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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.05 宣戦布告
55/252

53.効率よくボクシング!

 チャイムが鳴る。


 テスト二日目。

 最終科目を終えたオレは、シャープペンシルを机の上に投げ出しながら大きく息を吐いた。

 全体的な出来としては意外と悪くない。ちゃんと計画性を持って準備していたこともあり、赤点になることはないだろう。


 はてさて。


 ……やっちまった。


 テストという極限の緊張感が解けた後、思い返して意気消沈する。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


 いとをかし的な?


 おっと、最後の授業が古文のテストだったからついわけのわからんことを言ってしまった。

 全然興味深くないっつーの。

 ぶんぶん、と頭を振って冷静になる。

 周囲は中間試験が終わった開放感に満ち溢れた生徒たちでごった返していた。家路につく者、遊びに行く者、再開する部活に急ぐ者、様々いたが皆一様に活き活きとしている。学生にとって中間試験というものがいかに重苦しいものだったかわかろうというものだ。

 さて、話を戻そう。

 何をやっちまったのかといえば、それはひとつだ。

 昨日の生徒会室での一件。


 ……いくらなんでも頭に血がのぼりやす過ぎるだろう、オレ。


 なんでもまたあんなに正面切って喧嘩を売るようなことになったのか。一歩間違えていれば今ここに生きていることだって危うかったはずだ。

 ただ正直なところ選択そのものは間違っていない。おそらく再度同じ状況になれば同じ選択をするであろうことは想像に難くない。単純にやり方の問題だけだ。


【……慰めにもならんかもしれんがの。

 短絡的に戦いに思考が向いたのは、おそらくは“蛮化バルバロティタ”の影響もあったじゃろう。副作用、とでも言うべきか。一度人為的な興奮状態になった脳は完全に元の状態に落ち着くまで、同じ状況で興奮しやすくなっておろうからな】


 そんなもんかねぇ。

 とりあえずそういうことなら、今日以後は気をつければよさそうだ。

 むしろあんなのが度々あったら困るしな。昨日はそのまま仔猫を連れて帰ろうとしたら、1センチくらい切れてる耳をそのままにしてて駅で駅員さんに連れていかれたりとエラい目にあったし。

 ちなみに今は耳は治っています。

 安心と信頼の河童の軟膏。

 ちなみに家に連れて帰った仔猫は夜1時までの過酷な交渉の末、無事うちの子になりました。

 名前はミケランジェロ、略してミケ。

 ……いや、メスだったと気づいたのは名前をつけた後だったんだけどね?

 まぁ女の子の名前でミケは別におかしくないのでそのままにしてあります。


「おぅ、ミッキー! 元気か!」

「気ぃ抜けてるけどね~」


 どこからともなく現れたジョーに気だるげな返事を返す。


「さぁ、今日から楽しくボクシング修行やで! 殴ったり殴られたり殴ったり殴ったり殴ったりして青春の血と汗で日常を彩るくらいに!」

「……なんで、そんなにテンション高いのさ」


 そして殴り過ぎである。

 どんだけ殴るの好きなんだよ。


「えー? いやぁなぁ。最近のミッキーの目を見張る成長速度をこの目で直に見ておきたいとか、その上でスパーリングでええように遊んだろとか全然思てへんで?」

「ツッコミづらいよ!?」


 まぁいいや。

 昨日あんなことがあったばかりなので、あまり殺伐としたことは気が乗らないんだけど約束は約束。ボクシング部にいって練習に勤しむとしますか。

 決意して立ち上がる。


「よっしゃ、行こ行こ」


 ジョーのテンションの高さに苦笑しながら後に続いた。



 □ ■ □



 ……のだったのだが。


「…どうしてこうなった」


 思わず呟いてしまう。

 目の前には俊彦先輩がいる。

 ここまではいい。

 問題はあたりに草原と青い空が広がっていることだ。


 そう、つまりオンラインゲームの中なのである。


 わかりやすくいうとヴァーチャル装置を使って、ゲーム中の草原を舞台にオレと俊彦先輩が向き合っているのである。


「ふむ…これがジョーの言っていた仮想現実というものか。なるほど、今のところ体感的なものは現実と遜色ないように見えるね」


 手を握ったり開いたりして何かを確認している俊彦先輩。

 事の発端はジョーだ。

 オレはボクシング部に行く予定だったのだが、連れてこられたのはなぜかオンラインゲーム部。そこにはすでに俊彦先輩がスタンバっていて、これからゲームに入るのだという。

 体感速度が5倍になるゲーム中でトレーニングをする、というのが今回の趣旨らしい。


「……で、今更なんですが」

「? どうした?」

「ゲーム中でトレーニングして本当に効果が出るんですかね?」


 一番知りたかったことだ。

 所詮ゲームである。

 そりゃあここでトレーニングすればゲーム的には強くなるかもしれないが、現実に影響があるとは思えなかった。もしそれが出来るならどんな競技でも5倍の早さで習得できるわけで、スポーツの歴史を根底から覆しかねない画期的な事態である。


