58.隠せんせー
日曜日。
バスに揺られながら狩場へと向かう。
目の前には音無川が広がっており、それと並行するように伸びている堤防上の道路を走っていた。
初の音無川上流。
ひとまず河童で腕試しだな。
そんなことを思いながら外の景色を眺める。
あれから出雲に電話で確認したところ、音無川の適正レベルとしては20くらいまで。基本的には敵が物足りなくなったら水源のほう、つまりより上流へと進んでいけばよいだけ。狩場の構造としては一定ラインで強さが段違いになる赤砂山より余程わかりやすい。
ちなみにレベル20を超えると、そこから30くらいまでは赤砂山上部…通称天狗ゾーンが適正狩場になるらしい。
せっかくだからその電話の際、エッセから昨日提案があった隠蔽や隠密系の技能について効率の良い修行方法を聞くと、
「……ふむ、音無川に行くのなら丁度いい。そこで狩りをしている最中に知り合った知人がコツを知ってるから、会えるように手配をしておこう」
との返答。
一体どんな相手なんだろうな。
まぁ出雲の紹介ならば問題あるまい、と楽観的に考えているけども。待ち合わせをどうしようかと聞くと音無川はその人のテリトリーなので適当に狩りをしていれば見つけてくれるとのこと。出雲にしては珍しく適当な段取りである。
そんなこんなでバスが目的の停留所に止まったので降りる。
少し歩くといつも通りの違和感。
どうやらここから先の河川敷が狩場になっているようだ。認識阻害は今日も絶好調に働いているようで、あたりに人影はない。
「とりあえず待ってる間に依頼でもこなしておきますか」
さすがにエッセと話しているだけで丸一日潰してしまうのは勿体なかったので、昨日急いで斡旋所にいっておいたのだ。
閉まってしまうギリギリになんとか滑り込んで受けたのが以下の依頼である。
『薬効を求めて』
推奨技能:特になし
期限:10日
報酬(P):300
評価・貢献ポイント:30
河童の軟膏の薬効を研究している方からの依頼です。
指定の期日までに河童の軟膏を30個納品してください。
安心安全いつもお世話になって命を守ってくださる軟膏関係のお仕事だ。
やっぱりオレと同じようにこの不可思議な軟膏の秘密を解こうとしている人はいたんだなぁ、とちょっと感慨深い。薬効を研究してもっと凄い薬を出してくれるとか期待したいところだ。
正直この依頼の難易度は低い。
最悪の場合店売りしている河童の軟膏を買ってきて渡せばいいだけだからだ。そういう意味では報酬設定もなかなかいい線いっていると思う。
店で河童の軟膏を買ってきた場合は1個あたり10P、つまり必要量である30個で300Pかかる算になる。で、依頼達成の報酬が300P。
買ってきてしまうと儲けがなくなり、かといって誰も受けないほど報酬が低いわけでもない。おまけに音無川でレベル上げを始めたばかりの主人公なら、片手間に出来る依頼という意味で都合もいい。河童の軟膏を集めつつ、もし尻子玉とかでも出れば申し分なくお金も稼げるし。
まぁ要するに斡旋所の出す依頼はちゃんと吟味されてる、と実感したわけだ。
さて、ひとまずそのへんにある石を手に取った。
上流の河川敷には石だらけなので手ごろな大きさのものを探す不自由はない。きょろきょろと邪な河童を探す。引きずり込もうと襲ってくる水際を歩くのが手っ取り早いのだが、いきなりやるのはちょっと怖い。
しばらく探していると川から1メートルほどの茂みで何かが動いた気がした。
おっと、あそこか。
ぶんっ!
石を投げる。
がつんっ!
「ギャワァッ!?」
奇妙な声がして不可思議な生き物が茂みから顔を覗かせる。頭に皿を載せ背中に甲羅を背負った二足歩行の爬虫類、とでも言えばいいのか。うまいこと言えないが河童としか形容のできない奴だ。
気合を入れて乳切棒を握る。
赤樫のものよりもしっくりくる密度の高そうな白樫の柄に力を込めて構える。
「さぁ来いっ!……って、えぇ!?」
ぶひゅ~っ
妙な音。
構えているところに、河童は水を噴いて玉にして飛ばしてきた。まるでしゃぼん玉のようにぶわりと顔の前に野球のボールほどの大きさの水球を形作って飛ばす仕草はちょっとびっくりだが、見とれている余裕はない。
てっきり向かってくると思っていたので予想外の攻撃に一瞬反応が遅くなるが、なんとか身をよじって避ける。
ばしゃっ!!
