55.教えて! エッセ先生 2時限目
ステータス。
普段ゲームなどで使うときにそのありがたみを特別に感じたりはしなかった。
だがいざ自分がキャラクターの立場になってみて初めて知るそのありがたさ。
例えるのならばそれは地図のようなもの。広い世界のどのあたりに自分がいるのか、それを指し示してくれる道標に等しい。
………なんちゃって。
まぁ色々とツッコミどころとか不明な点はあったものの、無事にステータスを確認したオレは、そのままスマートフォンを待受状態に戻した。
いちいち出雲に確認してもらうまでもなくレベルアップや異常を確認できるようになったのだから、今後は随分とやりやすくなるだろう。だがいつまでも、それを喜んでいるわけにもいかない。
確認しておかなければいけないことがあった。
さて、
「……エッセ」
【うむ、わかっておる。“天賦能力”の件じゃな?】
話が早くて助かる。
“天賦能力”というのが一体何のことかわからないが不確定要素はできるだけ排除したいし、伊達があそこまで警戒するものなら有効に使いたい、という気持ちもある。
【しかし、こんなに早くこの段階に到達するとは思わなんだ。これは素直におぬしを褒めるべきじゃろうな。大したものじゃ、充】
……くそぅ、急にそんな優しく褒めるなんて。
不意打ちすぎてちょっと泣けそうだ。
【さて…それを説明するならば、まずこの世界の起こりから説明せねばならぬな。
おぬし、世界各地の神話や伝説などは詳しいほうか?】
「いや、あんまり。まぁ天岩戸の話とか、あとギリシャ神話のゼウスがめっさ浮気者だとか、それくらいは知ってるような感じ」
【ふむ…まぁよい。実際のところ世界各地に神話や伝説といったものはごまんと存在しておる。
それらの主役であるところの神々は行方のわからぬ者もおるし、この次元への干渉をせぬようにした者や逆に干渉しようと信者を通して介入を続けている者もおるし、消滅してしまったような者もおる。様々じゃが、つまるところ特定の連中以外の大半はすでにこの世界への影響力を失っておる】
「ふむふむ。ちょっと質問なんだけど…神様って死ぬの?」
なんか普通に死なないイメージなんだけど。
【人間のように簡単に死んだりはせぬがの。神といってもわかりやすく言えば人間以上に多種に渡る力の強い存在、というくらいのものじゃ。興味があるのなら神話を紐解くとよい、神殺しなど掃いて捨てるほど出てくる。
人種とはあまりに力の隔絶が大きいため神として崇められておるが、連中とて順序を踏んだ攻撃で死ぬこともあることは覚えておくがよい】
神様っていうともう計り知れないくらい凄いってイメージが強すぎて、単純に人間より強いだけの生き物と言われても違和感あるな…。
まぁ確かに蟻にしてみたら鯨くらいデカい存在なんて理解不能で、神と呼んで崇めるしかないのかもしれないけど。
【神々の中身も大きく分けると2つに分類されるのじゃが、それは次の機会に説明するとして、問題は消滅してしまった神々、そして影響を及ぼそうと今も動いておる者たちじゃ。
消滅してしまった神々がこの世界に残した力、あるいは世界に干渉しようと神が寄越した力、それらを“神話遺産”と呼ぶ。文字通り、神話の存在から遺されたモノ、ということじゃ。どのような力かは元となった神によって様々じゃがな。
そしてこれらを保有した重要NPCのことを“神話遺産”保有者、と呼ぶ】
話は続く。
【“神話遺産”保有者はその大元となった神の力によって多種多様な特徴を持つ。例えば純粋に肉体能力が凄い者もいれば、自然界に干渉する力が強い者、卓越した知識を持つ者など様々じゃ。
奴らはその能力を自らの眷属や部下に分け与えることが出来る。これが今回話に出てきた“天賦能力”のことじゃな】
なるほど。
文字通り天から与えられた能力、というわけか。なかなか言い得て妙な言い回しだな。
【よって通常“天賦能力”を持っている者がおれば、その関係者に“神話遺産”保有者もおる。おそらく先日の伊達の行動を考えるに、おぬしの予想外の能力を“天賦能力”であると推測し、その背後に居る“神話遺産”保有者を警戒したのではないかと思う】
つまり背後関係を恐れた、ってコトね。
そう考えれば、去り際の「虎の威を借る狐」発言も意味が通じるから多分そうなのだろう。
「ん……? ってことは、実はエッセって神様?」
【たわけ】
ちょっとご機嫌を損ねたようで口調が冷たくなる。
【わらわをあのようなものと一緒にするでない。GMと言うたであろう? どちらかといえば世界側の存在じゃ。あのような本人の適正を無視して後付で無理矢理能力を取り付ける連中と一緒にされては立つ瀬がないわッ】
怒られてしまった。
………あれ? ってことはもしかして。
【うむ。おぬしの能力は“天賦能力”ではないぞ】
だぁぁぁぁぁっ!?
