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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.05 宣戦布告
62/252

60.強襲戦法

 たん、たんたたんっ!


 足先が軽快に地面を叩く音が響く。

 踏み込むたびにリングの弾力が返ってくるのがわかる。

 めまぐるしく動く重心。

 ただひたすら動きの中でバランスを保つためにステップを刻む。


 スッ。


 目の前1メートルほどの距離に突き出されたミット。ボクシングの打撃を受け止めるためのその的目掛けて左の拳を打ち込む。


 バンッ!!


 試合で使うものよりも随分と薄いパンチンググローブがミットに命中していい音を立てる。

 距離を測りつつさらに突き出されるミットに左ジャブを続けて叩き込んでいく。


 バンッバンバンッ!!


 軽く間断なくバランスを崩さず。

 教えられたことを反芻しながら的に当てていくと、反対側の手のミットが上がる。


 バンッ!!


 すかさず踏み込んでそこに右のストレートを叩き込む。と同時に相手の動きに反応して、上半身を低くダッキングしながら右に体を振る。先ほどまで頭があった場所を左ミットが横薙ぎに通過していく。

 それをやり過ごしながら右に体を振った反動を利用して、伸び上がりながら右のボディアッパー。


 どずッ!!


 脇腹の位置に置かれていたミットに当てる。


 カンッ!!


 と、そこで電子音が鳴る。

 見るとデジタルスポーツタイマーが2分を知らせてくれていた。


「よし、休憩にしよう」

「はい」


 ミットを持ってくれていた俊彦先輩に一礼をしてからリングを降りる。

 慎重に息を整えながら隅に置いていたタオルを手に取った。ぼたぼたと顔を伝う玉のような汗を手早く拭っていく。同時にペットボトルに口をつけ、ゆっくり水を飲んだ。一口ふくんではすこしずつ喉を潤していく。

 このときほど水が美味しく感じることってなかなかない。


「充も随分と動きがよくなってきたね」

「ども」

「前に言ったけれど、アマチュアの試合では基本的に有効範囲に打撃がどれだけ正確にヒットしたかが重要であって、KOが絡まない限り威力の強弱は関係ないんだ。だから常に動き続け攻撃するときもバランスを取って動きを切らないようにすることだけ忘れないように」


 続いて俊彦先輩はさっきのミット打ち5R(2分ずつなので計10分)でどこが悪かったか、どこを意識するか、などなど修正点を指摘してくれた。彼も試合に出る選手なんだから自分の練習をしたいだろうに根気よく付き合ってくれている。ここ数日でちょっとでも上達しているというのなら、それは俊彦先輩の献身の賜物だろう。


「…ひとつ質問してもいいですか?」

「? 構わないよ」

「対抗戦で出てくる相手高校のメンバーってもうわかってるんですかね?」

「…ああ、なるほど。確かにまだ充の階級について話もしてなかったから不安にもなるか。今の体重は前と変わっていないかい?」

「日によって多少変わりますけど概ね66キロですよ」


 もともと高校に入ったときの体重は62キロ。5月に入ってロードワークを始めた頃は61キロくらいに落ちていたけども、筋トレの効果が出始めて64キロ。ここ二週間ほど俊彦先輩の指示で目一杯食べてそこから体重を2キロ増やしている。ちなみに高校に入ってからちょっと身長が伸びているので、運動初めてよかったなぁと思っていたり。

 

「となるとすこし落として充はライトウェルター級だな。64キロ以下の階級だ。丁度その階級に相手もいるから問題ない」

「……うぇ、減量するんですか?」

「ははは、大袈裟だな、充は。まだ若いんだから汗をかいて動けば1日で1キロくらいは変動する範囲だよ。油や砂糖を減らして炭水化物の摂取量をコントロールすればすぐに落ちるさ。むしろあまり早く落とすと落ちすぎてしまうほうを心配したほうがいいくらいだ」


 実際のところ減量については体重の5%以下くらいを目安にしているらしい。

 勿論前日軽量があったりするプロの試合などでは過酷な減量で当日数キロ戻してくるような奴もいないことはないらしいが、当日軽量するアマチュアでは急激すぎる体重の増減は動きのバランスを考えるうえでも悪影響が大きいようだ。

 そう考えるとオレの体重の場合5%となると3キロ前後。

 確かに2キロならば全然問題ないように思える。どちらかというと減量というよりダイエットになるようなレベルの話だ。

 ちなみに俊彦先輩はオレよりも2センチ身長が高いけどライト級である。


「確かに随分昔のスポ根全盛くらいだと体を削るような減量をしたりとか、水を一切断ったりとか色々怖いことしてたから、そのイメージで減量といえば凄く大変だ、なんて認識があるのは仕方ない。