避けた水球が後ろの地面に当たって弾けた。見ると地面が少し抉れている。一撃でどうこういうほどじゃあないが、少なくともダメージは入りそうな威力だ。
そういえば遠距離攻撃相手には水を飛ばすとかなんとかあったっけ。
すっかり失念していたことを再認しつつ前に駆け出す。無論石を拾って投擲合戦することも考えたが、投擲のレベルは棒術に比べれば低い。河童を仕留めきれるかどうか自信がなかった。
再度の水球を避けて一気に懐へ。
このへんの見切りは以前に比べると大分巧くなった気はする。
がんっ!!
手始め、とばかりに棒を唐竹に振り下ろす。
頭の皿にヒットすると硬質な手応えが返ってきた。弱点ではあるものの、さすがに一撃で倒せるような致命的な弱点ではないらしい。
「っとと」
河童は怯むことなく手を伸ばしてきた。
水かきのついた手がオレを掴もうとするのをバックステップで避ける。避けながらさらに皿を叩く。
接近してからの動きはただ掴んで引きずりこもうとするのが主なようで、正直槍毛長のボスのような相手と比べれば避けやすい。避けることに重点を置いて無理をしない範囲で反撃を入れていく。
しばらくすると、ピシ、という音共に皿が砕けて河童が倒れた。
そのまま河童の軟膏を残して消える。
「おし、問題なくいけそうだな」
小さくガッツポーズをして軟膏を拾う。これで残り19個っと。
この依頼を達成すればランクも上がるぞ、と思うと気合が入るなぁ。
とはいえ、まだ川岸を歩くほどの度胸はない。まだ確認しておかないといけないことがあるしな。
石を手にさらに河川敷をうろうろし、再び河童を発見。
石を投げつけ、反応してきた河童の水球を避け接敵。ここまでは先ほどと同じ。だが今度は捕まえようとする手を避けながら胴体を攻撃していく。
1発、2発、3発…。
数えながら攻撃していくと9発で倒れた。
胴体のあたりどころの問題もあるだろうが、先ほど皿ばっかり攻撃してたときは6発で倒せたところを見ると、皿が弱点なのは間違いないらしい。
さらにもう1匹、今度は背中の甲羅を攻撃してみると、なんと21発も必要だった。胴体の倍以上、皿と比較すれば3倍以上。甲羅はかなり防御力が高いようだ。
これで軟膏は3個。
なかなかいいペースで集められている。
「んじゃそろそろ川岸を歩いてみよ…っ!?」
そう言いかけた瞬間、
ぞわり。
全身が総毛立った。
首筋に当てられたひんやりとした金属の刃の感触に。
「う…ぁ……っ」
言葉が出ない。
別に油断していたわけじゃない。それどころか河童に奇襲されないように常に警戒を心がけていたはずだ。にも関わらず、突然首に刃を当てられている。
意味がわからない。
「動くナ」
オレに刃を突きつけている誰かが背後から囁く。
「喋るナ。今から言うことに首を振って応エロ。YESなら1回、NOなら2回ダ」
……。
背中を冷や汗が伝っていく感触を感じながら1回頷く。
「おまえの名は、三木だナ?」
なんでバレてるのかわからないが1回頷く。
……まさか。
様々な想像が頭をよぎろうとしたとき、突然背中が蹴飛ばされた。
「お…おぉっぉぉぉぉっ!!?」
思わず前のめりにつんのめってコケた。
わけもわからず無我夢中で振り向く。
そこには誰もいない。
「ワタシ、名乗ろう。隠身、ダ」
声は背後から。
慌てて視線を向けるとそこにはフードを目深に被り外套を羽織った小柄な人物がひとり。両手には何も持っていない。おそらく外套の中にでも隠しているのか、先ほどオレの首に突きつけられた刃物はすでに見当たらなかった。
この佇まい、見覚えがある。
そしてその名前に聞き覚えもあった。
「刀閃卿から聞いていルナ? ワタシ、コーチ1日すル。よろシク」
第7位の上位者、隠身。
………そりゃ、気配のけの字もわからんはずだ。
これが日本地域でおそらくトップの隠密能力。
そして出雲、そういう大事なことは先に言っとけよぉ!?