ここまでの話は一体なんだったんだっ!?
【仕方がなかろう。あのときはああ錯覚させるのが最善の方法だったのじゃ。
どこかのたわけが頭に血を登らせて突進した後、如何に穏便に収めるか考えねばならなかったわらわの身にもなるがよい】
正直すいませんでした。
そう言われちゃうと何も言い返せない。
【まずわらわは神ではない。無論“神話遺産”保有者でもない。ゆえに連中から与えられる能力が“天賦能力”なのじゃから、充の能力は該当しない。さらに言えば、わらわがあのときに行なったのはおぬしの中にあったものを具現化し能力にしただけじゃ。別段そこにわらわの特性やら何やらを加えてはおらぬ。
以上の2つの理由により、おぬしの能力は別物、ということになるの】
そう言われてあのときのエッセの言動を思い出す。
『本質を核として失われた腕を構築する。
これでおぬし自身の最も強い衝動に引きずられるような能力が生まれるであろう』
確かに、神様としての特徴をもらった感じではないな。
「……じゃあ、なんなんでしょう?」
【うむ。すこしばかり予想外の形に纏まっておるようじゃが……そうじゃな。
魂の雛形、言うなれば“魂源”とでも表するのがよかろう】
とりあえずその場で考えました的なネーミングなのは我慢するとして、あの赤黒い気流みたいなのがオレの魂の本質、ということなんだろうか?
【使い方に対しては色々と実験して模索していくとして、だ。
………おぬし、あの能力は一体どんなものだと思うた?】
「うーん。とりあえず左手で触らないと効果なさそうだ、ってのがまず1点。
次に手から出た赤黒いのが伊達の腕とかに絡みつくように伸びていったので、あれに絡みつかれたところに何かが起こる、くらいしかわかんないな」
【まったく…。何を言うておるか。もっと大事なことがあったであろう】
………あったっけ?
【ステータスが見られるようになっておらぬか?】
? いや、だってあれはスマートフォンを見る能力で………あっ!
そこで気づいた。
オレがあのとき左手で能力を発動したときに巻き込まれていた伊達のスマートフォンの存在を。
確か真っ黒になったスマートフォンは砕けて消滅した。
ステータスが見れるようになった原因があれだとしたら………、
「……機能を取り込む能力?」
ひゃっほぅ!
もしそうだとしたら無双状態じゃん。
強そうな相手片っ端から力を奪えばいいわけでしょ。
【うむ、おそらくは収奪系の能力ではないかと思うが……有機物ならともかく無機物まで、となると少し話が変わってくるからの。しばらく検証が必要なのは間違いない。
ただ発動条件はおそらくおぬしの本能。発動したときはどんな精神状態じゃった?】
「あのときは……そうだな。なんか、恵まれた伊達が無茶苦茶することになんでか随分と腹が立ってて…アイツを滅茶苦茶にしてやるって…いや、違うな。
月音先輩から自由を奪うっていうなら、アイツからそんな選択肢を奪ってやる的な感じになってたような……ゴメン、うまく言えない」
【本能的な状態じゃから理屈が抜けるのは仕方あるまい。ただその線でいくのなら、おそらくは何か特定の条件を満たした場合の怒りがキーワードになっていそうじゃな】
……つまり、あの精神状態にならないと使えない可能性があるのか。
急に使い勝手が激減した。
まぁ世の中はそんなに上手くいかないもんだよね。
【そのような顔をするでない。当面は発動条件を調べるとして、そこから訓練していけばある程度意図的に使うことは可能になるじゃろ。柑橘系の果物を想像するだけで唾液が出るように、反射を利用して精神状態をセットする技術など人間の世界ですら溢れておるゆえな】
うぅ、またやらなきゃならないことが増えたよ。
武器の作成。
ボクシングの鍛錬。
対抗戦の勝利。
レベルアップ。
借金返済。
次々と目標が頭をよぎっていく。その最後に、能力の解明、が付け加わった。
優先順位をつけてひとつひとつこなしていくしかないんだけど、そんなに上手いこといくかなぁ。
考えれば考えるほど不安になってくる。
【ふっふっふ】
不敵な笑み。
……?
