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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.05 宣戦布告
63/252

61.邪な河童

 朝:河川敷をロードワーク10キロ、インターバル走200メートル×5本、坂道ダッシュ×20本、ロープスキッピング所謂縄跳び10分。

 夜:ワンツー2時間。シャドーボクシング3分×5セット。


 うん、改めて書き出してみると、とんでもねぇな。

 放課後の部活以外だけでもこんだけやってるんだ、仕方ない。


【倒れ込んだまま、ベッドから動けなくなった理由をどれだけ挙げても、何かが変わったりするわけでもなかろうに】


 うぐ。

 ごろり、と多大な労力を払って寝返りを打つ。

 一番酷い二の腕は元より、全身がまるで熱を持ったかのようになっていて疲れきっているのに眠ることもできない。

 天井を見上げながら息をつく。

 ようやく明日は日曜日……ついに対抗戦まであと一週間になった。

 ボクシング部での本格的な練習としては月曜日の最終調整で最後になるから、そこからは軽めの調整でこの疲労を抜いていくことになる。

 つまりこの過酷な詰め込み練習を乗り切った、というわけだ!


「………ホント、よくもまぁ最後まで保ったなぁ」


【うむ、努力は認めてやってもよかろう】


 ここ数日泥のように眠っていたものの、偶然起きてしまったりすると体中が熱を持っていて意識がぼんやりしたまま寝れなかったり、体調が安定していなかった。

 体はとっくにオーバーワークを訴えている中、騙し騙しなんとか今日までやりきった。


「と、いうわけで明日は家でゴロゴロしていたんですが」


【却下】


 ぎゃふん。

 容赦の無い一言に黙り込んでしまう。


【無論行動するのはおぬしじゃからな。いくらわらわが言っても聞く耳を持たぬのならば仕方あるまいが……そもそも体が動かしづらいからといって、敵が待ってくれるとは限らん。

 対抗戦まではともかく、その後のことを見据えれば1つでも多くレベルアップをしておく必要もあろうし、それに試したいものもあったのではないか?】


 おぉ、そうだった。

 思い出して荷物が置いてあるところに視線を向ける。

 そこには刀袋に入ったひと振りの刃物。

 今日の放課後、加能屋によって弥生さんから頼んでおいた武器を受け取ってきていたのである。

 出来ていたのは、


「……そういえば、あの小太刀の切れ味確かめておかないといけないよなぁ」


 そう、小太刀である。

 まぁ小太刀といっても刀剣上の分類では小太刀という確固たるカテゴリーはない。銃刀法の刀剣区分においては脇差に分類されている。

 わかりやすくいうと刀のうち、60センチ以上のものを大刀、それ以下のものを小刀といい、この小刀が脇差と呼ばれるものだそうな。脇差については30センチから60センチまであり、さらに短いものは短刀にあたる。今回言っている小太刀については、そのうちの60センチに近い刃渡りの脇差、通称大脇差という意味で使っている。


 とにもかくにも、もらったのは刃渡り50センチほどの小太刀。

 銘はない。


 刃物、という希望だったのでちゃんとリクエスト通りに作ってもらっている。これで前に買った白樫の乳切棒とあわせて以前よりも大幅な戦力アップは間違いない。

 問題は使い方だ。

 一応出雲からは簡単な刀の使い方の基本を教えてもらってあるが、こればっかりは実際振ってみないと仕方がない。杖術もいくらかは活かせるらしいが、そもそも人間は刃物を見ると反射的に硬直して動けなくなるという。まず使って刃そのものの恐怖に慣れてからでなければ活かすことはできないだろう。

 だからこそ明日の日曜日はいつも通り狩りに行くべきだ。

 そうエッセが主張しているわけなのである。


「へぇへぇ、頑張りまーす」


 弱い心に負けそうになりつつも、なんとか堪える。



 翌日、ベッドから起きようとしない体をなんとか引きはがし準備。

 準備をして音無川上流に到着する。

 以前来た狩場の入口のあたりで大きく伸びをしてから、体の感触を確かめるようにゆっくりとストレッチを始める。

 うーん、一晩ぐっすり寝たので体も回復…と言いたいところだが筋肉痛が未だに酷い。客観的に見ていつもよりも2割くらいは動きが鈍くなりそうな感じだ。


【与えられた状況でいかに最善を掴むか、というのも大きな課題じゃ。

 その経験を積むのだと思えばよいじゃろうて】


 エッセにフォローされながら河川敷を歩き始める。

 いつも通り手頃なサイズの石を手に、邪な河童を探してうろうろ。

 二度目なのだから川岸を歩いて誘い出すのもいいかも、と思うのだが筋肉痛の体を引きずっている身としては少しでも楽をしたいのも確かだ。


 さて、例によって茂みに動くものを発見。

 石を投げる。

 見覚えのある河童が飛び出してくる。

 ここまでは前回と同じ。

 邪な河童が水球を吹き出すのと同時、避けながら小太刀を抜く。

 さて、どうしようか。

 とりあえず、投げてみた。


 かん…っ。


 目標の真横30センチくらいのところを通過して落ちた。

 あっれ~? こう、小太刀で牽制しながらその隙に懐に入る予定だったのに!

