57.便利な検索サポート
チュンチュン…。
雀の鳴き声がする。
今日も憎むべき目覚ましは無く好き放題に寝て目が覚めたら起きた感じだ。
時計を見ると時刻は午前11時。
いつもよりも優に4時間は長く寝ていた計算になる。
いやぁ、よく寝た。
大きく伸びをしながら起き上がる。
こんなにのんびりしているのは今日が土曜日なおかつ完全休養日だからである。
そう!
どっかの山に登って槍のオバケと死にそうな戦いしたり、ボクシングの練習で倒れそうになる寸前までトレーニングしたりしなくていいわけだ!
【……色々と言いたいことはある物言いじゃが、何事にもメリハリは必要じゃからな。わらわと出会ってから休む間も無く学業から狩りまで頑張っておったのじゃ。
たまにおぬしが休みが欲しいと言い出しても責めたりはせぬ】
うん、まぁそういうことです。
これまでは土日だけのことだったので、なんとかなってきていたけども、さすがに平日も毎日遅くまでボクシング部で動かないといけない身としては完全な休日が欲しくなり、急遽土曜日はオフ!ということにしたのでした。
「うー。しかし体の筋肉痛が中々取れないな」
今のところ対抗戦でオレが出る予定の階級は決まっていない。
当面は肉体改造に着手してその結果を見ながら、どの階級にするか決めるらしい。出来れば減量とかないほうがいいんだけども。
もし減量が必要な場合は俊彦先輩が減量メニューを教えてくれるらしいのだが、食事の制限とか細かい調整がいかにも面倒そうだし。性格的にも向いているとは思えない。
遅い朝食(実際は昼食と兼用なのでブランチになるんだろうか)を取ってから部屋に戻る。
「さて…今後の方針でも決めますかねぇ」
斡旋所で手に入れた有料、無料の雑誌や冊子を乱読しつつそんなことを呟く。
やらなければいけないことは多い。
対抗戦までにボクシングの腕を磨くことは勿論だが、それ以外にも借金返済とレベルアップがある。このうち後回しに出来そうなのは借金返済だろう。幸い出雲から返済の期間については聞かされていないから、もうちょっと高ランクの依頼を受けられるようになるまで待ってもらうのが一番だ。
効率からいっても敵が強くなったほうがいい素材を落とすようなので、いざ返済するときにかかる手間も違ってくるだろうし。
つまり現状優先すべきなのはボクシングのトレーニングと、見切りや杖術のレベルアップ。
そう考えれば平日にボクシングのトレーニング、休日に狩場でレベルアップを目指そうという基本方針は変更なし。
ただ、伊達とあれだけ対立してしまっている以上、間者と思われる咲弥含めたPTで狩りがしづらいのがネックだ。やはりソロで狩るのと複数メンバーで狩りをするのでは索敵やら含めかなり効率が違ってくるだけに尚更だ。
【あとは…そうじゃな。この前に新しい武器の話をしておったろう?】
あ、うん。
弥生さんに何か刃物作ってもらおうって言ってたやつな。
【刃物であれば杖術で扱えるものとは違い、別の技能が要求される。この際じゃから他にもどのような技能があるのか調べてみたらどうかの。
無論おぬしに習得が難しいものもあるやもしれぬ。ただ伊達政次のように遠距離のものから咲弥のように魔術のようなものまで、それぞれにあるメリット、デメリットを調べておくことは、いざ敵対した場合の相性を考える上で参考にもなるじゃろう】
確かに。
当初は勧められるままにやってたけど、自分のイメージとか戦闘スタイル、想定される相手なんかを考慮して合ったものを優先的に習得していくほうが効率はいいよな。
「問題はアレなんよ。どうやって調べるか、なんだよなぁ…」
パラパラと雑誌を捲りながら呟く。
どうせならこうやって適当に捲ってるうちに都合良くそういうのが出てるページとか出てくるといいんだけども。そう思ってしばらくパラパラしているが、さすがにそこまで都合よくはいかないようだ。
【ふむ。そういうことなら以前斡旋所で買った先月の会報誌を見るがよい。
確か24Pの上段部分の記事じゃったはずじゃ】
「……?」
訝しみながらも本棚から会報誌を取り出す。
指定されたページを開いてみると、
『斡旋所の情報検索機能がついにスマートフォンに対応!?』
という見出し。
「………よく覚えてたねぇ、エッセ」
隅の方のこんな小さい記事、読んでたときは気にも留めていなかった。
【ふっふっふ、すこしはわらわの凄さがわかったかの】
得意満面、といった表現が最も的確な上機嫌の声。