「ここを使うというのはジョーの意見ではあるのだが…個人的に言えば効果はあると思う。

 充は加圧トレーニング、というものを知っているか?」

「………?」


 聞いたことないな。


「わかりやすく言うと、トレーニング方法の一種だ。例えば筋力トレーニングする際に手足のつけ根を専用のベルトで締めつけ加圧する。その状態で血流量を適切に制限しながらトレーニングをする方法だ。

 通常トレーニングをすると血液中に乳酸が溜まっていくのだが、これが一定濃度以上になると脳が成長ホルモンを分泌する。これが超回復と呼ばれる筋力増強のメカニズムなのだが、これを血流を制限することで一定部分に乳酸の濃度が人工的に高い状態を作りだす。

 そしてベルトを外した後その濃度の高い乳酸を流れ込むことで、運動強度をそこまであげなくても脳が成長ホルモンを分泌するよう仕向けるわけだ」


 ふむふむ。

 そんなものがあるのか。

 俊彦先輩ってさすがアスリートだけあって色々効率のいいトレーニングとか探ってるんだろうなぁ。


「まぁ別段加圧トレーニングがどうこういう話をしたいわけじゃない。

 結局のところ鍛える上で体と脳が密接に関わっている、ということを認識してもらう一例として出しただけだ。実際に10の運動をしなくても、1の運動を10だと脳に錯覚させれば、それに応じた結果を導くことが出来る。

 それを元に考えた場合、このヴァーチャル世界で出来るトレーニングというものも見えてきた」


 ゆっくりと手を伸ばしオレの目の前数センチのところに突き出した。


「感覚的な部分だ。

 この世界、視覚、聴覚、嗅覚のみならず触感まで再現されている。これが大きい。さらに言えば体感的な時間までを維持している。つまるところ脳に対しての感覚的な刺激は十分に期待できる」


 なるほど。

 これも考えてみれば当然だ。

 脳に対する刺激がなければ仮想空間を現実に錯覚させることはできない。確かに細かい仕組みなどはわからないが、現実の感覚と錯覚させるだけの刺激がある、ということは脳に対しても十分影響を及ぼすというのは道理だと思う。


「ゆえに、距離感、バランス感覚、空間把握や、技術的な面ではこちらで教えても十分モノになるのではないかと思う。

 勿論フィジカルな面では効果がわからないから、基礎体力を含め身体的なトレーニングは現実でやってもらう。同時にその増強した身体能力とここで培った感覚や技法のすり合わせを行なって調整をしなければならないから、そのへんも現実で行う必要はある」


 感覚的なトレーニングについては5倍の時間があるここで行なって、筋トレとか体力つけるとかは現実で行う。あとは向上した身体能力で覚えた技能が自在に使えるように現実ではスパーリングとかも随時行なっていく、ということのようだ。

 メニューとしては、オレとジョーがオンラインゲームでヴァーチャル装置を使える週2回をこういった感覚と技術トレーニングに使い、残りの平日を通常の現実での走り込みやバッグ打ち、スパーリングに使うとのこと。

 確かに残り時間が1ヶ月もないからなぁ。

 これくらいのズルは許してもらうか。


「さて…では早速トレーニング開始といこう。前に教えた通り構えてくれ」


 おし!

