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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.01 全てのはじまり
6/252

5.突撃鼠

 やっとの思いで見つけたステータス画面を開くための鍵。

 よもや視界の一番下に、帯状に細長くあったのがツールバーだっただなんて気付かなかったぜ。

 これを探すだけですでに30分…恐ろしいゲームだ。


「えぇと、ここから選んで開くわけだな」


 例えるならハリウッド映画の日本語の字幕のように視界の一番下の端に、ツールバーと呼ばれるものはあった。パソコンとかでメニュー項目を選びやすくするために項目を簡略化したアイコンを並べて表示している感じのものだ。


 ステータス画面、各種装備、道具…、って一番最初にあった!


 急いで「St」と書かれたボタンを押そうとした瞬間、小さな効果音と共に頭の中に大きなウィンドウ画面が開く。

 いきなりだと結構怖い感覚だな、これ。

 視界や頭の中に自動で浮かんでいるものについては意識するだけで操作することが出来るようになっているらしい。

 結構便利だ。

 せっかくステータス画面を開いたので色々見ようと思った矢先、チュートリアルのウィンドウが開く。

 次の指示は「剣を装備しろ」だった。

 ステータス画面にあるたくさんの項目の中から現在の装備品の欄を見ると、布の服と靴は装備しているものの(さすがに裸だったら一番最初に気づいてただろうけども)、両手には何も持っていないとの表示。

 急いで今の自分の荷物を確認すると、小学生がプールで使う水着を入れるような紐で口を縛るタイプのショルダーバッグ、そして腰に剣を下げている。

 剣かぁ…実物(?)見るの初めてだよ、うん。

 柄を掴み勢い良く引くと、少し引っかかる感じはしたものの意外と抵抗なくすらっと抜けた。

 刃の長さは30センチほど。材質は銅か何かみたいだけども、かすかに曲がっていたり刃が潰れていたりで切れ味はどう贔屓目に見ても悪そうだ。

 ステータス欄を確認して、無事装備できていることに安堵する。

 次にやってきた指示は「剣で10回素振りをしてみよう」ときたもんだ。大きく振りかぶってぶんぶんと縦一文字に振ってみる。

 これまた意外というと笑われるかもしれないが、難しい。振るだけなら出来るのだけれど相手を想像して当てようとすると、振り方が乱れて体勢が崩れる。

 あとスニーカーの感覚で踏みしめていると余りグリップが利かないのも原因だろう。草地だからいいけれど、これがゴツゴツした石とかがある場所だときっと足の裏も痛いに違いない。布の靴を履いてみて初めてわかる文明のありがたさ、である。


 ピロン!


 無事に素振りが終わると、右の方から音が聞こえてきた。

 咄嗟にそちらを見ると何やらデカい生き物が草地の奥からこっちを警戒している。それにしてもどっかで見たような……ああ、頭が一回りデカくてハゲてるけど、動物園で見たカピバラそっくりなんだ。

 そう結論づけるのと同時、頭に次の指示が浮かぶ。


「目の前の魔物、突撃鼠エフォドス・ポディキを倒してみよう」


 ……よ、よし、とりあえず名前にツッコミたいところはあるが、攻撃方法が推測できるだけありがたいと思うとしよう!

 こちらが構えるまで待っていてくれたのか、向こうも敵意を持ってこちらを睨みつけてきた。


「チュートリアルの敵、いわば雑魚。しかも鼠。これくらいなら…って!?」


 いきなり奴は突っ込んできた。

 反射的に避けるとそのまま鼠はまっすぐ突っ込んで、草原の端のほうまで走っていってしまう。距離にして100mほどか。

 ドーンッ!

 そしてあがる轟音。

 草原の終わりまでいった突撃鼠エフォドス・ポディキが、その勢いのまま生えていた樹に頭突きを炸裂させた音だった。


「うっそぉ…」


 ばきばきばきばき…。

 それほど大きな木ではなかったものの、樹齢数年は立っている木が見事にヘシ折られ倒れていく。

 遠目でわかりづらいが思わず自分の体と樹の太さを見比べてしまう。さすがにオレの胴回りよりはいくらか細いように見える。見えるが……。


「何考えてるんだ、このゲームの製作者は!? あんなのがいきなり相手かぁぁぁっ!?」


 誰がどう見ても一撃食らったら負けである。

 同時に頭に浮かんだチュートリアルメッセージに頭を抱えたくなった。

 

「極限までリアリティを高めたヴァーチャルゲームを提供する、をモットーにチュートリアル戦闘もリアルな生死体験を追求しております。さぁ、あなたも心置きなく戦いましょう!」 


 方向性がズレてるぅぅぅっ!?