もしかしてこれまでオレが読んだ雑誌とか本の内容を全部記憶しているんだろうか。そうだとしたら脱帽するしかない。
さて、問題の記事の内容。
どうやらこれまで斡旋所に出向いて調べるしかなかった書庫のデータの一部がサーバに入ったため、ネット経由で情報の検索が出来るようになったらしい。
勿論パソコンやスマートフォンで見る場合はステータスと同じように認識阻害がかかっているので、一般人には画面は別のものに見えるようにという措置も取られている。
検索方法は至って簡単。
サイトに移動してそこに登録番号を入力すると、表示される検索ページから検索するのみ。
登録番号の相手のランクに応じた検索制限はあるものの、狩場の一般的な敵情報(特殊なものは出ないらしい)や落とす素材、また技能の種類などを調べることが出来る。
例えば登録者のレベルの適正狩場と検索すれば合った場所が出るし、この素材が欲しいと入れればそれをドロップする魔物及び出現狩場なども教えてくれる。これは技能についても同様で、こういう戦闘スタイルと入力してもいいし、こういう技能に相性のいいものはどれか、といったような質問でもよい。
ランクが低いうちは条件が厳しい隠し技能については表示されないこともあるらしいが、一般的なことがわかるだけでも今のオレにとっては十分過ぎる。
「………もしエッセが言ってくれなかったら、完全に記事そのものを見落としてたままだったわ。こんな便利な機能だってのに」
【そうじゃろ、そうじゃろ】
では早速、とばかりにスマートフォンでアクセス。とりあえず効率を少しでも上げるため、レベル10での適正な狩場、及びその相手を探してみるとしよう。
適正狩場1:音無川上流 推奨相手:邪な河童
適正狩場2:赤砂山裏・麓 推奨相手:槍毛長
ふんふん。
槍毛長は今のオレならタイマンでも倒せそうなので後者については予想の範囲。ただ検索によると音無川のほうが推奨度が高いのか、第一候補としてはじき出されていた。
音無川。
飛鳥市にある一級河川だ。
河川敷も広く、普段は草野球やサッカーに興じたり、ジョギングや犬の散歩など多くの市民の活動の場として使われている。
夏になると花火大会なども開かれており、整備された遊歩道はいつか彼女が出来たら連れていきたいデートコースランキングにもランクインしているとかなんとか。
だがどちらかというと問題は、
「邪な河童……まんまなネーミングセンスだな」
一応ツッコんでおく。
次は邪な河童を検索してみるとしよう。
“邪な河童”
適正レベル:10
ドロップアイテム:河童の軟膏(85%) 尻子玉(1%)
音無川上流に生息。水辺に現れ水中に引きずりこんで窒息させようとするため注意が必要。ただ力は強いものの腕が構造上抜けやすくなっているため、引きずり込まれて深みにはまる前に慌てず腕を強く引けば振り解いて対処は可能。パニックで冷静さを失うと怖い相手だ。飛び道具の相手に対しては時折水鉄砲で攻撃してくる事例もあり。
弱点は皿。
ふむ…いかに水辺で立ち回るかが問題だな。
言われれば有効なんだけど溺死させてくるとかいう発想はなかった。
ちなみに音無川上流の同じゾーンには他にも河童が出てくるらしい。
“豪傑河童”
適正レベル:12~14
ドロップアイテム:河童の軟膏(50%) 尻子玉(4%) 豪傑甲羅(1%)
音無川上流に生息。通常水辺から攻撃してくることが多い河童属の中でも体格が大きく肉弾戦に重きを置く珍しい種類。河原に上がって接近戦を仕掛けてくる。主に張り手や蹴り、そして投げ技など相撲に近い戦闘方法を取る。
弱点は皿。
黒羽鴉と蜘蛛火みたいな感じで強さの違うものがウロウロしてるわけか。
どうも検索によると音無川上流は水源に近づくほど強い敵が多くなっていくらしいので、このへんは音無川では比較的戦いやすい部類なんだろうな。
つーか、とりあえずドロップアイテムの尻子玉と豪傑甲羅が気になったな。こっちのほうもちょっと調べてみるか。
尻子玉:売値1000P。人間から採取された魂の一部。河童にとっては食料にもなる貴重なもの。自らよりも上位の相手に献上品として用いられることもある。利用方法としては魔物との交渉材料、及び魔法系の儀式に使用されることが多い。
豪傑甲羅:売値1100P。ある一定以上の強さに達した河童の甲羅。盾をはじめ形をそのまま活かして武具の素材として使うこともあれば、砕いて混ぜ込んで弱い水中適正を不可させたものを作る際にも用いられる。
おぉぉぉぉぉ。
凄ぇ高ぇ!?