 でも今はもうそういう時代じゃない。ある程度科学的に体にダメージが残らない範囲とやり方で行なっていくから心配しなくて大丈夫だ。水に関してだって根性論で飲まないよりも、むしろ減量中は代謝をよくするために飲むべきだしな。たくさん飲んでたくさん汗をかいて体調を整えながら痩せよう。そもそもまだ体が発展途上にある10代真ん中で無茶をさせても意味がないというのもある」


 それを聞いてちょっと安心。

 俊彦先輩は壁にかかっている日捲りカレンダーを見た。

 6月11日(火)と書かれている。


「予定としては今週いっぱいまで追い込みをかけて、最後の一週間で技術的なものを含めた最終調整というところだな。おそらく体としては今週末が一番キツいだろうけど頑張ってもらうしかないな」


 対抗戦は23日(日)。

 つまり一週間前の16日まで体をとことん虐めるわけか。冷静に考えたらいくらオンラインゲームに体感5倍チートと、以前からやってる朝のロードワーク分の優遇があるとはいえ、実質2週間の練習で試合に出るとかホントシャレになってないよなぁ。

 なんとか怪我をしないで済みますように、と祈らずにはいられない。


「で、話を戻そう。対戦相手だったね。向こうのメンバーとはフライ級が1人、バンタム級が1人、ライト級が1人、ライトウェルターが2人で申し合わせも済ませてある。

 ちなみに前にも言ったがその5人中3人が春の選抜で表彰台に上がっている」

「…………」


 ちなみにフライ<バンタム<ライト<ライトウェルター、の順で階級が上がる。それぞれの体重は上限が4キロくらいずつ違う感じだ。


「フライ級2位の中西なかにし弘樹ひろき、ライト級優勝の石塚いしづかたけし、そしてライトウェルター級3位の小林こばやしけい、この3人は間違いなく来るだろう。

 おそらく最も難敵になる石塚は階級的に受け持つから、残りのうち、小林については当たり方によっては充にお願いすることになる」

「いやいやいや、いきなり3位とですか!?」

「一応階級ごとに相手は割り振られるが同じ階級だと誰と当たるかはクジ運になるんだ。もし小林とやることになったら防御に徹してくれればいい。最悪負けても問題ない。正直連中はその3人以外は大したことがない。充が小林を受け持つことになればその分、こちらの先輩が楽な相手とやることになって、勝ち星は十分見込める」


 それを聞くとちょっと気が楽になったな。

 ヘッドギアもあることだし、赤砂山での戦いみたいに最悪倒れた相手に命まで取りにくるようなわけでもない。ちゃんと審判もいるしルールもあるスポーツで負けてもいい条件なら悪くない。

 まぁ青痣くらいは覚悟してるけども。

 とはいえ、どうせやるなら勝ちたいのも道理。


「ちなみに小林さんとオレがやることになった場合、勝ち目ありますかね?」

「……うぅん。小林は試合巧者でポイントアウトに長けているからな…キャリアがない充にはちょっと難しいかもしれない。

 代わりにパンチ力がないから余程のことがなければ一発KOで失神なんてことはないけれど、アマチュアはあまりにポイント差が開いてしまうとレフリーに止められてしまうことも有り得るんだ。

 そういった意味でも勝ち目は薄いと言わざるを得ないね」


 …まぁそうだろうなぁ。

 いくらメジャーなスポーツと比較して競技人口が少ないとはいえ表彰台まで上がった相手に、たかだか一ヶ月やそこらの練習だけの奴が勝てるとか有り得ないし。


「とはいえ…相手も人間だ。ジャイアントキリングはボクシングの醍醐味のひとつでもあるわけだし、作戦次第では狙ってみるのも悪くない」


 珍しく俊彦先輩がにやりと悪い笑みを見せた。


「充、サウスポーも練習したらどうかな?」

「……は?」

「何度かミット受けているときに気づいたんだけども、充のパンチ力がちょっとアンバランスなんだ。左利きほど左が器用なわけでもないんだけど、純粋な腕力だと左のほうが力がある。どちらかというと右が弱いというよりも左が強い感じだ」


 ? そうなの?