とはいえ内心で悪態をつきつつも感謝も覚える。確かに隠密系の能力習得のコツを習うという意味ではこれ以上の先生はいないから。
「よ、よろしく御願いします」
急いで立ち上がってドキドキしながら挨拶をする。
以前映像で見た際、纏っている外套が隠の衣だろうか、と推測したが、オレの纏っているものと比較すると光沢といい見た目から推測できる硬度といい別物のように思える。
「ワタシ、今日はオマエに教えル立場。ちゃんと師匠、呼ぶ。わかったカ?」
「はい、師匠!」
突然の申し出ではあるが、確かにこっちは習う立場に違いない。教えを乞うのだから言うことには可能な限り従うべきだろう。そう思って即答した。
すると、なぜか…
「……っ!?」
突然目の前から隠身が消えた。
な、何か気に障るようなことをしちゃったか!?
「…実際呼ばれるト、結構照れるナ」
姿は見えねど声だけが届く。
照れただけでいちいち消えるなよ!? 喉まで出かかったツッコミを飲み込む。
「まず隠密能力、鍛えるためノ行動、教えル」
ところどころ発音がおかしいのはわざとなのかどうでないのか気になったものの、それを聞けるような雰囲気でもない。
再び現れた隠身の指導でまず隠れることから始める。
エッセの言った通り、隠密の技能を上げるためには相手から探されている状態で隠れなければいけないらしい。勿論隠密そのものは不意打ちするのに使うことが出来るが、その場合は上昇しないようだ。
腕力を鍛えたかったら普段持ってるよりも重たいものを持たないといけない、というのと同じようなことか。通常よりも過酷な状況が技能を伸ばす秘訣なのかもしれない。
と、いうわけで先ほどまでと同じく河童に石を投げろ、と指示された。
それがヒットした後、河童の水球をかいくぐりながらそのへんの適当な茂みに隠れる。すこしするとバレて水球が飛んでくるので、また避けながら別の茂みに隠れる、それをただひたすら繰り返す。あまり攻撃しないと、河童が戻っていってしまうので時折石を投げながら続けていく。
……なにげに結構地味な作業だな、これ。
1匹を倒し、2匹目をちょうど倒した頃、懐から音楽が鳴った。どうやら技能が上がったらしい。確認してみると、初期隠密が1、投擲が2になっていた。なかなかいいペースだ。
「レベルアップ音、隠れるのニ邪魔。致命的ナときのこともあル」
姿の見えないまま、どこからか注意される。
急いでスマートフォンのステータスチェッカーの設定を弄ってミュートにした。レベルアップとかは音が出たほうが励みになるけども、今回に限っては確かにマイナスにしかないらない。
そのまま倒した河童が落とした軟膏を拾っていると、唐突に目の前に隠身が姿を現した。あまりに突然過ぎて一瞬「ひぃ」と言ってしまいそうになった。
ホント、心臓に悪いなぁ、もう。
「隠密1、なったラ、準備OK」
そう言ってスタスタと歩き出した。
「いよいよ本番。覚悟しロ」
嫌な予感をさせつつ慌てて荷物を担いで後を追った。
音無川からすこし離れて河川敷から脇の道へと入っていく。一体どこのいこうというのかドキドキしながら続き、すこし歩くと小さな山に出た。
山の麓はまるで縄張りでも示すかのようにぐるっとロープが張られていた。まぁ意外と私有地なので立ち入り禁止!くらいの意味なのかもしれないけど。隠身は気にした様子もなく慣れた様子で進んでいくので、オレもついていく。
鬱蒼としてはいるものの浅い森。木々や下草をかき分けながら進んでいく。
赤砂山のような獣の気配はしない。どちらかといえば小さい頃に見たアニメの裏山的な感じの雰囲気で、子供が遊んでいても問題なさそうなのんびりとした山だ。
「えっと……どこへ?」
「黙ってついて来イ」
聞いてはみたものの、にべもない。
さらに歩くことしばし。石づくりの階段が見えてきた。神社への参道のような階段。
個人的には羅腕童子のときといい、槍毛長のときといい、あまりいい思い出がないのでちょっとだけ苦々しい表情になってしまう。
一段一段登っていく。
無事登り切ると、そこには小さな社がひとつ。
「ここダ」
隠身がそう一言だけを残して、またその姿を唐突にかき消した。
その場に残されたオレはどうしたらいいものかわからずにその場に立ちつくしていた。すこしすると社の戸が開いて、隙間から何かがこちらの様子を窺っているのに気づいた。
思わずドキっとした。
それは小さな女の子。
警戒するまでもない。可愛らしいだけの話。
体に無数の目がついていなければ。
「ここは“百目”の社ダ」
どこからともなく届けられた隠身の声が遠く聞こえる。
そして言葉は続く。
さぁ、隠れろ、と。
お待たせしました。
無事に時間が取れ更新を再開していこうと思いますので、またお付き合い頂ければ幸いです。




