になってそちらを見ると、偶然視線があった。
月音先輩だ。
「充さん」
ほっと安堵したかのように微笑まれた。
「大事な試合の前にすみません。でもすこしだけお時間を頂いてもよろしいですか?」
いやいや、そんな申し訳なさそうな顔で言われたらイヤと言えません。
一体なんで生徒会長がここにいるんだ?というボクシング部の好奇の視線を感じつつ、控え室から廊下に出る。幸い廊下にはほとんど人もいなかった。おそらく選手は控え室で集中する時間だし、係員や関係者は準備に忙しいタイミングなのだろう。
「け、計量がありますので、それまでなら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
小さく礼を言われた。
一体なんの用かとドキドキしながら言葉を待つ。
「本当に、試合なさるんですね」
「……え?」
「いえ、誤解なさらないで下さいね。
充さんが嘘をついたり怖気付いたりするような殿方と思って言ったわけではありません。むしろ、今からでも試合を止めて欲しい、そんなことを考えてしまっただけです」
そこで一度言葉を切って、月音先輩はオレを真正面から見つめた。
「今更やめてほしい、と……それが手を差し伸べてくれた貴方に対する侮辱でもあるとわかっています。
それに、こう言ってはなんですが、わたしらしくありませんもの」
瞳に宿るのは強い意志の光。
やっぱり弱気で切ないよりも、このほうが月音先輩らしいし似合うと思う。
事実この前生徒会室の中で会ったときより、今のほうがずっと魅力的に見えた。
「ですから覚悟を決めることに致しました。申し訳ありませんが、充さんには最後までお付き合い頂きます。その上で、力を尽くしてくださる貴方に向ける言葉はひとつだけ」
そっと彼女の手が優しくオレの手を包み込んだ。
「わたしに見せつけて下さい、貴方という殿方の意地を」
どっくん……ッ。
オレが負けるなど全く思っていない揺るぎない言葉。
その言葉に背中を押されるように体温が上がった気がした。
「…あの……っ」
思わず口を開きかけたそのとき、廊下の奥のほうから近づいてくる男女の姿があった。見間違うわけもない、出雲と綾。声をかけようとして月音先輩に気づいて遠慮がちにこちらの様子を確認している。
「どうしてもそれだけを伝えたくて……試合前にごめんなさい。また、後ほど」
雰囲気を察したのだろう。
ちょっとだけ困ったような苦笑を浮かべて、一礼だけを残し先輩は立ち去ってしまった。
入れ替わりに出雲たちが近寄ってくる。
「悪いな…お邪魔だったか」
「……い、いや、別にそ、そんなんじゃないけどさ」
「ねぇ、充。今の生徒会長の月音先輩だよね? 知り合いだったの?」
「ん、まぁちょっと話をする機会があってさ」
「凄いじゃない! ただでさえ月音先輩って生徒会長だから余り私たちとの接点ないのに、あんなに仲良くなるなんて」
「仲良さそうに見えたかな?」
「うん、そもそも女の子がわざわざ休みの日に応援に来て、試合前の控え室にまで顔を出すっていうのはよっぽどのことだよ? 少なくとも嫌いな人にはやらないもの」
女の子、のあたりでちょっとドキっとする。
年上なせいで普段あんまり考えなかったけど、月音先輩も立派な女の子だもんなぁ。ちょっとは期待してもいいんだろうか。
いや、別に付き合いたいとかそんな大逸れたこと考えてるわけじゃないんだけども。
「充にもようやく春がきた、ということかな」
「これで充がお付き合い始めちゃうと会う時間少なくなるから、ちょっと複雑だけど」
感慨深そうに頷く出雲に、綾は冗談めかして相槌を打った。
傍から見てても随分と楽しそうだ。
「そんなにテンションあがるような話かな?」
「えー? 私たち以外で充のいいところに気づいてくれた人が出来るのは嬉しいに決まってるでしょ」
「……だな」
……持つべきものは友だなぁ。
「そのへんの話は後で聞かせてもらうとして…試合前に顔だけでも見ておこうかと思ってな。試合はしっかり応援させてもらうよ、充」
「初めての試合で大変だと思うけど、頑張って!」
「ああ、ありがと」
時間を取らせないよう配慮してくれたのか、話を適当に切り上げて二人は廊下を戻っていった。
オレは見送ってそのまま控え室へ帰った。
空きスペースを使って軽くシャドーをはじめる。朝食事をした後に測ってから何も口にしていないので問題ないと思うが一応軽量前に念を入れておく。
そうこうしていると、
「すまん。遅れてもうた!」
控え室にジョーが飛び込んできた。
制服着用で大きいスポーツバッグを持って。
「あれ? なんでジョーが?」
確か今日ジョーは出場しなかったはずだ。前に私服で見学に行くぜ、なんて言っていたが、それならば今の格好は明らかにおかしい。
「一昨日の話だから充には説明していなかったか」
急いで着替え始めるジョーに代わって俊彦先輩が切り出した。
「実は試合に出場予定だった鈴木先輩が何者かに襲われた。腕の骨折で全治一ヶ月の怪我だ」
鈴木次郎。
ボクシング部の3年。
バンタム級のボクサーだ。面倒見がいい人当たりもよい先輩で、オレの急造ボクサー化の練習中にも色々お世話になっていた。
「いや、そんな話聞いてないんですけど!?」
「すまない。練習中に動揺させないようにしたかったのだが…」
そう言って俊彦先輩はジョーを見る。
ジョーは無事に着替えを終えるとこっちに近寄ってきた。
いつも通りに見えるが、こころなしか頬がやつれている気がする。
「あー……すまんすまん。トピーには、充には練習後に話通とく言うたんやけど、すっかり忘れとったわ。はっはっは」
「お・ま・え・の・せ・い・かぁ~ッ!?」
「ぐぇぇっ!?」
首を締めてがっくんがっくん揺らす。
練習中に言われたら確かに動揺して集中できなくなるかもしれないが、こんな試合直前に言われるほうが余程動揺するに決まってるだろうが!