このへんを3つ4つ売り払えば借金返済とか楽勝に思えてくるよな。
【問題は落とす率の低さと、おぬしがちゃんと倒せるかどうかわからぬ強さだという現実じゃな】
うぐ。
いいじゃん、ちょっとくらい楽しい夢見たってさ。
とりあえず明日以降の狩場はこのへんをベースにするとして、次は技能か。
【それについてなのじゃが、わらわからひとつ提案がある】
「…?」
【早い話が今から言う技能を調べてほしい。妨害系の技能じゃ】
うん? ちょっと話が見えないんだけど。
【今回伊達におぬしの情報が把握されておることがわかった。例えばボクシング部とやらの対抗戦の際に奴が見に来ることも考えられる。その際はさすがに隠の衣をまとっておるわけにもいくまい。
確認したがルール上、上半身は裸じゃろう?】
ああ!?
盲点だったわ……確かにそのときにステータスチェッカーとか使われたら一発でバレちゃうもんな。この前確認したオレのステータスって種別がNPCでも主人公でもない???になってたし、それを見られるのはマズい。
【そういったときの対応として、
今のうちからステータスを阻害するような妨害系の技能を上げておくのはいい手ではないかと思うぞ】
それもそうだ。
タッチパネルを操作して技能を検索する。
ふむ。
妨害系はめぼしいのがヒットせず、代わりに隠し系の技能が出てきた。
隠密系と隠蔽系がある、と。
隠密が気配など使った本人を隠すものなのに対し、隠蔽系は罠や飛び道具はたまた極めると攻撃そのもの、といったように使った本人以外のものを隠すものだ。
今回必要なのはステータスを調べられた場合の対策なので、隠蔽系かな。
さらに調べていくと、隠蔽系もそこから種類があり例えば物理的なもの、非物質的なものなど隠す対象によって分かれていく。一般的には物理的なものを隠すほうが難易度としては低いようだ。
「………とりあえず何を隠すとしても、隠蔽系技能はこの“初歩隠蔽”から始めるしかないみたいだ」
一度相手に見られた物をどっかに隠すことで、その近隣を相手が探している時間だけ熟練度が上がっていく技能らしい。要は探されても見つからないようにする技能だから、相手が探してもいない状態では意味がない。
そうやって初歩隠蔽が一定レベルに達すると技能が変化して、物理隠蔽(小)とか名前そのものが変わっていくとのこと。
余談だが隠密系も上がり方としてはほぼ同じ。探されているものが本人になるだけで、探している相手がいる間でないと隠れていても上がらない。
どちらにしてもかくれんぼみたいなことすれば上がる感じだ。距離の制限もあるらしく絶対に見つからない距離(例えば探している人が地球の裏側にいる)とかだと技能は上昇しない。
「ステータスって絶対に物理じゃないもんなぁ…ちょっと先が長すぎて間に合わないんじゃない?」
【……ふむ、残念じゃな】
ただ将来的にあって困るものでもないし機会があれば取ることにしましょう。それに上げ方も戦闘用のものみたいに単純に戦ってりゃいいってわけでもないし、意図的に上げようとしないと上がらないタイプのやつだもん、これ。
「んじゃ、じゃあいよいよ武器関係の技能を確認するとしますかね」
そのまま、これまでの情報不足を埋めるかのように貪欲に検索をしていく。
が、あまりに熱中しすぎて気づいたらすっかり日暮れになっていた。
………あれ? なんかあんまり休んだ気がしねぇ!?
【そんなことを言っても明日は狩場じゃからな】
「…………うぅ」