 気合を入れて構える。

 拳に力が入っていたり、肩がガチガチに緊張していたりで、構えを二、三直され、


「まずは基本のジャブからだ」


 教えられたことの復習から入る。

 まずはジャブを延々と撃ち続け、それからストレートを打つ。

 打つたびに体のバランスがかすかにズレていたり、一歩踏み出してパンチを打つ後、足を戻すと構えの幅が変わっていたりと色々指摘されては直していく。


 打つ。


 打つ。


 打つ。


 じっとりと汗が滲み呼吸が荒くなっていく。

 日常生活で同じ体勢で手を上げっぱなしなんてことが如何に少ないかが良くわかる。

 続けていくうちに段々と肩が熱くなっていき、両腕の重さがどんどん増しているような錯覚に陥る。


「よし、休憩」

「ぷはぁ~」


 思わずその場に座り込む。

 ちなみに試合は1ラウンド2分、それを3ラウンドの合計6分で行われるらしい。


「休みながら聞いてくれ。アマチュアの試合は有効打の数が全てだ。強烈な一撃も、軽い一撃も、それがノックアウトに繋がらなければ、同じ扱いでしかない。1ラウンドごとに有効打の数の差を競い、その違いの分だけポイントに差がつく。最終的にその合計ポイントが高いほうが勝利になる。

 つまるところ威力よりも綺麗にヒットさせることをメインに据えたトレーニングになることだけは覚えておいてくれ」


 ふーむ。

 そういえばルールとか全然調べてなかったな。

 さすがにまるでわからんとシャレにならんので、今度ネットでも覗いてみるとしましょうかねぇ。


「さ、休憩は終わりだ。立った立った」

 さらに続くジャブ、ストレート。そこからその2つを続けて放つワン・ツー、と延々とパンチを放っていく。休憩ですこし回復した肩がまた熱くなっていき1時間もするとすっかりパンパンに張っていた。

 その後は相手との距離の測り方。

 頭がぶつかりそうなほどなのが近距離、その場から最大限に手を伸ばすと当たるのが中距離、踏み込んでパンチを当てる距離なのが遠距離、と構えているオレに対して俊彦先輩が距離を実際に空けながら教えてくれた。

 感じたのは距離の近さ。

 赤砂山で戦っていたときは、教えてもらった中でいうところの遠距離以上がベースだったためだ。おそらく棒を持っていたこと(つまりリーチを長くすることができた)、そしてガードではなく避けなければならない攻撃があった(蜘蛛火とか迂闊にガードなんぞしようものなら焼けてしまうので)ことから、必然的に飛び込みながらの攻撃が主体になっていたため距離が開いたのだろう。

 一概に戦いといっても状況、ルール次第で有効な戦い方が変わってくる。

 わかってはいたものの、いざ体感してみると中々新鮮に見えた。


「さて、では間合いの感覚も掴めたところで次はフットワークだな」


 …そしてふと思った。

 ここでの時間は外の5倍。

 それはいいことだ、対抗戦までの少ない時間をやりくりできる。素晴らしい。

 だが放課後3時半から、現実世界の時間にして6時半までの3時間。

 それをゲームに換算するとなんと驚きの15時間となる。

 もしかして………。

 ごそごそと俊彦先輩が何かノートを取り出す。


「さっきガードからストレート系を1時間やったが、あと2時間でステップイン、バックステップ、サイドステップ、ピボッティング、10分分休憩して、さらに2時間ストレート、アッパー、フックの基本パンチを行う。

 次の2時間でブロッキング、パーリングにダッキング、ヘッドスリップ、ウィービング、スウェーイング。10分休憩して、シャドーを10分」


 え。

 何その強行軍。

 というか7時間半ですよね、それ。

 イヤな予感しかしないんですが………。


「…を2セットで終了だ」

「やっぱりぃぃぃッっ!?」


 無理無理無理!

 死んじゃうよ!?


「ちょっとだけ休憩ありますけど、ほぼぶっ続けじゃないですか! 絶対体力保たないですよ!?」


 むしろ明らかなオーバーワークにしか思えません。

 殺意が高すぎませんか、そのメニュー。


「ああ、それなんだがジョーの奴からコレを預かっていてな」

「…?」


 取り出したのは体力スタミナ回復!とラベルの貼られたポーション。

 しかも1ダース以上あったりする。


「これを飲むと体力は戻るらしい。さすがゲーム。

 つまり15時間ぶっ通しでもトレーニングするのに何の支障もないわけだ」

「ジョォォォォォーーッ!!?」


 なんてものを渡してんだー!?

 いや、気持ちはわかるけども!

 それぐらいしないとマズいんだってこともわかる!

 でも15時間もぶっ続けでボクシングの練習とか元帰宅部にハードル高すぎないっ!?


「さぁ、明日から心置きなく練習が出来るように、今日で基本は全部押さえてしまおう。

 頑張ろう、充!」


 俊彦先輩のちょういい笑顔を見ながらこう思う。




 ――――この人、絶対にド S に違いない。 



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