 わざわざそれをメッセージに入れるとかどんな鬼だ!?

 いくらでも出てくる文句を止めたのは何かが駆けてくる音だった。


「きたぁぁぁぁっ!?」


 どどどどどどどッ!

 全力で身を翻した場所を突撃鼠エフォドス・ポディキが通過していく。

 その激しい足の動きに草地の土が踏み荒らされ草が風に舞う。

 突撃の勢いを間近で見てしまったせいもあり、もう恐怖全開で頭の中が真っ白になりそうだ。

 普通なら攻撃を避けた!で済むだけの行動。


 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…


 それもこのゲームの中では、その回避行動ひとつでも疲労が蓄積され緊張で息が荒くなる。

 単なる消耗戦。

 相手にどれだけのスタミナがあるのかわからないが、長く続けばやられるのはこちらに間違いない。

 だが他に手が思い浮かばない。

 物語の主人公とかなら、こういうとき機転を利かせて何か解決策を思いつくのかもしれないが恐怖でぐちゃぐちゃになった頭にそんなものが都合良く浮かんだりはしない。

 ただ同じ回避を繰り返していくだけ。


「………や、やばいぞ、これ」


 全力での急激なストップ&ゴー(命のかかった状態で必要最低限の見切りで避けるとか無理です)を繰り返した結果、ついに膝にきはじめた。

 あと数回続けたら動けなくなるかもしれない、そんな状況になってようやく一か八かに賭けるしかないと考える。

 どどどどどど…ッ。

 土煙をあげながら向かってくる突撃鼠エフォドス・ポディキ

 もう奴を倒すしかないッ!

 突進してくる奴にタイミングを合わせるように剣を振り下ろすッ!


 ッッッ……!!!


 刹那、世界から音がなくなる。

 真っ白に何もかもが消えたような、そんな錯覚を破ったのは背中に走った衝撃。


「が…ッ…ハァッ!!?」


 ごろごろと転がりながら、背中を打ち付けたのが地面だと気づく。

 突撃に吹き飛ばされて地面から着地したのだと。

 あまりの衝撃に横隔膜が痙攣でもしているのかと思うほど呼吸もままならない。

 なんとか浅い呼吸を繰り返していると背中の痛みは微かに引いていった。同時に今度はその余裕のある部分が脇腹を食い破られたかの如き獰猛な衝撃を思い出し、今更のように腹を押さえ突撃を食らった激痛に悶える。 

 幸いなことに腹はしっかりとそこにあった。

 痛みは痛みで存在しているものの、とりあえずは骨も折れていない程度らしい。あの大きさの樹木をヘシ折る突撃なら、肋骨くらいバキバキになっていておかしくないものだろうに。

 ふと、そこまで考えてステータス画面を呼び出す。

 そこに書かれていた残っている生命力の項目を見ると「10/19」とあった。樹木と違って吹き飛んだ分衝撃が殺されたのか、それともキャラクターと無機物とはダメージ算出が違うのかはわからないが、意外と残っている。

 数値的にいえばあと1発ギリギリなんとか耐えられるらしい。

 あくまで数値上では、だが。

 コンピューターゲームだと攻撃のダメージは多少波があったりするものだから、実はもうちょいダメージが出る可能性もあるものの、逆に言えばもっと弱い攻撃で済む可能性もあるので、それは考えない。


 がさがさ…ッ。


 どうやら突撃鼠エフォドス・ポディキは背の高い下草に隠れてしまったオレを探しているらしい。そりゃあ頭を下げて突進していたら、前は見えないわけだし相手が吹っ飛んでいく方向なんてわかるわけもない。いくらか時間は稼げそうだ。

 と、そこまで考えて。


「…ん?」


 ふと気づいた。

 前が見えないで、直前に確認した相手の位置に突進するだけならなんとかなるんじゃないか?

 おそらく硬い頭骨をぶつけるためなのだろう、頭を下げて突撃してくる格好に上からの振り下ろしでダメージを与えるのはかなり難しいが、なら逆なら?

