59.百目ちゃんと隠れんぼ
“百目”
適正レベル:???
ドロップアイテム:百眼の小手(100%)
出現場所は不明の希少種。
百目鬼、百々目鬼とも呼ばれる鬼属の魔物。性格には個体差があるものの鬼属の中では温厚な部類に入り話が出来る。通常は人に近い姿を取っており無数の目を持っているが、それがどこについているのかは個体による。警戒心が強く目を飛ばして周囲を窺う。
検索結果としてはこんな感じだ。
社から出てきたのは和服を着た10歳くらいのおかっぱをした女の子に見える。別に角も生えていないし、もし袖から見える腕に無数の目がついていなければ、人間にしか見えなかったろう。
ちなみに、
百眼の小手:売値110000P。百目が持っているとされる希少物品。身に付けていると探査、察知系の技能が1.5倍され、飛躍的に増大する。
これがドロップアイテムらしい。
…結構凄くないか、これ? 売値110000Pとか、日本円にしたら一千万円を優に超える。確かに技能が1.5倍にする、ということは高レベルほど恩恵があるということ。例えば30レベルなら45にしかならないが、50レベルなら75になるわけだ。金を持ってる高レベルであればあるほど欲しくなるからこその高値ってことか。
さすが希少種が持っているだけのことはある。
だがもしかしたら、それだけ危険ということなのかもしれない。
びくびくしながら見ていると突然真横に隠身が現れる。手には何やら小さなビニール袋を持っている。差し出されたそれを受け取ると、再びその姿が見えなくなった。
「範囲は山の中ダケ。見つかったラ、それ渡セ。終わっタら入口まで戻レ」
……???
まぁとりあえず隠れろって言ってたし、とりあえず適当に―――
そう思った次の瞬間。
ポン…ッ。
ポップコーンが破裂する音がもっと小さく可愛らしくなったかのような軽い音がした。
思わずそちらを見ると、女の子が手をこちらに向けて翳していた。
ポ…ポンポポポンッポポンッポポポポポンッポンポンッ!!
音が凄い勢いで連続で響く。
その音と共に腕にあった無数の目が、肌から浮き上がるように空中に飛び出した。あれよあれよという間に女の子の周りはふよふよと漂う目で埋めつくされた。
「うっそぉ……」
確かに検索結果では目玉を飛ばすとあったけども、実際見てみると結構ド肝抜かれる光景だ。目玉が腕から消えた百目ちゃん(?)はすっかり普通の可愛い女の子なわけで、その周囲に目玉がうようよとか、もうどこのホラー映画かと。
「……やばっ」
ビビってる場合じゃなかった。
おそらく隠身が言ったのは、警戒心の強い百目なら隠れるいい訓練になるっていう意味なんだろう。つまりここから上手いこと隠れなければいけないのだ。
あの目玉についてこられたらそれどころではなくなってしまう!
慌てて後ろ向きに走り出すオレと、
「特訓、開始だゾ!」
隠身が開始を宣言し、百目が目玉を飛ばしたのはほぼ同時だった。
とりあえず走る。
何は無くとも走る。
後ろを確認すると目玉はふよふよと追いかけてはきているものの、人間の全力疾走ほどの速度ではないようだ。それでもマラソンランナーくらいの速度はあるので、休憩でもしようものならあっという間に追いつかれてしまうだろうが。
幸いなことにボクシング部の助っ人に決まってからというもの、毎日毎日死ぬじゃないかと思うほどのロードワークを課されていたため、まだ体力には余裕がある。
見つかる見つからない以前にひとまず目玉の視界そのものから逃げるべく足を動かす。
「はぁ…ッ、はぁ…ッ、はぁ…ッ」
さらに走ること数分。
なんとか目玉を振り切ることに成功したオレは、適当な茂みの中に身を潜めた。
急いで呼吸を整えて息を殺す。
【しかし百目を利用するとは考えたものだの。さすが上位主人公だけのことはある。目の前から瞬時に消えるほどの隠密術はこういう経験が積み上がって出来たわけじゃな】
予想外過ぎるにも程がある。
しかしまさか出雲が隠身と知り合いとは思わなかったな…。落ち着いて考えれば、伊達とも知り合いだったんだから上位者同士そこそこの繋がりはあってもおかしくはない。逆に言えば他の上位者とも知り合いの可能性もある。ちょっとそのへんも聞いておいたほうがいいかもなぁ。
がさっ。
「っ!!?」
背後で物音。
振り向くとそこには目玉がいた。
しまった………見つかった。
目玉はまるで何かを確認するかのようにじーっとこちらを見ている。
「…? あ、そういえば」
ふとさっき隠身から言われたことを思い出して、渡されたビニール袋を開く。
見ると中には飴玉が大量に入っていた。