 外れてしまったものは仕方がないので、攻撃をかいくぐりながら懐に入り皿を攻撃。

 5回目で皿を割って倒すことに成功した。

 残っている河童の軟膏を拾いつつ、落ちた小太刀を回収した。


「うーん、難しいな。やっぱり石とは重量もバランスも違うから、そのへんを考慮して投げないといけないのかも?」


【そもそもなぜ投げた?】


「いや、なんか前に漫画でそういうのやってたお侍さん?っぽい人のやつがあったからさ」


 あまりよく覚えていないが、あれは確か脇差を投げてひるんでいる間に攻撃をするとかなんとかいう奴だったはずだ。


【言いたいことはわからぬでもないが、これだけの大きさのものとなれば正確な投擲は難しかろう。無理に投げるよりは別の使い方をしたほうがよいと思うぞ】


 ごもっともで。

 投げるにしても今のオレの力量じゃ当てるのすら難しいってことがよくわかりました。


 さて、では気を取り直して二匹目を探してみる。

 同じように茂みにいる生き物を発見。

 投げようと石を振りかぶって、


「……あー、そういえば隠密が結構上がったんだっけか。ちょいと試してみるか」


 ふとそういうことに気づいて石をしまう。

 代わりに小太刀をいつでも抜けるようにして、茂みを大きく回り込むようにゆっくりと移動を開始した。ゆっくりゆっくり…気づかれないように慎重に。

 どきどきしながら進んでいくと、茂みに潜んでいると思われる邪な河童の背中側2メートルほどの距離まで近づくことができた。意外に見つからないもんだなぁ。


 チキ…ッ。


 可能な限りゆっくり音を立てないように小太刀を引き抜いた。

 そのまま一気に邪な河童まで肉薄する!


「グワァッ!?」


 すぐ近くまでいくと河童も気づいたが、もうすでに手遅れだ。

 振りかぶったオレはそのまま走り込みつつ上段から一気に刃を振り下ろす。


 どずっ。


 狙いは過たず、刃は河童の皿を切りつけ割って尚そのまま頭に4センチほど斬り込んだ。ただ斬る力が足りていないのか、それとも斬り方が悪かったのか、理由はわからないがヤツの頭に刃が沈みこんだまま、それ以上刃が進まなくなってしまった。

 邪な河童は反撃しようと水球のために水を吐き出し始める。


「…まずっ!!?」


 咄嗟に小太刀から手を話して乳切棒に持ち替えて攻撃しようとするが間に合わない。

 ダメージを覚悟して思わず体を固める。


 ……どしゃっ。


 が、その反撃もここまで。

 皿を割られ頭に刃が刺さった状態のまま、邪な河童は地面に倒れた。作成途中だった水球は、作成者を失ったことにより空中で力を失い、そのままただの水として地面に落ちて染み込んでいった。


「あっぶな……」


 ほっと胸をなで下ろした。

 不意打ちのアドバンテージもあり仕留められていたからいいものの、もしあそこで反撃する力が残っていたら間違いなく喰らっていたはずだ。

 うーん、やっぱり素人が刃物を使うのは難易度が高いんだろうか。

 そう思いつつちゃんと小太刀を拾って河童の軟膏は回収しておく。幸い倒してしばらくすると消えて無くなるから、わざわざ動かなくなった小太刀を抜く必要はなかった。

 小太刀を鞘に収めた。


【食い込み過ぎて動かなかったのならば、もうすこし浅く斬ってみるか、斬るときにもっと体重をかけながら引くように斬撃自体を重くしたり、色々と試してみるしかなかろう】


 刀は引くときが斬れるって理屈はわかってるつもりなんだけど、自分も相手も動きながらで距離感に気を付けながらだと、なかなかそこまで気が回らない。そうなると、あとは数をこなして意識しなくてもできるように体に覚えこませるしかないか。

 

 よし、次だ、次!