【わらわを誰だと思うておる。手掛かりが増えさえすれば、膨大な過去の知識に照らし合せて技能がどのようなものなのか類推するくらい朝飯前じゃ。
収奪系の技能だけで“天賦能力”含め10種類は知っておるぞ。例えば相手の技能のみを吸い取るもの、時間を吸い取るもの、変わったところでは物理的に捕食してしまったりの】
多っ!?
そんなにあるのか…。
【大別しておるだけじゃから能力の強弱や対象で分けたものを含めれば、その10倍にはなるがの。自慢ではないが、これほど知識がある者はそんじょそこらには居らぬ。そのわらわがついておるんじゃ、大船に乗ったつもりでいるがよいぞ】
意図的な明るい声。
なんだかんだ言って励ましてくれているのがわかる。
こういうときのエッセの対応は本当にありがたい。本当に大船に乗ったような気持ちで楽な気分になってきた。勿論大船とはいってもタイタニックとか泥船を想像したりしてはいけない。
我ながら単純だなぁ、と思いはするけど美人の女の子にここまで励まされたら例えカラ元気でも元気にならざるを得ないのは男の性というやつなので仕方ない。
「そうだな。元気出すよ!」
【うむ、その意気じゃ。男子はそうでなくてはな】
ぐ、と拳を握る。
「ゲームならこんなに色々と載ってる攻略本があったら楽勝のはずだもんな!」
【…………】
ああ!? しまった、ついっ!?
「いやいやいや! 別にエッセのことを攻略本だとかきっとウラワザが載ってるとか思ってるわけじゃなくてですね!? こう、気落ちしてたところにいきなり元気出したもんだから本音が色々と出てきたというか、いや、そうじゃなくてっ!?」
【…………………】
「えーっと……」
【……………】
「あのー」
【…………】
「エッセさーん? 聞こえてますかー?」
問いかけてみるが返答はない。
【………人がせっかく気を遣って励ましてやったら調子に乗りおって】
聞こえてきたのは、まるで地獄の底から聞こえてきたかのような低い声。
ふっふっふ、と暗い笑いが響く。
もうイヤな予感しかしない。
【丁度よい、左手のリハビリ代わりにはなろう】
「ちょ、ま…ッ」
止める間などなく、
「…って、熱ッ!? 腕、また、熱ぃ~っ!?!?」
ぢり…ッ。
「ゴメン! ホントゴメンって!」
【うるさいッ! そもそも少しばかり美人だからといって、あの月音とかいう娘御にだらしなく鼻の下を伸ばした挙句、命の危機に飛び込んでいくなど!
わらわとの契約はそんなに軽いものじゃと思ておるのかッ!
これじゃから人間の雄というものは信用が―――】
急速に熱を帯びた左手が痛みを訴え始めた。
最早猶予はない。
恥も外聞もなくお願いした。
「いや、ホント、ゴメン! 神様仏様エッセ様~、許して~ッ!!?」
【だーかーらー……】
あ、まずい…。
【神などと一緒にするでないわ……ッッ!!】
「ぎゃあぁぁぁぁっぁっ!!!?」
こうして部屋で奇声をあげるオレに対して、家族の目が一段と厳しくなったのでありました。