「ま、まぁそないなワケで、スーはんの代わりにバンタム級で出るさかい、よろしゅうにな」
解放すると息も絶え絶えにジョーはサムズアップした。
何度聞いても鈴木でスーはん、というのは違和感のある呼び名だよな…。
「……ちなみに、そんな直前で選手変更ってアリなんですか?」
「通常は無理だな。ただ今回は対抗戦ということで少し特殊でね。出場選手の名称の届出は当日の朝までだから、県のボクシング連盟に登録だけしてあれば問題ない。念を入れてジョーが登録しておいてくれたのが幸いだ」
ちなみに試合に出場するためには、まず所属している団体(今のオレたちの場合だと高校)が試合を主催している日本ボクシング連盟やその都道府県のボクシング連盟に加盟している必要がある。その上で、それぞれ選手たちも連盟に登録することで選手としての活動が可能になるわけだ。
つまるところ階級については飛鳥第一高校と予め打ち合わせた上で決める必要があるから決めておく必要はあるが、その階級で誰が出るかについては今日の朝の段階までは変更が可能であった、ということだろう。
しかし襲撃か……あのときオレを襲ってきた連中なんだろうか。
「ちなみにその襲ってきた連中っていうのは…」
「残念ながら鈴木は暗闇で背後からバットのような鈍器で殴られただけで、犯人の顔まではよく見えていなかったらしい。警察には届けておいたが犯人が捕まる可能性は低いだろう」
うーん、顔がわかれば、と思ったんだがその線からの確認は難しいな。
とりあえず、フライ級が田中先輩、バンタム級がジョー、ライト級が俊彦先輩、ライトウェルター級がオレと岡田先輩の5人というわけか。
敵はおそらくフライ級の中西、ライト級の石塚、そしてライトウェルター級小林の3人の出場は鉄板。俊彦先輩がいるライト級はともかく、フライ級とライトウェルター級は1勝ずつ持っていかれるだろうから2勝はする公算になる。
それに対抗するためには俊彦先輩、ジョー、そして小林と当たらなかったオレか岡田先輩が3勝するしかない。
………とりあえずちっとも練習してた様子のないジョーが勝てるかどうかが心配なんだが。
まぁアイツに対する俊彦先輩の評価を見ていると勝てる可能性が0ではないんだろう。それを信じるしかない。
ほどなくして計量が始まる。
高校の身体測定で見慣れているからいいけど、冷静に考えたら大の男たちがパンツ一丁になって計量器の前に並んでいるのは結構シュールな光景だな。
オレは63.9キロで無事にパスし一気に安堵した。
「充も無事に計量を終えたみたいだな。あとは前に教えた通りに」
「水分と消化のいいものを取る、ですね」
確認事項だけ済ませると俊彦先輩はジョーのほうへと向かった。
やっぱり直前で出場が決まったせいもあり、ジョーのほうは色々と無茶な減量をしたのかもしれない。そもそも食事制限とか厳密な管理が性格上苦手そうではあるんだが。
そもそもバンタム級は56キロがリミット。つまりオレのライトウェルターとは8キロも違うのである。いくら普段から体を絞っているとはいえ、身長がオレとそこまで変わらないジョーにとってはかなりキツいのは想像できる。
【それでもやるというのじゃから、口先だけの男ではないようじゃな】
まぁね。
いつもおちゃらけてはいるけど、一本筋の通ってる男だってのはよく知ってる。例え不利な条件だからといって逃げたりしないくらいの度胸があることもわかっている。
だが、それと勝敗は別の話だ。勝てるかどうか不安が広がるのを止められない。
そんなことを思いつつ控え室に戻って飲み物を取り出した。
気候が暑くなってきたこともあり本当は冷たいやつがいいのだが、腹を下しても困るので水筒の生ぬるい水を飲む。
ごくり。
まるでこれからの不安を飲み込むように、水を流し込んだ。
いよいよボクシング試合です。
ちなみに百目ちゃんトレーニングは結構なウラ技ですので、短期間でも意外と隠密スキルが上昇しています。