「………」
意味がわからないが、一度師事することにした以上は疑っても始まらない。
飴玉を一個取り出して地面に置く。
袋に手を入れた瞬間びくっと警戒した目玉だが、オレが取り出したのが飴玉だとわかるとふよふよと近寄ってくる。
警戒させないように少し下がると、そのまま目玉は一気に飴玉に近寄って器用にも頭の上に載せた。目玉の上のほうのことを頭というか知らないけども。
そのまま目玉はす~っと戻っていく。方向的にはさっきの女の子、つまり本体がいる方角だ。見ていると他の目玉も戻っていくのがわかった。
これはつまり……、
【あの隠身がそう教えこんだのか、単純に飴玉が好物なのかはわからないが、隠れているのが見つかった場合でも飴玉を渡すことで一度警戒を解いてくれるようじゃな。
つまり、同じように見つかるまで隠れて、そして見つかったら飴玉を渡すことで、探知能力の高い百目相手に効率よく技能を上げることが出来る、ということではないかの?】
………こう、なんというのかコンピューターゲームでウラ技を見つけた的な感じだな。
ひとまずその推測が合っているのか社のほうへと戻ってみる。
すると社の前にはさっきの百目ちゃんがいた。目玉は待機しているのか、まだ彼女の周囲の空間をふよふよと浮かんでいるようだ。
多少おっかなびっくりなところはあるものの、最初出会ったときのような警戒は無く何か楽しそうに見える。見ているとにこにこと微笑みながら、再び彼女は目玉を飛ばしてきた。
「……当、ったりかなぁ…ぁッ!!!」
どうやら間違いなかったらしい。
再び目玉に見つからないよう気合を入れて走り始めた。
まず木の上に隠れてみた。
残念ながら目玉は高さにして5,6メートルは飛べるらしくあっさりと見つかってしまった。登るのに結構体力使う割に効率が悪いな……仕方ないので飴玉を渡した。
次に見つけた小さな洞窟に隠れてみた。
これが大失敗。冷静に考えればこの山そのものは百目のホームグラウンド。怪しげな洞窟なんてものは既にマーク済だったらしく、これまた速攻で見つかってしまった。無念…飴玉がまた1個減る。
それならばと偶然見つけた木の洞に隠れてみた。
これならば見つかるまい、と思ったのだがやっぱり見つかってしまった。たださっきまでよりは結構探したようで少し時間がかかっていたから進歩したと思おう。飴玉を渡して仕切り直し。
今度こそと気合を入れて崖の下にあった蔓の裏側に隠れてみた。
しばらく見つからなかったのでやった!と思ったんだけども裏側に回り込むときに何本か蔓を切ってしまったのに気づかれて見つかってしまう。意外と注意力がある目玉にびっくりしつつ飴玉をあげる。
似たような感じで背の高い草の影に隠れてみた。
灯台もと暗しじゃないけども、こういうありがちなところが意外と見落とされているのでは、なんて甘い期待を抱いたけどそんなこともなく見つかる。まぁこんだけ目玉あったら人海戦術(…といっていいのかわからないが。目玉海戦術?)でくまなく見れるか。がっかりしたけども飴玉は減るのだ。
「………うーん。とりあえず次はどうしたもんかな」
隠れてから見つかるまでの時間が長ければ長いほど技能が上昇するというのであれば、量より質のほうが大事だ。社に戻る前にどこか隠れやすい場所とかがないかじっくりと確認する。
「お…?」
あるものを見つけた。よし、これでいってみよう。
社へ戻って再び逃げる。さすがにこのくらいになると百目ちゃんも大分打ち解けてきて、飴玉を舐めながら楽しそうにオレを探そうとしている。
せっかくのかくれんぼだし、お互い楽しいほうがいいよな、うん。
急いで予定地点へとやってくる。
ちょっと地面がくぼみになっており、そこには戸板が置いてあった。誰が捨てたのかわからないがそれはこの際どうでもいい。そーっと戸板を持ち上げる。持ち上げるときに荒らすとバレるのでゆっくりゆっくり。あんまりゆっくりやりすぎると追いつかれるので内心ドキドキものだ。
そして戸板を持ち上げてそれを上にしながらくぼみに横たわる。
要は戸板の下になってくぼみの中にハマるわけだ。
こっそり隠れて目玉を待った。
1秒1秒がとてつもなく長く感じる中、静かに息を潜める。
待つことしばし。
………ふっふっふ、結構な時間がしてるがまだ見つかっていない。
この隠れ場所の素晴らしいところは戸板である。戸板は結構な重量があるので目玉が1個か2個あっても持ち上げられるとは思えない。つまり怪しいとは思われるかもしれないが、明らかにここにオレがいるとバレて目玉が集まらない限りは見つからない可能性が高いのだ!