 と、そう思ってガッツポーズを取った瞬間、


「ッ!?」


 なんか凄い勢いで引っ張られた。

 気づくと膝ぐらいまで川に引きずり込まれている。


「……ま、さか…ッ!?」


 なんとか首を回すと背中に河童がしがみついていた。

 その場で踏ん張ろうとするものの、水深が深くなるごとにどんどん河童の引っ張る力も強くなっていく。そのまま足がつかなくなりそうなギリギリのところまで連れていかれてしまった。

 このままでは溺死間違いなしである。


「がぼ…っ、ごぼぼッ!?」


 息継ぎをしようにも中々水面に顔が出せない。

 離せ! このアホ河童め!

 死にもの狂いで手を振り回していると、偶然肩口にヒットした瞬間ゴキっと妙な手応えがして掴んでいる手が緩んだ。


【充! 今じゃ!】


 おう!

 チャンス、とばかりにオレは一気に岸のほうへと泳ぐ。

 邪な河童はしばらく怯んだものの、いくらかすると気を取り直してオレを追いかけてきた。そもそも基本の泳ぐ速度が違うため腰くらいまでの浅さのところまで戻ったところで追いつかれてしまう。

 迎え撃とうと思ったものの手に棒がない。

 どうも最初に引きずり込まれたときに岸に落としてきてしまったらしい。


「グギャァッ!」


 奇声をあげて襲ってくる邪な河童。

 この…っ、調子に乗りやがって!!


 ばんっ!!


 思いっきり踏み込んで左ストレートを放つ。

 偶々カウンターで顎に入って相手は一瞬クラっとたたらを踏んだ。


 ドずッ…っ!!


 一撃。

 怯んだ隙に小太刀を抜き、両手で握って渾身の力で頭に向かって振り下ろした。

 刀身が皿を貫通して20センチほどめり込む。

 青い体液を吐きながら邪な河童は白目を向いた。

 そのまま足を引っ掛けて蹴り飛ばすようにして小太刀を抜く。


 ばしゃ。


 邪な河童の遺体が川を流れていった。

 死んでいるとはいえ泳ぎ達者な河童が川を流れていく光景はなかなかシュールだ。これが河童の川流れというやつなのだろうか、と笑えない冗談を言いながら岸のほうへと向かっていく。


 ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ。


 足りていない酸素を一気に補充する。

 いやぁ、危なかった。

 まさかこんだけ川縁から離れてても引きずりこんでくるとは…完全に油断してたわ。

 やっぱりボクシングやっといてよかった…俊彦先輩に言われた練習はキツくてイヤになったけども、咄嗟のときに出るくらいにはしとかないと役に立たないもんなんだな。それにキツいロードワークやっていなかったらあんなに息も続いていなかっただろう。感謝感謝。


 無事岸に上がって周囲を確認。

 どうやら邪な河童はいないようだ。

 乳切棒を拾って服の裾を絞る。ぼたぼたと水が地面に染みを作った。

 背負っていたリュックは防水仕様になっているので、濡れたまま風邪をひかないうちに中の服に着替えるとしますか。


「とりあえずやっぱり川岸で戦うのはやめておこう」


 先ほどあがってきた岸辺を見て呟く。

 水の中は息ができないという絶対的な不利に比べ、水の抵抗による動きの阻害まである。さっき腕を振り回したときに掴んだ手が緩んだのは、おそらくデータに出ていた外れやすい腕に運よくヒットしたからだろう。幸運が何度も続くとは限らないし、一匹川の中で邪な河童を倒したとしても、岸にあがるまえに次の奴に襲われる可能性だってあるのだ。

 安全にいくのなら河川敷で戦うべきなのは間違いない。

 前に話に出ていた豪傑河童の豪傑甲羅で水中適正のあがる武具を作ってもらえば話は違うのかもしれないが、そんなのはまだ先の話。

 それに、他にも大きなデメリットがある。


「川の中だと、倒した後の戦利品の回収がキツいんだよねぇ」


 さっき川を流れていった邪な河童の遺体。

 それが消えて河童の軟膏が出た頃には、すでに川の深いところまでいっていた。あれを回収しにいくのは非常にリスクが高い。

 まぁ河童の軟膏だからまだ良いけども、もし尻子玉みたいな高価な品だったら悔しすぎる。


「へっくし!!」


 一応6月も半分ほど終わっていたからよかったようなものの、もうちょっと寒い時期だと確実に風邪引いてたよな、これ。

 オレは着替えを兼ねて一度休憩を取るべく狩場の入口のほうへと戻っていった。



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