 ほとんど賭けに近い思考ではあるが、唯一浮かんだ光明を掴まないわけにはいかない。

 もうすこし休んで呼吸を整えてから一気に立ち上がる。


 ピロン!


 向こうもこっちに気づいたのだろう。

 聞き覚えのある音がした方向に突撃鼠エフォドス・ポディキがいた。

 再び突撃を敢行する敵の攻撃から身をかわしつつ、あたりを見回す。

 幸いなことに少しくぼんだ場所を見つけることが出来た。そのまま手前に立ち、通り過ぎた突撃鼠エフォドス・ポディキが振り向いて行う次の突進を待つ。


 うわ~、ドキドキするなぁ。


 突撃鼠エフォドス・ポディキが突進を開始した直後、オレはくぼみに身を翻した。

 体が半分くらい隠れるくぼみ。そこにしゃがんで剣をしっかりと持って突き出しておく。


 どどどどどど…ッ!


 次第に近くなってくる音…思わず結末を想像して震える。

 所詮はゲームだ、死んでもゲームオーバーになるだけ、冷静にそんな考えを持つには、残念ながら余裕が足りていない。

 生きるか死ぬか。

 やれるだけのことはやって後は天に運を委ねる。


 ぞぶり…ッ!!


「…~~ッ」


 剣を落としてしまったくらいの十分な手応え。

 思わずくぼみから飛び出すと、オレの上を通って5mくらい行ったところで突撃鼠エフォドス・ポディキは倒れていた。その首元には先程まで手の中にあった刃が鈍く光っている。

 あの凄まじい勢いの突撃の速度がそのまま自分に跳ね返ってきたのだろう、短い剣はかなり深くまで抉るように突き刺さっていた。

 夥しい血を流しながら、しばらくビクンビクンと震えている突撃鼠エフォドス・ポディキ。それを見下ろしながら、なんとか賭けに勝てたことを実感する。


「…………はぁ~~」


 喜びもあったが、むしろ安堵感が強い。

 重圧から開放されて思わずその場にへたりこんでしまった。

 そうこうしているうちに突撃鼠エフォドス・ポディキは完全に動きを止め、次の瞬間ぼふっ、と黒い小さな煙をあげて消えた。あとには見事な頭蓋骨が残されている。サイズ的にあの突撃鼠エフォドス・ポディキのものなのだろう。

 それを拾うのと同時にチュートリアルメッセージが浮かび出す。


「おめでとうございます! 貴方は見事戦闘に勝利しました。次はこの平原の先にあるプロトス村を目指しましょう。このあたりは突撃鼠エフォドス・ポディキしかいませんが、森の中にはさらに凶悪な魔物が住んでいます。十分な力量を身につけるまでは森に入らないように村に向かいましょう」


 なるほど。

 ここからようやく人がいる場所に向かうわけだな。

 三方を森に囲まれた平原は西(太陽が東から登っているのであれば、という前提だけど)へと続いている。そっちにそのプロトスとかいう村があるに違いない。


「とはいえ、そろそろ時間だ。いやぁ、さすがにパニくったけど思い返せば面白かったな」


 ツールバーにある時刻表示がもうすぐ1時間になることを示している。

 精神的にも疲れているし、頃合だろう。

 さすがに今から、また突撃鼠エフォドス・ポディキに出会う危険を犯して村に向かうにはヘトヘト過ぎる。ゲームなのだから無理せず仕切り直せばいい。

 時間までもう少し。せっかくなのでさっきまでのことを思い返していた。

 ヴァーチャルならではのリアルな恐怖はどうしても拭いされないが、意外と冷静でいられたのは吃驚だ。生命半分まで減っている、なんて冷静に言っていたが通常半殺しくらいのケガを負わされたらあんなに頭は回らないだろう。

 衝撃や痛みはあるものの個々人が耐えられるレベルまで落としていたり、思考を乱さないようにゲームっぽい工夫がしてあるのかもなぁ。

 そんなことをのんびり考えながら空を見上げる。

 青い空に心癒されて待つ。


 …………


 ………


 ……


 時刻表示が1時間を過ぎても何も変化はなかった。

 2時間後も、3時間後も。

 …………何も、起こらなかった。


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