我ながらなんという完璧な……ん? なんだ? せっかくいいところなのに。
え、ちょ…おまっ。
ぎゃーーーーーっ!!?
結論からいうとその後すぐに見つかってしまいました。
敗因は虫。
長く置いてあった戸板の裏側にムカデやらダンゴムシやら色々いて、隠れることばかりに意識がいって確認してなかったオレはそこに寝転がってしまったのだ。気づくと服の中に虫が……ッ!?
ああ、思い出すだけで恐ろしい……ッ。
さて、そろそろ日暮れである。
お開きにするのには丁度いい時間かな。確か隠身からは終わったら入口に戻れって言われてたっけ。道はわかっているので問題はないんだけど…………。
うん、このまま帰るのは惜しいな。
こんな機会は滅多にないんだし行きがけの駄賃に―――
□ ■ □
目の前で三木充が走り出していった。
向かうのは入口ではなく社の方だ。
ふぅ、と大きく嘆息する。
ああ、やっぱりコイツもか、と。
この山には結界が張ってあり、特定の品を持っていない者は入ることができない。今回三木が山に入れたのはあくまでワタシの同行者であったから。
今までこの山に連れてきた者は何人もいた。
だがその全てはもう存在しない。
誰一人として誘惑に勝てなかったから。
百眼の小手。
希少物品であるそれを得ようと最後は誰も彼も百目を狙うのだ。それもある意味では当然といえるかもしれない。狩場で出会えるのは狩りをする意欲のある主人公であって、興味がない者はそもそも連れ出すこともできはしない。
勿論そうしないようにあらかじめ言い含めておくこともできるし、当初はそうしていた。だがどれだけ言っても結局見ていないところで百目を狩ろうとすることから、今ではもう諦めていた。
百目そのものは戦闘力的にいえば、それほど高くない。個体によっては強い者もいるのだが、少なくともこの山にいる少女については弱い。だが少なくとも話をすることはできる。苦労して意思を伝え甘いものと引き換えに隠れんぼをするような今の形にできたのは意思疎通が出来ればこそ。
ギブ・アンド・テイク。
皆が得をする関係。
それを自分の都合で壊すような相手は許せない。
だからいつもこうしている。
興味のある奴を連れてきては確かめている。
三木については刀閃卿の言葉もあり、期待していたのだが所詮はそれだけの男なんだろう。
ならば仕方ない。
百目に手を出そうとした瞬間いつも通りに即死させる。
静かに決意して、社までやってきた三木の背後にゆらりと気配を殺したまま立つ。
手にしているのは短刀。それも毒のついているものだ。低レベルはおろかそこそこの主人公でも、かすり傷ひとつ絶命する可能性のある武器。
愚かにも三木はそれに気づかず、百目の目の前まで歩いていく。百目は予想外に近寄ってこられて一気に警戒の度合いを強めた。
さぁ、刃を抜こう。
そう思った瞬間、
三木が頭を下げた。
「……ッ?」
そしてその後の行動を見て、刀閃卿が言った一言を思い出す。
充は馬鹿正直で色々困った奴ではあるんだけどさ、そう言った彼は笑って続けたのだ。
―――絶対友達になりたくなる奴なんだぜ?