「だから現状のオーソドックスの構えでも左手をジャブに使うことで、強いほうのパンチを多く叩き込む強襲戦法が取れるわけだけど、逆を言えばサウスポーにして左右逆にしても強さがほとんど変わらないということでもある。要は利き腕を前にする同じような強襲型の人造サウスポーにしても面白い。

 相手の小林もサウスポーは数が少ないせいもあってあまり得意ではないみたいだし、スイッチしてサウスポーも使えるようになれば奇襲として効果は高いだろう。そこまでやっても勝率はほんのちょっとだけ上がる程度でしかないが」


 ポイントの取り合いでは分が悪い。ならば、サウスポー相手で小林が戸惑っている強引に畳み掛けて倒すしか活路がない、というわけか。


「……ここでいきなりサウスポーやるんですか? いくらなんでも練度が低すぎるんじゃ…」

「そうかな? ちゃんと言われた通り帰った後も毎日2時間オーソドックスの構えからワンツーを打つ練習はしていたんだろう?」

「ええ、そりゃまぁ…」


 おかげで最近部屋が汗臭い気がするがそれはおいといて。


「その時間を今後はサウスポーでやるようにすればなんとか間に合うはずだ。スイッチやコンビネーションもおいおいやっていくとして、一応ボディワークを使った防御方法に関しては足の運び以外基本は同じだからな」

「……余計なこと言わんかったら良かった……まぁそれで勝てる可能性が1%でもあるっていうんならやりますけどね。ああ、あともう1個確認しときたいんですけど」

「なんだい?」

「この前帰りに変な男たちに待ち伏せされて、対抗戦を辞退するように言われたんですけど、なんかそういうことしそうな連中に心当たりないです?」

「…………」


 俊彦先輩の表情が険しくなる。


「おそらく相手校の連中だろう。実のところ対抗戦で決着をつける羽目になった揉め事の原因も同じなんだ。石塚を中心にボクシング部以外に取り巻きがいてな。

 元々連中の学校のガラもあまりよくないんだが、町中でうちの部員に難癖をつけてきて喧嘩になったという経緯がある。いくらボクシング部以外の取り巻きとはいえ、石塚とツルんでいる連中だったからこそボクシング部同士の問題になったんだがね」


 なるほど。

 正直なところ、こんな出てきても勝てる可能性が低い初心者よりも俊彦先輩を辞退させたほうが確実だろうに。ああ、でも俊彦先輩だったら脅しても気にしなそうだから、初心者のほうに脅しをかけてビビらせようというのは間違ってないか。


「情報をありがとう。他の部員たちにも注意するように言っておこう」

「いえいえ」


 伊達のこともあるし、やっぱり単独行動は出来るだけしないようにオレも気を付けておかないと。

 さて、そろそろ休憩も終わりだ。

 次はマススパー(力を加減して行うスパーリング)かな。


「はいは~い。それやったらいい案があるで~」


 リングサイドでシャドーしつつサボってるジョーが手を挙げた。一体何をしにきてるのか問いただしたくなるな。多分オレが四苦八苦してるのを楽しみに来ました、とか言いそうだけど。


「サウスポーの練度が低いのが懸念やったら、練習をたくさんしたらええと思いま~す」

「………?」


 なんか嫌な予感しかしない。


「こんなこともあるか思て、オンラインゲーム部の先輩方に交渉して土曜日半日使わせてもらえるようにしといたで! なんと5時間! ゲーム内時間でいうたら25時間や!」

「おぉ、それは凄いな!」


 びし!とブイサインを出すジョーと素直に感心している俊彦先輩。

 いや、ちょっと待て!?


「1年の使用は平日だけだったはずだろ、なんでそんな…」

「はっはっは、アホやなぁ。うちの部長も先輩も人情話には弱いんやで? 運動したことのないミッキーが友情のために命の危険を顧みずどんだけ健気に頑張っとるんかを、200%くらい水増しして話したら感動しまくって快く貸してくれたんや!」


 待てぇぇぇぇ!?

 というか、部長騙され過ぎだぁぁぁ!?


「はっはっは、そないに感謝せんでも……って、あれ?」

「………」

「なんでミッキーは無言でグローブつけてはるんかなぁ~?」

「いやぁ感謝のあまり、もういてもたってもいられなくて、さ」


 じりじりと後退するジョー。

 近づくオレ。


 ぶんっ!


 見よう見まねでローキックを放つとあっさり避けられた。

 そのままジョーに向かって飛びかかる。


「早速サウスポーの練習をしようか、と思ってさ! 手伝ってくれるんだろぉぉ!?」

「いやいや、今蹴りとか出そうになっとったよね!? ぎゃー!? ちゅうかペットボトル投げんなや!? もうボクシング関係あらへんやんっ!?」



 10分ほど追い回していたら、部長に怒られました。

 真面目に練習していた部員の皆さん、ゴメンなさい。



 気づけばお気に入りが100件を突破しておりました。

 読んでくださる皆さんのおかげで更新を続けることが出来ます。本当にいつもありがとうございます。


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