□ ■ □
とりあえず怯えられているようなので、それ以上は近づかず立ち止まって頭を下げた。
「えぇと……ありがとう!」
疑問符を浮かべている少女に笑いかけた。
「いやぁ、こんなに楽しく隠れんぼしたのは久しぶりだからね。君のおかげで色々と勉強にもなったからなんとなくお礼を言いたかったんだ。
あ、自己紹介してなかったかな。オレは三木充。ミ・キ・ミ・ツ・ル」
それからビニール袋の中身を見せてから、その場に袋を置いた。
「貰い物でゴメンなんだけど、この飴置いていくね。あとこっちはオレがおやつに食べようと思ってたお菓子なんだけど、もしよかったら食べて」
お気に入りのお菓子(食べると口の中がパチパチするやつだ)を置く。目玉が飛んできて少女のほうへと持ち去った。
「???」
「……あ、しまった」
袋に入れたままだった。開け方がわからないらしい。貸してごらん、と手を出すとびっくりしたことに目玉じゃなくて女の子が直接こっちに持ってきた。
受け取ってからビリって破って中身を取り出す。綿菓子みたいな飴だ。今まで飴玉しか見たことなかったのか怪訝そうな顔をしている百目ちゃん。安心させるためにちょっとだけちぎって食べた。
う~ん、このパチパチ感がたまらないなぁ。
その様子を見た彼女も食べたくなってきたようで、そのまま渡す。
ぱくり。
彼女が一口食べた瞬間、びっくりしてぶるっと震えた。周囲に浮かんでいた目玉もぶるっとしたのでちょっと驚きだ。だがどうやらお気に召したようでもぐもぐと食べ始めた。
よかったよかった。
でもホントに美味しそうにお菓子食べるな、この子。
「喜んでもらえてよかった。今度来ることがあったら、また別のやつ持ってくるから楽しみにしててよ。結構色々あるんだよ?」
その笑顔に満足して引き返そうとすると、つぃ、っと隠の衣の裾が引っ張られた。
見てみると引っ張ったのは百目ちゃんだった。
「?」
「ミー」
自分を指さしている。
どうやら名前をミーちゃんと言うらしい。
彼女はごそごそと何かを取り出した。
「あげる?」
なんか結構大きめの包みを差し出された。
よくわからないが真剣な顔なので受け取らないわけにもいかない。
「…? ありがと」
「~♪ それないと来れない」
受け取るとまた満面の笑みで応えてくれた。
どうも話しぶりからすると何か通行手形的な品なんだろうか? まぁ飴目当てであったとしても、また来てもいいくらいには思ってくれたとしたら素直に嬉しい。
「じゃあ、またね」
「……」
寂しそうではあるが、手を振ってくれた。
そのまま階段を降りていく。
【ふむ…お主が急いで走っていくから、てっきり百目を退治しにいったのかと思ったぞ】
「いやいやいや…なんで、あんな小さな女の子を攻撃せにゃいかんのよ? まぁ百眼の小手?だっけ? あれは確かに凄い品だとは思うけどさ。いくら魔物だからって何の罪もない、それどころかお世話になった女の子をどうにかする理由にはならないよ」
さて、帰りますか。
「三木」
「ぬおぉぉっ!!?」
驚いた! 絶対タイミング見計らってたろ、あんた!?
目の前に隠身が現れた。
「…………お前、いい奴ダ」
「…??」
なぜか小さくサムズアップされた。
「何か困っタことが出来たラ呼べ。お前、今日カら友達」
相変わらず物静かな感じなんだけど、すっげぇ上機嫌だ。
と思ったらまた消えた。
「………ゥ……」
「……いや、だから自分で言って恥ずかしがるのはどうかと」
ツッコミを入れつつ入口のほうへと戻っていく。
ちょ、ちょっと個性的ではあるけども、上位者の友人が出来たのは嬉しいことだし、魔物と初めて話して仲良くなれたりもしたし、中々いい一日ではあったな。
そこはかとない満足感を覚えつつ帰るのでありました。
返って包みを開けたら百眼の小手だったので、ちょうびっくりしたのは別の話。
どうも隠身の話に寄るとこれを持ってないとあの山に入れないらしいので、彼女らにしてみれば特殊な品というよりは合鍵みたいなもんらしい。
うーん、あんな高額の合鍵とか信じられないな…。
今のレートで売ったら一体いくらになるんだろうか。
はっ!?
……いや、売ったりしないよ!? そ、そんなこと考えてないからね!?




